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일본학보 [The Korean Journal of Japanology]

간행물 정보
  • 자료유형
    학술지
  • 발행기관
    한국일본학회 [Korea Association Of Japanology]
  • pISSN
    1225-1453
  • 간기
    계간
  • 수록기간
    1973 ~ 2026
  • 등재여부
    KCI 등재
  • 주제분류
    인문학 > 일본어와문학
  • 십진분류
    KDC 913 DDC 952
제53권 (43건)
No
1

상대 일본어 오(オ)을류의 소릿값 연구

김대성

한국일본학회 일본학보 제53권 2002.12 pp.1-15

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4,800원

이 논문에서는 상대 일본어 오(オ)을류의 소릿값에 대하여 다루고 있다. 오(オ)을류로 쓰인 모든 만요우가나자의 각 운들에 대하여 분석을 하고, 특히 예자가 가장 많은 魚운과 登운 중 어느 운이 오(オ)을류에 가장 적합한 소리였는가를 상대 문헌과 니혼쇼키 가요에만 나타나는 만요우가나자의 비교를 통하여 대표운이 魚운이라는 사실을 재차 확인하였다. 나의 魚운 재구음(3등 [i ], 4등 [i ])을 토대로 魚운이 대표운이다, 한국 한자음의 반영례는 고대 한국어의 모음체계의 [어]와 일치한다, [ ]는 후설화만 이루어지면 후대의 갑류와의 합류가 자연스 러워진다, 니혼쇼키와 만요우슈우에 보이는 「覚․高」의 반영례는 「コク․コグ」가 아니라 「カク․ カグ」이다, 그리고 중국 음운사 내의 魚운의 변천 등 다섯 가지의 관점에서 오(オ)을류의 소릿값은 [ ](I.P.A.에 의하면 [ ])이었음을 밝혔다

2

4,600원

この論文では日本語の閉音節構造方言における体系変化のプロセスについて、主にフォネーム構造を中心に考 察した。まず、閉音節構造が成立する基本的なフォネーム構造は、対応する共通語において狭母音/i u/が語末に 位置するということである。瀬戸内町を除くすべての方言において、このようなフォネーム構造のもとでは必ず閉音節化 が起っている。そして、閉音節化と直前の音節の音環境においては、直前の音節が促音․撥音․二重母音で終わる ものや、すでに閉音節化しているものの場合は閉音節化が起こらないのに対して、直前の音節が長音で終わるものと、 ただの母音連続である場合は閉音節化が起こる。 一方、諸方言の閉音節化は母音の脱落という過程を経て成立したものと考えられる。この点、瀬戸内町の方言はそ の原形を保っている古い形と言えるし、富江町山下の方言もそれに近いと見られる。そして、串間市の方言の場合は共 通語と閉音節構造方言とのちょうど中間的な位置にある。その他の方言では母音の脱落後、語末子音が〔t〕〔〕 など比較的規範性の高いものに中和されていく。 さらに本研究では、いわゆる「四つ仮名」の対立が語末子音のところで残っていることや、これまで「ラ行子音の 脱落現象」として言われてきたラ行音の変化を、〔r〕音の脱落ではなく、狭母音〔i u〕の脱落した〔r〕音が二 重母音的な発音〔j〕に変わったものであるということなどを明らかにした。

3

明治期における漢文訓読法とその問題意識

羅工洙

한국일본학회 일본학보 제53권 2002.12 pp.31-51

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5,700원

本研究は近代における漢文訓読とその問題点について論じたものである。近代には時制や敬語の省略、その他仮 名遣い、係り結びなど色々の問題を抱えていた。このような問題点を一部の保守的な学者達は日本語の語法に合わ ないとして、その原因である近世後期の漢文訓読について猛非難を浴びせていたのである。 一方、中古文法に戻ろうとする動きに対して、これを阻止しようとする運動も激しかった。が、結局は中古文法に戻ろう とする動きは失敗に終わったのである。 とにかく近代に伝統的な訓読法と近世後期の新訓読法が交じりあった形で現われているが、当時の知識人が問 題点を指摘したのは、それだけ漢文訓読体の文章が人気があったことを物語っている。

4

4,300원

この論文は第7次学習指導要領に基づいて作成された高校日本語Ⅰの教科書(4冊)を対象に、各課の 最後にある「学習達成度を測定する問題」を分析した。分析基準として、学習指導要領․2元分類法 ․内容妥当性․問題形式を使った。分析結果から4冊に共通する点は、1)リスニングの問題が少ない、 2)場面設定をして機能を重視する問題が不足している、3)例を參考に日本語を使う問題形式が多い、4 )第7次指導要領でインターネットによる情報収集方法を知ることが目標にあるため、インターネットや コンピュータに関する活動が多い、ということが分かった。

6

日本語의 連体修飾構文에 있어서 「トノ」에 対한 考察

朴長庚

한국일본학회 일본학보 제53권 2002.12 pp.75-91

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5,100원

内容節の連体修飾構文の場合、修飾部と主名詞との間に、ほぼ義務的に「トノ」が現れる類型を三つに分けて考察をした結 果、次のようなことがわかった。 第一に、主名詞による「トノ」の介入であるが、「主張」 「報告」 「情報」 「言葉」のような名詞がこれに属する。 第二に、修飾部に推量、断定、当然、疑問、命令、希望、意志のような心的態度を表わす要素、形態的にいえば「だろう」 「かも しれない」 「かねない」 「まい」 「であろう」 「だ」 「である」 「べきだ」 「なければならない」 「はずだ」 「ものだ」 「わけではない」 「か」 「(の)ではないか」 「たい」 「てほしい」 「う(よう)」 のようなものがくると修飾部の陳述性が高くなって、主名詞との間に「トノ」の 介入がほぼ必要となる。 第三に、修飾部が完全な文の形でない、すなわち「ないか」 「だ」 「である」 「したい」 「しよう」のような部分が省かれている不 完全な文である際、義務的に「トノ」が主名詞の前に介入する。 また、「トノ」は「トイウ」に比べて、新聞の報道、論説文のようなかたい文体の文章に、よく使われているということが用例を通じてわ かった。

7

6,700원

この論文は倭語類解に記載されている日本語と日本漢字音がどのような経路を経て編纂されたか、また日本語語 彙の出処はどの資料に影響されたかを試みた。倭語類解に記載されている日本語と日本漢字音は見出し漢字を媒 介にして施されているため、まずは見出し漢字の性格を調べることにした。そのため、倭語類解と当時の四学(漢学․ 清学․蒙学․倭学)における他の類解書の見出し漢字を比較した。その結果、倭語類解の見出し漢字が他の類解 書には見られない見出し漢字が圧倒的に多く見られていることが解った。その中でも、倭語類解では他の類解書には あまり見られない単字(1音節)の見出し漢字が多く見られている。四学の他の類解書には、倭語類解での単字の見 出し漢字を含めた2字類の見出し漢字が多く見られており、倭語類解の見出し漢字と四学の他の類解書の見出し漢 字と一致するものが見られること等から、倭語類解の見出し漢字の成立に他の類解書を参考した可能性が高いと思 われる。また、四学の他の類解書にはあまり見られない、倭語類解のみに見られる単字(1音節)の見出し漢字のうち、 当時の日本国内の文献である慶長15年本倭玉篇類の見出し漢字と一致するものが多く見られていることから、倭 語類解の見出し漢字の成立に日本文献との関聯も考られる。特に倭語類解に見られる単字の見出し漢字の多くが 慶長15年本倭玉篇と相当に一致する。他の類解書にはあまり見られない複合語(2字類)の見出し漢字も東京大学 所蔵本長亨3年本(1489)影写本倭玉篇などの用例と一致するものがある。このように、倭玉篇と一致する単字と複 合語(2字類)の見出し漢字には、他の類解書に見られないものが多く見られることから倭語類解の見出し漢字は、当 時の四学の類解書を参考にしながら、日本の倭玉篇類の資料から採取したと推定される。 また、倭語類解の単字の日本語と日本漢字音を慶長15年本(1610)倭玉篇のそれと比較した結果、両資料の 日本語と日本漢字音が一致するものが多く見られており、両資料が日本漢字音とは一致するが、日本語とは一致しな い用例、また、日本漢字音とは一致するが日本語が一致しない用例などが見られる。しかし、複合語(2字類)の見出し 漢字も東京大学所蔵本長亨3年本(1489)影写本倭玉篇と東京大学所蔵本伊勢本倭玉篇などに見られる日本 語と日本漢字音が多く一致していることから、倭語類解の日本語と日本漢字音が倭玉篇類の資料から影響され たものと推定される。 このように、倭語類解の見出し漢字は全体的には四学の他の類解書に基づいて構成され、日本の倭玉篇類の 資料を参考にしたものと見られる。また、倭語類解に記載されている日本語と日本漢字音は倭玉篇類と一致するも のが多く見られることから、慶長15年本、乃至は東京大学所蔵本などのような類似文献によって影響されたものと思われ る。

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文末部構成의 特性 -『捷解新語』附属語를 中心으로 -

安昭貞

한국일본학회 일본학보 제53권 2002.12 pp.121-132

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4,300원

過去의 表現構造에 있어 文法的으로 어떤 特性이 있는가에 대한 연구로서 文末部의 유형을 中心 으로 살펴보기로 하였다. 歷史的으로 우리나라의 唯一한 日本語学習書『捷解新語』를 底本으로 하여 二大言語構成素의 하 나이며 文의 統括機能을 갖는 文末述語部의 形態와 附属語를 調査하고 그 時代의 表現形式과 意味 를 導出한다. 調査結果로서 첫째, 文末文節単位로 본 構成素로서의 頻度 높은「ござる․申す․す․さしらる․存ず」 의 5語를 導出할 수 있었고, 이들 어휘는 모두가 敬意․謙譲的 表現으로 構成되었다. 둘째, 附属語의 頻出度의 順位로 보았을 때, 文末自立語의 55%가 되는 5例語中에서 附属語와 接続되는 類形들은 疑 問, 意志的 表現(か、 まるしよう)이 52%, 謙譲表現이 19%, 否定表現이 10%로서 대다수(81%)를 차지하 고 있었다. 이들 文節構成의 形態的 特徴과 그 意味体系를 살펴보면「ござる」는 終止的 用法外에 已然中止的 用法「れ」形이 많았으나 附属語의 接続은 없었다. 「申す」는 未然形例가 많았고, 附属語「まるする」 가 恭遜表現으로 多用되었다.「為(す)」에서는「まるする」의 意志形「まるせう」로서 対話속에서 意志․ 推量의 表現이 많았으며, 이는 近世「ます」形의 前身임을 짐작케 하였다.

9

連体修飾語の語順 ―名詞․形容詞․動詞を中心に―

吳玹定

한국일본학회 일본학보 제53권 2002.12 pp.133-144

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4,300원

本稿は品詞の中で中核的な存在である名詞․形容詞․動詞を中心に連体修飾語の語順を考察したものである 。これらの三つの品詞のうち、形容詞は連体修飾語として用いられるのが中心的な機能であるが、名詞と動詞が連体 修飾語になるのは二次的な機能であると言える。従って、名詞と動詞は構文的意味関係(かかわり方)によって分類を 行った。まず、名詞は「状況的かかわりの名詞」「所有․所属的かかわりの名詞」「属性的かかわりの名詞」と分 け、動詞は「動作的かかわりの動詞」「結果的かかわりの動詞」「属性的かかわりの動詞」と分類した。このように それぞれの修飾語を下位分類した上で語順の傾向を計量的に考察した結果、「動作的かかわりの動詞>状況的か かわりの名詞>属性的かかわりの動詞>形容詞>属性的かかわりの名詞」といった語順の傾向があることを提示す ることができた。これは連体修飾語の語順が「非属性的修飾語はそれより属性的修飾語の前におかれやすい」とい う構文的条件に支配されていることを裏付けるものである。

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4,500원

ひとりひとりの人間が,それぞれの個性を持って存在しているように,一つ一つの語もそれぞれの意味なり性格なり を持って存在している。二人以上の人間が集まってなんらかの社会的な関係を結び付けていくように,二つあるいは二 つ以上の語がなんらかの文法的な関係を持って結び付いているのである。 本稿では,動詞と名詞を中心に,結び付いたとき生じる意味関係について述べることにする。只,「早く帰る」 が動詞句なのか文なのか,「年取った親」の「年取った」が複合語なのか単一語になっているのか,というような 形態上の問題には深く入りしないこととする。ここでは,まず,語,句,文の意味と関連された連語及び慣用句の意 味関係を取り扱い,さらに二つ以上の語が結び付いたとき派生される動詞と名詞との意味現象について,重点的に研 究分析する。

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일본 小学校 教育漢字와 新聞漢字 비교분석

李德培

한국일본학회 일본학보 제53권 2002.12 pp.159-170

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日本語漢字教育において、制限された時間内に最大の効果を収めるためには、学習漢字を提示する一定の順序 を定める必要がある。本稿では、日本の小学校教育漢字と新聞漢字における使用頻度との比較を通じて、使用頻度 1,000位までに含められた学年別学習漢字の数を調べた。その結果、新聞漢字の使用頻度100位までの漢字はすべ て小学校学習漢字に含まれていることや小学校教育漢字1,006字のうち、832字が頻度1,000位以内に含まれている ことなどが明らかになった。小学校教育漢字は使用頻度からみて効率の高いものであって、日本語漢字学習における 提示順序を定めるときの一つの基準になり得るといえる。

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日本語受動文の研究史的考察(1) - 大槻・山田・松下を中心として ―

李成圭, 閔丙燦

한국일본학회 일본학보 제53권 2002.12 pp.171-184

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4,600원

本稿は、昨今の混沌としている日本語受動文の研究のありかを改めて問うという意味で、「受身」という述語を初 めて使ったことで知られる大槻文彦(1891)や山田孝雄(1908、1922)、そして松下大三郎(1928、1930)について再吟 味を行ったものである。 今日、日本語の受動は、当該動詞の自․他の問題やその文における主語の性質などに着目して、直接․間接と いった二分法的な分け方がなされている。とりわけ自動詞から派生した受動文の場合、そこに被害性が認められるとい うことが異様に強調され注目されている。さらに、西洋言語との比較の結果であろう、無生名詞を主語とする構文が日 本語本來のものではないということも主張されている。なお、いわゆる「所有受動」という一群が別椊扱いされている。 いずれにしても、受動文と能動文との機械的な対応関係にのみ着目したとき、このような研究にそれなりの意義を認めて よい。また、整然とした一つの体系としての日本語受動文の椊組みが浮彫りになる。しかし一方では、統語の問題から 意味の問題までが混じり合った、整合性に欠けた基準によって日本語の受動文について記述することになってしまうと いう指摘も免れない。 このような、現今の日本語受動文研究のありかについての批判は、実は本稿を通じて見てきた大槻(1891)を初めと する諸研究者に対してもそのまま当てはまることである。これは、20世紀の初めと今日と、議論の的になっている個所だけ ではなく、その議論を展開する論理的な手順においても、ほとんど変わっていないということを意味するのではあるまいか。 要するに、従來のような「直接受動」対「間接受動」という二分法的な観点からの脱皮が、今日、求められるので はないかというのが筆者の考えである。

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室町時代における呉音と漢音 ー『玉塵抄』を中心としてー

李承英

한국일본학회 일본학보 제53권 2002.12 pp.185-197

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本論文は、室町時代の抄物『玉塵抄』を取り上げ、室町時代の学問の場においてどのような漢字音と漢字音が 対立するとされていたのか、その対立に関わってそれらの漢字音は互いにどのような関係にあったのかを検討した。さらに 、その対立に関わって『文明本節用集』を參照し、それらの対立している字音と呉音․漢音との関係を調査した。そ の結果、『玉塵抄」では、呉音․漢音という語を用いて、複数の音の対立を述べているものもあるが、その他、一定の 言い方で、ある一つの漢字について対立する複数の音を示しているところもあることが判明した。そして、次のようなこと が確認された。①「経(教․経錄)テハ~トヨムソ」⇔「詩文テハ~トヨムソ」は、仏典と漢籍における字音の対立を 示しており、『文明本節用集』においては、「経(教․経錄)」で示す音は呉音、また「詩文」で示す音は漢音とさ れている。②「ソラニハ~トヨムソ」⇔「本(漢書ナド)テハ~トヨムソ」は、日常的な生活での日常音と学問の世界での 読書音の対立を示しており、「ソラニハ~トヨムソ」で示している字音は『文明本節用集』で呉音とされており、「本テ ハ~トヨムソ」で示している音は漢音とされている。③「ツネニハ(ツネノ․ヨノツネニ)~トヨムソ」⇔「ココニハ~トヨ ムソ」は、一般に慣用的に行なわれている音と韻書等の規則的な音との対立を指しており、呉音、漢音の別とは直接関係し ていない。④「ココラニハ~トヨムソ」は、自分が所属しているところでの音とそうでないところでの音の対立を示しており、呉 音、漢音の別とは直接関係していない。

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한일고대어 비교연구의 역사와 전망

李應壽, 趙大夏

한국일본학회 일본학보 제53권 2002.12 pp.199-212

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日本列島と韓半島は地理的に近接している理由もあって、韓国は、昔から大陸文化が日本に伝わる 橋渡りの役割を担ってきた。よって、韓国からの影響を抜きに日本固有の文化形成を言及することは 無理であり、言語の場合も、その例外とは限らない。そのせいか、多くの学者が、韓国語と日本語の 親族関係を証明しようと努力してきた。 概略を見てみると、19世紀末のアストンに始り、20世紀に入ってからはラムステットなど西洋 の学者たちによってこの分野の研究は盛り上がったが、白鳥倉吉、金沢庄三郎など日本の学者たちも 並ならぬ業績を残している。特に金沢の研究は、いわば「内鮮一体論」を合理化する方策として、時 の政治に利用されたいきさつもある。また戦後の研究は、韓国では李崇寧、日本では大野晋がそれぞ れ先端をきったが、半世紀が過ぎた今もなお、この分野の研究に結論が下されたとは言いがたい。 したがって本研究は、以上のような過去の研究歴史をたどるかたわら、両国語の親族関係を明らか にする一説を企てる趣旨の下で始まった。しかし道は険しく、今回は、将來の韓日古代語の比較研究 を試みる準備作業という観点から、今までの先賢の研究業績を再整理し、その将來を展望することに 止めた。

15

4,500원

小稿は、中世語のオノマトペにおける形態拡張パターンを、「反復」「促音」「撥音」「り」などの要素を中 心に考察を行ったものである。まず、「反復」による形態拡張パターンとしては、「ABAB型」「ABりABり型」を中 心に分析を行った。この場合、「ABりABり型」の全例は「ABり型」に対する「反復」の意味を表しているが、 「ABAB型」の場合は「そよそよ、ひしひし」の2例が「AB型」の「そよ、ひし」に対する「反復」の意味として挙 げられる。また、「促音」による形態拡張パターンの場合は、その現れる位置によって、その働きも異なることになる。つま り、「Aっ型」においては「強調」と「瞬間性」を、「AっB型」においては「強調」または「力を入れて何かをす る様子」を、「ABっ型」においては「一回性」を表しているのである。さらに、「撥音」による形態拡張パターンの 場合、有声音の前に「撥音」が挿入されることによって、無声音の前の「促音」と同様に強調の意味を表していると 考えられる。一方、「り」の場合は、音節を添加して3․4音節の安定的な形態を作ることによって、オノマトペにおいて 安定感を与える機能を持っていると思う。

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4,500원

本稿では韓日母語話者における言いさし表現の語用論的要因、すなわち使用要因と不使用要因を明らかにし、 韓日共通の普遍的な要因と韓日各々の個別的な要因を体系化した。さらに対人関係と機能別にとらえ、そのかかわり についても考察した。結果は以下のとおりである。 (1)韓日の言いさし表現は使用上において普遍的な要因が存在することが確認できた。すなわち、簡単明瞭に必 要な情報だけを提供する「冗長さの回避」また丁寧すぎるのを避けるという「敬語回避」、「友人関係」で使用 するという対人関係の要素があった。一方、個別的な要因として、日本語では「柔らかく言うため」という心理、韓国 語では「樂に接したいから」という心理で、言いさしの形では同じでも、その根底にある意識は異なっていた。すなわち 「柔らかい」という心理には相手への配慮が見られ、「樂」という心理には相手よりは話者中心に重きが置かれてい る点から相手目当てか話者目当てかによる視点が異なっていると思われる。さらに不使用上においても普遍的な要因 が存在することが確認できた。すなわち「丁寧さの欠如」である。 個別的な要因として日本語では「正確な意思伝達の欠如」「親近感の欠如」であり、韓国語では「目上の関 係では不使用」である。このことから言いさし表現には「冗長さの回避」「正確な意思伝達の欠如」という伝達面 、「柔らかい」「樂」「丁寧さの欠如」「親近感の欠如」という心理面、「友人関係で使用」「目上の関係で は不使用」という対人関係の三つの要素が言いさし表現の語用論的要因として存在していることが分かった。 (2)「冗長さの回避」は対人関係と機能に関わりなく、「友人関係」は機能に関わりなく、韓日ともに存在している 要因として内在していたことから言いさし表現の基本的な要因として言えると思われる。さらに韓日の言いさし表現の他 の要因は対人関係と機能により言いさし表現の異なった要因が存在していることから対人関係と機能により変化してい ることが言えると思われる。

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日本語 主観的 助動詞의 意味 統辞的 特質에 관한 연구

千昊載

한국일본학회 일본학보 제53권 2002.12 pp.241-255

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本研究では沢田(1993)によって明らかになった日本語の主観的助動詞の意味統語論的特質,すなわち,主観的 助動詞は否定(negation)の作用域(scope)に含まれないこと,過去(past)の作用域に含まれないこと,疑問(interroga tive)の作用域に含まれないこと,条件節の内部に生起しないこと,文代用形の指示範囲から除かれることを説明した.そ れからなぜこれらの意味統語論的制約が発生するかを[接近可能性]という概念にもとづいて簡潔に説明した.最後に は,主観的助動詞と判断副詞(いわゆる陳述副詞)との兩立可能性の有無をみることによって本研究で提案した[接近 可能性]は多様な反例までも説明できることを述べた.

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일본어 교재의 중요어 인식에 대한 고찰

황광길

한국일본학회 일본학보 제53권 2002.12 pp.257-277

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초급일본어 학습에서 어떤 어휘를 중심으로 교육할 것인가를 규명하기 위해서는 현재 어떤 어휘 를 중심으로 학습이 이루어지고 있는가에 대한 고찰이 필수적이다. 즉 학습중요어휘에 대한 인식이 매우 중요하다. 이러한 중요어휘를 밝히기 위해서 6차 12종 24권 교과서에 나오는 어휘를 대상으로 하여 우선 그 빈도를 조사하였고 다음으로 그 출현폭에 대해서 조사하였고 이 결과를 점수화하여 각 어휘들의 중요도를 점수로 환산하였다. 그리고 이 중요도에 따라서 어휘를 나열하여 우선적으로 교육부 권장 어휘량인 900어휘 정도를 찾아보았다. 다음으로는 중요도 상위 900이내를 포함하여 중 요도의 여러 단계에 포함된 어휘들과 기존의 기본어휘를 비교하여 그 공통도 여부에 대해서 조사 하였다. 소고에서는 이와 같은 연구를 통하여 일본어 학습에 필요한 기본어휘를 보다 구체화하고 체계적으로 구성하는 것을 목적으로 한다.

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4,900원

人麻呂の歌、特に「廬」の表記と歌の発想を攻究していくにつれて私はどうしても漢詩文の影響を拭えない節があることに気づ いたのである。そこで本稿では巻三の巻頭歌である本文歌における「廬せるかも」と左注歌の「宮敷きいます」の表記の差が懸 隔であることに着目し、この末句における意味上の対応を発見することは人麻呂の歌全体の抒情の流れを読み取るのに不可欠の 作業であろうと思われたことから人麻呂の歌の発想と創作の動機、文学史的な意義などを綜合に考究してみようとした。 そこで、とりあえず陶淵明をはじめとする漢詩文と比較しながら考察し、この人麻呂の「廬」と関連する歌の発想の源を探ろうと した。そのことは担うべき時代と文化のあり方を究明する作業でもあろうが、一方ではその方向にむけてのより多角的な視野から関連 文献を渉猟する必要を感じたからでもある。 そして最初に得られたのはこの「廬」に付き纏う当時の政治․文化がそうであったように全面に多層的な道教思想が背後に あってその影響のもとに詠まれた歌語であることがわかった。勿論、その方法論としては万葉の歌を部立別にある「廬」の意味を調 査し、それに対応する前代の漢詩文の「廬」と「宮」の意味を穿鑿してみようとした。またその一方では万葉歌と神話に出てくる 橋の性格を有する「浮橋」の本來の意味を追究してみたところそこには天子の位を象徴するかのように吉祥をもって 皇都を讃美し、且つ大君を仕え奉ろうとする古代中国の天子の観念が根づいていたことが見受けられる。 いずれにせよ、歌をもって当時代における人麻呂の存在の根本を正確に捕えるためにはまず東アジアの歴史․文化にかかわる 諸問題を先に考慮し、時代を遡ってその影響関係を探らなければならないと思うが、当面の歌における詩句を漢詩文の諸記錄と照 らし合わせてみるならば、この「廬」と「宮」の表記は天皇を最高に崇めよおうとする共通認識のもとに支那から齎され詩語を巧 みに利用して創作された歌であろうことが察せられよう。 改めて、以上のような論点から当面の二三五番歌を眺めてみると本文歌と左注歌の表記の差異は天皇が居る宮殿を「廬」と 表現するように「宮」の字をもってもやはりその意味がほどよく並べでたてられて等価の心象風景のもつ歌を紡ぎだせたのではない かと思われる。 結局、歌を通じてみる人麻呂の感性の源を探り求めようとした時、そこには当然ともいうべき神仙思想の刺激があった。そのような 波と風潮の流れの上に奏でられた歌の調べを感ぜざるを得ないのである。そうであってこそ「廬」と「宮」の歌が同じ調べの性格 を具有し、同じレベルの歌の真価がそこで発揮されたものと考えられよう。

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5,200원

賢治が1924年刊行した『春と修羅』第一集(以下、『第一集』と略する)には、妹トシの死を悼んで樺太へ旅し た時に生まれた挽歌群が収錄されている。本稿は、童話『おきなぐさ』や詩「雲とはんのき」のなかに見える、<北>と <南>という方位に注目して、妹トシと関連のある詩を中心として<北>が持つ意味を考察しながら、それと共に<南>の ことも考察したものである。 『第一集』の巻頭の「屈折率」のなかで、賢治は自分の行くべき不安な前途を予告している。つまり、<天>を志 向する行為が同時に地下世界の魔法のラップを探しに行くのと正反対になる方向、自分の信仰において試練を受け るどうかという危険なところである。彼の予告通り、妹トシの死によって信仰の彷徨に処せられることになる。 『第一集』には、妹トシの死を悼んだ臨終場面からはじまって一連の挽歌が収められているが、そのなかで<北> の樺太への旅の時、十篇の詩群が詠まれている。この十篇の詩を検討してみると、とし子への挽歌という主題のありよう が一様ではなく、一種の進行性の経過を示していること、その経過に、ある奇妙な特徴が読み取れる。その特徴とは、と し子の臨終の場面、とし子の死の意味、とし子の辿った死後への夢想といった挽歌としての中心的なモチーフが、最初 の「青森挽歌」のほとんど全篇の表相を占めて協力に打ち出されている。旅が<北>へ近づくにつれて敍景と併存し、 挽歌感情が続いている。 しかし、最北端を背景とする詩「オホーツク挽歌」には挽歌感情から脱皮していく詩人の姿が詠まれている。さらに、 帰路につき南へ向かった時に読まれた「樺太鉄道」「鈴谷平原」ではほとんど詩句の表相から姿を消し、挽歌群 の最後を飾っている「噴火湾(ノクターン)」にいたって再び挽歌感情が読まれているほどである。しかも、「噴火湾(ノ クターン)」のそれは、以前の「青森挽歌」に比べては雲泥の差があるぐらい、その感情の質と内容が落ちている。 そして、挽歌旅行から帰った賢治は、「風景とオルゴール」の章で新たな旅行を予告することになる。「雲とはんの き」のなかで<南の方>へ石灰岩を探しに行くべきだと予告するが、これは妹トシがいない現実世界を受容して対社 会意識をもって実践的な生を営むことを意味する。そして、「宗教風の恋」と「〔昴〕」には関東大震災の悲惨な 状況が触れられており、とくに後者には死んだ妹トシへの<宗教風の恋>をしてはいけないと自省する賢治の心境が詠 まれている。 以上のように『第一集』を考察してみると、賢治にとって<北>は、方向としての意味ではなく死んだ妹の魂が行っ ている空間を象徴している。しかも、この<北>は垂直方向の空間にも転移されている。そして、<南>は、妹トシのいない 世界として社会への実践的な生が営める現実世界を象徴している。

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『미치광이 노인일기(瘋癲老人日記)』와 노인의 性

金珍我

한국일본학회 일본학보 제53권 2002.12 pp.313-331

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4,800원

본 小考에서는, 世阿彌의 能 이론서 「風姿花傳」에 보이는 「변화」를 테마로 한 이론에 착목하여, 이 「변화」 구조의 각색 양상을 世阿??의 修羅能 중의 대표적 작품이라 할 수 있는 「實盛」를 중심으로 고찰했다. 그 결과, 謠曲 「實盛」에 시도된 「변화」 구조의 각색은, 그대로 世阿彌 필생의 과제였던 「花」와 직격되고 있으며, 이를 통해 謠曲 「實盛」의 주인공상이「진귀함 (めづらしさ)」과 「재미(面白さ)」등을 동시에 업은 인물상으로 조형되어 있음을 확인할 수 있었다. 다시 말하면, 그러한 「변화」의 구조에 의한 각색은, 「연기를 잘 하더라도 재미가 별로 없」는 「武」의 세계에 살았던 인물에 「花鳥風月」의 「文」적 소재를 접목하는 것을 가능케 하여, 「實盛」라는 작품에 있어서의 「花」의 개화에 결정적인 역할을 하고 있음이 파악되었다. 이와 같은 고찰을 통하여 謠曲「實盛」에 포착되는 이러한 「변화」의 구조는, 다른 修羅能 작품에도 적용되었을 가능성이 있으며, 世阿彌作 修羅能 전반의 해석상의 한 지표를 여기서 찾을 수도 있지 않을까 하는 생각에까지 이르게 된 것이 본 小考의 조그마한 성과라 하겠다.

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題詠に關する考察(2) ―「曉」詠歌と「杜若」詠歌を中心に―

羅誠恩

한국일본학회 일본학보 제53권 2002.12 pp.363-378

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一條朝 문예집단에 관한 小考 -定子・彰子・選子 후궁을 중심으로-

愼仙香

한국일본학회 일본학보 제53권 2002.12 pp.393-408

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韓日古代說話에 나타난 <姦>意識

矢野尊義

한국일본학회 일본학보 제53권 2002.12 pp.409-423

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萩原朔太郞의 관능시 ―『靑猫』를 중심으로―

양동국

한국일본학회 일본학보 제53권 2002.12 pp.425-440

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有島武郞の『石にひしがれた雑草』少考 -その創作意図をめぐって-

奧村裕次

한국일본학회 일본학보 제53권 2002.12 pp.455-466

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