有島武郞の『親子』論 ーアンビバレントな表現の持つ意味ー
A Study on Arishima Takeo's “OYAKO”
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간행물
일본학보
KCI 등재
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통권
제75권 (2008.05)바로가기
페이지
pp.153-164
저자
奥村裕次
언어
일본어(JPN)
URL
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원문정보
초록
일본어
『親子』は、父と農場という有島にとってきわめて大きな意味を持つ事柄を題材として描かれている。しかし、 『或る女』『カインの末裔』などの作品に比べると、その作品論の数は少ないのが現状だ。しかも、研究者に よってその解釈に大きな隔たりがある。その要因は作品の最終部分の「よしやり抜くぞ」という意味が明確でな く、それゆえいく通りかの解釈が生れてきているからだと言える。本稿では、問題となっているこの部分の解釈に 焦点を当てて論じることにした。 作品は1923年当時の有島の思想的課題を中心に、過去の題材をもとにして再構成されたものでる。父との思 想的対立に悩み、理解し合えない苛立ちを覚える「彼れ」が、今日こそはと父との対決を決心するが、結局、 最後は血縁の愛に落ち着かざるを得なかった、というストーリー構成となっている。しかし、このテクストはそれほど 単純に「親子の情愛」に終結されないものを含んでいる。「やり抜くぞ」という「彼れ」の決意は「胸の底に 沈」み、「血のつながり」に対する感情は「熱い」と同時に「淋しい」ものであった、という読みも可能であろ う。テクストはアンビバレントな表現ゆえに異なった解釈が生れてくる。しかし、それは多分に意図的で、こうした 表現により別の解釈の道が残されているところにこの作品の特徴がある、と言える。 有島が自分自身を見詰め直したとき、否定できないことはブルジョア階級の父のもとに生れたという事実だっ た。それゆえ、親子の問題は「血縁の愛」に落ち着いたのではなく、実は「血のつながり」からくる絶望感がそ こにはあった。「血のつながり」は親子という絶対的な情愛のつながりを意味すると共に、有島にとっては生まれ 育った階級を変えることが許されない<宿命>であったのだ。その両面性を「熱い」「淋しい」という相反した言葉 で表現しているが、「淋しさ」と表現しなければならなかったところに作者の悲しみがあったのではないか。作品 は作者の高ぶった感情を見せながらもどこか暗い幕切れとなっている。
목차
要旨 1. はじめに 2. 「親子」執筆の時期的背景 3. 人物造形と作品の展開との関係 4. 「やり抜くぞ」が意味するもの 5. 「熱い」と「淋しい」のアンビバレントな表現とその意図 6. ブルジョアであるとの自と書覚けない苦痛 7. おわりに 参考文献
키워드
農場解放
血縁
親子関係
ブルジョア・プロレタリア
저자
奥村裕次 [ 한국외국어대학교 일본어과 조교수, 근대문학 ]
간행물 정보
발행기관
발행기관명
한국일본학회
[Korea Association Of Japanology]
설립연도 1973
분야 인문학>일본어와문학
소개 본 한국일본학회는 일본관련 학회로는 1973년에 한국 최초로 성립되어 2015년 3월 현재 가입회원수 기준 1000여명에 달하는 방대한 학회로 발전하였다. 본 학회는 일본어학 및 일본학은 물론,일본의교육,사상,역사,민속 등 일본학 전반에 걸친 연구와 한일간의 일본학 전반에 걸친 비교 연구를 대상으로 하는 학회로서 회원들의 연구기회 제공과 정보의 교류를 주된 목표로 하고 있다. 분회 발표를 포함하여 매년 20회 가까운 학술발표회와 국제학술대회를 개최 함으로서 발표 기회의 제공과 함께 회원 상호간의 친목 도모의 장으로도 활용하며 건전한 학회발전을 지향하고 있다.
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간행물명
일본학보
[The Korean Journal of Japanology]
간기 계간
pISSN 1225-1453
수록기간 1973~2026
등재여부 KCI 등재
십진분류 KDC 913 DDC 952
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