2026 (19)
2025 (64)
2024 (69)
2023 (44)
2022 (70)
2021 (59)
2020 (57)
2019 (65)
2018 (61)
2017 (69)
2016 (64)
2015 (73)
2014 (117)
2013 (84)
2012 (96)
2011 (82)
2010 (95)
2009 (89)
2008 (123)
2007 (107)
2006 (115)
2005 (136)
2004 (178)
2003 (136)
2002 (136)
2001 (119)
2000 (84)
1999 (64)
1998 (49)
1997 (50)
1996 (48)
1995 (33)
1994 (41)
1993 (33)
1992 (34)
1991 (27)
1990 (25)
1989 (26)
1988 (26)
1987 (24)
1986 (23)
1985 (23)
1984 (28)
1983 (12)
1982 (13)
1981 (16)
1980 (14)
1979 (9)
1978 (10)
1977 (9)
1976 (10)
1975 (6)
1974 (7)
1973 (6)
4,000원
本稿は、韓国日本学会創立40周年に際し企画された研究調査の一環として、2000年以降、国内で展開された日本語研究の動向を把握し、今後の研究方向を展望してみようと準備されたものである。そのため、本稿では、まず50年代から80年代までの研究動向を改めて取上げ、比較的視点に立ち、現在の研究動向を記述してみることにした。年平均30本程度の論文数を数えた80年代に比べ、2000年代の後半に入っては、年に300本近い研究論文が公刊され、研究の量的拡大が飛躍的に進んでいることが分かる。また、研究分野の割合としては、一貫して文法の方が最も高い比重を占めており、次に日本語史と日本語教育に関する研究が活発に行われていることが確認できた。特に、日本語教育に関して言えば、2000年代後半からは著しく研究の比重が高くなっており、今後の動向が注目される。このような流れの中で、どのように研究の質を確保し、研究の韓国的特性をどのように形作っていくべきかという問題が今後の課題になりそうである。
4,800원
本研究は韓国における日本語教育の現況と課題を調べたものである。研究の対象は「日本学報、日語日文学研究、日本語学研究、日本語教育研究」の四つの研究誌である。この四つの研究誌から抜粋した日本語敎育論文は493編である。493編の論文を14項に分類した。その結果、一番目は、日本語学習と授業に関する論文は85編と最も多かった。これは韓国の日本語教育研究において、実際の学習と授業を通して、その研究を実際の日本語教育に応用、活用しようとする試みの結果である。これは世界の日本語教育の流れにそった研究の結果であるとも言える。二番目は、発音と聞き取り教育の研究で、50編だった。多様な道具を活かし、日本語教育に応用しているという手がかりである。三番目は、コンピュータとインターネットを利用した研究で、49編だった。グローバル時代が進むにつれ、どんどんこのような研究は進んでいくだろうと予測できる。この他にも多様な研究の結果が見られる。これは韓国での日本語教育研究の活性化を表れであると言える。よって、これからの韓国の日本語教育の研究はより専門化すると同時に複合的な研究まで広がる可能性が高い。また、韓国の日本語教育研究が東アジアの日本語教育にまで影響を与える時期が間もなく来るだろうと確信するのである。
4,000원
最近、枯死の危機に置かれている韓国での日本古典文学の発展のために様々な努力をしてはきているが、なかなかいい結果が得られない状況である。古典文学は現代文学の根底を成し、現代文学に多様な素材を提供しつつあった。古典文学は長い間の試行錯誤によって蓄積され、完成されたのであり、現代の学問の土台でもあるので古典文学が古い時代の残滓として扱われていることをこれ以上傍観してならない。日本古典文学の専門家たちはこのような問題を深刻に受け入れ見極め、積極的に対応しながら改善対策を次のように工夫すべきであると思う。一つ、韓日文化交流の活性化と低邊の拡大のため、日本古典文学に関する著書と研究物を出版するときは、普遍性をもつようにし、一般人までもが手安く接することができるように分かりやすい大衆的なテーマをもって研究しなければいけない。二つ、各大学での教育者たちは大学で行われている日本古典文学に関する講義をするにおいて幅広い主題をもって講義することによって、学生が様々な分野での日本古典文学を接することができるように多くの機会を提供しなければならない。三つ、韓中日の日本古典文学に関する専門家は互いに緊密に協力し合い、お互いの文化と文学との関連性と相違点を比較研究し論議し合える国際学術大会を定期的に開催すべきである。そしてその成果物として論文と著書などを頻繁に出版することによって古典文学の国際化と多様化を具体的に進めていくべきである。四つ、現在韓国には残念ながら日本に関する専門書籍と文化的な資料が公に提供できる図書館と研究所などが需要に間に合ない状況である。だから後発研究者と一般人などが近くで利用できる施設の拡充が切実に要求される実情である。だから、今は既成世代の研究者たちが築き上げた研究力量が多様な経路を通して大衆化し、後学たちにも伝われ発展し続けられるように積極的な努力をしていかなければならない時期であると思うのである。
4,000원
最近、枯死の危機に置かれている韓国での日本古典文学の発展のために様々な努力をしてはきているが、なかなかいい結果が得られない状況である。古典文学は現代文学の根底を成し、現代文学に多様な素材を提供しつつあった。古典文学は長い間の試行錯誤によって蓄積され、完成されたのであり、現代の学問の土台でもあるので古典文学が古い時代の残滓として扱われていることをこれ以上傍観してならない。日本古典文学の専門家たちはこのような問題を深刻に受け入れ見極め、積極的に対応しながら改善対策を次のように工夫すべきであると思う。一つ、韓日文化交流の活性化と低邊の拡大のため、日本古典文学に関する著書と研究物を出版するときは、普遍性をもつようにし、一般人までもが手安く接することができるように分かりやすい大衆的なテーマをもって研究しなければいけない。二つ、各大学での教育者たちは大学で行われている日本古典文学に関する講義をするにおいて幅広い主題をもって講義することによって、学生が様々な分野での日本古典文学を接することができるように多くの機会を提供しなければならない。三つ、韓中日の日本古典文学に関する専門家は互いに緊密に協力し合い、お互いの文化と文学との関連性と相違点を比較研究し論議し合える国際学術大会を定期的に開催すべきである。そしてその成果物として論文と著書などを頻繁に出版することによって古典文学の国際化と多様化を具体的に進めていくべきである。四つ、現在韓国には残念ながら日本に関する専門書籍と文化的な資料が公に提供できる図書館と研究所などが需要に間に合ない状況である。だから後発研究者と一般人などが近くで利用できる施設の拡充が切実に要求される実情である。だから、今は既成世代の研究者たちが築き上げた研究力量が多様な経路を通して大衆化し、後学たちにも伝われ発展し続けられるように積極的な努力をしていかなければならない時期であると思うのである。
4,800원
韓国の日本歴史研究は、韓国の日本植民地経験という特殊な歴史的経験により韓国において他の地域の歴史研究とは異なる独特の経路を経て発展した。本研究では韓国歴史学界での日本史研究の成果と日本学のなかでの日本史の研究成果を比較する。研究の方法は歴史学や日本学の日本史研究の成果を制限的であるが、量的に分析することである。これにより、日本学の日本の歴史研究、さらには韓国の日本の歴史学界の日本歴史研究の性格を究明する。研究は、韓国日本学研究の中心的な学会である韓国日本学会が発行する『日本学報』を中心に分析する。韓国日本学会の日本の歴史研究の傾向は基本的に韓国の日本史学界の研究傾向と同様の傾向性を持っている。両方はともに日本近現代史の割合が最も高い一方で、中世史の割合が最も低い点で、同じ傾向を示している。また、韓国と日本の長い歴史的な関係から両方の韓日関係史の研究が多い。しかし韓国の日本史学界の研究成果は日本史自体より韓日関係史の割合が高いが、韓国日本学会の日本の歴史研究成果は韓日関係史より日本史自体の割合が高い。これが日本学からの歴史研究の特徴であると思われる。
5,200원
韓國で日本民俗研究の現況を簡略にまとめると次のようである。一番目、20年前と比べて現場調査を重視する專門家が多く登場したことである。この点は自國文化の延長線で行われた過去とは著しい特徴である。二番目は研究テーマが偏重される傾向にある。口承の場合、神話と說話に、 時間の民俗には歲時と葬禮に, 神と靈魂の民俗には妖怪に, 祝祭と娯楽の民俗には神楽と祭りに, 衣食住には飮食に, 少數民族には沖縄に集中される現狀を見せた。三番目は研究方法論の不在と基礎的な內容把握に中心となっている。特に歲時と神楽, 祭り、少數民族などには目立つ。四番目は日本の中の少數民族(在日韓國人, 沖縄, アイヌなど)に対する研究も少しずつ行われていることである。この点は視野の擴大という面で肯定的に評價すべきである。五番目は自國との比較を通じて日本民俗の特徵を見い出す試みも増えつつあることである。こうした韓國における日本民俗研究はまだ充分だといえないが、現場調査を基盤にした日本專門家の登場と共に傾いた研究テーマを改善し、研究範圍も擴大して、独自的な研究方方論の開發が成し遂げればこれから日本は勿論、韓國文化の特徵さえ究明できる望ましい研究を期待してもよいと思われる。
4,000원
韓国初の通訳翻訳教育機関(大学院)が設立されてから30年以上の歳月が流れ、この分野の専門教育は今や量的にも、質的にもかなり充実してきている。教育より多少遅れて、通訳翻訳分野の研究が行われはじめ、多くの研究機関が定期的に関連のジャーナルを発行している。現時点で、韓国における日本語通訳․翻訳分野の研究成果を振り返り、調査․整理することにより、その現況を把握することは意義のあることと言えよう。本調査で確認された通訳翻訳関連の研究論文は、学位論文が117本で、うち博士論文が17本、ジャーナル掲載論文は計294本にのぼる。この中で翻訳について研究した論文が圧倒的に多く、全体の81.0%を占め、通訳関連の論文は15.8%、翻訳と通訳両方にまたがるものが3.2%となっている。これまでは、様々なテクストにおける特定の表現に関する翻訳ストラテジーや翻訳の様相、翻訳の結果についての研究が多く、それも意義のある研究だが、今後、この分野の研究をさらに発展させていくためには、より多くの研究者が、より多角的な観点からのアプローチを通じた研究テーマ、および研究方法の多様化が課題であると思われる。
4,000원
本研究では韓国での日本研究関連学会の現況と研究成果を検討し、今後の日本研究関連学会が進む方向性に関して次のように提案した。まず、日本学研究全般において、専門化と特性化を通した質的成長が追求されるべきである。学会はそれぞれ優秀な研究成果を出せるよう、量的成長から質的成長に視線を転ずる必要がある。このような質的成長を制度的に支えるために最も重要なことは、権威のある学術誌を作っていく作業であろう。第二に、専攻間、隣接学問間における研究の活発な交流が必要である。日本学は大きく見れば東洋学の下位範疇に属するのであるから、韓国学や中国学との絶え間ない交流があることが望ましいが、注目すべき事例が多いとはいえないのが現状である。日本学関連研究者間の多様な疎通と隣接学問間の活発な交流を通して、共同研究およびプロジェクト研究なども可能であろう。このような多様な研究結果は、自然に社会に還元され、後続世代の研究を誘発するに違いない。第三に、学術大会開催と学術誌発行の国際化時代を開くべきである。外国研究機関や外国研究者との活発な国際交流と協力を通して、学会の国際的力量を増進することができるし、また、研究者個人にとっては学術活動の幅を広げることのできる良い機会となろう。このような側面から見れば、学術大会の海外開催と国際学術誌発行を積極的に模索する時点が、すでに到来しているのではないかと思われる。
4,600원
本研究では、国内における各大学の日本研究関連の研究所の現況と今後の課題について考察してみた。まず、日本研究関連の研究所の現況の把握を通して登載学術誌保有の研究所が4カ所、登載候補学術誌保有の研究所が4カ所、その他、大学附設研究所が9カ所あるということが分かった。また、量的な膨張という点から見ると、これは全国規模の学会と比べても優るとも劣らなく学術誌、特に日本研究叢書の活発な刊行という点から見ると、全国規模の学会より寧ろ競争力を持っているということが確認できた。更に、今後の学界の動向に備えて日本研究関連の研究所の競争力確保方案と考えられる、幾つかの代案を提示してみたが、これをまとめると、次の通りである。①全国規模の学会との緊密な協力関係を構築すべきである。②国内における各大学の日本研究関連の研究所間及び、海外研究所との相互交流を積極的に模索すべきである。③統合サイトの構築と論文投稿の樣式の統一化を図り、研究者に便宜性を提供すべきである。④研究分野の特性化及び、集中化を積極的に模索すべきである。⑤研究成果の結果物である学術誌と研究叢書の刊行をより活性化すべきである。⑥一般大衆との疎通を積極的に模索すべきである。但し、上記の課題は短期間に解決できる問題ではない。また、特定の研究所や学界、個人の努力だけでは限界がある。しかしながら、今や時代の流れに逆行できないのも事実である。このような現実を考慮に入れると、日本の「急がば回れ」という格言のようにゆっくりでありながらも、一方では本格的な議論を行うべきである。これは日本研究関連の研究所の競争力强化にも繫がると思うからである。
4,500원
本稿は、韓国日本学会の創立40周年を迎えて企画されている『韓国日本学会40年史』の発行(2013年2月予定)を契機にして、学会の創立初期(1970年代)における学会活動や研究成果などをまとめると共に、学会創立の意義を改めて省みようとするものである。まず、「1970年代における韓国日本学会の活動」としては、<定期総会><任員会><理事会>などの「学会活動」、<国際学術大会><研究発表会><国際セミナー>などの「学術活動」が挙げられる。それから、「1970年代における韓国日本学会の研究成果」としては、<学会誌>である『日本学報』(第1輯~第7輯)の発行と、<日本文化叢書>(前期分、4卷)の発行が挙げられる。当時日本に対する否定的な韓国社会の雰囲気は勿論のこと、財政面․会員数などにおいても厳しいほど劣悪な状況にあった創立初期において少数ながら献身的な創立メンバーたちの努力によって、活発な学術活動が行われた。とくに林健太郎東京大学総長をはじめとする多数の日本における斯学の第一人者を招いて6回もの<国際学術大会>を開催し、その論考が『日本学報』に載るなど、日本学研究者の乏しかった70年代において学会誌の質と位相を高めるのに大きく寄与したことが認められる。1973年2月1日に創立総会を開催し、日本研究の関連学会としては最初に創立した韓国日本学会がまもなく40周年を迎えようとしている。学会創立40周年を機に、厳しい状況の中で日本学研究の新しい地平を開いた40年前の創立メンバーたちの<先見の明>と知恵を顧み、韓国日本学会が新たなビジョンをもって更なる発展を遂げることを願って已まない。
4,500원
韓国日本学会設立40周年を迎え、韓国日本学会の歩んできた軌跡を辿ることで先学の活動と研究成果を確認することは、今後40年を見据え、新たな時代を開くための第一歩を歩み出す起点となる。「詞は古きをしたひ、心は新しきを求め」る姿勢と言えよう。このような主旨にしたがい、本稿では1980年代つまり1980年から1989年までの10年間、「日本学報」に掲載された論文を分析することで、1980年代の韓国日本学会の活動と研究成果を検討することにする。このような作業は、韓国日本学会が韓国で最初に設立された日本研究の学会であることから、近くは韓国日本学会の足跡を辿る作業となるが、遠くは韓国における日本学の足跡を探る作業となり、極めて有意義な作業となる。結論としては、1980年代は1970年代と比較して「日本学報」に掲載․発表された論文は42倍へと急増し、韓国日本学会はもちろんのこと韓国の日本学の成長の早さを伺うことができる。その背景には、学会設立10年の蓄積がまずあるであろうし、韓国における「日本」関連学科の新設と大学院の設置による教員․研究者の増員があるものと思われる。
4,200원
本稿の目的は1990年代の日本学会の活動と研究成果を検討することである。日本学会の活動と研究成果は概略的に創立初期(1970年代)、定着期(1980年代)、成長期(1990年代)、全盛期(2000年代)に分けて検討できるが、1990年代は学術活動及び研究成果は定期的な国際学術大会の開催(総8回)、招請講演及び学術研究発表会の開催(総15回)、学問分科別の学術発表会、学会誌『日本学報』発刊(総20輯)、日本研究叢書の発刊(総12巻予定)などである。特に1990年代『日本学報』に掲載された研究論文数の急増現象と拡張された研究内容は当時の日本関聯研究環境の変化、語文学中心の現実主義強調、日本人(native)研究者の増加、日本/日本人に関する関心増加、日本との多様な疏通構造定着などが伺える支点である。
4,500원
本稿は、韓国日本学会創立40周年を迎え、学会の更なる発展のため、学会が活動してきた40周年を巨視的な視点から捉え直す一環として作成されたものである。本稿で特に注目したのは、2000年代における韓国日本学会の活動と研究成果であった。周知のように、2000年代、韓国日本学会は名実共に韓国最大の日本研究学会として、飛躍的に発展し続けてきた。本稿では特に研究成果を中心として、そのような軌跡を丹念に捉え直してみた。
한국에서의 일본교육 연구의 경향 ― 한국일본교육학회의 성립과 연구 성과를 중심으로 ―
한국일본학회 일본학보 제91권 2012.05 pp.165-178
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4,600원
本稿の目的は、韓国日本教育学会(以下、学会)の研究成果に基づいて、韓国における日本教育の研究傾向およびその特徴を考察し、そして向後の課題を提示することにある。学会の由来は、1985年の1月に韓国日本学会の傘下研究会として「日本教育学研究会」が発足したことにある。當時、教育学界では、地域教育研究という観点では研究が未だ進まない状態であったので、同研究会は、十分に先導的な役割を遂行したとみてよいだろう。学会は1996年より学会誌『韓国日本教育学研究』を創刊し、今日に至っている。1945年、解放以後、韓国における日本教育の研究は、研究の量的、質的な側面で大きく暗黒期(1945-1964)、胎動期(1965-1985)、発展期(1986-現在)と区分することができる。1965年の韓日首脳会談が成立するまでは極度の排日思想により日本教育に関する研究が事実上成り立たなかった。両国の国交正常化が成り立った後に日本教育についての研究が自然に胎動され始めた。日本政府からの招聘研究留学生が日本に留学することになったし、私費留学も公式に認められることによって日本教育研究のための基盤が造成され始めた。1980年代中盤以後、日本から留学生らの帰国と、既存研究者らとの交流による日本教育研究の活性化が成り立ち始めた。特に韓国日本学会内に日本教育学研究会が発足し、会員たちが増加すると同時に次第にこれらの研究が学位論文の水準に達しながら日本教育研究は発展期をむかえることになった。その間、学会は定期的な学術発表セミナー、国際学術シンポジウム、コルロキウム等を通して日本教育研究に焦点を合わせて日本を正しく理解するようにする一方、学術誌を定期的に発刊するなど学会の運営を活性化させながら両国教育の中核的な諸問題を考察してきた。学会の研究成果は、韓国の研究者らに基礎資料を提供する一方、比較教育学的な観点で韓国教育政策樹立に端緒を提供するなど大いに寄与している。しかしながら、今までは教育と関わる問題を単純に紹介したり教育学の各領域で比較法を応用する水準を大きく越えることができなかったとすれば、今後は報告的叙述(reportorical descriptive)の段階を越えて教育計画、経済発展と教育、人種問題と教育、社会教育、階級と教育など、その研究領域を拡大させていかなければならないだろう。それは韓国の教育改善だけでなく、世界教育の改善を試みる国際主義精神にも昇華させる効果を産むだろう。そのため、日本教育が組織的で体系的に研究できる学会や研究所の協力の必要性が求められる。
한국에서 현실 참여적 일본역사문화연구의 소고― 일본역사문화학회를 중심으로 ―
한국일본학회 일본학보 제91권 2012.05 pp.179-192
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4,600원
本稿の目的は韓国日本学会創立40周年を迎え、日本歷史文化学会による現実参与的日本歴史文化研究の特徴や成果について考察することにある。現実参与的日本歴史文化研究の成果を整理するために、2000年代を上半期, 中半期, 下半期 等として区分し、また研究領域として政治、経済、社会、文化 などで細分化し分析する。その上で研究領域, 研究題目, 研究特徴, 研究時期 等を考察する方法で進めていきたい。それによって韓国においての現実参与的研究現状と懸案解決案, ‘日本学’の構成と方向性、学際的研究 などを把握することができると言える。結論からいうと、韓国に置いて現実参与的日本歷史文化研究は、日本学の一つ要素として日本歷史および文化研究流れを築き, また日本研究者ネットワーク構築, 韓日間の歷史文化関聯学会と研究者の交流, 日本研究者の大学社会への進入通路と登龍門の役割, 外国人の研究参与による研究の国際化などを促したことに価値がある。これからの課題は現実的な問題を解決する方案を積極的に示し、韓日間に潜まれている葛藤を解決できる学問的力を発揮し、またその責任を学会と学者として負うことである。
한국에서의 일본어통번역 연구경향과 발전방향― 한국일본어통번역학회의 학술활동을 중심으로 ―
한국일본학회 일본학보 제91권 2012.05 pp.193-206
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4,600원
本稿は、日本語通訳․翻訳に関する研究傾向を国内唯一の日本語通訳․翻訳専門学会である韓国日本語通訳․翻訳学会において発表された研究論文を中心に分析し、これからの研究のあり方を考察したものである。まず、通訳研究においては、通訳教育に関する研究、テキスト․認知言語学的な研究、特殊形態の通訳に関する研究、通訳士の能力と通訳の質に関する研究などが行われているが、主に通訳教育に関する研究(47.4%)とテキスト․認知言語学的な研究(26.3%)に偏重していることが確認できた。また、テキスト․認知言語学的な研究と通訳士の能力に関する研究においても、その多くが通訳教育と関連させたものであった。研究者側の特徴としては、通訳専攻者や通訳の授業を担当している研究者が殆んどであること、そして研究者数が翻訳研究者に比べて遥かに少ないことなどが挙げられる。次に、翻訳研究においては、テキスト分析と翻訳の項目に関する研究(30.6%)が最も多かったが、誤訳分析及び翻訳評価、ジャンル別の翻訳、翻訳の歴史、翻訳倫理、翻訳過程、翻訳教育、調査․統計、特定構文․表記研究など、研究内容の幅が広く、多角度からの研究が行われていた。研究者側の特徴も通訳研究とは違い、通訳․翻訳専攻者、語学․文学専攻者、翻訳の実務及び現場作業に携わっている研究者、そして私設機関の翻訳教育者など、多様な研究者による研究が行われていることが挙げられる。最後に、10年間55編の研究発表にとどまり、研究内容も限られたテーマに偏重しているという事実は、通訳․翻訳研究の学問的発展の限界を示していると思われる。テーマの多様性と研究者層を拡大するためには、隣接学問との連繋及び合同研究が切実に望まれるところである。
일본 연구의 다양화와 융합학으로서의 일본학― 일본정경사회학회의 창립과 연구활동을 중심으로 ―
한국일본학회 일본학보 제91권 2012.05 pp.207-216
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4,000원
韓国での日本研究は初期には日本語と日本文学を中心として研究が主であった。このような傾向は今まで大きな変化は見えない。ところが日本社会の全体に関する理解の必要性が高まって日本研究の範囲が語学と文学から政治、経済そして社会文化に拡大した。そして1990年代に入って韓国の大学で開設する日本関係学科の名に日本学科、日本文化学科が追加された。また韓国日本学会の学術雑誌である日本学報に発表される論文に中で日本語、日本文学以外に日本政治、経済、社会文化をテーマが増えた。日本に関する融合的な観点の研究が必要になって2000年出帆した日本政治経済学会の活動も活発化し、研究会や韓国日本学会の学術大会の日本学分野での発表の内容も多様化した。しかし真正な意味の融合学としての日本研究が増えたとは言えない。日本に関する研究の分野が多様化し、範囲が広くなったとは言えるが、多様な観点から、学際間研究の側面からの日本研究とは距離がある。
4,600원
韓国日語教育学会は国際化、情報化時代と言われる21世紀に向けて日本語教育に係わる研究及び学術交流を通じて国内外で日本語教育に携わる人材の養成及び交流の場を築くのが設立の主旨なのである。主な活動としては学術発表会及び日本語教員研修会を定期的に行い、日本語を学ぶ年少者向けの「日本語能力認証試験(JAT)」の開発及び実施、また、学術誌『日本語教育研究』の発刊、韓国日語教育学会叢書の発刊、それからOPI研究会を含めた日本語教育と評価に係わる各種研究会の開催等が挙げられ、国内の日本語教育の向上に寄与してきたといえる。本学会の今後の展望と課題として次の四つをあげることができる。第一、境界のない融合学問としての日本語教育指向第二、世界の日本語教育の流れから見た年少者に対する日本語教育第三、韓国に居住する外国人児童のための日本語教育第四、特殊障害者の日本語教育
4,300원
效攝2等肴韻は、その中古音及び各国漢字音の字音形に対する解釈に学者ごとにいろんな意見が存在する。本稿では、效攝の開口2等肴韻に現れる各国漢字音の反映について、対照分韻表を作成して比較․考察した結果、次のような結論に至った。1。吳音における-eu形は、前舌母音aの前舌性を反映してeとして轉寫した結果であると考えられる。先學の論旨のような、i介音の添加やau>iau>euの変化は、漢音の-au形からみて、正反對の史的變化になるので、認めがたい。2。漢音における-au形は、唐代の母音變化によって、前舌的な主母音aが後舌的な主母音ɑに變化したɑuを反映した結果であると考えられる。3。韓國漢字音における-jo形は、auを前舌的な1音節として受容した結果であると考えられる。3等乙類が甲類と同じ-jo形で現れるのも、介音ï․iと関係なく主母音aの前舌性を反映した結果である。これは、吳音と類似した反映で、韓國漢字音の母胎が漢音よりは吳音に近い時期であることを示す傍證となる。4。越南漢字音の1等豪韻は-ao形で現れるが、2等肴韻は-ieu形と-ao形が混在する。三根谷徹(1993:347)は、-ao形は、aの影響でuとの結合の過程で-auから-aoに転じたものであり、-ieu形については、後期に流入した字音であると見ているが、-ieu形は、吳音の-eu形と同じ時期の舊層に属し、-ao形は漢音の-au形よりも後期的な字音形なので、唐代以後の近代音であると考えられる。5。敦煌資料は、基本的に唐代末から宋初の音韻體系を反映する資料であるが、2等肴韻が吳音と類似した-eu形で現れていることから、唐代以前の字音形が保守的に混在していると考えられる。6。韓國漢字音と吳音は、ほぼ全ての3等韻で甲乙類の區別の痕跡が認められるが、效攝の宵韻のみがその区別を失って同じ反映を見せているのは、介音ï․iと関係なく主母音aの前舌性を反映した結果であると考えられる。
4,800원
本稿では形容詞化接辞のうち、傾向を表すという共通点を持つ「ポイ」「ラシイ」「クサイ」の意味について考察した。名詞語基にこれらの接辞が後接した用例をそれぞれ三つの接辞に置き換え、その成立の成否、また複数の接辞が成立する場合における意味やニュアンスの共通点と相違点を射程に入れて、三つの接辞の意味領域․用法の分類および運用についての検討を行った。その考察結果をまとめると、以下の通りである。これらの接辞は傾向․特徴․性質等が色濃く現れていることを示すという共通した意味分野に属しつつも、その評価性においては語彙レベルが持つ意味が、文レベルになることによって、その意味の転換がなされ得るということが明らかになった。その内容は、1)「ポイ」の場合、語彙のレベルでは一般にマイナス評価を表すが、文レベルになると意味の転換が行われ、プラス評価․中立評価を表したり、反対にマイナス評価で成立しない場合がある、2)「ラシイ」は語彙のレベルではプラス評価を表すが、文レベルでは中立評価․マイナス評価でも用いられたり、逆にプラス評価でも用いられない場合がある、3)「クサイ」は語彙のレベルでは一般にマイナス評価を表すが、文レベルでは中立評価あるいはプラス評価にも用いられたり、反対にマイナス評価で成立しない場合があるということである。それは、「ポイ」「ラシイ」「クサイ」の意味用法が拡大しつつあること、本来この三つが共有する意味に触発されることによって、意味の転換が行われたということを意味する。更に、「ラシイ」の強いプラス評価性と、「クサイ」の強いマイナス評価性に比べ、「ポイ」の評価性の弱さと、それに伴う守備範囲の広さが確認された。
日本語学習者と成人日本語母語話者による条件表現使用傾向に関する調査― 固まりの形式と意味的要素に着目して ―
한국일본학회 일본학보 제91권 2012.05 pp.259-276
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本研究の目的はL2学習者と成人日本語母語話者を対象として、文完成テストを行い、条件表現の習得の特徴と固まりの形式․意味的な要因との関係を検証することである。そのため、発話データからの傾向を仮説として提示し、L2学習者と日本語母語話者の使用傾向を明らかにした。その結果、以下の3点が検証された。まず、(ⅰ) 中級以上のL2学習者の条件表現の習得には特定の固まりの形式が存在している、(ⅱ) 中級以上のL2学習者の条件表現の習得においては「仮定性の有無」による条件表現の選択に差がある、(ⅲ) 中級以上のL2学習者と日本語母語話者の固まりの形式の使用には差がなく、「仮定性の有無」による意味的な面においての使用傾向に差があることが明らかになった。本研究での日本語学習者の発話データ、調査による検証による傾向から考えると、日本語学習者は意味用法の細かな分類からの影響だけではなく、固まりのような形式的な使用にも影響されていることが分かった。更に、本研究は学習者の発話に注目することで、従来までは外されていた部分に焦点を置き、それが鍵となり、L2学習者の条件表現の習得の特徴を明らかにすることが出来た。本研究で条件表現の習得に関する全ての疑問点を明らかにすることは出来ないが、条件表現の習得に新たな要因の働きを提示出来たと考えられる。
說話集에 나타난 오노마토피아의 表現硏究―『今昔物語集』와 『宇治拾遺物語』를 中心으로 ―
한국일본학회 일본학보 제91권 2012.05 pp.277-290
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本論文は、『今昔物語集』と『宇治拾遺物語』との同話․類話の関係にある説話の中で、オノマトペがとのような表現効果を持っているし、文章表現においてオノマトペの使い方にどのような相違点があるかについて表現論的な観点から比較․考察したものである。『今昔』と『宇治拾遺』との同話․類話の文章表現においては、ほとんど同じ意味の単語を使っているが、同一の素材を用いて同一の表現をしながらも『宇治拾遺』では『今昔』よりも多くのオノマトペを用いているので文章表現をより豊かに效果的に伝達するのに優位を占めていると言えよう。『宇治拾遺』で口語的要素としてのオノマトペが多く用いられたことは『今昔』よりも口誦性と和文的性格を示しているためである。例えば、『今昔』では、「急ト」「散ト」「鑭ト」のように漢文訓読性が強く現われているが、『宇治拾遺』では主に和文性が強い文体である平仮名で表記している。オノマトペの表記からも両説話の文体特徴がそのまま適用されていることが分かる。なお、『今昔』では「鮒」が「バタバタする様子」を「生キテ動キ迷フ」のように一般動詞を使って叙述的に表現しているのに対し、『宇治拾遺』では「フタフタと慌てること」のように同じ意味の動詞型オノマトペである「フタめく」を使ってその文章の場面を一層現実感のあるように描写している。また、『今昔』では、一般動詞である「飲む」を用いて「粥を飲む」と表現しているが、『宇治拾遺』では、擬声語から由来したと思われる「すする」という動詞を用いてその場面を生動感のあるように描写している。このようにオノマトペの使い方に相違点が現われるのは、編者の表現描写の相違点と編輯意図にも影響を受けるためであるが、オノマトペが文章表現において持っている役割と表現効果にも深くて緊密な相関関係が存在しているためである。同話․類話の関係にある説話の中で、『宇治拾遺』で用いられたオノマトペは、編者の表現欲求と供に、ある場面において音や情景、雰囲気などを具体的で生々しく表現し、さらに簡潔に表現して效果的にその場面を想起させられる表現機能を持っていると言える。
경계를 와해하는 ‘무국적자’의 레토릭― 金城一紀, 『GO』를 중심으로 ―
한국일본학회 일본학보 제91권 2012.05 pp.291-305
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This article is a study, centered on 『GO』(2000) by Kaneshiro Kazuki which clearly shows the overall life conditions of the Korean-Japanese and actively crumbles such boundary of exceptional life, that carefully considers the reappearances and overcoming possibility of the oppressive boundary of ‘nationality’, ‘name’, ‘physical body’ which consistently runs through the Korean-Japanese literature. First of all, Kaneshiro Kazuki intends to emerge from national exclusivism and the boundary by disturbing and breaking the frame of a nation-state symbolized as ‘nationality’ and actively attempts to discover the new identity as the Korean-Japanese, which suddenly rises from outside the boundary, by insisting the right of the ‘statelessness’ exclusively possessed as a signpost of self-liberation and cognitive overpassing. Secondly, the author expresses the willingness to resist the oppressive binding force the ‘name’ has and to escape from the district of discriminating boundary, by revealing the symbolization of a nation or a group through ‘name’ within the work and by re-defining the meaning of the distorted or consciously broken name. Lastly, the author overthrows the fabrication of the discriminative boundary, so called, ‘body-bloodline-ethnic race’ and disintegrates the point of the layered boundary that binds up the Korean-Japanese, through the idea of the strategic ‘mixed-blood’ which mixes and scatters the boundary. In this way, Kaneshiro Kazuki, by questioning from a viewpoint of a fictional formation ‘nationality’, ‘name’, ‘physicality’ realized as a definite category which differentiates and characterizes one individual, suggests the literary possibility that will crush the discriminative and biased logic produced from such unfair ‘boundary’.
일본문학 교육방법론― 이즈미 교카의 「고야산 스님(高野聖)」 수업사례를 중심으로 ―
한국일본학회 일본학보 제91권 2012.05 pp.307-321
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本稿は、韓国の教育現場で行われている日本文学の教育方法についての考察である。他の分野の教育方法論に比べて、日本文学の教育方法論の研究はようやく始まったばかりで、まだこれから多くの研究課題を残していると思われる。本稿で考察対象として取り上げたのは泉鏡花の「高野聖」である。「高野聖」は、日本の高校教科書にも度々採用されている小説である。泉鏡花の文章は難解なことで有名である。日本人でさえ理解することが難しいと言われている鏡花の文章を外国の学生に教えるのは、様々な意味で無理なことかもしれない。しかし、日本の教科書に採用されているのは、それなりの理由があると思われる。現に鏡花の文章は、難解さを乗り越えれば見えてくるものがある。それは日本の近代化の中で常に問われている伝統の世界である。日本の伝統と近代の境界を行き来する芸術魂が込められている鏡花の作品の理解は、単なる一個人の作家の作品世界に対する理解に留まらず、日本の文化の奥底に潜む深い精神性の理解へとつながるのである。たしかに、文学の教育方法に関しても人それぞれの方法があると思う。ある特定の方法論が正解だとも言えない。しかし、様々な教育方法を共有し、論議の場を設けるのは、より良い教育方法を模索し、方向性を見出す上で不可欠なことであると言える。本稿では教育現場で実際行った授業をまとめ、方法論を模索した。本稿での試みにより、新たな教育方法を見出す一助となれば幸である。
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本小稿は、能『實盛』に描かれている主人公の人物像を執心という側面に焦点をしぼって考察してみたものである。その結果明らかになったことは、主人公の執心は、錦の直垂を着て故郷近くの最期の戦場に臨んだという「錦の直垂」の記憶に向かっているということである。その「錦の直垂」の記憶というのは、武名にこだわっている彼の霊としてはそれこそ老後に咲かせた花に準えられる出来事であった。その老後の花というのはまた、世阿弥の理論体系における「老木の花」論を想起させてもいた。主人公たる実盛の霊が仏教的な救済を遂げるためには、如何なる執心でも捨てなければならないが、結局のところ実盛の霊はそうした自分の執心を捨て得ないでいる。それは彼の武名への執心があまりも強いせいであり、作者もそうした彼の執心深さを推し量ってか、意図的にその執心を際立たせる方向へと作品構成の方向を定めているように見受けられた。
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This paper gives an overview of current condition, problems, and challenges within the studies related to Yamaoka Tesshū (1836-1888) who was a Bakufu retainer, swordsman, and the central figure in the realization of the bloodless surrender of Edo Castle during the Meiji Restoration of 1868. The paper introduces Yamaoka’s historical role and outlines insufficient previous scholarship on him, as well as shows that Yamaoka-related materials published by a certain Abe Masato at the end of the Meiji era were counterfeits. The paper also discusses serious problems with Yamaoka’s biographies compiled by Ushiyama Eiji and the value of memoirs by Yamaoka’s live-in disciple, Ogura Tetsuju (1865-1944), appearing in Ushiyama’s biographies, for academic research. Yamaoka was, in a sense, a maverick, largely apolitical and stubbornly going against major cultural trends in the warrior society of his time; a study of Yamaoka based merely on conventional approaches will be erroneous and superficial. Although Yamaoka’s accomplishments were diverse, the first context in which he should be studied is swordsmanship, as this was the field in which he invested most of his time and energy. He held on to a belief that the practice of military arts was supposed to constitute the very foundation of samurai existence and identity. From his viewpoint, in all aspects of his life, the warrior was supposed to base his judgments, words, and deeds on what he had acquired during the process of training in the military arts. With that in mind, the primary force that drove Yamaoka’s actions all his life and his role in the bloodless surrender of Edo Castle are uncovered in my book which is the first critical biography of Yamaoka (2012). However, this book considers Yamaoka only within the narrow field of swordsmanship leaving many of his other accomplishments for future discussion. The main reason for this is constraint coming from the lack of reliable primary sources. Many sources related to Yamaoka are preserved in Japanese archives, temples, or are in the possession of private collectors. More often than not, these materials are not organized and ready for use by scholars. Many of them are not even disclosed to the general public. It is unlikely that Yamaoka’s role in Japanese history will be explored exhaustively and accurately enough unless the problem with primary sources is solved by organizational effort.
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本稿は現代社会で日本人が国家代表のサッカー中継を通じて伝達される国家/国民に関する表象について、どのように実践行為を行いながらナショナル․アイデンティティを構築していくのかを考察したものである。現代社会でのナショナリズムは、無意識的に、あるいは常識的な意識の枠組みで日常生活の中に溶け込んでいるものである。本研究ではこのようなナショナリズムを「日常のナショナリズム」と呼んでおり、その概念を中心に議論したものである。本稿は、このような「日常のナショナリズム」が国家代表のサッカー中継を通じ、ナショナリズムの無自覚的な生産․再生産に重要な役割を果していると考える。オーディエンスがサッカー中継を視聴する際は、そこに「自己」と「他者」という線引きが自明視され、自国に対するアイデンティファイが自然に行われる。本稿はこのようなメディアの条件で、視聴行為を行う日本人のオーディエンスに対する実証的な研究を試みたものである。その結果、オーディエンスの解読はナショナルな表象に対する順応的な読みのみではなく、能動的な読みも行うことが明らかになった。このような結果は、日本社会でのナショナリズムが単純に支配イデオロギーの産物ではないことを意味するだろう。つまり、国家代表のサッカー中継に対するオーディエンスの実践行為は、ナショナル․アイデンティティを構築していく行為であるが、そこで構築されるナショナル․アイデンティティが必ずしも支配イデオロギーの再生産の過程ではなく、オーディエンスの能動的な解読による構築過程も存在するということだ。
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軍事に対する警察権と民間に対する警察権を併せ持っていた日本の憲兵は、1923年、関東大震災の際、消防、救護、警備、流言飛語の調査および取締り、犯罪者の検挙など、多方面にわたる警察業務を行った。戒厳が布告された非常事態とはいえ、このような行動が可能であった理由として、まず警視庁の警察は、災害による混乱と「貧弱」な武装のため首都周辺の治安を維持するには力不足であったこと、そして、治安維持を補助するために派遣された大規模兵力の軍隊は警察権を持っていなかったことが挙げられる。したがって警察と軍隊の中間に位置する憲兵の役割が重要性を増していった。しかし、憲兵の組織と兵力は警察や軍隊に比べ非常に少ない規模であったため、災害地に臨時憲兵隊を新設し、また他兵科から補助憲兵を招集するなどの方法で大幅に補充しようとした。このような憲兵の兵力不足問題により、「朝鮮人暴動」などの流言飛語を口実に自警団、警察、軍隊による在日朝鮮人虐殺が行われる中、憲兵の活動は現場でこれらを警戒․取締るより事後の捜査および後処理に集中する結果になった。警察や軍隊のように憲兵の朝鮮人虐殺行為が公文書によって立証されることはなかったが、自警団の虐殺を「幇助」する、社会主義勢力に対する弾圧の一環として収容所の朝鮮人を「間引く」など、憲兵も間接的に虐殺に関与していたことが分かった。
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経済成長のために推進される構造転換は特定時期の危機克服のために選択される。日本はこれまで3回の構造転換を実施した経緯を持つが、震災の突発変数とともに製造․貿易大国を脅威する構造的な悪材登場の今こそ、新しく第4次の構造転換が必要な時点ではないかと思う。貿易赤字の長期化と円高の持続化、及び財政破綻の重さから見れば前向きでサステイナブルな成長モデルの必要性が増大するからである。災害をきっかけに論議が本格化した第4次構造転換のカギは投資立国にある。海外への直接投資を拡大してその利益を成長原動力にしようという主張である。特に人口変化などの長期問題も入れて持続的な成長力のために生産性向上と複線的な構造に基礎する所得収支の安定拡大が主要である。ただ今度の構造転換は2008年の金融危機で浮かび上がった資本貪欲の副作用と製造業の成長記憶などのために、社会的な同義を得て推進するには多少時間が必要と考えられる。そして、当分は貿易と投資のバランスを維持しながら長期モデルとして投資立国の方向に進行される可能性が高い。
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