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일본학보 [The Korean Journal of Japanology]

간행물 정보
  • 자료유형
    학술지
  • 발행기관
    한국일본학회 [Korea Association Of Japanology]
  • pISSN
    1225-1453
  • 간기
    계간
  • 수록기간
    1973 ~ 2026
  • 등재여부
    KCI 등재
  • 주제분류
    인문학 > 일본어와문학
  • 십진분류
    KDC 913 DDC 952
제78권 (22건)
No
1

助動詞ツㆍヌ의 의미와 용법에 대한 연구

김원기

한국일본학회 일본학보 제78권 2009.02 pp.1-14

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4,600원

本稿は、助動詞ツ・ヌの表す意味と用法について、先行研究の成果をもとにして考察したものである。ツ・ヌの研究は、先行研究がそうであったように上接語の親疎性と表す意味を明らかにすることが大事であると思われる。前者については前回の報告で意志的な意味を表す動詞と無意志的な意味を表す動詞とによって使い分けた方が穏当であろうということを論考したのであるが、その事実だけでは同じ単語につくツ・ヌの用例に関する説明が不可能であるため、本稿ではその部分を解決すべくツ・ヌの持つ意味について考究したのである。 その結果、通常の文法書で説明されている「完了」という意味は多くの用例に適用されるし、また、「完了」という用語の意味する多義的内容及び、一般性から考えれば、その方が適切である面もあろう。しかし、それは完了という意味を少し拡大解釈した感も否めないし、また、上代から見られる同じ動詞及びあり類にツ・ヌがともにつく用例については適切な説明を与えることが困難であることを考えれば、妥当な文法的説明だとは思えないことを提案した。 そして、ツ・ヌの意味は主観的な認識(確認)による表現であるか、客観的な認識(確認)による表現であるかの違いはあるが、両者ともに「確認」の意味を表す助動詞であると位置づけた方が穏当ではないかと提案した。

2

諦忍의 언어인식에 대하여─ 『以呂波問弁』을 중심으로 ─

閔丙燦

한국일본학회 일본학보 제78권 2009.02 pp.15-24

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4,000원

日本における文字の起源についての議論のうち、<神代文字>の有無にたいする論争は、諦忍が『神国神字弁論』において、<これが神代文字だ>と初めて実物を提示したことによって大きく転換する。本稿は、諦忍の神代文字についての主張が初めて積極的に示されている『以呂波問弁』にたいする言語史的な位置づけを試みようとしたものである。 問答体で構成されている『以呂波問弁』を通して、諦忍は<日本は「神国」であり、日本語は「神語」、そして日本の文字は「神字」>との主張を繰り広げる。それに合わせて、<天竺と中国と日本は最高の聖域>であることを主張する際には、日本語と梵語との形態的な類似点に着目する。このように、悉曇を重視する視点は、後代の言語研究に多大な影響を及ぼしたものと見受けられ、なお、言語に基づき世界を見直そうとした視点もやはり注目に値するものと考えられる。

3

「しか」の二面性

朴江訓

한국일본학회 일본학보 제78권 2009.02 pp.25-36

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4,300원

This paper argues, contrary to what is widely accepted in the literature, that shika ‘only’ in Japanese has two different features based on the syntactic positions. In other words, shika in the argument positions syntactically behaves different from shika in the non-argument positions. This can be seen from the fact that the former is able to co-occur with other Negative Polarity Items (NPIs) such as Indeterminate-mo (dare-mo/nani-mo/dokoni-mo ‘anyone/anything/anywhere’) or kessite ‘never’ in the same clause, whereas the latter is not able to do. It is well known that shika is one of Toritate focalizers such as mo ‘also’, sae ‘even’ or dake ‘only’ etc and it can be followed by noun phrases such as nominative or accusative, inherent case markers such as kara ‘from’, de ‘in’ or to ‘with’ etc, adverbs, sentential verbs, te form, quotational clause and koto clause. In past studies, it has been widely observed that shika is categorized into a single type regardless of whether or not it is followed by. Assuming that their analyses were correct, they cannot explain that why shika which is followed by a nominative/accusative noun cannot occur with other NPIs in the same clause, whereas shika which is followed by inherent case markers, adverbs, sentential verbs, te form, quotational clause and koto clause can. This shows us that (i) shika in the argument positions is different from one in the non-argument positions and that (ii) shika should be categorized into at least two types in terms of the syntactic positions.

4

過去形の使用と知識管理

齊藤学, 崔栄殊

한국일본학회 일본학보 제78권 2009.02 pp.37-46

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本論文では、変化の瞬間に直接経験せず、変化の結果状態にのみ直接経験したという状況を[結果経験状況]と名づけ、この状況における過去形使用のメカニズムを明らかにした。 当該状況における過去形の使用は、原則ある種の「驚き」が伴われるか、実験の状況に限られることを、まず指摘した。そして「驚き」の実態は、話者が取り込んだ新規知識と既存知識の間に矛盾が生じたことに対する気づきであり、過去形の使用は、誤っている既存知識の修正に関わっていることを主張した。 また、この状況における過去形の使用は、一般的な語用論上の規則に則っており、使用文脈において、質の格率を犯さない範囲で最大の文脈効果をあげるために使用されていることを明らかにした。

5

自他両用の「漢語化」について

楊卨郞

한국일본학회 일본학보 제78권 2009.02 pp.47-58

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4,300원

本稿は自動詞と他動詞の両用法を持つ自他両用の「漢語+化」を対象として、自他両用の漢語動詞の下位分類について考察したものである。先行研究では自他両用の漢語動詞について、他動詞用法を基本として他動詞用法から自動詞用法が派生するという説と、自動詞用法を基本とする動詞と他動詞用法を基本とする動詞の二種類が存在するという説の二つの説が出されている。本稿では、「漢語+化」の形をとる動詞における「させる」形と「される」形の対応関係を中心に、自他両用の漢語動詞には三つのタイプの動詞があることを明らかにした。つまり、自他両用の漢語動詞には自動詞用法が優勢であるタイプ,他動詞用法が優勢であるタイプ,自動詞用法と他動詞用法が同等に働くタイプの三つのタイプの動詞が存在している。

6

『東語初階』의 硏究

李康民

한국일본학회 일본학보 제78권 2009.02 pp.59-71

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4,500원

本稿は、1905年に日本で作られた韓語重刊『東語初階』の成立背景とその言語資料としての性格を考えてみようとしたものである。 調査の結果、本書は、1902年に台湾住民の日本語学習のために製作された初刊本『東語初階』を韓国語に重訳し、これを韓国人の日本語学習に資すると共に日本人の韓国語学習にも役立てるように考案し刊行したものであることが確認できた。また、本書の刊行には日本近代教育の開拓者として知られる伊沢修二が深く関与しており、今まで台湾の日本語教育に尽力したことで知られている彼が、本書を通じ、韓国の日本語教育にも関与していたことが分かった。この事実と関連し、本書の体裁は、当時の韓国語学習書類や小学読本類には見られなかった文型中心の本文構成を試みており、これは当時としては時代を先んじる先見的な日本語学習方式であったと思われる。 一方、本書の日本語には、二段動詞の一段化やハ行五段動詞の促音便化の傾向が著しく、当時の韓国語学習書に比し、比較的規範性が働いていることが見受けられる。しかし、全体としては明治後期の言語現実を反映しており、高い資料的価値を有するものと思われる。 なお、本書の韓国語には、日本語に対する翻訳や注釈として使用されている様々な韓国固有の漢字語が散見され、それなりに韓国の近代語彙史研究に貴重な情報を提供し得る性質のものであることが確認できた。

7

4,200원

本稿の目的は、バイリンガルの発話の中で、コード切り替えが談話ストラテジーとしてどのように用いられているかを、実際のデータを用いて解明することにある。研究方法としては、日本語と韓国語の均等的バイリンガルである韓国人帰国子女を対象として、親しい者同士の自由な会話を収集し分析した。本稿で明らかになったコード切り替えの談話ストラテジーとしての機能としては、「強調」「オノマトペの切り替え」「談話調整」「接続表現の切り替え」「引用」の5項目が挙げられる。たとえば、「強調」のストラテジーとしてのダブルシグナルは、先行研究においてはバイリンガルとモノリンガルが会話を行う際に生じる現象として説明されているが、本稿の調査によれば、バイリンガル同士の発話においても、ダブルシグナルが談話の中で強調を表すためのストラテジーとして用いられていることが立証された。また、「接続表現」のコード切り替えは、談話のマーカーとして考えられ、コード切り替えを行う目的としては「発話権の獲得」「談話のムード転換、具体化への移行」「話題転換」などが観察された。本稿の結果、バイリンガルの発話行動におけるコード切り替えは、会話に臨場感を与える、発話権を取るなどといった機能を果たしていること、そして、コード切り替えがインフォーマルな関係でのイングループスピーチの指標として用いられることが明らかになった。バイリンガルにとってコード切り替えは、最も自分を表現しやすい言葉でコミュニケートするという目的に合致した談話ストラテジーのひとつとして考えられる。

8

日韓韻書比較考―聚分韻略の音訓付加と意味分類を中心として―

李承英, 湯沢質幸

한국일본학회 일본학보 제78권 2009.02 pp.85-98

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4,600원

ともに漢字文化圏にある日本と韓国とにあって韻書は、その漢字文化の中核をなす漢詩を作る上で必要不可欠なものである。両国では中国韻書に基づいて両国独自の韻書が選定された。その一つ、日本中世前期に作られ中近世を通じてもっともよく用いられた『聚分韻略』は、作成後音訓付加がなされるようになった。また、当初から意味分類が行われていた。この2点について『聚分韻略』その他中古以降の日本韻書と韓国韻書とを比べてみると、時期の違いこそあれ両者において音訓付加は等しく認められる一方、意味分類は韓国韻書には見いだせない。すなわち、日本韻書は原中国韻書の反切(小韻)掲示を省く代わりに意義分類を施したのに対して、韓国韻書は原中国韻書の大枠をそのまま保持した。ここに、日本韻書の中国韻書からの逸脱と韓国韻書の伝統尊重を見て取ることができる。

9

4,200원

本稿は、近代以降における非情の受身の発達の要因について考察することを目的とし、その一因となっていると思われる自動詞的対応項としての受身の役割について検討する。そのために、動詞の自他対応の有無および動作主表示と非情の受身との関わりについて考察し、非情の受身が対応する自動詞を持たない無対他動詞の自動詞的対応項として発達している可能性について検討してみる。 調査結果、近代以降における非情の受身の急増に直接的に影響しているのは、非情の受身の約七割を占めている無対他動詞の受身であることを確認することができた。特に動作主が明記されていない無対他動詞の非情の受身は、非情の受身の全用例において五割以上を占めるに至っていた。対応する自動詞を持たない無対他動詞において、動作主を伴わないそれの受身は動作主が明記されている場合より自動詞的な表現に近づいており、もし動作主を想定することが全くできないとすれば、さらに自動詞に近くなっていると考えることができる。近代以降発達した非情の受身においてこういう用例が占める割合が高いことは、能動に対応する受動としての役割のみならず、他動詞に対応する自動詞的対応項としての役割が受身に要求されたからではないかと思われる。

10

재일 디아스포라 문학의 ‘혼종성’과 세계문학으로서의 가치

김환기

한국일본학회 일본학보 제78권 2009.02 pp.111-129

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5,400원

本稿は混種性に表象される在日文學の變容を検討し、その過程で確認できる普遍的價値を通じて在日文學の世界文學としての可能性を考察した。先ずコリアンデイアスポラ文學の主題である開拓精神、民族精神、抵抗と鬪爭、挫折と希望の歷史に內在された價値を在日文學と結び付けながら混種性を穿鑿した。そして在日文學の混種性を‘脫國家、脫中心的世界觀’と‘多民族、多文化社會の共同體意識’に分けて考察した。‘脫國家、脫中心的世界觀’に関しては祖國や民族精神を描いた主題、實生活を意識した現實中心的主題、在日文學の健全なアンチとしての役割、理想論と實生活中心の現實論の間でアイデンテイテイを苦惱する現世代を通じて確認できるし、‘多民族、多文化社會の共同體意識’は國際結婚と混血/混血兒、共生論理、コリアンジャパニーズ槪念を通じて検討してみた。このような混種的視点に対する檢證過程を通して、在日デイアスポラ文學の世界性と普遍的價値は過去の帝國主義と國家主義が作られた自國中心的論理から脱皮し、强力な國家中心的支配談論下に澎湃された純血主義や單一民族神話から脱皮した形の開かれた視座で確保されるという点を指摘した。そういう意味で、最近提起される韓國社會の‘家父長的純血主義’、‘人種差別主義’、‘內部的視線の不在と排他的單一民族主義’に対する批判的視線は注目する必要がある。

11

가와바타 야스나리 문학 속에 나타난 救援의 메커니즘

李在聖

한국일본학회 일본학보 제78권 2009.02 pp.131-143

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4,500원

本稿は川端康成の小説の中で主人公の心理的葛藤や傷を癒してくれる人物が常連のように登場し、ストーリーの展開にも重要な役割を果たしていることに注目して、その様相を分析したものであり、分析の結果、次のような特徴と意義を見つけだすことができた。 第一、川端作品の主人公の多くは孤独感や空虚感など心の陰りがあり、何かの対象を通してその心の病を癒してもらおうとする傾向を見せている。 第二、その救援者的な対象としてしばしば登場するのは、ほとんどが純粋な処女性を保った女性である。 第三、つまり、川端の小説のなかでの<救援>とは、<純粋>と<処女性>の治癒力による<汚れの浄化>と<生命力の回復>に他ならない。 第四、このような<救援の女性像>が成立した背景には、作者川端の孤児的な成長環境に由る母性への憧れと、体験したことのない母性の実体感の乏しさと抽象化などがあったと思われる。 第五、この<救援>と<浄化>は、実は川端が文壇に登壇したときから追求した一つの目標でもあったし、彼の文学全般を貫く重要なキーワードとしての意味を持つ。

12

4,800원

明治35年11月に発表された「旧主人」と「藁草履」は、作者藤村が自ら「はじめて産れたる双児」と評したように、素材とモチーフなどの面で類似性を持つ短編である。『緑葉集』初期を代表するこの二つの作品は、女性像の造形の面で示唆するところが多いと思う。 本稿ではこれらの作品に表われる女性像を、主に「世間」に対する認識を中心に探り、それを「見る/見られる関係」の中で分析しようとした。まず「旧主人」では、話し手のお定の「覗き見」を通して、彼女の目に映った綾のエロスの問題を取り上げた。その上で、お定の心境の変化を、綾との信頼関係の破綻を中心に考察した。また「藁草履」では、主人公源吉の視点から少し離れ、妻のお隅の視点から彼女を眺める他者の視線に注目し、そこから社会的弱者としての女性像を浮彫りにしようとした。 小諸での生活を通して「新しい家」という夢を喪失した藤村は、「見る/見られる関係」を中心にした様々な人間関係の中で人間の内面に潜む性と本能を描き、人間の本質に迫ろうとしたものと考えられる。それによって結婚生活の実体と夫婦生活の破綻という現実を描き出そうとした作者の意図とともに、有機的関連性を持つ作品集としての『緑葉集』の独自的意義について論じたいと思う。

13

4,200원

『篁物語』は、実在した小野篁を主人公とする短編物語で、大正から昭和にかけて、彰考館蔵『篁物語』二本と宮内庁書陵部蔵『小野篁集』一本が紹介されてから、その研究が俄かに進んだ物語である。ただ、この物語はその成立時期が未だ定説を見ず、『源氏物語』との影響関係については、従来ほとんど論じられてこなかった。しかし、『源氏物語』の夕霧のありようと『篁物語』の主人公には、注目すべき類似が多々見られる。例えば、「大学の衆」の恋物語であること、またその恋が女の親の反対によってすぐには成就しないこと、さらに親の反対の大きな理由となっていた身分の低さが「みどり」という歌言葉によって表現されていることなど、実に様々な面において対応しているのである。このように、二つの物語には、その構成やモチーフ、そして表現に至るまで、看過できない類似が見られ、そこには偶然とは言い切れない何らかの影響関係が考えられる。本稿では、まず、その共通要素を指摘し、さらに物語における機能を検討していく。

14

일본의 對동아시아 FTA정책― 가능성과 한계에 관한 연구 ―

곽진오, 이승렬, 송백석

한국일본학회 일본학보 제78권 2009.02 pp.173-186

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4,600원

This thesis analyze the Japanese strategy toward East Asia in general and bilateral FTAs in particular. Also, the focus will be on the limit of possibility of Japanese FTA policy towards the East Asian countries. This thesis provides an analytical framework to evaluate FTA partners, upon which the Japanese government can design a FTA strategy. The East Asian FTA policy of Japan has been more realistic in recent years, particularly after the financial crisis of the late 1990s. However, East Asia, composed of many countries at different levels of political and economical development, is still far away from becoming a single community or a free trade area. This thesis concludes that Japan will have many limits practicing FTA among East Asian countries due to potential domestic disturbances to an acceptable level, as well as in securing proper implementation of it. This thesis is also concerned with Japan's FTA policy of East Asian with regional block, particularly dominated by potentially anti-Japanese due to previous history

15

일본에 있어서 대학특성화의 특징과 방향

具見書

한국일본학회 일본학보 제78권 2009.02 pp.187-205

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5,400원

現在各国における大学は、特色もあるしまた競争力のある未来指向的な大学作りという大学特性化のため超大学的な計劃と活動を行われている。しかしながら、大学特性化は一律的な方向で雁模型のような特性化が進められ特性化の一般化というジレンマに落ち、全面的な検討が必要である。本稿の目的は日本における大学特性化を促してきた背景と原動力を整えたうえで特性化モデルを構築し、大学特性化の特徴を考察するとともに未来指向的な特性化の方案を提示することにある。大学特性化を論じる大学特性化論は単一の理念で統合された綜合大学(university)ではなく極端に多様化されている目的と機能を持った多元的複合大学(multi-versity)への変化と言うことに基づいている。それによる大学特性化モデルは、キャンパス特性化型(campus specification type), 人材特性化型(human specification type), ブランド特性化型(brand specification type), 教育研究特性化型(education-study specification type), 国際化特性化型(internationalization specification type) 等として分けることが出来る。日本の大学は特性化モデルに基づき、研究と教育, 大学システム, 国際化、新知識創出, 新人材像 等を特性化しながら体系化する方向へと進めている。これから日本大学の未来指向的な特性化は、人的, 年齢, 国籍, 言語, キャンパス, 教育内容, 研究 等において既存の境界を乗り越えるという形で推進される必要がある。

16

4,600원

本研究は日本社会で「社会的排除」が起きるメカニズムを若年労働市場を中心にみた。特に「若年労働市場の新たな分断化」を「社会的排除」という理論的概念でみながら二つの実証的分析を試みた。第一に、労動市場の分断化が社会的排除の機制として機能しているのかを論議するために、労働市場地位間の移動可能性をみた。分析の結果、機会の不平等により、いったん非正規雇用層になると、正規雇用層への転換が難しいことを確認した。第二に、非正規雇用層は相対的に低賃金で劣悪な勤労条件を形成しているために若者が新貧困層(ワーキングプア)に陥る可能性があるか否かを見た。予想通り、所得の不平等により、非正規雇用層が新貧困層に陥る可能性が相対的に高く、社会保険の受恵者になりにくいことを確認した。このような二つの分析に根拠し、「若年労働市場の分断化」は社会的排除の機制として機能する可能性が高いと判断した。進んで本研究は、‘だれが排除されやすいのか’を把握した。非正規雇用を選んだすべての若者が皆そのような状況に陥るのではない。性別や年齢、学歴などによって、非正規雇用の可能性は変わる。女性で年齢が若いほど学歴が低いほど、新貧困層に陥る可能性が高い。このような「社会的排除」の問題は「現代貧困」と言われ、二重の社会的意味を内包している。「排除」と「包摂」の分断線(境界)を適切に選択する時、いずれもある程度排除される人が存在するということは事実である。問題は流動性があるか否かにある。分断境界の下にある人たちがいつもその状態にとどまるしかないか、ではなければ移動可能性があるかは当事者個人においても社会全体においても非常に重要な意味がある。それぞれの国の貧困率が小数点以下の数字まで一致すると言っても、その二つの社会での排除は相異なっていると評価されなければならない。

17

일본의 다도전통의 문화산업화 경향에 관한 현지조사연구

박전열

한국일본학회 일본학보 제78권 2009.02 pp.221-236

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4,900원

本稿は今日韓国と日本で社会的・国家的関心事である「グローバル時代の文化産業」のさまざまな領域のなかで、茶道の伝統が文化産業にどのように応用されているかについての現地調査の報告である。 今日、日本の茶道は大事な伝統文化として人々に愛好され、茶道を取り巻く諸産業は文化産業の一部にもなっている。また、茶道の持つ歴史性・物語性は文化産業の多くの部門に応用されている。また創作の素材(one source multi-use)としての效用性に注目しなければならない。 日本政府は文化産業を育成するために、豊かな感性を基盤にする諸伝統文化を再評価し、戦略的にも活用しようとしている。外国のソフトパワー政策の展開と日本の状況を比べて戦略的な対処が必要であるこの頃、日本は「文化資源大国」という長所を活用しなければならないという目標を提示している。文化資源というのは現代文化はもちろん伝統文化の中からも、現代化・産業化を通じて新しい魅力を産み出せると思っている。伝統文化の領域に茶道が含まれることはいうまでもない。 日本の重要な文化的伝統であると同時に、茶室や茶道具などの物を使うことによって具現される茶道は文化産業の素材(source)としても機能していることに注目される。茶道は伝統文化の一領域でありながら、一方では日本の知的財産であると同時に、象徴性を持って作られる茶道具は流通され経済効果を産む。また茶道に関わる物語は文化産業の特性である創作性をより豊かなものにし製品にも反映される。 自ら茶道を楽しむこと日本人にとってアイデンティティーを享受する手段にもなりうる。特に、茶道に関わる多くの歴史、美意識、人物伝承、幾多のエピソードは文化産業の根幹を成す小説、演劇、映画、ドラマ、マンガ、音楽、ゲーム、広告などの中に応用できる。それらは再解釈されることもあり、歪曲されることもあるが、元のソースが多様な形で応用され、文化産業における創作性をより深いものにし、商品性を高める。 茶道がこのように多様な文化産業領域にソースとして活用される理由は次のように整理できよう。長年の歴史のなかで蓄積された茶道の精神や茶道具あるいは茶道に係わる人物に関するエピソードが創作過程に多様なソースになっているという点をあげることができる。茶室や茶道具などの物は経済原理による工場生産品とは違い、実用性と象徴性を兼ねる創造的な生産物で文化的価値が優先する。文化産業に素材として甦る伝統文化の意味はなんであろうか。ここで、茶道伝統のもつ物語性や点前の仕来たりが文化産業の様々な領域で素材として応用される実例やそのプロセスに注目したい。

18

야나기 무네요시의 민예운동과 내셔널리즘

辛那炅

한국일본학회 일본학보 제78권 2009.02 pp.237-249

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4,500원

本稿は民芸運動の理論と実践に基づいて、柳宗悦のナショナリズムを考察しようとするものである。 柳は東洋と西欧、日本と他国が各々の違う面をお互いに尊重する時のみ、真の国際主義は到来すると思った。したがって日本的なものを主張することこそ、世界により高次的な調和を齎すものだと信じていた。そのような柳の<日本>ないし<日本的なもの>に対する強調はおもに民芸や仏教的原理を強調するときに提示され、文化的な面で強調された<文化的ナショナリズム>の形として展開された。しかし1955年以後の文章では日本人の中に内在する美意識の優越性を主張する論調が屡々現れており、特に「日本の眼」という論考ではエスノセントリズム的視点が強く見られる。このような彼の思想的変化は、ナショナリズムに内在する<文化性>と<政治性>を完全に分離することは難しいし、仮に分離することができるとしても、<文化的ナショナリズム>もやはり一種のナショナリズムであって、それが強くなった場合には本来そこに内在していた<平等主義>は釣り合いを失ってしまうことを示している。

19

奈良時代の八角円堂について

林南壽

한국일본학회 일본학보 제78권 2009.02 pp.251-260

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4,000원

奈良時代には八角形の建物がいくつかたてられているが、文献資料には八角円堂あるいは円堂と記されている。この建物の機能については仏塔あるいは供養堂、廟とする見解があり、また八角の起源についてはインドの円塔とみる説や日本の聖数から由来したとする説などが発表されている。しかし、興福寺北円堂や法隆寺夢殿、栄山寺八角堂など奈良時代に建立された八角円堂に関する史料を検討した結果、八角円堂は故人のために建立されたこと、安置仏は多様で教学とは無関係であることが判明した。また八角円堂に舎利の埋納がないことから墓標として塔の機能はないと考えられ、故人ゆかりの仏像を安置し、法会をおこなう供養堂であることを確認した。さらに八角を円と称することの意味については、インドの円塔を木造建築技法の制約から八角形にしたとする石田茂作説を修正し、古代中国で盛行した「天円地方」思想から由来したものであることを明らかにした。

20

전후 일본 보수정치의 ‘만주’ 표상-기시 노부스케의 내정과 외교-

임성모

한국일본학회 일본학보 제78권 2009.02 pp.261-282

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5,800원

In this article, I analyze the postwar Japanese representation of colonial experiences in Manchuria, especially the case of the Kishi regime in the late 1950s. As a symbol of innovatory bureaucrat, Kishi Nobusuke carried out various experiments on the planned economy of Manchukuo, and these experiences revived in the form of the statism and developmentalism under the postwar Japanese conservative politics. I analyze the statism of the Kishi government through the process of the Security Treaty revision and hyper economic growth, and its developmentalism through the process of the Southeast Asian diplomacy and welfare state policy. And I illuminate the postwar revival of memories of the authoritarian governance in Manchukuo. It was a nostalgic rebirth of the colonial past, and is duplicated as a neo-statism and neo-nationalism in contemporary Japan.

21

4,600원

本論文は、鳥居龍蔵という日本の人類学者の人種解釈論理を明らかにしたものである。鳥居は日本が周囲の他国家を植民地化していくプロセスと連動しながら、海外調査を行った学者である。筆者は、そのような鳥居が植民地という<異国>を出会うことで<自国を>どのように再構成していくのか、そのプロセスを明らかにしようと試みた。そのプロセスというは、具体的に西欧人によって命名されたメンヒル、ドルメン等を鳥居がどのように意識し、それを日本人種論理として活用していくのか、その変遷過程を意味する。鳥居は1897年初めて遼東半島を調査し、そこで獅子狩りの絵を発見し、それがアッシリアのニネベにあるアッサーパニパルの宮殿の壁画と同一なものだと見做した。そこでもう一つは、ドルメンを発見し、それが墳墓の一種だど解釈した。それは、フェルガッソン『巨石遺跡』とラボックの『有史以前』の文献の影響であり、西欧学者が定義した巨石遺跡の模倣であった。ところが、鳥居はドルメンとツムルスなどの区分を行えないマンロ博士を批判しつつ、日本の古墳に焦点を合わせつつ、その時代を明らかにしようとした。そこで、朝鮮半島に見られるドルメンと古墳と比較しながら、日本の古墳時代の人種は、朝鮮半島から移住した人種だと主張した。どころが、既に日本列島にはアイヌと呼ばれる先住民族が存在していたことを説明しなければならなかった。そこで鳥居は、アイヌという言葉は、人を指す呼称であって、アイヌ人を指す言葉ではないことを説明し、アイヌを排除する形で日本人種を説明した。また、太平洋のイースター島とマリアナに存在する巨石と日本に存在する古墳とは別の物であることを主張した。その傍ら、日本の古墳時代に移住した人種は、北方のツングス系統までつながっているし、南方からの移住人種も優秀な人種が移住したことを証明することができたのである。それが『古事記』『日本書紀』に記されている巨石の象徴性と古墳が天皇かその子孫の物であることから、日本人種の優秀性を証明し、日本人種論を創出することができたのである。

22

‘韃靼’표류의 口上書의 작성경위와 관련 연구에 대한 고찰

鄭夏美

한국일본학회 일본학보 제78권 2009.02 pp.297-309

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4,500원

In the spring of 1644 a group of Japanese merchants and sailors was shipwrecked on the coast of Manchuria. The survivors were taken to Shenyang an Beijing, then repatriated through Korea to Japan. After returning to their homeland they reported their adventures to authorities of the Bakuhu, Later nd deited version of this account focusing on ter experiences in Korea was published as Chosen Monogatari. I study the publication of the book and the progress of the study history about it in this article.

 
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