2026 (19)
2025 (64)
2024 (69)
2023 (44)
2022 (70)
2021 (59)
2020 (57)
2019 (65)
2018 (61)
2017 (69)
2016 (64)
2015 (73)
2014 (117)
2013 (84)
2012 (96)
2011 (82)
2010 (95)
2009 (89)
2008 (123)
2007 (107)
2006 (115)
2005 (136)
2004 (178)
2003 (136)
2002 (136)
2001 (119)
2000 (84)
1999 (64)
1998 (49)
1997 (50)
1996 (48)
1995 (33)
1994 (41)
1993 (33)
1992 (34)
1991 (27)
1990 (25)
1989 (26)
1988 (26)
1987 (24)
1986 (23)
1985 (23)
1984 (28)
1983 (12)
1982 (13)
1981 (16)
1980 (14)
1979 (9)
1978 (10)
1977 (9)
1976 (10)
1975 (6)
1974 (7)
1973 (6)
4,300원
本論文は、明治20年代に書かれた二葉亭四迷の『浮雲』『あひびき』『めぐりあひ』、山田美妙の『武蔵 野』『蝴蝶』、矢崎嵯峨の屋『初恋』、石橋思案の『乙女心』、上田万年『おほかみ』、若松賤子『小公 子』の9作品に見られる言文一致体と待遇表現の使用実態に関する考察に目的をおいたものである。明治期の言 文一致運動、つまり<書き言葉>と<話し言葉>の接近は、現代日本語の基礎にも繋がる言語変革運動であると 言ってよい。しかしながら、この言文一致体に対する評価の裏には、文末処理の問題や日本語の特徴である待 遇表現の処理問題等が内在しており、多くの試行錯誤が繰り広げられたことは周知の通りである。本稿で取り扱う 作品は、様々な困難にもかかわらず積極的に言文一致体を使用した代表的作品である。これらの作品に見られる 用例を取り上げ、意味・用法別に分類・分析し、そこから次のような実態が明らかになった。まず、待遇表現の三 つの形式の中の一つである尊敬語では尊敬語彙形式の入れ替えと文語体の併用、謙譲語では語彙形式の入れ 替えと謙譲語の基本的性質を変容させてきているという事実、即ち謙譲語の対者敬語化を、最後に丁寧語では 「デス・マス調」の使用と「ゴザル」形式の対者敬語化という三つの敬語表現形式の意味・用法があることが分 かった。この結果を通して、明治時代という歴史的にも又語学史的にも特異な時期に現れた言文一致体とその待 遇表現形式の実態が見えてくる。それは、時代的な又、言語使用環境に於ける混乱の中にあって、文語体から の離脱、新文体の採用等の試みを図ろうと努力しつつも、その当時としてはまだ敬語自体が未整理で確立されて いない状況におかれていたことを意味し、なお、ここから過度期的現象とも言える言文一致体の明暗の実態が浮 彫りになった。
4,300원
本稿では、日本語学習者が基本動詞かつ多義語を「使いきり、使い分ける」ことは困難であること、及び韓 国人日本語学習者にとって「とる」を適切に使用することは困難であることに着目し、日韓辞書における「とる」 の意味記述を一言語辞書である国語辞書と照らし合わせて調査及び分析を試みた。先行研究として、辞書の多 義語の記述に関する研究、多義動詞「とる」に関する意味論な研究、認知言語学的な観点を取り入れた「と る」に関する研究及び韓国語との対照研究を概観した後、「大辞林第二版」における「とる」の記述をもとに、 日韓辞書における「とる」の意味記述を分析した結果、項目数が非常に多い、複数の語義を含んだ項目が見ら れる、全ての語義を網羅していないなどといった問題点が明らかになった。そしてこれらの問題点から、日韓辞書 のほとんどが意味の学習を促進するような記述とは言いがたいことが示唆された。したがって、日本語学習者に とって分かりやすい意味記述とは如何なるものなのかを明らかにし、日本語学習者のための意味の記述方法を模 索していくことが必要である。
4,300원
本稿は、日本の第2期国定教科書の『尋常小学読本』と朝鮮総督府刊行の『普通学校国語読本』を取り上 げ、両教科書に異同のある所に着目し、その意義等について吟味してみたものである。その過程で、1910年代 における教科書編纂の状況や『普通学校国語読本』の性格についても議論した。 その結果、まず、1910年代の朝鮮では「内地」で使われている国定教科書とは違った、外国人つまり朝鮮 人向けの日本語教科書が必要とされ、その要請に答えたのが『普通学校国語読本』であったことを明らかにする ことができた。 次に、『普通学校国語読本』の刊行は、『尋常小学読本』のかかえている、たとえば表記法や文体の混 乱、そして教科書としての体裁の不整備などといった諸問題の改善に努めた成果であったことを明らかにした。そ れは、日本語教科書としての新しいモデル作り、ないし日本語の新しい規準を設けようとしたこととして位置づけら れる。ただし、それは、日本人向けのものではなかったという限界はある。しかしながら、今日から見て、『普通 学校国語読本』で試みられた諸事項が時代を先取りするようなものであったと見て差し支えないことから、『普通 学校国語読本』に日本語の新しい規範定立に向けた先駆けとしての地位を認めてもいいのではないかと考えられ る。
4,300원
This paper argues, contrary to what is widely observed in the literature, that (i) shika ‘only’ in adjunct position, Indeterminate-mo (dare-mo/nani-mo/dokoni-mo 'anyone/anything/anywhere'), 1-Classifiermo( hitori-mo/hitotsu-mo, etc ‘even a person/ even a thing’)’, kessite ‘never’ in Japanese must be categorized as an Negative Concord Item (NCI) and that (ii) a diagnostic test to distinguish an NCI should be added to 5 diagnostic tests, that is, ‘ability to co-occur with other NCIs in the same negative clause’. In past studies, it has been widely accepted that shika, Indeterminate-mo, 1-Classifier-mo, kessite should be categorized as an NPI based on Klima(1964)’s analysis on English NPI anyone/anything/any-where. Assuming that their analyses were correct, they cannot explain that why dare-mo/nani-mo/dokoni-mo in Japanese syntactically behave quite differently from anyone/anything/ anywhere in English in the following 5 properties : a. Ability to appear in non negative contexts, b. Ability to appear in pre-verbal position, c. Ability to be modified by expressions like almost, d. Ability to be used as an elliptical answer, e. Clause-boundedness. In fact, according to Watanabe(2004), an NCI must have the above 5 properties and this fact shows that Indeterminate-mo, 1-Classifier-mo should be categorized as not an NPI but an NCI. This paper aruges that besides Indeterminate-mo, 1-Classifier-mo, shika in adjunct position and kessite have properties as an NCI. Furthermore, this paper argues that an NCI should co-occur with other NCIs in the same clause.
韓国人学習者の日本語社会言語能力の習得メカニズム -丁寧形式と普通形式の切換えの場合-
한국일본학회 일본학보 제75권 2008.05 pp.49-62
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4,600원
This paper analyses the mechanism of style shift acquisition by Korean learners of Japanese from the viewpoint of the Variation Theory. It focuses on the shift between the polite form and the plain form used by four subjects in both formal and casual conversations and shows that style shift is an essential part of the speakers’ sociolinguistic competence. It was observed that the learners build their own original style shift system. One remarkable characteristic of this original system is the simplification of the polite form, due to an attempt to avoid the “masu” form, which has a higher degree of morphological complexity compared to the “ndesu” form, widely used by the learners. Finally, the results lead to the conclusion that the learners rebuild the target language in a rational way through the simplification process, using the rules of word formation existing in their own native language and the versatility of the plain form.
4,000원
この研究はオーストラリアの大学生の携帯電話の使用頻度、使用契機、理由、及び内容と使用後の相手との コミュニケーションの比率、親近感にたいする変化を日本の大学生と比較分析したものである。これによるとオース トラリアの大学生は1999年から急に増え、よく使うようになっている。しかし、2002年までの結果をみると、日本の 80.2%に比べその比率は低い。 携帯をよく利用すると答えた人が、オーストラリアの学生が64%、日本の学生は84.5%で、ほとんどの学生が 生活必需品のように使っていることが分かる。使うようになった契機としては、両国とも友達、恋人、家族の人が 使っているからが一番高かった。 おもな内容としては、両国ともに、約束とか訪問などの連絡をとるためが一番高い。内容と使用理由は、おな じ傾向を表している。一番よくやり取りする人としては、両国ともに友達であった。 使用目的は、オーストラリアの学生は相手の人が電話にでない場合が一番高かった。日本の場合はなにか伝 えたいことがあるからが一番高かった。 この携帯を使うことによって、相手と会う回数が増えたと答えた人がオーストラリア40.0%、日本の場合は9.0% で、その差は大きい。また、相手と親しくなったと答えた人がオーストラリア40.0%、日本の場合は20.8%である。 これをみるとオーストラリアの学生の方が、携帯のやり取りで、恋人とか友達ともっと近くなり親しくなっていくことが 読み取れる。
4,500원
本稿は子安峻ㆍ柴田昌吉により編纂された『附音揷図英和字彙』(1873、以下初版と略称する)とその再 編である『増補訂正英和字彙』(1882、以下再版と略称する)を調査対象にし、初版では句であったのが再版 では単語の訳語に訂正されたのを翻訳語句の単語化と呼び、その類型と性格に関して述べたものである。 初版から再版への翻訳語句の単語化は、動作を表すための和語、外国の新しい文物を表すための外来語や 混種語を除いては主に漢語(字音語)を用いた。その漢語(字音語)は、初版の句を構成している漢字の字 順を換えたりその漢字と類意関係にある漢字が含まれたりしたものである。初版とは関係のない漢字を用いた語は 新語である可能性があるのが多いが、この場合、「極」「再」「家」「法」などの字音接辞を含む漢語が少な くない。翻訳語句の単語化は、漢字·漢語流行の社会的傾向、印刷費用の節減、辞書としての完成度の向上な どと関係があるであろう。 今後、初版と再版との比較に見られる翻訳語句の単語化が明治期における訳語の生成と定着にどのようにつ ながっていくのか究明する必要がある。
4,300원
本稿は、いわゆるお評価のモダリティに関する研究の一環として、日本語の「しなければならない∕いけな い」と韓国語の「하지 않으면 안 된다」の違いについて記述したものである。記述の内容として、まず「しな ければならない」の副次的ㆍ二次的なモダリティとしての特徴や形式間の文法化の度合い(内部の構成要素の独 立度の程度)という問題について分析し、その結果をもとに「하지 않으면 안 된다」との比較考察を行った。具 体的には、「しなければ」という条件部と、帰結部である「ならない」のみとめ方(肯定ㆍ否定)の可否、帰結部 の名詞形接続の可能性、条件部の尊敬化、副詞成分の介在可能性、条件部と帰結部の倒置可能性、といった テストを用い、両言語形式の文法化の程度の問題について記述した。 本稿の分析によって得られた結論は以下にまとめることができる。第一に、日本語の「しなければならない」 形式は、種々の評価のモダリティの中でも文法化の度合いが高い形式である。それに比べて韓国語の「하지 않으면 안 된다」は、相対的に文法化の度合いが低いと言える。
4,300원
本稿はこれまでの条件表現として位置づけられていたバが談話に用いられる際、どのような働きを果たしている のか、すなわち、その機能面においてバの性格を見直すことによって、より有効なバ表現の指導を図るための考 察である。特に、本稿では談話の場面において、話し手が、聞き手あるいは話し手自身の行為を起こす目的で バを用いる場合をバの「行為誘導機能」と定義し、後件を伴わないバ文(バの言いさし文)を中心に文脈の中 でのその働きについて考察を行った。その結果、バの言いさし文は、①提案、助言、勧誘、指示、命令などの 形で非難、嘲弄、批判の気持ちを伝えるための皮肉のものと、②聞き手への働きかけの結果が話し手の責任の 範囲を超える事柄の場合、消極的な気持で行う控えめの純粋な提案、助言、勧誘、指示、命令のものとその機 能を分類することができた。ところが、バの言いさし文はその用例の数からも談話において頻繁に用いられるもの の、教科書やバの指導場面でほとんど取り上げられなかった。バ表現が持つ機能について学習者から理解を得 るためには、まず学習者がその文脈を明確に読み取れるような用例を提示し、さらにそれに関する学習者レベル や学習環境に応じた具体的な解説や練習などが伴われるべきである。このような緻密な指導戦略こそが学習者の 実際の談話運用に資する表現指導になると思われる。
4,300원
これまで日本語における他動性の問題は、主として対格性との関わりという観点から論じられてきたと言っ ても過言ではない。言うまでもないが、その目的語が対格で表示されるすべての他動詞が他動性を有すると は限らない。しかしながら、主体の客体への働きかけおよび影響を表す形式としての対格の位相について 異議を唱えるものはほとんどいないだろう。よって、一つの文内で、主格で表示される主体が対格で表され る客体に対してある意図を持って直接な行為を加えたり、または、そのような直接な行為は伴わなくとも第三 者への指示、命令、お願い等を通じてその客体に間接的な何らかの影響を及ぼそうとした場合、他動性は 認められるといえよう。 ところで日本語では、下記の<例1,2>の如く、形態の上ではその目的語が対格で示され、意味的には上 述のような「主体の客体への意図的かつ積極的な働きかけ性」を含意する他動詞を含む他動詞文でありな がら、自動詞文(もしくは受身文)の意味に解釈される場面がしばしば観察される。 <例1> 38年、火星人襲来の実況を装ったラジオドラマ「宇宙戦争」が米国内をパニックにした。意識の 奥の不安を突いたのだ。作ったオーソン・ウェルズは一気に評価を高めた。(評価が高くなった) <例2> 私たちは、空襲で家財道具を焼いた。(家財道具が焼けた、焼かれた) <例1,2>については、主体たるものの起きた事態に対する能動的な関わりがどこまで認められるかといった 点では差が見られるものの、両方ともに主体の客体への意図的な働きかけのところが欠けており、そのことが 他動詞文の成立にそれほど影響していない点では類似している。 本稿では、この種の他動詞文をはじめ、一般にふつうの他動詞文としての地位を獲得しているものにまで 考察の範囲を広げ、対格をとる他動詞を含む日本語の他動詞文について、理論的な根拠を踏まえた上での 類型化が可能であることを明らかにする。これに際し、類型化における一つの道具立てとして、池上(1981)や Hopper & Thompson(1980,1982)で示された「する型・なる型」、「foregrounding(前景化)・backgrounding (後景化)」といった他動性の度合いを表す概念を分析に取り入れ、これらの概念にのっとった形で類型化の 諸相やその理論的根拠について議論することとする。
4,800원
高見順が残した『敗戦日記』は戦争に耐えながら生きた日本知識人の苦悩に満ちた告白である。彼は暗黒 政治と恐怖政治の中で執筆禁止処分を受けずに生き残ったが,このような自らをはじめとする知識人の態度が日 本に敗戦を齎した原因の一つであると厳しい自我批判も含めていて当時の複雑な状況を示唆している。このような 恐怖政治から自由を得た喜びで心が明るくなると共に、この喜びを日本を占領した国から与えられた事実に寂しい 気持にもなる。彼は支配者であった日本と被支配者である日本を共に生きねばならなかった経験を通じて,支配者 の国と被支配者の国の国民の心情を共に体験した。被は自ら被支配者の国民になってからこそ、今まで感じな かった被支配者の国の中国と南方の国の国民の痛ましさと悲しさを 深刻に受け入れることになった。 文学報国会の幹部として戦争権力に半ば協力する方法で自らの矛盾を表現した『敗戦日記』はまさに矛盾に 満ちている。そしてこのような高見順の態度は戦争時期と前後の日本知識人を代表する境遇であったろう。しかし 戦後日本の戦争責任の問題が論議された時高見が躊躇わずに『敗戦日記』を発表して戦争時期の日本知識人 の自らの軟弱な様子をありのまま告白したほんの意味は苦悩する知識人の様子を見せた勇気であったろう。 それに戦争で物資が足りなくなってから生活のために自然と親和力が生じ、自然を通じて生きられる勇気を得 た。植物の成長と生命原理を通じて生命思想に近づき、どんな苦難も克服していくべき生命の教えを告白してい た。これはそのまま戦争の渦巻きのなかで転向に転向を重ねながら生きてきた戦争時代の知識人の苦悩に満ちた 様子の一つであろう。
明治百年、あいまいな父親像をめぐって ――大江健三郎「父よ、あなたはどこへ行くのか?」――
한국일본학회 일본학보 제75권 2008.05 pp.139-151
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4,500원
1960年代後半は、日本の知識人社会では所謂〈明治百年か、維新百年か?〉に関する論争が起こり、若者 の間には北一輝や武士道の流行、右翼へのシンパが起った時期であった。二・二六事件に巻き込まれた「父」 が登場する中篇「父よ、あなたはどこへ行くのか?」は、こうした時代背景の中で書かれた。右翼人士「父」 と、帝国日本の父なる「帝王」がオーバーラップされているこの作品の「父」には、民権論と国権論、自衛と侵 略が齟齬する、〈明治百年〉というあいまいな近代日本の歩みがぼんやりとした記憶を残している。現在の自分 のアイデンティティーを求めるべく、過去の「父」の行跡の断片を組み合わせようとする主人公の姿は、明治百 年の複雑な日本の肖像画が過去に閉ざされたものではなく、現在、ひいては未来の日本の有り様に関わる重さを 持った問題であることを示唆する。この作品には、同時代の問題として受け入れるべき明治百年の歴史認識、ま た、その表象の問題が込められている。
4,300원
『親子』は、父と農場という有島にとってきわめて大きな意味を持つ事柄を題材として描かれている。しかし、 『或る女』『カインの末裔』などの作品に比べると、その作品論の数は少ないのが現状だ。しかも、研究者に よってその解釈に大きな隔たりがある。その要因は作品の最終部分の「よしやり抜くぞ」という意味が明確でな く、それゆえいく通りかの解釈が生れてきているからだと言える。本稿では、問題となっているこの部分の解釈に 焦点を当てて論じることにした。 作品は1923年当時の有島の思想的課題を中心に、過去の題材をもとにして再構成されたものでる。父との思 想的対立に悩み、理解し合えない苛立ちを覚える「彼れ」が、今日こそはと父との対決を決心するが、結局、 最後は血縁の愛に落ち着かざるを得なかった、というストーリー構成となっている。しかし、このテクストはそれほど 単純に「親子の情愛」に終結されないものを含んでいる。「やり抜くぞ」という「彼れ」の決意は「胸の底に 沈」み、「血のつながり」に対する感情は「熱い」と同時に「淋しい」ものであった、という読みも可能であろ う。テクストはアンビバレントな表現ゆえに異なった解釈が生れてくる。しかし、それは多分に意図的で、こうした 表現により別の解釈の道が残されているところにこの作品の特徴がある、と言える。 有島が自分自身を見詰め直したとき、否定できないことはブルジョア階級の父のもとに生れたという事実だっ た。それゆえ、親子の問題は「血縁の愛」に落ち着いたのではなく、実は「血のつながり」からくる絶望感がそ こにはあった。「血のつながり」は親子という絶対的な情愛のつながりを意味すると共に、有島にとっては生まれ 育った階級を変えることが許されない<宿命>であったのだ。その両面性を「熱い」「淋しい」という相反した言葉 で表現しているが、「淋しさ」と表現しなければならなかったところに作者の悲しみがあったのではないか。作品 は作者の高ぶった感情を見せながらもどこか暗い幕切れとなっている。
장혁주의 「氷解」에서 보는 국책과 조선인 ―‘빙해’를 중개하는 朝鮮人코레이 이야기―
한국일본학회 일본학보 제75권 2008.05 pp.165-177
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1939年2月に発足した大陸開拓文芸懇話会は、「内地」の作家たちが「大陸開拓地」を視察し、「満洲」 に取材した作品を生産することを目指して結成され、その年10月にはアンソロジー『開拓地帯』を出している。そ こに収録された張赫宙「氷解」(初出『新満洲』第3巻第7号、1937.7)は、主人公「王三」が「満蒙開拓青 少年義勇軍」の少年たちに対する反感が自分の誤解から来るものであることを悟り、日本側に協力していくという 典型的で単純な国策的内容である。 このテキストは朝鮮出身作家張赫宙の身体が持つエスニシティを被せることにより、被植民者自らが発する、ま たは代弁する帝国の言説という意味で、国策文学としてのプロパガンダ性が強まる。本研究では、登場人物と作 家と作品のメッセージの送信先、つまり張赫宙が想定した読者のエスニシティまでを視野に入れ、「氷解」が日 本帝国の国策文学として持つ意味とテキストに内在されている帝国主義に対する批判という両義性を踏まえた上、 もう一回「氷解」の国策文学としての戦略を捉えてみた。それに基づいて「氷解」のなかの二つの物語と二つの 国策の関係を日本帝国と朝鮮と「満洲国」に関連付けて考察した。
4,300원
本稿では、堀辰雄の代表作『風立ちぬ』第4章「冬」と第5章「死のかげの谷」の間に、「私」のエゴイズ ムというテーマを巡って「ズレ」が生じているという先行研究での指摘を踏まえ、この問題を「冬」と「死のかげ の谷」の間に書かれた「春」の章と短編小説「郭公」を通して考察した。堀辰雄の『風立ちぬ』という作品は 今日定本として読まれている完結版『風立ちぬ』というテキストだけがあるのではなく、もっと多様な読みを可能に しているテキスト群が存在している。完結版『風立ちぬ』では、「冬」で描かれている「私」のエゴイズムという 問題が「死のかげの谷」で急に陰を潜めている。しかし、この問題を『風立ちぬ』の創作された順、すなわち 「冬」ㆍ「春」ㆍ「郭公」ㆍ「死のかげの谷」の順に辿っていくと、死に逝く者の<生>の発見から生者の死者 の死と<生>に対する敬意という死者への鎮魂に変容されていることが窺えるのである。
4,500원
文献資料を中心に伎楽の展開史または研究史の流れを見ると、推古朝の時代に百済人味摩之が日本列島に 伝えた伎楽舞は、奈良時代に朝廷と主要寺院を中心に演じられ、保存された事実を、正史である六国史を通じ て確認することができ、さらには資財帳をはじめとする寺院関連資料を通じて確認することができる。 ところが、平安時代以降、伎楽舞がどのような変遷と変容過程を経たかに関しては、未詳の部分が多いまま鎌 倉時代に成立した楽書である狛近眞の『敎訓抄』(1223)を待たねばならなかった。そして、先行研究では、この『 敎訓抄』の記述をそのまま平安・鎌倉時代の伎楽の実態として理解してしまう。即ち、『敎訓抄』のいう「妓楽」を 味摩之の伝えた「伎楽舞」とみているが、証明できない。筆者は一連の拙考〈「伎楽」追跡考〉を通じて、伎楽 舞は、勅撰楽譜『新撰楽譜』を前後に急速にその姿を消し、音楽(雅楽)の楽曲として編入され、特に橫笛の曲と して貴族の管絃として生き残った、即ち舞の「伎楽舞」から楽曲の「伎楽」へと変わった事実を明らかにした。 舞としての面影は、一部の寺院で伎楽会として続けられたが、それも「遺法」として認識されるなど、直接味摩 之の伎楽舞として見るにはさらなる精査が必要であることも触れた。 本稿では、內閣文庫藏『妓楽龍笛譜』なる資料を通して、平安朝以降の伎楽展開史の一端を追跡したい。
4,300원
'つけあい(付合)'の文芸である連歌の製作は前句の解釈、翻訳から始まる。解釈、翻訳は連歌の製作 過程ですでに問題になるのである。そして連歌の詩的性質、即ち句と句との関連が言葉の上に出るのでなく、句 と句との間、あるいは隙間やずれに出るという性質は後の読者の連歌解釈及び外国語への翻訳をよりむずかしい ものにしている。このように解釈、翻訳の問題は連歌の製作過程、そして後の連歌鑑賞と深くかかわっている。 本論文は連歌の解釈、翻訳の問題を連歌表現の多義性と厳密性ㆍ限定性という観点から代表的な連歌作品 である宗祇の『水無瀬三吟百韻』の分析及び韓国語への翻訳をとおして考えてみたものである。
4,300원
芭蕉において家族のイメージは、空間という枠を乗り越えて成り立った存在であった。芭蕉には、俳諧師として の夢を限りなく追求しつづけた自分の世界を理解してくれ、そしてともにその道を同行してくれた周辺の人物こそが 誰よりも大事な家族の範疇として理解しえていたのである。それは、ある面では芭蕉の俳諧師という独特な環境が つくりだした産物であるとも言えるのであろう。芭蕉は一生を通して数えきれないほど、多くの人々と会ったり別れ たりしてきた。俳諧師という求道者としての生を生きていた芭蕉において周辺の人物とのつきあいと交流は欠かせ ない環境的特徴であると言わざるをえない。 それは自ずから芭蕉に家族というイメージをつくりあげ、芭蕉の生の一部分を築き上げ、最後には芭蕉が俳諧 師としての生を歩んでいくにおいてもっとも身近なところで芭蕉を支援し、応援しながら芭蕉のけわしい俳諧師の道 程に大事な後援者としての役割を果たしたのではないかと思うのである。
4,000원
2005年総選挙は、日本政治において大きな転換点となっている。自民党の地滑り的な勝利だけではなく、 1994年政治改革の様々な制度変更の効果が可視的形で現れてきたのである。1994年政治改革以後、日本の選 挙選挙制度は小選挙区比例代表並立制へ変更した。政治資金制度の改正、政党助成金の導入、また1990年 代後半の行政改革は中央省庁の再編にとどまらず、内閣の権限拡大・機能の強化をもたらしてきた。選挙制度の 改革と内閣機能の強化は、自民党総裁の権限強化と相まって日本政治の構造的な変化をもたらしている。 「1955年体制」として特徴づけられた日本政治の官僚主導と分権的な政策決定は大きく変化した。自民党の 政務調査会・総務会での政策決定ルールもボトムアップ(bottom up)からトップダウン(top down)へ変化した のである。このような変化は、小選挙区制度の導入、政治資金・政党助成金制度の導入に因る自民党総裁の権 限強化、行政改革に伴う首相への権限集中等がその背景にある。日本の政党システムは、自民党と民主党間の 2大政党へ変化している。両政党間の政権交代可能性は非常に高くなっている。それから首相・総裁になる像件 の中でよろんの支持が大きな比重を占めるようになった。また、参議院での自民党議席が過半数割れしている状 況から公明党との連立政権は常態化している。特に、2007年参議院選挙以後、ねじれ国会は参議院の権限を強 化している。
5,200원
1970年代は無国籍性のSF型巨大ロボットアニメが登場し、初期段階にとどまっていた日本アニメが発展する決 定的な契機となった。そのような巨大ロボットアニメとともに少女を中心としたアニメ, 世界平和を主題としたアニメ, 人間の成長過程を強調したアニメ、日本を誇りにしたアニメ等が現われ新しいジャンルも開拓されるようになった。 本稿ではこの時期に作られたアニメに含まれている思想を体系的に考察することに目的がある。結論からいうと、 この時期に現われている思想は、世界平和主義, 日本主義, 人間成長主義, 少女美化主義 等であると言うこと ができる。特に、アニメを通じて表現されたものは娯樂性と思想である。また現在社会において機能していない理 念ヤシステムに対して指摘し、未来社会のため対備すべきというメッセージも伝える性格もある。そして、アニメに 現われている多様な機械的発展, 技術的進歩, 感性的表現, 主題及びテーマ等は未来社会に実現される可能性 のあることを示している。1970年代日本アニメは娯樂的価値だけはなく社会的․文化的․経済的価値をも創出しうる 新しい産業になるという側面を浮刻させたし、日本アニメ世界を築きあげるのに大きく貢献したということで意義があ る。
4,300원
戦後日本の経済優先の現実主義外交路線は、50年代に入って輸出促進のための戦略的外交としてさらに強 化される。その結果、日本は先進諸国をはじめ、共産圏諸国や東南アジア、そしてアフリカの新興国まで積極的 な通商交渉を行い、貿易活性化の基盤を拡大していった。神武・岩戸景気を経ながら、完全に経済回復に対す る自信感を取り戻してからも、経済成長の勢いと経済外交の成果は止まる所がなかった。貿易自由化の波が世界 的趨勢になった60年代に入ってからは、対外経済環境も日本にかなり有利に働かされ、戦後の国家造りの方向 性もほぼ軌道にのった。それから「経済外交」は、「トランジスターのセールスマン」「エコノミック・アニマル」 といった手厳しい視線に直面しながらも、戦後の保守本流政治勢力の経済立国路線に便乘し、いつの間にか長 い間日本外交のトレイドマークのように認識されてきた。 だが、経済外交の陰に潜んでいるものの、日本の外交能力が生かされたもう一つの分野があるとすれば、そ れは言うまでもなく「文化外交」である。戦後日本のアジア外交を含めた対外政策をみると、意外と「文化外 交」に力量を集中してきたことがわかる。文化外交の持っている意味とその影響力は、今は21世紀の国の運命を 左右するとまでにいわれているが、その重要性を日本は戦後早々と認識して、経済外交と共に戦後日本外交の 両輪として推進してきた。以上を踏まえて本稿では、まず戦後日本外交史の中で文化外交の重要性がいつ頃か ら認識され、そしていかなる形で具体化され、またその成果を収めながら今日まで至っているかを、その経緯をと りあえず50年代までをめどにして分析した。結果と認知とが必ずしも一対一致しないという好例であり、そのギャッ プは脳の働きによるものだと考えられる。
在日朝鮮学校の「国語」教科書についての考察 ― 「初級部」の新旧教科書の比較分析を中心に―
한국일본학회 일본학보 제75권 2008.05 pp.271-286
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本稿では、60余年にわたる朝鮮学校の教科書の歴史を概観するとともに、朝鮮学校で実際用いられている現 行の「国語」教科書の分析を通じ、全在日韓国・朝鮮人に開かれた民族教育という視点から、朝鮮学校の「国語」 教科書に見られる民族語教育の課題について提言した。 1993年版教科書と2003年版教科書の分析を通じ、朝鮮初級学校における現行の「国語」教科書は、北朝鮮 の教科書と同様に、社会主義教育理念をベースとし、祖国に対する愛国心を求めているが、在日児童の実生活 と結びつき、言語的・心理的発達段階に相応しい言葉の教育に焦点が置かれていることが分かった。そのため、 思想教育が最終目標となる北朝鮮の教科書とその構成面において著しい隔たりがあり、同一教材の場合も、学習 者である児童の言語的・心理的発達段階に沿って教材が改められたことが確認できた。しかし、今後の民族教育 の課題として、総連が目指す「さまざまな思想や信条を持った同胞たちの子女を対象とする、広く開かれた民族 教育の場にする」にはまだまだ限界があることが課題として残る。
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Last April, Korea and U.S. agreed on establishing a FTA and have signed the agreement on last June. Due to Korea's organization's calculation and prospect, with the effectuation of the Korea-U.S. FTA, Korea's products exported to U.S. will be exempted from tax, which will bring a great advantage to Korea's exportation. However. the fact that in U.S. market, Korea's main competing countries are China, Japan, and Mexico and the fact that Japan is the main competing country in Korea's main export market(cars and electronics), need to be noted. Also, it can be predicted that Japan would consider multiple countermoves such as lowering the price of exported goods, increasing the production and utilizing NAFTA to catch up with Korea's competitive price. In this paper, economic relationship between Korea and the U.S. between Japan and the U.S. will be discussed as well as the competition between Korea and Japan in U.S. market. Also, the thesis will discuss Japan's evaluation on Korea-U.S. FTA and forecast Japan's countermoves.
韓国の日本語教育状況の変化と大学生の日本語学習 ― 日本語学習動機と日本・日本人イメージの検討 ―
한국일본학회 일본학보 제75권 2008.05 pp.299-309
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韓国の日本語教育は、第7次教育改革や「学部制」の導入、日本語学習需要の変化、日本大衆文化の段 階的開放政策などを機に、近年、教育内容と履修者に質的な変化がみられた。本研究ではこのような韓国の日 本語教育状況の変化のもと、日本語を学習している韓国人大学生の日本語学習動機と日本および日本人イメー ジを、日本語主専攻者と教養科目履修者を対象にして実証的に検証を行った。その結果、日本語教育状況が 変化しても依然として日本語主専攻者にとって日本語が就職や地位の向上に一定の役割を担っていたが、日本 語非専攻者群の日本語学習動機は、漠然とした動機だったことが特徴的だった。先行研究では、日本人との交 流の希求や日本文化の理解を反映した「統合的志向」が主たる日本語学習動機であった。しかし本研究では 「統合的志向」に代わり「日本大衆文化志向」が優勢な学習動機となっていた。また日本語を学習する韓国人 大学生は、日本を先進性が高く、日本人を勤勉で自律性が低いと想起し、依然としてステレオタイプ的イメージを 保持していた。また日本と日本人を信頼するイメージが高ければ、進路や地位の向上のために日本語を学習する 「道具的志向」動機が高く、日本語を教育課程の早い時期から学習しはじめ、学習期間も長い学生ほど、「道 具的志向」と「日本大衆文化志向」動機が高くなる傾向も認められた。
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