2026 (19)
2025 (64)
2024 (69)
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2020 (57)
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2004 (178)
2003 (136)
2002 (136)
2001 (119)
2000 (84)
1999 (64)
1998 (49)
1997 (50)
1996 (48)
1995 (33)
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1993 (33)
1992 (34)
1991 (27)
1990 (25)
1989 (26)
1988 (26)
1987 (24)
1986 (23)
1985 (23)
1984 (28)
1983 (12)
1982 (13)
1981 (16)
1980 (14)
1979 (9)
1978 (10)
1977 (9)
1976 (10)
1975 (6)
1974 (7)
1973 (6)
4,500원
This paper discusses"refusal"expressions of Japanese university students and Korean university students. The results of Role Play Tests show: 1. Both Japanese and Korean mostly use mutual face of the refuser's positive face and the requester's positive face, without using direct refusals. 2. Japanese university students use more instances of the face composition phenomena with direct refusals than Korean. 3. Korean university students use more instances of the face composition phenomena involving the refuser's positive face in the category of the speaker's faces, without using direct refusals, than Japanese. This paper discusses"refusal"expressions of Japanese university students and Korean university students. The results of Role Play Tests show: 1. Both Japanese and Korean mostly use mutual face of the refuser's positive face and the requester's positive face, without using direct refusals. 2. Japanese university students use more instances of the face composition phenomena with direct refusals than Korean. 3. Korean university students use more instances of the face composition phenomena involving the refuser's positive face in the category of the speaker's faces, without using direct refusals, than Japanese.
5,200원
本稿の目的は、日本語における自他交替の派生方向と動詞の語彙的意味の相関関係を明確にするための語 彙意味論的な研究の一環として、『分類語彙表』を対象にし、意味的特性を共有する動詞群に見られる自他交 替の派生方向の傾向を明らかにすることである。 具体的には、西尾(1982)の研究成果を踏まえて、『分類語彙表』に挙げられているすべての動詞を調査して 自他交替をする430個の動詞の対を選定し、各々の意味分野に見られる自他交替の分布的特徴を考察した。考 察の結果は以下のようである。 ・調査対象の動詞(合計4801個)の17.9%にのぼる動詞が自他交替をする。 ・動詞部の三つの意味部門<抽象的関係>、<精神及び行為>、<自然現象>の中で<精神及び行為> 部門において自他交替する動詞の対が著しく少ない。 ・自他交替の類型の観点から見ると他動化の動詞の対が一番多く全体の45.3%に及ぶ。特に<自然現象> では他動化の動詞の対が圧倒的に多く、全体の64.7%に及ぶ。 ・各意味部門の細部項目別に自他交替の分布的特徴を調べた結果、細部項目別に異なる傾向が見られ、 自他交替の派生方向と動詞の語彙的意味において深い相関関係があることを確認することができた。
4,200원
本稿では、現代日本語の「~て見える」構文をめぐって、その成立条件及び「~ように見える/~そうに見 える」との意味的な違いについて考察を行った。考察の結果を簡単にまとめると、以下のようになる。 (1)「~て見える」を述語とする構文には、「~て見える」を構成する要素の「見える」がもつ固有の意味が 部分的に文法化(grammaticalization)して、一種の複合述語(もしくは、一種の助動詞)のように用いられる 場合がある。この際、「~て見える」は、「感じられる」「見受けられる」「思われる」のような槪言 (presumptive)の意味を表す。 (2) 槪言の意味を表す「~て見える」構文は、話者が発話現場において視覚などの知覚によって事実と確認 できる事態を表す文だけが成立する。したがって、同じ類型に属する動詞、もしくは、同じ形容詞であっ ても「命題内容が可視的であり、かつ当該の命題内容が事実かどうかについて確認できるかの条件・現場 性」という条件の有無によって「~て見える」との共起可能性が決定する。 (3)「~て見える」は、「実際はそうではないが、そう思われる」のような含意をもつ。一方で、「~ように見 える/~そうに見える」は、「話者は、何らかの根拠に基づいて、そのようだと判断している」といった意 味的な違いがある。 (4) (3)で述べた「~て見える」と「~ように見える/~そうに見える」に関する意味的な違いは、例えば、歴 史的事実のような既定事実を命題內容とする文においてはその違いがなくなってほとんど同じ意味にな る。
4,300원
本稿では<てくださらないか>に関する李成圭(2007b)と李成圭(2007c)の不正確な記述を是正し、且つ問題を解 決するために、取り合えず時代物を対象として<てくださらないか>の使用上の条件及びその表現価値について新 たな検討を試みた。 時代物における<てくださらないか>の現れ方を考察した結果、<てくださらないか>の使用に与る話し手は、女 性の使用可能性を排除しきれないが、主に男性であること、<てくださらないか>は話し手と聞き手の[人間関係]が <話し手≥ 聞き手>のように、両者の関係は話し手が聞き手を同等、若しくは目下の者として扱っている場合である という使用上の条件が認められる。 話体の基準(丁寧度ㆍ改まり度ㆍ真面目さ)から、時代物における<てくださらないか>の表現価値(表現内容)を 検討した結果、<てくださらないか>は人間関係、即ち話し手と聞き手の性別と年齢、または文の内容により、[丁 寧な感じ/尊大な感じ]、[改まった言い方/くだけた言い方]、[真面目な感じ/ふざけた感じ]の其々の要因が絡み合 いながら、場面に即した具体的な意味を実現するということを主張する。
4,000원
本稿は、狂言集に見られる形容詞の活用形について考察したものである。日本語の歴史上、室町時代は、 古代語から近代語に移行しようとする過渡的時期であり、文法面の一つの特徴として文語の形容詞の活用形が 徐々に衰退していき、現代日本語の形容詞と同じ活用形を持つようになってくる。従って、狂言資料に用いられ ている形容詞の用法を考察することにより、当時の形容詞の変化の様相が伺えることは充分意義あることと言え る。以下、考察した狂言集に見られる形容詞の活用形の特徴をまとめると次のようになる。 ①未然形は「から」の形と助動詞「う」との結合の形態で用いられている。 ②平安時代から多く用いられてきた連用形「かり」の例はごく限られており、現代の口語形容詞の連用形の 「かっ」が新しい形として用いられるようになったことがわかる。なお。原形の「く」よりは音便形の「う・ふ」が圧倒的に多く用いられている。 ③連体形の「き」の形は「き」と音便形の「い・ひ」の二つに現れるが、そのうち、連体形では 「ト書き」や「謠い」または「引用句」などの古い文語的表現の部分を除けば、「き」の形はご く稀に用いられる程度で、大部分は「い」の形が連体形の主流であることがわかる。従って、虎明本狂言 に見られる連体形の形は現代語の連体形用法とほぼ同じくなってきた時期であることがわかる。 ④已然形は「こそ─形容詞已然形」の形が相当守られているが、狂言集全体から見ると、「係り結 びの崩壞」は形容詞の場合でも多くの例が見られる。 ⑤品詞の性格上、命令形の用例は1例しか用いられていないが、このようなことからも古代語の形 容詞の命令形用法は狂言集の時代では次第に衰退していることがわかる。 最後に「し」の形の終止形は「ク活用」の語ではごく一部残っているが、「シク活用」の語では「し」の 形の終止形はなくなり、「しい」の形になったため、「ク活用」と「シク活用」は統一されて現代日本語の形 容詞と同じく一つの活用形にまとめられたと言える。ただし、このような特徴が虎明本狂言だけの特有の現象なの か、あるいは当時の口語資料一般に現れる現象なのかは他の諸口語資料との比較考察を必要とするが、今後の 課題とする。
4,300원
「~(する)代わりに」構文に前接する述語が、ともに「動態述語」であるにもかかわらず、例文(A)は、「代替 型」(「~(する)代わりに」構文と「~(しない)代わりに」構文とを入れ替えることのできる「~(する)代わりに」構 文)として解釈されるが、例文(B)は、「代替型」として解釈されない。 (A) 私は、大学に行く代わりに、就職することにした。 (作例)1) (A1) 私は、大学に行かない代わりに、就職することにした。 (B) サラリーマンは、毎日働く代わりに、毎月一定の給料をもらう。 (作例) (B1)* サラリーマンは、毎日働かない代わりに、毎月一定の給料をもらう。 本稿は、例文(B)のように「代替型」として解釈されない例文に対し、構文論的な側面から考察を行い、次の ような構文論的な成立条件を導き出した。 第一に、「属性」を表す「は」が使われている「~(する)代わりに」構文は「代替型」として用いられな い。第二に、「対比」を表す「は」が用いられる「~(する)代わりに」構文は「代替型」として解釈されない。 第三に、とりたて詞「も」が用いられ、「自者と他者の同類性」の含みができる場合は、「~(する)代わりに」 構文は「代替型」として解釈されない。第四に、既に確定されている「過去の確定事実」や「過去の歴史的事 実」を述べている「~(する)代わりに」構文は「代替型」として解釈されない。このような条件下では、前接する 述語が「動態述語」であっても「代替型」としては用いられない。
나쓰메 소세키의 『夢十夜』에 나타난 ‘백 년’의 의미 고찰-「제1야」와「제3야」를 중심으로 -
한국일본학회 일본학보 제77권 2008.11 pp.79-90
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本稿では夏目漱石の現実意識を踏まえて『夢十夜』の「第一夜」と「第三夜」に現れた<百年>の意味を 探ってみた。 「第一夜」では「現代日本の開化」に現れた漱石の文明批判意識を中心に作品の主題を解釈してみた。作 中の<私>は外発的な開化に傍觀的な態度を取っていた<近代の日本人>であり、<女>は時代の流れのため消え ざるを得なかった<生命力のある日本の内面の力>であった。<百年>という具体的な時間を流れて生まれ変わった 百合は<内発的に開化した日本固有の文化>と理解することができよう。またそのためには<百年の間受け継がれ てきた人々の関心>である<赤い日>が欠かせないことがわかる。 一方、「第三夜」の<盲目>は保護すべき状態、つまり無防備状態である日本の文化を示し、<私>は自国の 文化を壊した<近代の日本人>であった。<子供>は<私>に不安と恐怖を与える存在であり,<私>は百年後に盲目を 殺害したことに気づき、罪悪感を自覚する。<我子>は、<私>の罪を知っている、過去を持った子供であり、これ から成長する後世の子孫という意味としても考えることができよう。 「第一夜」のキーワード<百年後>における<百年>は、日本の生命力のある内面の文化が花咲く再生の時間 であり、「第三夜」のキーワード<百年前>における<百年>は、自国の文化を壊した重い責任の時間であった。 したがって、「第一夜」と「第三夜」に現れた<百年>の意味は、<生命力のある内面の文化が花咲く再生の時 間であり、重い責任の時間である>と結論づけることができよう。
4,000원
詩人であり童話作家である宮沢賢治は日本を代表する近代作家である。賢治は詩を含め、童話、短歌、小説、随筆など、多様な文學ジャンルで活動し、個性の強い詩語を使い、独創性を持つ作家であると思う。特に絵画的な作家であると評価されている賢治が、作品の中で色彩語を度々使っているのは普く知られていることである。色彩語は単なる色だけを表すとはかぎらず、各色に関する作家の感情と観念が含まれていると思う。よって本稿での意図は賢治の色彩語の駆使、特に第1詩集『春と修羅』の初版本の全作品、その70篇の作品の中に頻度の順番で三番目の位置を示している赤に関する考察を行い、赤の意味と観念を少しでも明らかにしようとするものである。 そのために、彼の第1詩集『春と修羅』の初版本の全作品、「序」を含め総70篇を中心に、各作品の中で明確に登場する赤の色彩語を抽出して共通点を分類及び整理を行い、赤の描写は総61回登場し、其の中にも赤が主に人間の身体と衣装を修飾していることが見いだされた。このように繰り返された描写の共通性はまさに作家の内面の観念を表しているものだといえよう。色彩語は物事の姿形を修飾する時、普く使われる言葉である。そのため賢治の赤の表現も自然及び事物を描写した表現が多かったのである。しかしながら総61回の赤の表現、その中にも観念性を持つ主な表現は、人間の身体、特に顔の描写と衣装の描写の二つが主な表現である。 この表現の共通性は赤は若い処女、日、妖女、春、楽長のような明るさを表す言葉とともに駆使されていることである。この部分には赤にかんする賢治個人の観念、すなわち赤で表現することになった明るさ、健康美、ユーモアなどが含まれているものと思われる。今後さらに深い研究と比較が必要であるが、本稿の考察で赤の全般のイメージは賢治の他の色彩語とは違う様相、特に軽いユーモアや明るさなどを見いだすことができたのである。 本稿では赤の色彩語だけを考察してみたが今後、各色彩語をお互いに比較する研究と、第2詩集と,第3詩集で、色彩語の変遷の研究を共に行うことが必要なのではないだろうかと思う。詩で表れた色彩語の全般的な研究の後は,発表されている童話の色彩語の研究と比べてみることも以後の課題になると思う。
4,200원
本稿は大正デモクラシーの中で中堅作家として活躍した芥川竜之介が関東大震災の中での朝鮮人に関する流 言飛語と朝鮮人虐殺について如何な反応と姿勢を見せているかを考察するのが目的である。1923年9月1日11時 58分に発生する静岡県・山梨県一部を含めた地域に襲ったM7.9〜8.2という巨大な関東大震災は明治期以後世界 列強の中で日本帝国主義を拡張していく日本の心腸部の首都東京と横浜に破壊的な打撃を与え、一時首都を姫 路なり京都に移動する論議が出るなど首都圏内の機能を麻痺させた大災難である。このような自然災難の中で在 日朝鮮人虐殺事件という人災も起こり、少なくない朝鮮人が殺されるようになるもう一つの災難になる。これらにつ いて日本で日本人の研究者によってはすこしずつ研究が行われているし、また、在日朝鮮人の主な研究者として 姜徳相があり、そして琴秉洞の資料がある。しかし、韓国ではそれほど活発に研究が行われていないし、また、 その研究範囲も限定され、当時文人たちと朝鮮人虐殺についての研究はほとんど見られない。当時文人が朝鮮 人虐殺を如何に受容しているかは彼らの朝鮮認識を考察するに非常に重要な手がかりになれると思われるので、 まず、本稿では芥川竜之介を取り上げ、関東大震災との関わりのある彼の10余編の文章と記録を検討したうえ で、芥川の朝鮮認識を導出することにする。
4,300원
1912年(大正1)10月『中央公論』に発表された森鷗外の「興津弥五右衛門の遺書」は、その後大きく改稿され、翌年単行本『意地』に収められた。鷗外はその自筆広告文において「『意地』は最も新らしき意味に於ける歴史小説なり」と書いており、ここには歴史小説への鷗外の意気込みが感じられる。こうした状況を踏まえたとき、「興津弥五右衛門の遺書」が歴史小説の第一作であることは看過できないであろう。そこで特に、作品が〈遺書〉という形式をとっていることに着目した。 本稿は、こうした〈遺書〉が何を伝えようとしているのかを検討すると同時に、〈遺書〉という形式で小説化するところにどのような意図があったのか、とりわけ乃木希典の遺書との影響関係を踏まえることで、作品「興津弥五右衛門の遺書」の新たな位置づけを試みたものである。鷗外は、1912年という時点における乃木の殉死という行為に、新旧の価値観が動揺する過渡期の時代を生きてきた人間の生と死を見つめたのであった。それはつまり、旧の価値観にのみこだわった乃木の殉死への批判であった。そして、以後鷗外は現実社会の中でひたすら自己の生命を燃焼させていった人々の姿を描き続けるのである。
미시마 유키오(三島由紀夫)와 1964년 도쿄올림픽 ― 세계화와 내셔널리즘 사이에서 -
한국일본학회 일본학보 제77권 2008.11 pp.123-138
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三島由紀夫は一九六四年年九月、東京オリンピックの取材員となり、十月まで取材活動をし、競技を見て感じ た感想などを書いた記事を、『毎日新聞』『報知新聞』『朝日新聞』などの各新聞社に寄稿した。また、三 島は、上の新聞記事以外にも、「秋冬随筆」などのエッセイや座談会で、東京オリンピックについて言及してい る。三島のオリンピックについて書いた文章を見ると、これまで看過されてきた重要な事項に出会うことができる。 それは、西洋文化と日本伝統との衝突であり、その衝突の結果として現れたより強力なナショナリズムである。 アジアで初めて開催された東京オリンピックは、西洋の基準に合わせることが要求されるイベントであった。オリ ンピックの成否は、西洋の基準で判断される。したがって、オリンピックを成功させるためには、国力や経済力に おいても日本の位相を証明し、伝統の美やすばらしい文化をも見せなければならない。また、公衆道徳やマナー においても西洋のレベルにまで達したことを示さなければならない。一九六四年の東京オリンピックを眺める眼差し は、多岐に渉っているのであるが、そのほとんどは、西洋との比較を通して、日本自身の位置を確認しようとする 方向へ向かったといえる。つまり、西洋を通しての自己認識である。 東京オリンピックはコンプレックスとプライドが錯綜する複雑なナショナリズムを噴出させた。そして、三島は敗戦 以後、落ちつぶれそうになった日本の価値を再発見し、再構築できるという希望を発見した。オリンピックと皇室 ブランドとの結合と、オリンピックを通してのナショナリズムの昂揚は、三島のようなロマン主義的気質の作家に、 「天皇の復帰」を夢見させたのである。すなわち、東京オリンピックは、敗戦により断絶した戦前の価値観に、 一部ではあるが、戦後との連続性をもたらす契機を提供したといえる。
5,100원
芭蕉の俳諧文學の変遷の過程を明らかにするためには、芭蕉の思想的な変化と芭蕉の俳諧師生活において の周辺の環境の変化、そして当時の芭蕉の弟子をはじめとする周辺の人物との交流と芭蕉が接触してきた数多く の先學たちの書籍と作品とのまじわりなど、様々な要素に関する解明が必要であると言える。 そしてそのような要素に関する研究とともに実際、芭蕉の俳諧世界に現れている多様な素材に関する研究も重 要な意味を持つと言えるのである。その中でも芭蕉の俳諧文學の改革に決定的な役割をしたと伝えられている芭 蕉の「紀行文学」と深い関係をもっている「道」に関して研究する必要があり、それは芭蕉が俳諧師人生の晩 年に心血をそそいで追求した蕉門俳諧の変遷の過程を明確にするためにも「道」という課題は必ず解明すべき 資料であると思うのである。 「道」に関する研究は,芭蕉が従来の江戸の俳壇とは明確に一線をかきながら新しい俳諧世界への方向を模索 するにおいて内面的な変化の過程を明らかにするにも大きな意味があるのではないかと思うのである。
4,800원
日本の地方選挙は戦後、本格的に機能することとなる。戦前の地方選挙は、制限選挙であり、地方自治団体 の首長選挙は公選ではなかった。戦後となり女性にも普通参政権が認められ、地方議会議員・首長が住民の直 接選挙で選ばれ地方政治が本格化したのである。1970年代には、地方選挙に政党の参加が活発になり、所 謂、地方選挙の政党化が急激に進むこととなる。このような政党化は政党が、地方議会の運営主体と登場すると もに政策決定過程を支配していく。 1990年代以後、日本の地方選挙には様々な問題点が出てくる。持続的に低下する投票率、保守候補に対す る相乗り公認、無投票当選の増加、政党競争の弱化、脱政党化等が深刻化する。このような問題の背景には、 既成政党に対する不信と政治的無関心の増加がある。更に、地域住民の意思を無視する政党の相乗り現象は、 地方選挙で政党間議席・政策競争を萎縮させることになる。地方政治の脆弱化は、有権者の投票率低下・政党 不信をもたらした。既成政党に対する不信と地方政治家の腐敗は、有権者の政党離れを招いた。 日本の地方選挙で政党の公認・支援は、必ず選挙に有利に働かない。政党は既得権・時代遅れのイメージで マイナス効果が大きい。これは地方選挙への無党派候補者の急増と女性議員が増える背景にもなっている。2000 年代の地方自治団体の合併は、日本の地方選挙にも大きな影響を与えている。
5,200원
This paper focused on how the learning how to learn was manifested in the history textbooks of middle schools in Japan. Above all, this paper investigated characteristics of curriculum in social studies (history field) of middle schools in Japan. In this paper, we focused on learning how to learn through investigative study of community history, which is part of education of history, in order to get to the bottom of curriculum in Japan. Specifically, we focused on textbooks published by Tokyoshoseki which is the most likely to be adopted among 8 types of history books for middle school students in Japan. The analysis indicated that middle school of history textbooks in Japan emphasized on how to learn, on the assumption that the learning capacity of students might improve if they learn how to learn though the learning content was reduced. In particular, we organized theme learning separately, so that students could learn how to learn through investigative study of community history. In this way, the change in the history textbooks in Japan has significant implications for the history education and history textbooks in Korea for upcoming years. it is time that the focus of history book should in the function center and learning how to learn.
4,300원
満州事変以後日本は、国際連盟を脱退し国際的名孤立に陥った。この中で日本が中国に提案したのが防共 協定であった。ソ連の赤化を防ぐために協力するために、中国が反日運動を中断し満州国を認めるのが前提で あった。満州国を認められない中国としては、防共協定に応じられなく、防共協定に参加したのは、ドイツとイタリ アであった。しかし、日本がソ連と軍事的に闘っている最中にドイツはソ連と不可侵条約を締結することで日本外 交は打撃をうけた。 独ソ不可侵条約の締結は、防共の対象であるソ連を防共協定のなかに引き入れることになり、三国同盟のなか で四国同盟構想を含むことになった。 しかし、日本の構想とは関係なく独ソ関係を悪化され日本はソ連と中立条約を締結した直後に戦争が始まっ た。防共よりドイツとの協力によって東アジア国際秩序を主導しようとした日本は結局ドイツの政策に影響され、外 部から崩壊された。日本が中心になる防共政策を一貫的に施行できず、ドイツに依存したのが失敗の原因であっ た。
5,200원
중화민국이라는 국민국가의 인구 2%를 차지하는 타이완 선주민족(정부로부터 인정받은 민족은 14개)은 현재 민족자치의 실현을 모색하고 있다. 지난 백 년간 일본제국과 중화민국의 식민정책 아래서민족 자치의 권리를 박탈당해 온 선주민족의 지식인들에게 민족자치와 탈식민화는 불가분의 개념이다. 타이완 선주민족 중 하나인 타이얄의 민족의회와 타이얄 민족적(民族籍)을 지닌 타이완 국회의원 가오진수메이(高金素梅)에 의해 현재 타이얄의 민족사가 추구되고 있다. 식민화된 자신들의 역사를 주류사회에 알림으로서 타이얄 문화에 대한 존중을 확보하면서, 국유화되었던 토지 반환 소송도 벌이고 있다. 타이얄 민족사에 대한 그들의 연구는 민족사의 배경에 잠재되어 있던 수많은 폭력의 기억들을 불러내는 일이기도 하다. 현재 타이얄 민족의회 의장으로 있는 마사 토푸이씨(1932년생)의 아버지, 하라토타로(原藤太郎)는1939년 토지문제를 둘러싸고 식민지 정부에 항의하기 위해서 할복자살을 했으며, 국회의원 가오진수메이는 1913년 일본인이 타이얄인을 처형하기 직전의 장면을 찍은 사진을 본 후 타이얄인으로서의 자신의 아이덴티티를 자각하게 되었다고 말한다. 또 연구자가 현지조사에서 만났던 타이얄의 고령자 남성우마오씨의 이야기의 배후에는 1910년 가오강 지역에서 수많은 사상자를 낸 타이얄과 일본의 정면충돌이라는 폭력의 경험이 존재한다. 타이얄에 대한 일본 식민통치의 책임을 지는 주체는 개개의 기억을 들으면서 ‘분유(分有)’된 기억으로 연결되는 ‘우리들’ 이다. 기억의 분유란 역사의 공유(共有)에 대치되는 개념으로서, 단편적인 기억이 단편적이고 불완전한 채로 사람들에게 전파되고 서로 나누어 가지게 되는 것을 말한다. 분유의 중요한 계기는 ‘타이얄이란’ ‘일본이란’ 무엇인가 라고 묻는 물음에 있다. 연구자에게는 일본의 식민통치에 대해 책임을 진다는 것이, 대만선주민족의 목소리를 듣는 가운데 연구자에게 분유된 폭력의 기억을 민족지적 스타일로 풀어내고, 그것이 여러 사람들에게 분유되어 새로운 대화의 장이 열려 식민통치와 그 후 일본의 태도가 만들어낸 상처를 치유하는 것을 의미한다. 전쟁을 경험한 일본인 전쟁세대의단체인 아케보노회(曙会)는 타이완 선주민족의 다카사고(高砂) 전 의용대원(義勇隊員)들을 황족에게 알현시키거나, 금술잔으로 전쟁의 노고를 치하하는 활동을 통해서 다카사고 의용대원들은 치유 받는 것처럼 보이기도 한다. 그러나 아케보노회의 회원들이 자신들의 폭력의 기억에 대해서는 전혀 문제삼지않는 방식으로 과거 일본제국의 문화장치를 재생산하고 있는 이와 같은 현실은 일본인의 탈식민화와탈제국화의 어려움이 무엇인지를 여실하게 드러낸다. 트라우마적인 경험을 포함한 타이완 선주민족의 역사와 개개인의 기억을 듣고 쓰는 연구자가 일본인이라는 사실은 이 인류학적 민족지가 일본인의 이야기로서도 기술된다는 것을 의미한다. 일본 식민통치의 극복이 타이완 선주민족에게는 탈식민화라는 하나의 초점이지만 패전이래 일본이 식민지를 외면하고 망각해온 문제를 포함해서, 일본인은 무엇을 해왔는가를 묻는 ‘우리들’의 구명(究明) 또한 타이완 선주민족의 자치운동과 겹쳐지는 형태로 진행된다. 식민통치에 대한 책임을 지는 출발점은 무엇보다 우선 식민통치가 초래한 폭력의 기억을 일본인들이 분유하는 것이 되어야 하며. 그것은 타이완선주민족의 탈식민화와 자치추진 운동과 직결된 문제이기도 하다.
4,800원
This paper is about the examination of the research trend of the Japanese historians during the Second World War. To do this, first the author analyzed the historical view of the publishers of Kokushigaisetu issued by the Japanese Ministry of Education , published in 1943 in two volumes. It seems that the writers engaged in the publications researchers have maintained their critical attitude against the old positivism which had asserted the possibility of the reconstruction of the history as a realistic substance by scientific approaches. They thought that the view of the positivists failed to see the reality, falling into the illusion that science or objectivism could prove what happened. Instead of sticking to the scientific approaches as objective tools, they suggested that no one could show the past as it was; historians, they said, could only trace the past through the recorded materials or historical remains, with which they could reconstruct a history. In other words, a history is structured according to the current concerns of the historians and their subjectivity.
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