2026 (19)
2025 (64)
2024 (69)
2023 (44)
2022 (70)
2021 (59)
2020 (57)
2019 (65)
2018 (61)
2017 (69)
2016 (64)
2015 (73)
2014 (117)
2013 (84)
2012 (96)
2011 (82)
2010 (95)
2009 (89)
2008 (123)
2007 (107)
2006 (115)
2005 (136)
2004 (178)
2003 (136)
2002 (136)
2001 (119)
2000 (84)
1999 (64)
1998 (49)
1997 (50)
1996 (48)
1995 (33)
1994 (41)
1993 (33)
1992 (34)
1991 (27)
1990 (25)
1989 (26)
1988 (26)
1987 (24)
1986 (23)
1985 (23)
1984 (28)
1983 (12)
1982 (13)
1981 (16)
1980 (14)
1979 (9)
1978 (10)
1977 (9)
1976 (10)
1975 (6)
1974 (7)
1973 (6)
4,300원
本稿は、日本語の敬語運用において上下関係とウチソト関係という要素について、それらを取り巻く問題点を敬語 運用との関連で考察したものである。特に、「上下関係」については韓国語の敬語にみられる「圧尊法」という現象 から、その運用上の問題などに焦点を当てて両言語の比較を行うといった対照社会言語学の観点から考察してみた。そ の結果、両言語共に話題の人物と話し相手との序列関係において「話題の上位者を高めてはいけない」といった敬語 法の存在、また、その運用や変化の動向など酷似する点が多いが、しかし敬語を使う主体(話し手)の意識の面にお いて両者はかなり異なることが明らかになった。 次に、「ウチ․ソト」については、日本人のウチとソトに対する区別意識の曖昧さ、そして敬語運用の面において社会の さまざまな集団による相違や個人差などを指摘した上、ウチとソトを認知する日本人のタイプを<社会規範依存型><主 観依存型>に大別して結論づけている。
5,100원
「こと」節は「こと」の前に来る先行要素によって、大きく「述語文+こと」節と「名詞+の+こと」節に分けること ができる。このうち、「述語文+こと」節についてはその使い分けの問題を巡って多く議論されてきているが、「名詞+ の+こと」節についての研究はあまり見当たらない。そこで、本稿では、「名詞+の+こと」形の「こと」の意味機能 と、述語文を名詞節化する際に現れる「こと」「の」が担うとされる意味機能との間にどのような関係が認められる のかについて検討するとともに、「名詞+の+こと」形の類型について考察した。述語文を名詞化する「こと」の場合 は「の」との対比によって特徴づけられるが、この「こと」の特徴が「名詞+の+こと」形の「こと」の意味機能を 説明するのにそのまま当てはまるのか、そして、両者に相違があるとすれば、どのような点であるのか、といったことが、本 稿での主な考察の対象となる。考察の結果、「名詞+の+こと」形の「こと」は二つの意味·機能を持っていること が分かった。一つは「こと」のすぐ前にある名詞に関連して何らかの「ことがら」「できごと」を表す場合であり、もう 一つは、そのような「ことがら」「できごと」を表さず、「こと」自体の意味を見い出しにくく、名詞を指示する機能だけ を持つ場合である。「ことがら」「できごと」を表す「こと」の場合は、文に必須の要素となっており、「こと」自体の 意味を表さず、名詞を指示する機能だけを持つ「こと」の場合は必須要素ではない。 また、4.1の「名詞+の+こと」形の「こと」が「できごと」を表す場合には、「述語文+こと」と意味的によく似 た修飾関係にあると言える。しかし、「ことがら」を表す場合と、4.2で扱った「こと」は、述語文を名詞節化する「こ と」や「の」の意味機能からは説明できない。つまり、前接する名詞を指示する機能だけを持つ4.2の「こと」は、 いわば二重に名詞化された形である。これは「述語文+の」が名詞化する機能のみを担うことに類似しているが、 「名詞+の+こと」という二重の名詞化の場合、その名詞化が構文上、必ず必要な要素ではないという点で異なる。 「名詞+の+こと」形のうち、「ことがら」を表す「こと」の場合は、「述語文+こと」形における「述語文」を「こと がら化」する「こと」とは異なる。「ことがら」を表す「こと」は、その前に来る「名詞」を「ことがら化」するのでは なく、「名詞」に関わって想定できる「ことがら」を漠然と「こと」としたものである。したがって、「名詞+の+こと」形 の場合、4.1の「できごと」を表すものや、4.2の二重に名詞化する「こと」のように、文法的な働きをするものと、 4.1の「ことがら」を表すもののように語彙的な要素として用いられるものとがあると言える。 なお、「名詞1+の+ことを名詞2」形、「名詞1とは名詞2+の+こと」形、「名詞+の+ことだから」形のような「名詞 +の+こと」形を伴う文型における「こと」も、「こと」の指す実質的な意味がなく、その意味で形式的要素として用 いられていることが確認できた。
5,200원
‘観光日本語’は観光サービスを提供するための日本語で、具体的には日本人観光客の接客業務を遂行するの に必要な日本語である。 専門日本語(Japanese for Specific Purpose)教育としての「観光日本語」の学習目的は観光サービスに 関する日本語コミュニケーション能力を身につけることである。したがって「観光日本語」の学習領域は接客日本語、 観光サービスへの理解、インタアクション能力の3分野にわたる。 コースデザインにおいてはニーズ調査、レディネス調査、目標言語調査を行い、シラバスデザインに反映されなければ ならない。ニーズ調査においては、学習したい分野とともに必要とされる観光サービス分野を調査する。レディネス調査にお いては文法項目(動詞の活用、敬語動詞など)の習得度と日本語の運用能力の確認、観光サービスについての知識を チェックする。目標言語調査においては敬語学習の必要性と接客日本語の性格についての調査が主である。 構造シラバス作成においては観光に関連ある用語と敬語の学習を中心に、機能シラバス作成においては状況別 機能と表現意図の機能を中心に、場面シラバス作成においては業務場面別観光サービスを中心にデザインし、総合 的なカリキュラムを作成する。
4,600원
韓․日両語は文法構造が類似しているという特徴を持っているが、音韻論․形態論․統語論․意味論的な面 から対照分析してみると、相違点がかなり存在している。韓国人の日本語学習者が日本語を外国語として学ぶ際には 、これらの相違点に十分注意しなければならない。 本論文では、韓国語話者が日本語の敬語を学ぶときや使うときに生じる誤りの原因を分析して問題点を明らかに する。つまり、韓国語話者の日本語学習における一つの難問でもある敬語の使い方を韓国語話者が身につける手助 けをすることを目指して、どのように教えるのがより効果的であるかを明らかにするために韓․日両語における敬語の類 似した表現を対照し、敬語の用法と機能および表現上のずれなど、学習上の困難な問題点について研究した。 つまり、韓․日両語の敬語の共通点と相違点を明らかにし、敬語に関する学習上の困難な点を指摘し、日本語教 育の視点から応用できるように研究した。韓․日両語の敬語の表現上のずれなど、不自然な日本語の表現と誤用例 の分析を通して、韓国人の日本語学習者が間違いやすい問題がどこにあるか、誤用の原因などに焦点をおいて指 導という観点から検討した。
4,800원
本稿は、指示代名詞の近称にあたる「這回」の歴史的展開について考察した。近世․近代の文献に見られる 「這回」は、先行研究のように、近世初期の朱子学や漢詩文にも見られたが、直接的原因は、中国俗文学ではない かと思う。 「這回」は、まず唐話辞書から調べると、色々の辞書に顔を出していることから、中国俗語として認識されていたことが 分かる。すべて「コノタビ」と解釈している。当時、多く読まれた『水滸伝』『西遊記』『金瓶梅』『紅樓夢』や 「小説三言」などにも見られ、中国俗語として通用していた語であったと思われる。日本では、中国俗文学を翻訳した通 俗物や少数ではあるが「日本人作白話体小説」「繁昌記」にも見られ、多様な範囲にわたって用いられていたこと が分かる。 明治期における中国俗語の受入れについては、二つの方法があると考えられる。一つは微視的なもので、近世後 半期に流行っていた「読本」系の言葉を援用したこと。もう一つは巨視的な立場で、中国俗文学などを読んで、そこ からの言葉を援用したこと。両方とも十分考えられる。しかし、筆者は後者の立場を取りたい。大部分の中国俗語は日 本において読本以前の作品に現われ、既に日本人の目に触れていたものが多く、それが読本の言語(文字)生活にも 現われている。それから、明治期の知識人は、自分の作品に『水滸伝』『西遊記』『金瓶梅』『紅樓夢』などの 書目を書き込んでいる作家が多い。そのことから、直接読んでいる可能性も高いことが分かる。とにかく「這回」を通し てみても、中国俗語が日本文学における豊かな言語(文字)生活に役立っていたといえよう。
4,800원
本稿は日本語タグ付きコーパス(tagged corpus)の構築方法について、高麗大学李漢燮教授研究室で作業が 進められている、日韓並列コーパス構築の際の問題点を交えながら述べたものである。本稿ではまずテキストコーパス と音声コーパスの違い、また生コーパスとタグ付きコーパスとの違いについて説明し、各研究分野におけるさまざまな形 態のコーパスについても見てきた。そしてタグ付きコーパスがなぜ必要なのか、その必要性について述べた。タグ付きコ ーパスの実際の構築方法についても詳しく触れ、各段階における注意点やどうすれば有用なコーパスを構築すること ができるのかを考えてみた。 そして、タグ付け作業時における手作業と自動化の各方法を比較し、その長所と短所について正確で効率的という 観点から検証してみた。その結果、最も現実的な方法としては、まず各種のタグ付け支援プログラムを利用して、全体 的な加工を行なった後、手作業でプログラムの誤認識を修正し、編集していくという方法であった。しかしプログラムを 使うこの方法では、プログラム側の仕様によって、求めている作業結果が得られないものも多く、常に自分の研究目的 に合ったプログラムを探さなければならないという難点がある。しかし全ての作業を一つのプログラムに依存するのでは なく、各々のプログラムの持つ特徴や長所などを把握し、様々なプログラムを組み合わせて自動化作業をすることがで きれば、より早く、より正確に、より大量のタグ付きコーパスを構築することができるということを確認した。 コーパスの価値を決める均衡性、妥当性、一貫性を維持したタグ付きコーパスを構築するためには、様々なプログ ラムに関する知識と、それをうまく組み合わせて活用することのできる能力が、これからは必要不可欠になっていくであろ う。
4,600원
雨森芳洲著の『全一道人』には、韓語の母音「-ㅔ」の二重母音説を支持するものとして捉えうる用例がある。 本稿は、この問題と関連して、日本語の「エ列音」の音価推定をめぐって行われてきた従來の先行研究を踏まえつつ、 『全一道人』の言語資料としての性格をはじめとして、仮名によるハングルの転写が持つ意味等について議論を行 ったものである。 その結果、『全一道人』の転写体系は、表語と表音とが交錯する一貫性に欠けた形となっていることを確認するこ とができた。たとえば、「-ㅐ」や「-ㅔ」にたいする「ア列+イ」「オ列+イ」のような転写法は表語的なものである こと、「-ㅕ」にたいするエ列転写は従來の慣用に従ったものであること、そして、「-ㅕ」にたいする「イ列+拗音」 による転写は表音的なものであることなどを述べた。一見、混沌としているように見えるが、だからこそ、本書の学習書とし ての、また言語資料としての価値が浮き彫りになるのではないかと考えられる。 そして最後に、『全一道人』に見られる韓語の母音にたいする仮名転写の傾向や三濁点などから、日本語のエ 列音が口蓋性を帯びていた可能性を見た。
4,600원
本稿では、日本語における従來の言葉使いや、複雑な敬語表現を簡素かつ、分かりやすく見直し、円滑なコミュニケ ーションを行うための代案として登場された「敬意表現」という概念について考察を行った。そこで、まず、新たな「敬意 表現」を定義づけるため、従來の「敬語」や「待遇表現」および「ポライトネス」との関連性を中心に検討を行った。 そして、その結果得られた「敬意表現」の定義にしたがい、「敬意表現」の類型を大きく二つに分け、さらに細く下位 分類を行った。また、分類された「敬意表現」の類型がドラマやシナリオなどの発話場面で、どのように働きかけ、相手を 配慮するのかを考察した。そして、一定の談話中や文脈に現れる「敬意表現」の発話条件は、話し手と相手の親疎関 係(内․外)․上下関係․年齢差、および、「公的․私的の場面差」や、「談話の内容」の軽重、話し手の状況な どの要素が複合的に作用していることが分かった。しかし、「敬意表現」に関する研究は、し始めたばかりで、「敬意表 現」の類型の分類や発話条件についてはまだ補完すべきところが多い。
4,900원
本稿は、「きよ」系の派生語、形容動詞、「けうらなり」「きよらなり」「きよらかなり」「きよげなり」について、こ れら四語の語史における消長過程を考察してみる。これは派生過程において複数の接尾語がある場合、一口に接尾 語と言ってもその展敍の機能に強弱があると思われるからである。また「けうらなり」と「きよらなり」の前後関係と語構 成の面から「きよ」系の形容動詞の肥大化に与かる各接尾語の出現過程を上古から中世末期までの作品を中心 に調査してゆき、作品のジャンル․時代との関わりを検討してみた。その結果、四語の使用の状況は中古と中世ともに 「きよげなり>きよらなり>けうらなり>きよらかなり」の順に現われ、ジャンル別には「物語>説話>随筆․紀行>日記」 であった。また『竹取物語』で同時に使われている「けうらなり」と「きよらなり」は各々呉音系と漢音系で同期間に 各々機能していたが、南北朝頃「きょう」に合流した可能性も考えられる。兩語の前後関係は漢字音の輸入と用例 数と衰退時期からみて「けうらなり」が先行形態であると考えられる。それから「きよら」に接尾語「か」が結合され 「きよらか」が形成され、「~ら+か」型形容動詞は中古に派生したのではなく、おそらく8世紀以前に形成された古 いものといえようで現代語にも使われている。「きよげ」は平安中期に造語力を発揮した接尾語「げ」と結合し、「き よらかなり」とは語構成が違っていることが分かる。また「きよらを尽す」という表現はあるが、「きよげを尽す」という用 例がないことから「きよげ」の名詞的用法が極めて乏しいことが分かる。
4,300원
先行研究では、「하고 있다」「해 있다」や「シテイル」をアスペクトを表す形式の一つとして捉え、その基本 的な意味 を「動作継続」「結果継続」の二つとして把握している。しかし、本稿では「하고 있는다」「해 있 는다」や「していなさい」「していらっしゃい」という構文について、アスペクトという文法範疇ではとらえきれない性質 (動作動詞的な性質)を持っていることは明らかにする。これらの構文に見られる「하고 있(는)다」「해 있(는) 다」や「シテイル(していなさい)」「シテイル(していらっしゃい)」をアスペクト形式の一つ(つまり状態化マーカー)とし て捉えようとする説明には無理がある。つまり、これらの形式が持つ動作動詞的な性質(本稿では、静止動作存在 様態とよんでいる)のため、「하고 있(는)다」「해 있(는)다」や「シテイル(していなさい)」「シテイル(していらっ しゃい)」構文が非状態を表すということになってしまい、矛盾した説明になるためである。 なお、これらの現象は、歴史的な文法化過程の中(内用語から機能語への文法化過程の一段階)でとらえるべき であると主張する。また、本論文で「하고 있는다」「해 있는다」や「していなさい」「していらっしゃい」構文の 成立条件を明らかにしたことも大きな成果になるだろうと思う。
5,800원
今日まで、アスペクトに関する日韓対照研究は盛んに行われてきており、ある程度の成果を挙げている。しかし、局 面表現の対照研究はまだほとんどなされていない。特に、局面動詞や局面表現を扱った研究、また局面動詞を体系的 に比較した論考は見当たらなかった。 そこで、本稿では、今後における日韓両言語の対照研究の基盤を築くために、局面動詞や局面表現について 日韓の比較対照を試みた。 本稿では、日韓両国語間には大筋において次のような対応関係があると認め、その枠組みの中で研究を進めて いく。(1)日本語の開始の局面を表す局面動詞「~始める」「~出す」「~かける」形には、韓国語の「~기 시작하다(ki sicakhata)」が対応していることが分かった。(2)継続の局面を表す「~続く(続ける)」に対応す る形式は、韓国語は基本的に存在しない。ただし、意味上は、「계속(kyeysok):続けて、ずっと」「계속해서(kyey sokheyse);続けて、ずっと」などのような副詞や副詞語が対応する。(3)終了終結の局面を表す局面動詞「~ 終える(終わる)」形に対応する韓国語の形式は、「~내다(nayta);きる」しかない。ただし、意味上は、「다(ta);す べて」「모두(motwu);みな、すべて」「전부(cenpwu);全部」などのような「副詞+動詞」形や「~을(를) 끝내다(ul/lul kkuthnayta);~を終える」などという形式が対応すると認め、その枠組みの中で研究を進め、検証し た。 なお、上記のようないろいろな局面において、韓国人が実際にどのような韓国語の表現を選ぶかについては、単語と 文に分けたアンケート調査を行い、おりおりその結果によりながら、検討を進めた。
1年間の留学前後のロールプレイにおける変化 ー約束変更のタスクにおける終助詞を中心にー
한국일본학회 일본학보 제57권 2003.12 pp.187-200
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一般的に留学後の学習者の発話に現れる日本語の終助詞は留学前より豊富になっている。しかしどんな点がどの ぐらい伸びたのか、また伸びなかったのかについての詳しい調査が留学に送り出す側の韓国ではまだ十分になされてい ないと思われる。そこで、本研究では同年齢や親しい者同士の間で使用される言葉遣い、いわゆる「だ体」によるロ ールプレイにあらわれた終助詞を比較分析し、1年間の変化における主な項目を抽出することを目的とした。 関東地方の4年制大学に約1年間留学した被験者10人(全員女性、留学前の平均年齢は22才8ヶ月)を対象にし、 約束の変更をさせるロールプレイカード(韓国語で作成されているもの)を手渡し、それを黙読させ、その内容にそったロ ールプレイを行わせた。また、日本語母語話者にも同様のタスクを用いて調査を行なった。ロールプレイを行なわせる際、 話し相手である調査者自身の発話は最小限に抑え被験者の発話を最大限に引き出し、やむを得ない特別な場合を 除き被験者に助け船は出さなかった。 その結果、留学後10人中9人までが終助詞の種類の合計数を増やしていること、全員が終助詞の使用頻度を増 やしていることが明らかになった。終助詞別に顕著だった点は、一般的に男性によく使われていると認識されている「か な?」が留学後8人(留学前には出現せず留学後に新たに出現がみえたのはこのうち6人)に現れていた点と、間投 助詞の「ね」が留学後8人(留学前には出現せず留学後に新たに出現がみえたのはこのうち6人)に現れていた点 である。 留学前のタスク達成度から10人を上中下の3つのグループに分けて分析した結果、下位グループに留学後出現 している終助詞「かな?」「の?」「かしら?」「の」「ね」と間投助詞「ね」は中位グループにもすべて見られる ことがわかった。さらに中位グループに留学後に出現している終助詞の「かな?」「の?」「かしら?」「け?」「の」 「のよ」「ね」と間投助詞「ね」は上位グループにもすべて見られることがわかった。 本研究の結果から、だ体による約束変更のタスクでは、日本語母語話者にも実際に多く使われていて、留学前に 初級レベルにいた被験者でさえも1年後には身につけてきた終助詞の「かな?」と「ね」および間投助詞の「ね」は 教える意義があるのではないか、ということを提案したい。
4,200원
日本語研究はここ数年激動の時代を迎えている。2000年の日本語文法学会の発足と、來年の、国語学の 日本語学会への改称がそれを象徴している。この激動の主因は日本語研究と密接な関係にある日本語教育の発展 にあるが、日本語史研究に限ってみると、ここに來て遅ればせながら、現代語、中でも現代日本語文法がすでに経験 した、その影響を大幅に受けるようになってきた。つまり、日本語史研究は外国人研究者の増加という新しい時代に入っ た。このような状況にあって、将來日本語史研究を再編するためには、何が必要なのか。湯沢は、それは〈従來の研究 にしばしば見られた便宜主義から脱皮すること、そして、それを土台として社会言語学的な観点からの接近を意図的、 積極的に行うこと〉でないかと提案する。そして、その実践の試みを一つ紹介する。
4,000원
先行研究では、日本語における「御-」を冠した三字漢語についてほとんど指摘されていない。山田孝雄の漢語 研究の立場では二字漢語として扱っていて、実際に用いられている文中の考察がない。一方、待遇表現では、「御-」 を用いた三字語を待遇語として研究対象としている。この場合、想定される接辞は「ゴ․ギョ․お․おん․おおん․み」 の語形となって、語彙研究として重視される語形がそれぞれ確定しないままで扱われている。待遇表現の研究では、語 彙的視点に欠け、漢語研究においては待遇語的視点からの研究が不足している。 そこで、中世の説話集である『宇治拾遺物語』における「御-」の付いた三字漢語を調査し、その用法などにつ いて考察してみた。この『宇治拾遺物語』は、一七九の説話で構成されている雑纂形態の説話集であるので、説話 の伝承を考慮しながら、「御-」を冠した三字漢語の用法などを探ってみた。特に、『今昔物語集』『古本説話集』 『古事談』『東斎随筆』などの同文的な説話を中心に比較․対照を行ない、本集の「御-」を冠した三字漢語 がどのようになっているかを探り、その異なりについて検討を加えた。 その結果、 次のような点がまとめられる。 ① 前代の待遇表現では「 させ給ふ」などの和語を用いていたものが「御 」を冠した三字漢語に代用され ていく過程が窺える。 ② 使用語彙は文体によって左右されることが当然であるが、「御-」を冠する三字漢語が鎌倉期から多くなりつ つあったことが推定されるのである。 ③ 漢語の使用状況からみれば、 同文的な説話(先行説話)に二字漢語である例が三字漢語となっている。これ も「御-」を冠して二字漢語を日本的に使用した例と考えられる。
5,200원
この論文の目的は、韓日両国語の中で、呼称という問題を取り上げそれを社会言語学的な観点から分析するとこ ろにある。今回は家族同士の呼称を中心に調査、分析した。即ち、韓国と日本の家庭で、家族同士の人がお互いに 呼び合うとき、どんな呼称がどのように使われているかを確認し、それを社会言語学的に考察した。 それによると、韓国の場合対称詞として、親族名称(49. 6%)、相対の名前(32. 1%)、応答詞(10. 7%)、テクノニ ミー(6. 5%)、その他(1. 2%)が使われている。日本の場合は、族族名称(42%)、相対の名前(41. 7%)、テクノニミー (7. 4%)、応答詞(4. 6%)、その他(2. 7%)、人称代名詞(1. 6%)が使われている。 全体的に見ると、韓国の場合人称代名詞が一番多い(39. 4%)。その次が親族名称(34. 4%)、そして相対の名 前、テクノニミーの順である。日本の場合も人称代名詞が一番多い(55. 7%)。その次が親族名称(26. 2%)、相対の 名前、テクノニミー、自分の名前、応答詞の順である。 両国ともに人称代名詞が一番多い。その次が親族名称である。韓国の場合は人称代名詞と親族名称の使用率 の差が大きくないのに対して、日本の場合はその差が大きい。
5,500원
タリ活用形容動詞の語幹になる漢語の語構造と、日本語での音型を中心に詮索した結果は、次のようである。 まず、二字漢語は本稿での挙例(1,674語)のうち、1,456語(87%)を占めており、その語構造は畳語․畳韻語․双 声語とそれらに属さないもの、そして「然」「如」「爾」のごとき助字を下接するものからなっている。 次に、三字漢語は畳語との組み合せからなるものが殆んどであり、畳語に助字や特定の漢字(一字)を下接したり、 あるいは特定の漢字を冠するもの、特定の二字漢語に助字を下接するものなどが挙げられる。 第三に、四字漢語は基本的に二字漢語を重ねたものからなるので、畳語․畳韻語․双声語といった語構成の要 素が軸になる。その語構造は、三字漢語のそれに比して多彩であるが、畳語どうしのものが圧倒的に多く、それ以外は 僅かにすぎない。その特徴といえば、畳語․畳韻語どうしのものや、助字を下接する二字漢語どうしのものは存するが、 双声語どうしのものは、全く見られないということである。 第四として、挙例の音を類型化すると、一定の傾向が見られる。その音型を大きい順に並べると、概ね「○ウ○ウ」 「○ン○ン」「○イ○イ」「○ツ○ツ」など、それである。 第五に、挙例の語尾の音(これも大きい順に並べる)として、[u] [ŋ] [i] [a] [o]音や、拗音のものは見られるが、 [e]音をとるものは、全く見当たらない。こうした結果は、和語擬態語のそれと同様の傾向を見せている点で、興味深いと いえよう。
漢字字体規範研究から見た国語国字問題関係資料の再検討 -「漢字御廃止之議」と「三千字字引」とを例に―
한국일본학회 일본학보 제57권 2003.12 pp.261-272
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まず、前島密「漢字御廃止之議」は、小西信八編『前島密君国字国文改良建議書』(1899年)に収めら れ広く知られるようになったとされるが、「東京茗渓会雑誌」第194号(1899年3月)に掲載された前島密「慶応年 中漢字御廃止の儀に付き慶喜公に上る書」はそれより早い。亀田次郎書写․大槻文彦書き入れの「慶応年中漢 字御廃止の儀に付き慶喜公に上る書」(国立国会図書館蔵)は前島自筆の別紙を綴じこむが、本文は「東京 茗渓会雑誌」所収本を書写したものであり、別紙は前島が事後的に手を加えたことを明言した記錄として重要である。 次に、「三千字字引」は、「郵便報知新聞」附錄(1887年11月)として発行されたが、「郵便報知新聞」の 複製版․マイクロフィルム版では省略され、しかも原本を所蔵する図書館がきわめてまれである。吉田澄夫․井之口 有一編『明治以降国字問題諸案集成』(風間書房、1962年)所収の写真複製は、漢字表部分(字引本体) を抜き出したもので、原本に収錄されている「報知新聞の目的」「雑報の種子買取りの内規」などの附属文書を 省略している。
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今まで大部分の「は」「が」の研究は意味と用法に限られたが、本稿ではこれと違う文末述語の影響力の差 異について考察してみた。「は」「が」と文末述語との差異をまず、 1) 格助詞と係助詞、 2) 文の構成要素と文 の統合完成要素、3) 現象文と判断文に3分類して考察した。 その結果「が」の格助詞が「は」の係助詞の構成要素になって次第に文末に統合完成されていくのと「が」 の文の構成要素が「は」の文の統合完成要素の基礎になって文末に展開していくのと一脈通ずることが分かった。 また「が」の眼前に展開する今の現象が「は」の論理的判断の根拠になりうる点で、先の文の構成要素と文の統 合完成要素と同様に解釈され、結局「は」「が」の文の影響力の差異もこれと同一線上で解釈しても別に差し支 えないと思われる。
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日本語における「させられる」は,普段,使役受身表現としてとらえられ,使役主からの强制によって,動作主が仕方なくある行爲を行うことを表すものであるように言われることが多い.しかしながら多量の實例を分析してみると,そう簡單に決めつけることはできないことが分かる.そこで本稿では「させられる」がどういう文法的な振る舞いをし,また意味用法の面ではどういう特徵を持ち,さらに意味的,構文的にはどうう特徵をみせるかなどを中心に「させられる」文型,特に使役受身の全體像をより精密に浮かび上がらせることを目標に考察分析を行った.その結果,「させられる」は,使役受身表現だけではなく,使役自發表現,使役可能表現としても使われ,これらのタイブのうち,使役受身表現は意味用法に基づぃて分析してみると,いくつかの下位タイブに分けられ,强制の使役受身,不本意の使役受身,放任の使役受身などがあり,さらにウォイスの一タイブとして,構文的な要因によって被害の意味が寫えられる使役受身とは文法的な意味を異にする使役受身,つまり單純に使役動詞を受身化した單純な使役受身まで樣 なタイブがあることが分かった.また使役受身を意味的,構文的な面で分析してみると,意味的には,直接使役受身,間接使役受身,持ち主の使役受身の三つのタイブが存在するが,必須項の增減という構文的な分析から使役受身を分類すると,意味的な面での直接使役受身,間接使役受身が構文的には直接使役受身に入れられ,意味的な面での持ち主の使役受身だけが構文的には間接使役受身に當たるということが分かつた.また 使役受身文を典型的なものと周邊的なものに分けると,まず强制の使役受身や使役主と動作主ともに有情名詞である不本意の使役受身が典型的なものに入れられ,周邊的なものとしては,中立の意味を持つもの,受身表現に置き換えられるもの,動作主と被害の受け手が違うもの,動作主あるいは使役主までもが非情名詞であるものなどがあることが分かった.最後に日本語の使役受身に當たる韓國語の表現についても極簡單に言及した.
『あげる』 『くれる』 『もらう』의 習得에 관하여 - 英語話者와 中國語話者, 韓國語話者를 비교하여 -
한국일본학회 일본학보 제57권 2003.12 pp.303-319
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授受を表す動詞のうち,「あげる」「くれる」「もらう」をとりあげ,英語を母とする英語話者,中國語など漢子を使用する言語を母語とする中國語話者と韓國語話者を對象に,空欄補充形式のアソケ一ト調査を基にして日本語の授受動詞の使用狀況を調べてみた.その結果を見ると,すべての學習者は日本語能力が高くなるにつれ,授受動詞の習得も進む.そのなかて中國語話者の上昇率がもっとも高い.三つのうち,「もらう」の正答率がもっとも高い.「あげる」と「くれる」は母語別に現れ方が異なって,英語話者と韓國語話者は「あげる」より「くれる」の習得がはやいが,中國語話者は「くれる」より「あげる」の習得がはやい.學習者の日本語能力レべル,母語によって誤用の型が異なるが,英語話者と韓國語話者には「あげる」と「くれる」の混同が多い.特に韓國語話者の場合,初級のときは「くれる」の習得がおそいが,レべルが上がるにつれ「くれる」の正答率は徐 に上がる反面,「あげる」を「くれる」とする混同が多く見られるのて,「あげる」の正答率が落ちている.また「くれる」とすべきところを「もらう」とした誤用は初級の時には現われるが,上級になってがらはその誤用は見あたらない.
18세기 한일 양국의 문학관의 비교연구 - 북학파 실학자와 일본의 국학자를 중심으로 -
한국일본학회 일본학보 제57권 2003.12 pp.321-335
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この論文は18世紀の朝鮮と本の思想界で主流をなしていた實學者と國學者の文學觀を比較檢討したものである.18世紀には東アジアにおける中國の影響力の弱化による世界觀の變化にともなって,文學觀にも大きな變化があらわれた.その變化を主導したのが實學者と國學者である.ところで,その變化を比較してみると,樣 な共通點があることに氣づくことができる.その共通點はつきの六っぬ要約できる.1)傳統的な文學觀であった<載道之器論>に對する否定,2)自然な感情の表現の重視,3)樂しみの手段としての文學,4)獨創性の强調,5)民族文學の重視,6)庶民文學の價値に對する認識.ところが,この六つの共通點はそれぞれ獨立しているものではなく,一種の鎭のように緊密に繫がっている.なぜなら,庶民は名營のために文學をするはずがないし,先行作品の眞似をする程の學文的知識もないので,庶民の作品は獨創的であり,また自然な感情を表現するしかないはずである.それに中國文化を無條件的に追從せず,民族固有の情緖を獨特な方法によって表現するので,庶民文學は民族文學とほぼ同じ意味を持っていると見てもよい.こういうぶうに,鎖のように繫がっているわけだが,その根底には中國から取り入れた知識に抑壓され,また中國的なものに對する崇拜の産物である知識層の文學への否定が存在する.中國文化の無批判的な受容によって獨創性が損なわれ,自由な感情表現が妨げられ,また民族文學が抹殺されている現實に對する反省が,ほほ同じ時期に韓國と日本の兩國で,實學者と國學者によって起きたということができる. 以上のような共通點以外に,實學者と國學者の文學觀には注目すべき特徵がいくつかある.まず,實學者たちは文學を現實批判の手段として考えていたことがある.それに對して,國學者は一見現實よりは過去に關心を持っているように見みるが,もう少し注意を擴ってみると,勸力者の啓めなどを恐れ,過去のことのように作って現實批判を試みた作品を書いていたことがわかる.また,實學者たちは古典を批判したが,國學者は古典を理想的なモデルとして見なしていたという違いも目につく.しかし,これもまた注意深く檢討すると,兩者ガ用いていた古典の槪念が異なっていることがわかる.すなわち,實學者の場合は古典が「詩經」のような中國のものを指し,國學者の場合は『万葉集』などの日本の古典を指している.要するに,中國文化に對する批判が實學者には古典の拒否として,そして國學者には古典の贊美として現れたことになるので,これもまたある意味では共通點といえる. さて,實學者と國學者の文學觀における最も大きな違いといえば,自國の文字への關心の有無をあげることができる.すなわち,實學者たちは民族文學を重視したにもかかわらず,ハングルを使って文學をしようとはしなかっのに對して,國學者は假名を使って文學をしたのは勿論のこと,假名硏究においても大變な業續を殘した.しかし,この違いを直ちに民族意識の有無の基準にしてはならない.これに對しては,ハングルよりも假名は5世紀ほど先につくられたという點朝鮮の知識層はハングルの使用を憚っていたのに對して,日本では早くから假名が活?發に使われていたという點地政學的に朝鮮に比ぺて日本は中國文化の影響圈の外郭に存在したという點等を考慮した多角度からの解釋が必要たと思う.
"귀토설화"의 한일비교 연구 - 『三國史記』와 『今昔物語集』을 中心으로 -
한국일본학회 일본학보 제57권 2003.12 pp.337-349
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本論文は「今昔物語集」第五第25話(龜, 爲猿被謨語)に見えるような<龜と猿(兎)>(猿の生き肝)說話の韓日比較硏究を試みたものである.<龜と猿(兎)>說話は韓日兩國において各各獨自の發展を遂げているが,本論文では主として『三國史記』と『今昔物語集』,そして漢讀經典を比較しながら,その受容と變容における具體的樣相を調べてみた.檢討してみた結果, 韓日兩國の<猿(兎)龜>說話は同一說話を收めているニつの類型の漢讀經典の話が融合される過程で發展を遂げ,また兩國の文化的事情に合うように各各變容されていったことがわかった.特に韓日の比較考察を通して大幅な變容を遂げている韓國の<龜と兎>說話の形成過程を三つの發展段階に分けて推定することができたし,また龍宮思想の反映という側面で韓日間の何らかの影響關係が指摘できた.
아리시마 타케오(有島武郞)의 『宣言』과 염상섭의 『너희들은 무엇을 어덧느냐』 - 신여성의 자아각성을 중심으로 -
한국일본학회 일본학보 제57권 2003.12 pp.351-373
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有島武郎の『宣言』と廉想涉の『お前たちは何を得たのか』は,作者の思想が直說的に吐露されている初期作品として,自我に自醒めた新女性と婚約者,彼の友人との間の三角關係を成している.なお,廉相涉の『お前たちは何を得たのか』のマリアは,有島の『宣言』の理想的な愛を實行しようとする. 本稿では,作品間おける直接的な影響關係の證據の提示に留まらず,因果關係を明らかにし,ニつの作品にそれぞれ??いている近代的な自覺と愛に對する苦惱の樣相を考察することにした. まず『宣言』のY子は `性` に自醒めて婚約者Aの權威的な愛に反發し,`外界の規約` から免れようとするBによって性欲の罪惡感を克服する.さらにY子はBを愛するようになって,靈的な自覺に至り,婚約關係という因習,道德を超越して自分の愛を宣言する.一方,『お前たちは何を得たのか』の新女性マリアは放蕩な生活をおく,ていたが『宣言』を讀んでから,打算的に婚約している自分の狀態を `闇夜`「として認識する.ようたなるその變りに『宣言』の理想的な愛を說明してくれたミョンスへ,因習や信義を乘り超えて自分の靈肉を占領する `强いカ`を訴えているのである.それはマリアが.『宣言』5のY子がAを裏切るわけにはいかないという信義と,Bへの本能的な愛との間で苦鬪することを讀んだからである.有島の『宣言』が靈肉の自覺によって內面の眞實に徹底的に從って行くことが打ち出されている.これを廉想涉は獨創的に展開させて韓國の知識靑年たちの施行錯誤そ赤裸 に描寫することによって,因習や打算を乘り超えた `强いカ`を促しているのである.
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「黃村先生」シリ一ズと呼ばれる三作品を「風流」を基軸に論じる.「黃村先生言行錄」では,これまで指摘のなかった,山椒魚に開する記載の典據を,石川千代松氏の「はんざき(??魚)調査報告」(東京帝室博物館·M36) であると准定.記述の合致性を別表にまとめた.<黃村先生> の性格は「無風流」を强調することから語り始められるが,その先生が山椒魚に寄せる情熱は風流心に滿ちている.しかし,それを破綻に導くのが,山椒魚議渡に關する價格交涉,卽ち小市民的な經濟感覺である.「花吹雪」でも,これまで論じられなかった「武勇傳」の一部の典據をそれぞれ推察した上で,<花吹雪格鬪事件>の風流とその破綻を考察する.樓吹雪を浴びて敵に立ち向かう<黃村先生>であるが,格鬪を前に高價な入菌を外す,という小市民性が風流を打ち消し滑稽譚に變換させると論じる.「不審庵」は,これまでの二作品と,語りの構造やスト-リ一の構成が異なっている.その相違點を述べ,しかし結果的には<黃村先生> の風流が打ち消される過程を考察する.以上三作品を,內容に沿って考察した上で,これらが發表された昭和十ハ年という時代背最から,日本文化の客觀視,旣成の美意識,風流觀を疑問視した作品群と位置てけ,所謂太宰の中期と呼ばれる時代の,他作品に表出する風流觀と倂せて,太宰治の風流觀を論じる.
시가집 만요슈(萬葉集)에 보이는 정치성 - 오토모노 야카모치(大伴家持)의 절창가(絶唱歌)를 중심으로 -
한국일본학회 일본학보 제57권 2003.12 pp.391-405
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大伴家持は越中國守としての任期を終え,天平勝寶三年(七五一)七月十七日に少納言となり,越中を離れるようにをる.そして歸京後,世に絶唱三首として高く評價される,(19)四ニ九○~九二を制作している.この三首についの評價は旣定の事實のことく從來考えられてきたが,しかし實は,大正から昭和にかけて秀歌として位置づけられたということが,最近(といっても,もうニ十余年前だが)明らかになってきた. 近代に入ってから發見された絶唱三首は,それ以來,主として「春愁歌」と見なされてきた.すなわち,先行硏究者は絶唱三首に近代人の感受性や絶對弧獨を見出した.そして,その見方は今なお搖るきない地步を占めている.しかしながら,(19)四ニ九○~九ニについての通說には模倣歌人·類型歌人と稱される家持を救いたいという先生硏究者の慾望があったのではないか. つまり,先行硏究者は万葉集の最終的な編纂者と考えられる家持の文學史的な位置を考えて,彼にふさわしい地位を寫えたかったのではないか.その意味で,(19)四二九○~九二に近代人の感受性や絶對孤獨を見出したことには,硏究者たちの政治的な意圖(=政治性)があったのではなぅかと考えられる.
하이쿠(俳句)의 본질과 예술성에 대한 고찰 - 센류(川柳)와 하이쿠의 비교를 통하여 -
한국일본학회 일본학보 제57권 2003.12 pp.407-419
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俳句の定義はあまりにも基本的な槪念の問題であり,本質的な次元であるが.俳句を一言では言い切れない.俳句は,特別な形態を持っている.このような俳句の特徵の要素は,現代俳句の範疇が過飽和狀態になりうる要因として作用する可能性があるで,俳句の本質と藝術性について硏究しようとした. 俳句の本質を論じるに,先行的にしなければならない硏究は俳句の定義を下すことである.このような俳句の表現形式を川柳も持っている.それゆえ,俳句と川柳との區別が要求される.かし,俳句と川柳との境界線上の共通要素がその區別に混亂を惹起する場合もある.その場合には普遍性に基づいて論議されるのが一般的である. 俳句と川柳とた區別は季誘使い,同音異義語,風刺と滑稽,社會性への追求などの要素だけでは論じられない.表現形式から見ると,作者がどのような立場で表現するかが排句と川柳との大きな差異點である.俳句は作者自身が感じた感情のなかに對象を溶解して取り出すのである.俳句は主觀的な立場に立っているのに對して,川柳は客觀的な立場に立っている.川柳は作者自身の感情を表さない.對象に介入しないで側から見ている立場,すなわち傍觀的な立場に立っている. さらに,俳句の文學的な機能と俳句の情緖を探ってみた.そのために,傳統俳句と現代俳句を季語面から比較して現代俳句の持ってぅる問題と俳句の行くべき方向性を考察してみた. また,季語の俳句と無季語の俳句を比較し,傳統俳句と現代俳句の共通要素を探って俳句の定義,俳句の本質を究明してみた,瞬間的な時空間のなかに美を感じられる情緖を含蓄する俳句から永遠な感動が生じる.そこに俳句の本質と價値がある.自然の本質の悟りから成り立つ人間と對象との素暗らしい言語の調律は永遠な感動を呼び起こすに十分である. このように,17字の音數律の表現形式を持つ俳句は,人間をめぐっている事物と事象の世界が作者の想像力を通して美と情緖が生じることに俳句の本質と價値があると言えるのであろう.
고바야시 다키지(小林多喜二) 『1928.3.15』와 프롤레타리아 리얼리즘론 - 시점 기법으로서의 『전위의 눈』 -
한국일본학회 일본학보 제57권 2003.12 pp.421-434
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本論文は藏原惟人が提示した「プロしタリア·しアリズム」の「前衛の眼」というテ一ゼを實作の適用した,小林多喜ニの「一九ニハ·一·一五」の視點技法に關する然究である.「前衛の眼」とは階級鬪爭の第一線に立った指導者の觀點を意味すると思ゎれるが,「一九二八·三·一五」では,ブロレタリア大衆の複數の人物を視點人物として採用している.一見矛盾したかのように見える小林多喜二の趣使した技法には,いかなる理由があったのだろぅか.「前衛の眼」という創作方法がこの小說において複數の視點に具體化された樣相を,視點人物の意識の變化過程を通して考察する. 『一九ニハ·三·一五」は,?勞動運動の彈壓に對抗し,それぞれの勞動運動家の各個人が逮捕と拷問の狀況と戰ってゆく過程を描いている.ここで「前衛の眼」は主に階級的憎惡に基づぃた孤立的·內面的鬪爭觀點から具體化されている.ところが,視點の頻繁な推移は,表現對象への個人あるいは集團レべルの多元的なアブロ一チを可能にさせた.したがって,一人の視點人物に固定しておこりうる閉鎖性や語りの觀念化·抽象化を克服し,より大きな次元での「前衛の眼」を獲得することができたといえるのではないか.それは,集團の意識のなかにも自然に潛入し語ることができる柔軟な方法であったからだ. こうした「前衛の眼」が志向するのは,現在の試鍊を乘り越え,未來にあるべき革命のために,より强國な意識を鍛えることである.しかしながら「一九ニハ·三·一五」を通じて作家小林多喜ニは,暴力に對抗する意識のうえでの抵抗を,もっばら肉體的苦痛に耐えることでのみ表現しようとしたのではないかという疑問が殘る.
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「白痴」は坂口安吾が1946年,「新潮」第43券に發表し作品である.安吾の文學人生においてキ-ワ-ドとも言える絶對孤獨を理解するには,絶對孤獨の境地に至るまでの契機になった幼年時代を硏究すべきである.したがって,本論の1では他の作家らよりも特に幼年時代からの影響が至大たる安吾の家庭環境と絶對孤獨を芽生えた契機を紹介した.「白痴」は坂口安吾が同年の1946年4月書いた「(墮落論)」を小說化した作品だといえるだろう.「日本文化私觀」が安吾にとって彼の生き方を思想的に定着させ,確立した作品だというと,「墮落論」と「白痴」はその生き方が戰後の特殊な狀況から出發してもう一つの獨自性を生成,彼の內部からの熱情をこめた作品である. 2では,絶對孤獨を表現するための前提である「白痴」の時代背景と暗鬱な戰後墮落した庶民たちの生活で,作品であるべきこの小說の主人公である映畵演出を勉强しているインテリ伊澤と精神世界を所有していない白痴についてみてきた.最初は主人公ニ人の性質を對立構造と設定さたが,次第に伊澤が白痴によって人間の眞の絶對孤獨を悟るようになるという構造を分析していった.「白痴」に見える `絶對孤獨` のいろんな樣相を三つの記號和した形態に分析した.また戰爭下という極限狀況を通じたからこそ人間の存在は墮落するまで徹底的に墮落して自分を正しく洞察できる安吾の人制觀を文學觀と關連?させている.この觀點から絶對孤獨を理想と現實,回歸と逃避,戰爭と墮落の題に記號化することができる.また,絶對孤獨が感じられる所として安吾はふるさとをあげている.彼の言うふるさとは,一般的に浮かぶ暖かくて慰められる空間ではない.人間のふるさと,文學のふるさとは人を慘めな極限狀況まで放してから人間ははじめて自分の本質を洞察することができる場所である.それで,戰爭という極限狀況を經驗した後,安吾のことが理解できるのである. 本論の最後は,安吾の敗戰直後感じた人間觀と文學觀を安吾獨自の`ふるさと`を通して極限狀況上の原質化した人間の ありのままを發見することができた.それを考察しながら安吾は人生というのは希望を持って生きていけるメッセ一ジを窮極的に傳えようとしたのだ. 坂口安吾の「白痴」は敗戰の日本で旣存の價値觀と倫理槪念,常識を喪失,未來について心配していた日本人たちにいカになった.また作家が常に考えてきた人間の `絶對孤獨`を,彼のみの文學觀に確立させる基になれる作品だと言えるであろう.
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The life of Okakura Tenshin(1862-1913) overlaps approximately with the Meiji Era. In many ways Tenshin was an embodiment of the period itself, with its magnitude and all its contradictions. As an art critic, philosopher, and interpreter of the East to the Western world, he traveled widely, and was actively involved in research, education, art administration, lectures, and writing. We can see in him, a vast knowledge of the West, a vigorous curiosity for and absorption of Western things and values, along with a strong sense of confrontation with the West which resulted in his defence of Japanese ideals and beauty. In his representative works, The Ideals of the East(1903), The Awakening of Japan(1904) and The Book of Tea(1906) we can see how he attempted to defence Japan and introduce Japanese culture. As his writings indicate all too well, it was Western readers he was effectively addressing. This in a sense determined the nature of his writings for it is not difficult to imagine that the more he was conscious of the "outside", the greater the necessity to assert his own identity and culture. In this paper I would like to focus on The White Fox(1913), a fairy drama in three acts written for music. Here, Tenshin adapts the Japanese legend in which a fox queen takes the form of a maiden and marries the man who had once saved her life. This paper is an attempt to examine how Tenshin tried to introduce this unique Japanese legend to the Western readers and where his special concern was, through an analysis of The White Fox, his last major literary work.
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奈良時代に傳敎と共に大陸から傳えられたと言われる手先を利用した一つの奇術である手品は,以降,見物人の目を眩惑させる一つの藝能として日本に定着した. そして,この樣に長い歷史を持つ手品は明治時代に入っては當時の民衆を啓蒙するために催された演說會等で聽衆を動員するための一つの手段としても利用されることになる.それで明治維新の前年度に生れた漱石はこの手品を道端や當時の大衆演藝場であった奇席で自然に接することになった. 漱石はこれについて彼の自傳小說である『道草』で,主人公の健三を前に立てて自分は養父の手に連れられ出入りた寄席での手品を回顧しているし,また,『夢十夜』『彼岸過??』等を通して自分の手品の趣味を繰り返して述べている. 特に,漱石は『吾輩は猫である』の中の作中人物である多弁家の迷亭を立たせて自分が幼い時見た手品歸天師齊正一の帽子を利用した手品をしているし,また,『明暗』では登場人物の津田を通して今日我等がテレビ番組の手品の時間でよく見かける鷄と卵を使った手品を恰も現在目の前で見るがことく,生 しく描寫することによって讀者を眩惑させ,我等を想像の世界へ引き入れている.
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