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2000 (84)
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1988 (26)
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1981 (16)
1980 (14)
1979 (9)
1978 (10)
1977 (9)
1976 (10)
1975 (6)
1974 (7)
1973 (6)
4,300원
本稿では近代の韓․日両国において,言文一致以前の言語生活の中で音声言語と文字言語が一致せずに 二重の言語生活をしてきたところから言文一致の必要性が生じた。 日本の明治初期は西洋文明の急激な流入期として当時の思想家や有識者の多くは西洋文明こそ唯一の文明 だと信じ,それに同化するのが日本の未來を切り開くと考えて「外国に追い付け」という思想がもりあがる。文字は一 つの時代の文化とともにあり,文化と生活の媒体として機能する存在であるが,「外国に追い付け」という思想から ,漢字廃止が叫ばれた。 そしてそれに代わるものとしては,ローマ字専用論,仮名専用論,新国字論,漢字制限論と大きく四つに分ける ことができる。日本の近代化において言文一致とはどんな位置を占めていたかを調べ,また,韓国の開化期と呼ばれ る19世紀末から20世紀初頭にかけての韓国の特殊な状況下において展開された甲午更張(1894)と韓日合邦(1910 )を通じて言文一致,言語政策がどのように進められたかについて述べ,韓国が言文一致を遂行する過程でこうむ った看過できない日本からの外來的な影響と相互間の関連性を中心に見ていく。
4,200원
近年、日本語学習者の「ノ」の習得については関心が次第に高まりつつあるものの、韓国語話者における「ノ」 の誤用の傾向については不明なところが多い。そこで本研究では、初․中級の韓国人学習者12名の話し言葉のデー タを分析し、次のような結果が得られた。〈誤選択〉のような統語構造等に係わる複雑な誤用より〈脱落〉及び〈付 加〉のような「ノ」の有無だけに係わる誤用が多く、その中でも〈名詞1+ノ+名詞2〉の構造で「ノ」が頻繁に〈脱 落〉する傾向が観察された。特に、「~近く」「~とき」「~ほう」のような特定の語の前で「ノ」の脱落が多く生 起することが判明したが、これらとは対照的に「~なか」の前ではこういった傾向が殆んど見られなかった。脱落の要 因としては、日本語の「ノ」に当る「의[ i]」の使用が随意的な場合が多いという母語のもつ統語的特徴により 、未習の表現で母語からの干渉が起ることが推測される。また、「~ノ近く」の場合、〈置き換えのストラテジー〉とい うようなものが働き、先行する「ノ」が脱落していることがフオローアップ․インタビューの結果、明らかになったが、こう いった傾向は1名にしか見られず、恐らく「ノ」の脱落による誤用には個人差も係わっていることが考えられる。これらの ことを考慮すると、学習者の背景や語彙力により、様々なパターンで「ノ」の脱落が起りうることが予測され、日本語 教育に学習者の背景を考えた上での語彙教育が極めて重要であるという示唆を与えるものと考えられる。
4,300원
明治期最初の哲学雑誌である『哲学会雑誌』の訳語を、『哲学字彙』の「初․再版と一致する語」と「初 ․再版と一致しない語」とに分け、両書の影響関係に焦点を絞って考察した。 まず、『哲学会雑誌』の訳語は『哲学字彙』初․再版からの影響を大きく受けているが、それは両書が同じ哲 学分野の書籍であることと、一部の筆者が両書に携わっているからであろう。特に『哲学字彙』編者グループが用 いている訳語は、『哲学字彙』初․再版からの影響が他のグループに比べて格段に大きい。一方『哲学字彙』 非編者․編集部グループの訳語は、『哲学字彙』初․再版からの影響が相対的に小さく、独自の語を多く用いて いる。 『哲学会雑誌』における訳語の生存率は53.2%と相当高く、特に『哲学字彙』初․再版からの影響を受けた 語の生存率はとりわけ高い。これは『哲学会雑誌』とともに『哲学字彙』の訳語資料としての価値を高めることにな る。しかし廃語になった語も少なくないことを考えると、明治20年代前半はまだ訳語が揺れていたと言える。 『哲学会雑誌』における『哲学字彙』初․再版と一致しない語では、『和英語林集成』三版からの影響が 小さくない。『哲学会雑誌』の筆者らが、実際に、この辞書を參照したかどうかまでは分からないが、両書で同じ訳語 を用いており、その語の生存率が非常に高いことに意味がある。 『哲学会雑誌』と対訳辞書との関係では、『哲学会雑誌』以降の辞書との訳語の一致率が、『哲学会雑誌 』以前の辞書より相当高いことに特徴がある。つまり、『哲学会雑誌』は対訳辞書から受けた影響よりも与えた影響 が大きかったと言えよう。特に、『哲学会雑誌』以前の辞書では『英和字彙』再版との一致数が最も多く、この辞書 の『哲学会雑誌』への影響が大きかったことが分かる。
일본어 접속조사의 변화 고찰 - 『 ホドニ 』 『 ニヨッテ 』 『 ニヨリ 』 를 중심으로 -
한국일본학회 일본학보 제50권 2002.03 pp.37-50
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일본어사의 중세부터는 사회적인 발달과 복잡화에 따라 언어표현도 다양화가 요구되었다. 접속조 사에도 다양한 형태와 용법의 접속조사가 출현하고 시대의 변천과 함께 접속조사가 바뀌어 가는 현 상이 나타나게 되었다. 조건의 확정표현에 있어서도 「已然形 + バ」형태의 사용량이 줄게되고 「ホドニ」, 「ニヨッテ」, 「ニヨリ」등의 형태가 새롭게 나타나 사용되었다. 「ホドニ」와「ニヨッテ」에 있어서의 모달리티성을 살펴보면, 「ホドニ」는 종속절에 있어서 출현하는 모달리티성분 중 가장 모달리티의 정도가 높은 <추 측>, <의지>의 표현이 출현하고 있는데 반하여,「ニヨッテ」는 1龋도 보이지 않고 있다. 이를 현대일 본어에 있어서의 「ノデ」․「カラ」와 비교하여 보면, 「ホドニ」와 「ニヨッテ」는 모달리티의 차별화에 의하여 같은 의미로 사용되면서도 의미와 용법의 차이를 화자가 의식하여 어휘를 취사, 선택하여 공 존하며 사용되고 있다고 사료된다. 또한, 『捷解新語』의 改修本에서부터 나타나는 「ニヨリ」는 「ニ ヨッテ」와는 달리, 의지, 추측 등의 모달리티 요소가 출현하는 것으로부터 모달리티의 정도가 강한 조 건절을 유도하는 접속조사에 해당한다고 할 수 있다. 즉 「ホドニ」와 「ニヨリ」는 모달리티성에 있어 서 같은 영역의 단계에 있으며, 이로 인한 언어적 충돌은 한 쪽의 접속조사가 쇠퇴, 소멸하여 가는 것으로 생각 할 수 있다. 「ホドニ」는 근세어에서는 「ニヨッテ」와 함께 확정의 조건표현으로 많이 사용되었다. 「ホドニ」는 근세 전기에 번성하였으나 후기에 들어서는 「ニヨッテ」가 「ホドニ」를 능가하여 번성하게 되었다. 이들을 모달리티성과 관련하여 비교하면, 「ホドニ」와 「ニヨッテ」의 관계는 처음에는 「ホドニ」는 주 관적인 표현에 사용되고「ニヨッテ」는 객관적인 표현에 사용되어 공존의 관계를 유지하였으나 점차로 「ニヨッテ」, 「ニヨリ」는 주관적인 표현에 사용되면서 양자는 공존이 어렵게 되었다고 할 수 있다.
日本書紀 音仮名에 反映된 原音声調 体系 ―中世 韓国語声調 類型과의 関聯性을 中心으로―
한국일본학회 일본학보 제50권 2002.03 pp.83-96
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日本書紀に現われている声調的特徴の由來はいまだ未開拓の分野でもあった。本稿では書紀声調を韻書を基準と して、その調類的類型と調値的類型の分析を行い、書記声調に類似している声調を探し出し、日本書紀の音仮名に現 われている原音声調のモデルを提示しようとしたものである。 その結果として、書記声調は韻書の上声と去声とが合流している点で日本の呉音声調および中世韓国語声調とごく 似ているが、調値的な面では、書記声調は韻書の平声に低平調が多数を占め、上声去声には高平調が多数を占めて いる点では、日本の呉音声調よりはむしろ中世韓国語声調類型に類似していることが分かった。 これにより日本書紀声調が中世韓国語声調の類型を母体として出発したとすぐには言えないけれども、日本書紀の 声調的特徴が、唐代中国北方音声調および日本の漢音声調, それから日本の呉音声調より中世韓国語声調に近い ということはこれからの書記声調の由來を本格的に考えて行くのに有益であろうと言えよう。
4,900원
4,800원
第2言語習得、外国語学習において語彙の学習および教育についてはそれほど多くの研究がなされていないが、 音韻、形態に比べ語彙の習得は一生続くという特性からその重要性に基づき本研究は行われた。研究方法は「自 由連想テスト」という実験的方法を用いて得られた語彙資料の分析を通じて、日本語語彙習得の構造の解明を試 み、語彙の連鎖類型やそれの分布を数量的に明らかにする事で学習者が語彙習得の過程においてどのように語彙 のネットワークを形成していくのかの一端を糾明し、これからの日本語の語彙学習と教育に役立とうとした。
4,600원
朝鮮資料の音注表記に現れる体系的ズレを分析し、日本語の音声的特徴を考察した。その結果は次の通りであ る。(1)「イロハ歌」の「い」は[ŋ~i]を写したものであり、「ゐ․ゑ․を」にŋが付けられているのはア行とワ行とを区 別しようとしたものである。エ段音節の母音部は韓国語の事情で、原刊本の時期までn_, _Nではy が相応しかった。 また、同一語に現れるズレは音声的事情が異なった部分である。「京」などに連書表記が使われたのは拗長音「う 」の発音を[ u]として表記したからである。(2)清音の濃音表記の音節は[-cont][+glottal]の音声的特徴があり、会 話の内容から明確に強く言ったと見られるところ、また、強調されたようなところに現れる。濁音の鼻音表記は、n-taのよう な第二方法は鼻濁音が残っている部分であり、同一語にズレが現れるのは鼻音的要素が動揺していることを表すもの である。「の」にnnoが付けられているところは普通の「の」より長く発音された部分である。(3)促音․撥音に音注 のズレが現れることから、日本語の促音と撥音は韓国語の三内破音と三内鼻音より明瞭ではなかったことがわかる。
5,200원
本稿では、日本語の外来語(137語)に対する韓国語母語話者の理解度と、それに対応する韓国語の外来語に対 する日本語母語話者の理解度を調べた。その主な結果は次のとおりである。 兩話者の理解度が高いもの(80%以上)は、「インド、ナイロン、インドネシア、ニュース、プログラム、ノイローゼ、ウイスキ ー、ソース、ベテラン、コンセント、レストラン、サイレン、レンズ、サイン、ワイシャツ、オートバイ、オリンピック、オルガン、シャツ、 ガス、ジュース、ポスター、ガソリン、ショック、カメラ」等の24語である。これに対して、兩話者の理解度が低いもの(20%以 下)は「リズム、タイヤ、シーツ」等の3語である。そして、兩話者の理解度の差が大きいもの(50%以上)は、 「イントネーショ ン、セメント、ゼロ、ノート、ウエートレス、サラダ、タクシー、バス、ダス、マーク」等の10語である。
4,500원
本研究では語用論において用いられたfaceの概念を談話に適用させ、談話構造におけるfaceの役割を把握するため に、face行為理論を提示し日本語における談話マーカー「それで」を分析対象とし、その特徴や機能を明らかにした。 「それで」は、①相手のfaceを脅かす機能を持つ談話マーカーであるので、公的な場面や社会的関係が上位の場 合には用いることができない。②話し手の発話に自分をFTAする要素が含まれている場合、それに反発するために用いら れ、anti-FTAマーカーとして機能する。特に、「それで」が単独で使われる場合は、anti-FTAマーカーとしての機能と 共に、続く表現を用いなくてもFTAを引き出す働きもある。③「それで」に続く発話が、「それで」の持つface-threateni ng機能を補足するために引き出される場合、positiveな機能を果たす場合とneutralな機能を果たす場合がある。
4,300원
明石の入道は、夢の予言を信じて、一族の繁栄に執念を燃やす人物として登場する。本稿では、その現世栄華への 志向と出家者としての仏道的な志向との相関に注目しながら、明石の入道の人物造型のあり方について考察した。 まず、明石一族の宿願達成の過程において、次第に浮き彫りにされるその出家者像について論じた。入道は、没落し たわが身への深い零落感から自身に関しては出家者として生きようと決心しながら、娘に託した宿願を最優先する生き方 をしてきたのだった。そして、その現世厭離と現世執着との矛盾を、わが身と子孫の繁栄との完全な峻別という論理をもって 、あえて自覚的に生きたのだった。 次に、そのような入道像が、皇統につながる子孫の栄華と、自身の極樂往生とを予言する夢告によって改めて語り直さ れていることについて考えた。一族の繁栄と自らの出家遁世․極樂往生とは対の関係であり、一族の離散はその必然で あった。入道の宿願達成への確信は、そのまま彼自身の極樂往生への確信へと連続的に思考されている。そこには浄土 教の経典や往生伝の表現が駆使され、入道の究極の出家者像․往生者像が印象づけられているが、そのことが改め て入道の悲願達成を保証しているという構造になっている。さらに、それと関わって、極樂往生への確信の延長上に語ら れる、明石の君や尼君ら妻子との來世での再会が可能だとする発想に触れた。 明石の入道は、夢告という霊験譚的な決着によって究極の出家者として鮮やかに飛躍するが、それが入道の確かな 実在感によってこそ支えられているところに、その人物造型の方法が示されていよう。
4,000원
本稿では、在日韓国人作家․李良枝(1955~92)の諸作品、日本で芥川賞を受賞した彼女の代表的短編「 由煕」(1988)をはじめとする彼女の一連の作品に関して、その敍述構造の特性を検討した。これらの作品はみな、 自らが在日韓国人であること、女性であることの困難と苦悩、またその存在が逢着する根拠の不確かさを、言葉が人と 人との間に作る障壁を問題視する立場から、小説というエクリチュールを通じて凄絶なまでに提示している。また彼女の 作品は、いわゆる民族的アイデンティティの獲得の問題や朝鮮半島の本国との政治的関係を無条件に作品主題の 第一位におくというそれまでの在日韓国人文学とは異なり、そのような自己の存在の社会的条件の合間に潜在する「 個」としての苦悩や生命の発露を自らがおかれた立場から追究しようとしたという点でも、現在にいたるまでその存在 意義を看過することはできない。先に言及した日本語と韓国語との関係との関連で、私が本稿で李良枝の作品を扱お うとするのは、まず、その作品の登場人物が様々な文化的な葛藤の問題を作品に収斂させていること、そして、作家自 身のこのような主題にもかかわらず(あるいはそうであるからこそ、と言った方が適当か)、これらの作品が韓国語では なく日本語で書かれているということと関係がある。 このような問題意識をもとに検討することで、まず第一に、李良枝の作品、特に「由煕」に見られる外部と内部の境 界の曖昧さを、韓国語翻訳を通じて、つまり韓国人読者を対象とした時に生じる違和感を根拠として説明した。その境 界の曖昧さは、あるいは作家․李良枝の自己分析の結果とも言え、必ずしも作品の価値を損なう原因にはならない。 母語と母国語との間に引き裂かれる主人公․由煕の心の揺れをより客観的な分析対象とした結果であるこの曖昧さ は、主人公の動揺であることにとどまらず、作家․李良枝自身の試行錯誤でもあったろう。 第二に、李良枝のさほど多くはない作品は、言語や民族性といったものにまつわる個人のアイデンティティの動揺とい う観点からこれまで論じられることが多かったが、その他にも女性として受ける苦悩に注目することによって、ジェンダー 論的な分析が可能であることを本稿で明らかにした。作家․李良枝がその作品の登場人物に課している様々な試練 、その登場人物が受ける様々な苦痛は、単に言語的․民族的なものに対するものではなく、このような性に関するものも 含めて、それぞれ非常に重層的な関係を持っている。本稿ではその関係や構造の究明までには至らなかったが、少な くともその必要性を強調することで、今後の李良枝の作品に対してより幅広く解釈していく必要性を本稿では提示した。 民族語文学を単位とする比較文学研究において、李良枝などをはじめとする在日韓国人文学は、そのような民族 文学という単位自体が無効となる契機をその存在において示している。確かに在日韓国人文学は日本語で書かれて いる。しかし、それは日本文学でも韓国文学でもなく、日本語で書かれた文学、しかも文学に冠せられるナショナリティを 部分的に無効にするものとして存在するのである。また、翻訳された文学作品、本稿の場合でいえば李良枝作品の韓 国語訳は、単なる「日本文学」や「日本語文学」の韓国語訳として処理されてはならず、韓国語の文脈で解釈さ れることで作品の意味世界の豊穣さを加え得るという点で、存在価値が認められるべきものである。各国語の民族語 文学の「文学史」には、このような翻訳文学の存在を過少に扱ってきた。しかし、作家の創作に与えた個別的な影響 のみならず、読者の趣向をも変えていく翻訳文学の存在は、今後の文学研究においてもさらに詳細に検討されていくべ き問題であろうと考える。
한일 근대 서간체소설을 통해 본 신여성의 자아연소 -아리시마 타케오(有島武郎)의 『돌에 짓눌린 잡초(石にひしがれた雑草) 』와 염상섭의 『除夜』-
한국일본학회 일본학보 제50권 2002.03 pp.197-212
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韓国文学は1920年代に入って、個人の内面問題に関心を注ぎ、始めて芸術性を追求することになった。本稿はその 作家だちの日本留学の当時、日本文壇で告白体小説と書簡体小説が流行していたことに着目したものである。白樺派 、特に、有島武郎の影響をもっとも多く受けた韓国の作家は廉想渉である。そこで、告白形式の書簡体小説として新女性 の悲劇を取り扱った有島の石にひしがれた雑草と廉想渉の除夜との対比考察を試みた。 研究方法として、まず作品の形式的な側面で告白体小説の生成と書簡体様式の韓国側の受容、告白形式の書簡 体小説の特徴を考察する。それに基づいて、石にひしがれた雑草と除夜に現れた二人の作家の新女性の悲劇に 関する認識を調べることにした。有島と廉想渉は、イブセンの思想を共同源泉として、男女関係の間違った構図を奴隸的 従属関係のためだと理解している。従って、石にひしがれた雑草と除夜の悲劇の原因は、イブセンの作品の悲劇の 原因と同じく、‘真に自己の要求してゐる男に嫁がざりし事’である。ところが、その帰結においては、有島は夫の复讐によっ て<M子>を狂わせる。即ち、有島はここで歪んだ男女構図から逃れるために、女性の自覚と妥協のない真の愛を訴えて いるのである。これに対して廉想渉は、<政仁>を真の愛をもって許し、再生の機会を与えている。民族主義者である廉想 渉においては、民族の繁栄と全人類の幸福が至急課題だったからである。このような二つの作品の深い内面風景は書 簡形式に告白されることによって、読者により密着して迫って来る。
4,800원
本稿は、『今昔物語集』の法華経霊験談を中心にして選者の出典受容の方法を考察してみたものである。具体 的な方法としては、『今昔物語集』の説話を導入部、展開部、結末部の三つに分けて出典の『法華験記』との比 較を行い、『今昔物語集』の受容方法の特徴を究明することにした。その結果、『今昔物語集』の記述は説明的、 論理的になっているが、一方では文章の冗漫さを避けられなかったことが分かる。このような特徴は口承文芸において よく見られるものである。しかし、『今昔物語集』選者の究極的な構想は口承文芸としてではなく、文字文芸としての完 成にあったのであり、この口承文芸と文字文芸との間に存在する緊張関係が『今昔物語集』の文学的特徴を現し ているといえよう。
6,100원
『堤中納言物語』가 완성된 11세기 후반에서 12세기는 귀족 지배층의 내부에서 시작된 정치,경제 권력의 집중현상이 약해지면서, 천황가와 藤原氏, 대귀족과 중하위 귀족관료, 중앙귀족과 지방귀족, 무사간의 모순이 심해져 자기붕괴로 치닫던 시대이다. 이 작품은『源氏物語』이후 독자적인 형식을 모색한 훌륭한 작품이라는 평가에도 불구하고, 書名, 成立時期, 作者論 등에 연구가 집중되어 문학 적인 면에서의 연구나 비평이 제대로 이루어지지 않은 것이 현실이다. 따라서 본고에서는 전시대 작품의 영향으로부터 자유로울 수 없는 10편의 後期物語를 모방의 대상이 되는 작품으로부터 비평 적 거리를 두는 패러디라는 방법을 통해 그 동안 절대적 가치로 받아들였던 호색(色好み), 일부다처 제와 같은 가치관에 대한 회의적 태도를 분석해 作者의 의도를 규명함으로써 작품론에 접근하고자 한다. 이 작품의 호색자는 전시대 작품에 등장하는 호색자와 비교할 때 조금도 뒤지지 않는 완벽한 자 질을 갖추었음에도 불구하고 의외의 결과에 직면하는 <をこ>적인 우행을 통해서 호색의 존재가치를 상실하게 된다. 이로 인해 호색 자체가 사회의 악덕과 부조리로 인식됨과 동시에 새로운 가치로써 여성에 대한 현실인식이 이뤄진다. 자유분방한 호색자와 그러한 호색행위에서 야기되는 고통을 宿 世로 받아들이는 여성들의 삶을 대비시켜서 기존의 남성중심 사회에서 벗어나 진정한 共存의 의식 이라는 새로운 가치를 제시해 준다. 또한 정취주의로 일관되어 있는 당시 귀족문화에 반발해, 과학 적 실증적인 논리로 가식적인 美와 美에 대한 고정관념을 타파함으로써 전통 여인상과 귀족문화의 그릇된 틀에서의 벗어나기를 요구하고 있다
有島武郎 晩年の<落潮>に関する一考察 -<旧衣を脱する最後のもの><新しい衣裳を着る>をキーワードに-
한국일본학회 일본학보 제50권 2002.03 pp.269-281
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有島武郎は、『三部曲』を書き終え、吹田順助氏宛に「『三部曲』が出來ましたから別便で御届けします。こ れが私の旧衣を脱する最後のものです。この次には論文、それから來年の六月頃『新小説』に何か長いものを書か ねばならぬかと思つてゐます。その作では新しい衣裳を着て見たいと思つてゐます」とい内容の書簡を送っている。『 三部曲』の後に書こうとした<新しい衣裳を着た>作品とは『運命の訴へ」のことである。しかしこの作品は完成する ことなく、中途挫折してしまった。そして、これ以降、有島は<落潮>に見舞われてしうのである。では、この<落潮>の原因 はどこにあったのか。本稿では<旧衣を脱する最後のもの>、<新しい衣裳を着る>という言葉をキーワードに、有島の< 落潮>の原因を探っていく。 離教後の有島は、キリスト教の思想から自由になるために、独自の思想を構築する努力を続けた。そして<愛は奪う >の思想を得、その自信をもとに創作に取り掛かった作品が『三部曲』であった。有島はこの『三部曲』をキリスト教 との完全な決別の意味を込め、総決算の意味で書いた。したがって『三部曲』は、有島にとってキリスト教という<旧 衣>を脱する最後の作品となったのである。 キリスト教を脱し、新たなスタートを切ろうとした有島は、それを<新しい衣裳を着る>と表現したのである。そして<新し い衣服を着る>ことで新たな可能性を求めた作品が『運命の訴へ』であった。しかし有島の思惑通りに創作は進まな かった。そして、遂に彼は<落潮><挫折>に見舞われるのである。では、この<落潮>の原因はどこにあったのか。それ は、皮肉にも有島が<旧衣を脱いで>しまったことに起因していた。有島はこれまでキリスト教に対抗するかたちで<愛は 奪う>という自らの思想を構築したのだが、キリスト教を排除することで、自己の個性の中に絶対的なよりどころを求めな ければならなくなったのである。しかし、いくら努力しても自己の個性の中に信頼しうる強い力は見い出せなかった。そして 、自己の個性の追求は、有島を次第に虚無的な状況に追い込んでいったのである。結局、キリスト教を排除し、自我の 絶対性を追求することが,かえってリアリズムの内部崩壊を迎てしまう一要因となってしまったのである。有島の作風は、 これ以後、ニヒリズムにと進んでいくのである。
예술지상주의에 대한 이율배반적 한계 인식 - 「라쇼몬(羅生門)」에 나타난 공간적 상징성을 중심으로 -
한국일본학회 일본학보 제50권 2002.03 pp.283-292
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4,000원
『日本書紀』のコトアゲ 의 고훈을 가지지 않는 『興言』と『称』のコトアゲの可能性
한국일본학회 일본학보 제50권 2002.03 pp.293-311
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5,400원
4,300원
文化的多様性の現像として位置づける日本古典文学の再考 - 平家物語に現れた規範意識の受容を中心に -
한국일본학회 일본학보 제50권 2002.03 pp.325-340
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4,900원
5,500원
나쓰메 소세키(夏目漱石)와 영문학 - 18,19세기 영문학과 초기 작품을 중심으로 -
한국일본학회 일본학보 제50권 2002.03 pp.375-402
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6,700원
5,500원
어업협정과 독도 및 EEZ 와의 관련성 - 일본외교의 政治文化的 특성에서 고찰 -
한국일본학회 일본학보 제50권 2002.03 pp.439-465
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6,600원
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