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일본학보 [The Korean Journal of Japanology]

간행물 정보
  • 자료유형
    학술지
  • 발행기관
    한국일본학회 [Korea Association Of Japanology]
  • pISSN
    1225-1453
  • 간기
    계간
  • 수록기간
    1973 ~ 2026
  • 등재여부
    KCI 등재
  • 주제분류
    인문학 > 일본어와문학
  • 십진분류
    KDC 913 DDC 952
제69권 (40건)
No
1

4,600원

本稿は漢語名詞が実体概念の意味の他、内在的な意味を含んでいることに注目し、漢語名詞の意味と意味の転化について考察を行ったものである。 漢語は表語文字で多重的意味を含んでおり、意味論的な観点からみると、「実体性概念」「情態性概念」「動作性概念」に分けられる。名詞の多重的な意味は、名詞を名詞だけではなく、他品詞としても派生させる。即ち、同一語根の名詞と形容詞、名詞と形容動詞、名詞と副詞、名詞と動詞のような形態の語として機能させる。このように同一語根から派生した多重の品詞が存在するというのは、元の品詞とはちがう意味変化が発生したことを意味する。同一語根の漢語名詞が、一般的で固定化した意味を表しているとすれば、形容詞は、元の意味からイメージ化して新たな意味の創出をなして、意味の多重化を作り出している。形容動詞は名詞に比べて、個別的な状態や属性などを表していて、部分的に名詞と役割分担をしている。名詞と同一語根の副詞は、意味的な側面より名詞としては表現できない部分を、副詞的な用法を用いて表現するという用法の借用で用いられている。漢語名詞の意味転化は、名詞が、同一語根の他品詞として転用されることによって行われることもあり、比喩的な表現と用法の借用などによっても行われている。 名詞は「雪のような…」「矢のように…」などの比喩の表現によって情態․属性などの情態性概念を得ることができる。また、普通の連体修飾の用法からは外れている「名詞+な」「形容動詞語幹+の」のような形態によって意味的に新たな効果を得ることができる。比喩表現や用法の借用による新たな意味の獲得の過程は多種多様でこれをどのように整理し、一般化するかは今後の課題とする。

2

創造動詞の結果構文に関する一考察

金榮敏

한국일본학회 일본학보 제69권 2006.11 pp.15-26

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4,300원

本稿は創造動詞の結果構文について考察し,その特性を,意味構造の分析を通して明らかにしたものである。本稿では創造動詞の結果構文は状態変化動詞による本来的な結果構文とは意味的な違いが見られ,それは創造動詞の結果構文の意味構造が状態変化動詞の結果構文の意味構造とは異なるために生じるということを明らかにした。考察の結果をまとめると次のようである。 創造動詞の結果構文と状態変化動詞による本来的な結果構文とでは,その結果述語が表す結果状態に関連して違いが見られる。まず,状態変化動詞による本来的な結果構文においては,結果述語が表す結果状態に,そうでない状態から変化したという「状態の対立」が見られる。一方,創造動詞の結果構文にはそのような「状態の対立」が存在しない。また,状態変化動詞による本来的な結果構文においては,結果述語の表す結果状態が動詞の固有の意味の一部として含意されるが,創造動詞の結果構文の場合は必ずしもそうではなく,結果述語が動詞の意味から直接予測できない結果状態を表すことができる。 このような創造動詞の結果構文と状態変化動詞による本来的な結果構文の意味的な相違は,両者の意味構造の違いによるものである。状態変化動詞による本来的な結果構文の意味構造において,変化を被るのは行為をうける対象であり,<結果状態>はその対象の変化した状態を表し,結果述語はその結果状態を具体的に描写する。一方,創造動詞の結果構文の意味構造においては,<結果状態>は行為をうける対象の状態を表すのではなく,結果物が出来上がったことを表し,そして結果述語はその結果物が帯びる状態を具体的に描写するのである。 また,状態変化動詞の中間構文と創造動詞の中間構文の間に見られる文法性の違いも,創造動詞/創造動詞の結果構文の意味構造と状態変化動詞/状態変化動詞による本来的な結果構文の意味構造に関する本稿での分析を基にして説明できることを確認し,本稿での分析が妥当であることを明らかにした。

3

移動動詞の完了形

金平江

한국일본학회 일본학보 제69권 2006.11 pp.27-38

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4,300원

移動というのは動作主体の行為により位置が変化することを意味する。移動を表わす動詞は客体概念を必要としない点で自動詞に属するが、その行為が動作主体の意志や意図によって作為的に行われることが多い点で、意志動詞に属するものが多い。移動を表わす動詞は助動詞「ぬ」「つ」と結合して完了形を作る。「ぬ」「つ」は古代日本語の完了を表わしす助動詞と言われているが、どういう基準で「ぬ」「つ」が使い分けられていたのかに対する答えは明確でない。本稿では助動詞「ぬ」「つ」を話し手の認識態度を表わしたものとみて、移動動詞の完了形を話し手の認識態度の差を持って説明した。

4

『小公子』における女性語について - 終助詞の用法を中心として -

房極哲

한국일본학회 일본학보 제69권 2006.11 pp.39-52

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4,600원

本稿は、明治期の翻訳小説『小公子』における終助詞を調査の対象とし、『小公子』における女性語について考察したものである。研究の方法は、話者の性別によって、どのような終助詞が、どのように使い分けられていたのか。また、相手と場面による使い分けについて考察を行い、性別による終助詞の待遇的な違いについても考察を試みた。 明治20年代の『小公子』の女性語について述べてきたことをごくかいつまんでいうと、次の三点が挙げられる。第一に、肝腎なのは『小公子』の翻訳者が当時の様々な時代相、例えば、男女の社会で異なる位置、つまり時代背景や女学雑誌の啓蒙的な性質や作品の性格などを考慮し、女性の言葉づかいに工夫したことが考えられる。女性語の場合は、終助詞「わ」の少なさ、「よ」「な」「こと」「とも」「もの」などは敬語表現に接続して使われていること、そして当時有識者の間で非難の的になった言葉․終助詞「わ」「だわ」「てよ」などを人為的に避けた可能性が考えられる。 第二に、当時の社会風潮と翻訳者の翻訳意図によって、女性語は制限があったのに比べて、男性語はそういう制約に比較的自由であったことが考えられる。例えば、女性が使う終助詞は10語に過ぎないが、男性が使っている終助詞は29語もあり、このような事実を物語ってくれる。 第三に、談話のストラテジーにおける男女差が反映され、断定的な言い方を避けたり、敬語表現に配慮せざるを得なかった環境は女性語が男性語より敏感であったようである。そのため、情意表現の一つである終助詞においても、男女による待遇的な意味合いが異なっているのではなかろうか。また、強い主張を表す「ぜ」「ぞ」などは、『小公子』当時の言語規範․女性の言葉づかいに対する規範意識から鑑みて、女性において使いにくい環境であったことが言える。

5

4,600원

本稿は、中古(平安時代)と中世(室町時代)の散文資料に用例があるオノマトペを対象に、比喩的表現(メトニミー・メタファー)による意味の拡張について体系的に記し、共時的に、また量的に考察した研究(大沢=伊藤2002、2003、2004、2005、2006a)に引き続き、中古から中世にかけて意味拡張が見られる事例を中心に取り上げ、通時的な分析結果を加え、それらの事例に基づいて意味拡張のモデルを提示するものである。 本稿によって導かれる通時的な考察は次の通りである。 ・メトニミーによる意味の拡張が中心だった中古語と同様に、中世においても多くのメトニミーによる意味拡張の事例を見出せるが、中古語とくらべ、中世語においては擬音語からメトニミーによる意味拡張を介して更にメタファーによる意味の拡張を見せる事例がより多く現れること ・メタファーによる意味の拡張を見せる事例において、外見の状態を表わす擬態語(非擬情語、狭義擬態語)から感覚や感情を表す擬態語(擬情語)へと意味拡張を起こした事例は、中古から中世にかけて若干数現れること意味拡張のモデルについては本文中を参考されたい。

6

使役受動 語形의 移行에 대하여

李成圭

한국일본학회 일본학보 제69권 2006.11 pp.67-82

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4,900원

本稿では動詞を2音節、3音節、4音節、そして複合動詞、連語形式に区分し、それぞれの動詞群において短縮形と正形とがどういう様相を呈しているのかについて考察してみた。 その結果、まず、2音節動詞の場合、「買う」「書く」「嗅ぐ」「脱ぐ」「ひく」「酔う」は短縮形のみが使われていて、正形から短縮形への移行がほかの動詞よりは相対的に早いこと、「泣く」「待つ」「やる」「読む」などは短縮形が正形に比べて絶対優位にあること、そして「喰う」「立つ」「泣く」「飲む」は短縮形が正形より相対的優位にあるものの、依然として正形がその勢力を維持しているということを確認できた。 次に、3音節動詞でも、「おどる」「迷う」のように短縮形のみが使われる場合や、「困る」「座る」のように短縮形が正形を駆逐している場合、そして「歩く」「弱る」「背負う」「くらう」のように両形が競合している場合、最後に「思う」のように正形が短縮形を圧倒している場合があることを確かめた。 さらに、4音節動詞の場合も短縮形と正形との使用実態が一定しておらず、「働く」のように短縮形のみの動詞、「味わう」「頷く」のように短縮形が優位を占めている動詞がある。そして、一つ特徴的なのは、4音節動詞の場合、少数ではありながら、正形のみが使われている場合が、2音節、3音節動詞と比べると多いということである。これは4音節にもなるとほかの動詞群に比べて短縮形の進出がまだ進んでいないことを示唆する。このような傾向は、5音節動詞の場合、短縮形の使用が見られないということにも符合する。なお、複合動詞では用例も少く、動詞によって短縮形と正形が固定化していて、それを文体、丁寧度、話体をもって説明することが適切でなく、連語形式の動詞も二つの語形間の使用実態が非均質的である。 以上のことから、5段動詞において短縮形ないし正形の使用には、それぞれの動詞が群化をなし、共存、競合、駆逐を繰り返していると解釈しうる。したがって、口語体言語で短縮形が一般化しているという従来の説明だけでは不十分で、言語現象をより綿密に検討しなおすべき時期に来ているものと考えられる。

7

4,900원

本稿では,コミュニケーション方略(communication strategy,以下CSと略す)の明示的指導を組み込んだ実験授業を考案・実施し,その効果を質的に分析し記述した。CSの明示的指導は,韓国人JFL学習者を対象に週1回のCS授業を各CS別(言い換え,明確化要求,フィラー,あいづち)に行った (全部で4回,全部で240分間の授業) 。CS授業は,(1) CSの提示・使用例の説明(CSの意識化,授業の前半30分) (2)タスク学習(CSの練習,授業の後半30分)から構成される。そして,CS指導の効果を例証するために,複数のデータ収集法で集められたデータ(授業の記録,調査協力者の自己報告,事前・事後テストなど)を総合的に分析した。その結果,CSの明示的指導によって学習者は,(1) CSが実際のコミュニケーションにおいて果たす役割を理解し,CSを使うようになる,(2) 自信を持って積極的にコミュニケーションに参加できるようになる(発話量が増える),(3) 第二言語習得を左右する,アウトプット・インプット・相互交渉の機会が増える,ことが分かった。以上から,CS指導はCS使用数を増やすだけではなく,接触場面の少ないJFL学習者の日本語コミュニケーション・日本語学習を促進する効果をも持っている,ことが示唆された。

8

上代籍帳の人名における命名について

崔建植

한국일본학회 일본학보 제69권 2006.11 pp.99-118

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5,500원

上代籍帳には膨大な量の人名が萬葉仮名で書き留められているが、人名の表記が極めて断片的であるため、そこから語の内容を掴むことは極めて難しい。しかし、籍帳には家族構成員の続柄が明示されているので、相互間の命名における意味上のつながり─意味連鎖─を活用し、人名の語義を明らかにすることができる。 本稿は、このように家族相互間における意味連鎖などを手がかりとして、上代籍帳に現れている人名表記を調査し、古代日本語における語彙の探究を行ったものである。そのため、人名語彙の範囲を大きく、具体的な概念を表すものと、抽象的な概念を表すものの二つに大別して考察した。前者では動・植物名、魚介・海藻名、物の名・色名、地名、姓・部名、親族名称・代名詞、数詞・身体名、儒・仏教、十二支などを対象にし、後者ではプラスイメージによるもの、マイナスイメージによるもの、両者の混合型によるものなどを対象にした。 詳しい語彙の内容についてはそれぞれの節における各項目に述べてあるが、籍帳の人名に現れる語彙には当時の一般庶民における日常語の口語が反映されていることや、言葉の変化の様相が捉えられるなどのことが指摘できる。次のような語彙が籍帳の人名に見られるのはその證例であると見なされる。 1)「いしもち」(石首魚)「なまづ」(鯰)などの魚名や、「あやかり」(肖)「へや」(部屋)など、古事記・日本書紀・萬葉集といったハレの文献では現れないものが見られる。 2)「さがむ」(相模)「をこじ」(虎魚)、「うなぎ」(鰻)などのように古形と新形の語形が共存する。また、同じ語彙でも「つき」(「桃花鳥」の古形)と「とき」(「桃花鳥」の新形)、「あろじ」(「主人」の古形)と「あるじ」(「主人」の新形)のように両者が共存するものが見られる。 3)「しめや」「なごや」「ひすら」「やはら」などは、後代にナリ型形容動詞として発達する「しめやか」「なごやか」(和)「ひすらか」(薄)「やはらか」(柔)における接尾語「か」の未接続段階の語形であり、和語における形容動詞発生の過度期の様相が窺える。

9

確定案件の「と」と「たら」

竹内則晶

한국일본학회 일본학보 제69권 2006.11 pp.119-128

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4,000원

本稿は、確定条件の「と」と「たら」を取り上げ、その違いについて考察したものである。確定条件には五つの用法があるが、多くの場合、「と」も「たら」も用いることができる。しかしながら、連続の用法には「たら」を用いることができない。この点に注目し、「たら」が用いられない理由を検討した。 まず、連続の用法と他の用法と違いは何であるのか、前件と後件の関係を再検討した。その結果、発見と発現の用法には共に前件の行為によって、新しい事柄を発見するという共通点が認められた。また、時ときっかけの用法には前件の事柄が原因となって変化․行為が起こるという共通点が認められた。しかしながら、連続の用法には前件と後件の間にこれといった関係が認められなかった。 また、確定条件を条件表現の一つとして捉える場合には、条件表現をどのように規定するかが問題になる。本稿では確定条件というのは前件の事柄が成立した状況で、後件の事柄を認識したということを表すものだと捉える。それにより他の条件表現同様、後件の成立は前件の成立に依存するという関係を持つようになる。しかし、上のように捉えても、連続の用法だけはこのような関係にならないため、条件の表現ではなく継起の表現とみなす。 「と」は前件と後件の事柄を繋ぐ役目をするものであり、その一部が条件文になる。連続の用法は「と」のこのような特徴のため存在するのであり、条件文ではない。一方、「たら」は条件を表すための形式であり、一回性の事柄に用いられる。連続の用法がないのは連続の用法が条件表現ではないためである。

10

韓國の高等學校の日本語敎科書に描かれる日本像

河先俊子

한국일본학회 일본학보 제69권 2006.11 pp.129-142

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4,600원

本研究では、1973年以降、現在まで韓国で出版された高等学校用の日本語教科書合計70冊を対象とし、どのような日本․日本人像が提示されているのか、各教育課程期ごとに分析した。その結果、第6次教育課程期以降の教科書において、日本に関する情報の提示量が増大すると同時に、内容として日常生活情報と言語行動に関する情報が重視されるようになり、日本人高校生と韓国人高校生との接触場面が頻繁に提示されるようになったことが分かった。これは、第6時以降の教育課程において日本文化理解重視が謳われ、日本語が日韓交流のための言語として位置づけられたことを反映していると考えられる。また、第5次教育課程期の教科書以降、韓国人が日本滞在経験や日本人との接触経験によって、自文化に対する認識が変わったと述べる場面が取り入れられていた。これは、日本との接触が自己成長のきっかけとして提示されていることを示していると考えられる。さらに、第7次教育課程期の教科書では、それまで提示されつづけてきた日韓関係の歴史に関する内容が無くなっていることから、日本語教育と歴史認識とを区別しようとする動きがあると考えられる。一方、日本に関する情報として、年中行事や伝統芸能が高い頻度で提示されていることは、1973年以降、変わらなかった。これは、高等学校における日本語教育において比較的静的な文化が重視されていることを示している。また、日本人は、1973年以降、韓国人の親しい友人であり、韓国文化を理解し、高く評価する存在として描かれつづけていた。これは、日本人と韓国人との理想的な交流の姿を描いたものであると考えられる。

11

『雅語音聲考』に見られるオノマトペとその用言化について

黄圭三

한국일본학회 일본학보 제69권 2006.11 pp.143-156

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本稿は、従来、「言語起源論」を述べた書として取り扱われてきた鈴木朗(1764~1837)の著になる『雅語音声考』(1816)の記述を改めて辿りつつ、鈴木朗の理論の展開において重要な部分を占めている「言語」と「音声」、そこに見られるオノマトペを見直すことによって新たな解釈を試みようとしたものである。  鈴木朗の「言語は音声である。音声に形あり、姿あり、心あり」という記述の意味は、言語とは聴覚的な音声であり、その音声の中には物事を表わす「形」(名詞)と物事の様相を表わす「姿」(形容詞・動詞)、人間の精神的な思考を伝達する「心」があり、音声は言語の本であるが、音声その自体は言語ではなく、音声表現の概念化がなされ、はじめて言語としての意味も生じるという考えを説いたことを表わす。 一方、「-めく・つく」「-やか・らか」などのオノマトペ語基に動詞化接尾語․形容動詞化接尾語が結び付いて、本来の意味はそのまま生かしながら動詞․形容動詞として整然たる意味分担の機能を果たしている「オノマトペ語基+接尾語」という語構成や派生語などの記述は、言語の機能的な側面だけではなく、当時の言語運用の実態も把握するのに有益な情報を提供してくれる。オノマトペの語基は、日本語の語彙の基本層を占めているし、臨時的な模写音から一般語彙の意味を有する自立語基に至るまで、その発達段階に時代的な層があると考えられる。 この用言化現象は、日本語の中でも根強いものであり、この過程を経て造られた派生語は動詞や形容動詞が基本的な意味だけを表わし、細かく言い分けられない状態の表現部分はオノマトペが補うという点で有用な言葉である。 『雅語音声考』に見られる言語と音声との関係に関する鈴木朗の立論と擬音語・擬態語の語彙を幅広く見つめ、明確な口語の実例の裏付けをもって立証されている点、さらに「オノマトペ語基+接尾語」という語構成や派生語などの記述は、言語に関する鈴木朗の鋭い洞察力と感覚を物語っていると言えよう。

12

모리오가이(森鷗外)의 『사카이(堺)사건』考察

權泰敏

한국일본학회 일본학보 제69권 2006.11 pp.157-166

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4,000원

森鴎外の歴史小説『堺事件』は歴史的資料に充実した作品である。作品の構成は歴史的背景を排除し、江戶時代の武士道精神を強調している。『堺事件』は作品の面白さより、武士の精神と国家に対する忠に感動される。そして彼らの犠牲に対して補償してないところに心の痛くなる感じがする。森鴎外の意図もここにあると思われる。時代の変革期に犠牲となった武士だちの物語を世の中に知らせるとともに彼らの精神を追慕し、歩兵大将の箕浦猪之吉の攘夷思想の歴史を確認する。攘夷思想は森鴎外の現実において近代国家の再確立を企てるものだと言える。そして『堺事件』には森鴎外の官僚批判の精神が覗かれると思うのである。

13

나쓰메 소세키(夏目漱石)가 생애를 통해 느꼈던 불안 고찰

權赫建

한국일본학회 일본학보 제69권 2006.11 pp.167-178

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4,300원

論者の考察を次の六点に要約する。 第一、夏目漱石作品の底辺に潜んでいる人間の不安というテーマは、祝福されなかった漱石の不幸な出生や里子体験、養子体験等と何ら関係がないとはいえないであろう。 第二、夏目漱石は徴兵を忌避するために、1892年25歳の時に北海道に戸籍を移してから1914年47歳の時に北海道から東京へ戸籍を戻すまでの22年間、人知れぬ不安と苦痛を感じながら生きていた。 第三、夏目漱石は英国留学期間に「留学費の不足」、「英文学研究の『文学論』執筆への没頭」、「消化器官の衰弱による消化不良」、「運動不足」等が原因で精神的に不安を覚え、神経衰弱になった。 第四、妻、夏目鏡子の流産や1898年熊本県でのヒステリーによる自殺未遂事件、発作等は夫である夏目漱石の精神世界に困惑や不安、衝撃を与えた。 第五、夏目漱石は1903年1月に英国留学を終えた帰国後の引越し及び職場定着問題等により神経をすり減らしたことで同年6月頃から神経衰弱の症状が再発した。東京帝国大学講師時代に精神的な不安により神経衰弱となって狂人の症状を顕していた事は漱石自身も自覚していた。 第六、夏目漱石は晩年の45歳(1912年)、46歳(1913年)の時に胃潰瘍と不安のため、自分はもちろん共に暮す家族にまでも苦痛を与えた。

14

시마자키 도송(島崎藤村)의「순례(巡禮)」론

金南敬

한국일본학회 일본학보 제69권 2006.11 pp.179-198

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5,500원

藤村の世界旅行(日本-アジア-世界)は、彼の精神的な巡礼(芭蕉-天心-タゴル-ゲーテ)を共にすることによって世界の中の日本、さらに人類に対する認識を新しくすることができた。藤村が先人達の創造的な芸術精神を趨体験しながら、芸術の本質を絶えず探究したのは、自分の根源を探そうという精神的な巡礼からであったといえる。また、一方では日本が新しく生まれ変わるためには、各自が自分の位置で世界の動きを見守りながら、「自国を直視」すべきであることを訴えた。失敗した過去の歴史であっても、それは次の時代のための犠牲であったという肯定的な立場で歴史を再評価しようとした。これは歴史の経験を文学の源泉にして過去と現在を繋ぎ、未来を予見しようとする藤村の意図にみえる。

15

지카마쓰(近松)와 유기리(夕霧)

金旼娥

한국일본학회 일본학보 제69권 2006.11 pp.199-210

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4,300원

有名な太夫の中でも特に、一世の名妓とうたわれた夕霧をモデルとした夕霧狂言は追善劇として繰り返して上演されてきた。名妓夕霧の死を哀惜する人々の思いに支えられて、夕霧狂言は彼女の面影を舞台上に再生させたのである。夕霧に生きうつしの妹女郎を登場させたり、夕霧死後の世界を描いたりして、伝説的な名妓であった夕霧を形象化したが、決定的な夕霧像を形成することはできなかった。夕霧像が完全に固着されたのは『夕霧阿波鳴渡』の上演以来であると言える。夕霧劇の集大成であるとも言える近松の『夕霧阿波鳴渡』の夕霧はあの有名な太夫の姿ではなく、死ぬ瞬間までひとりの男につくし、子供を愛し続ける可憐で美しい一人の平凡な女性として描写されている。人情美あふれる人物として描かれた夕霧は、西鶴の小説などから見られる夕霧の描写とは相当違うものがある。そのような夕霧の姿は当時の観客の心を引き付けて大当たりをおさめたのであるが、それは人情を浄瑠璃のもっとも肝心なものとしていた近松の芸能論とも通じるものがあると思われる。 『夕霧阿波鳴渡』によって新たな姿に再創造され、観客の心を強く引き付けた夕霧の像は作家近松の力量によるものであると言えよう。

16

金史良「鄕愁」論 - 文学と政治の間、ナショナル・エモーション -

金碩熙

한국일본학회 일본학보 제69권 2006.11 pp.211-224

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4,600원

In Kim Saryang’s early works, many of the protagonists remind us of the author himself, but most of these protagonists/narrators take the attitude of onlookers, maintaining a distance from the developments of the plot. However, in Kyoshu [Homesickness], the representative work of Kokyo [Home], the second collection of his works, this structure is shaken. Kyoushu is a distinctive work because of the way in which even though its narration is from a third person perspective the distance between protagonist and narrator suddenly narrows and then just as suddenly expands again. In all these sections, Kim Saryang’s national emotion is expressed. In particular the sudden separation of narrator and protagonist in the section in Hokkai Park. expresses the anxiety with regard to Japanese of a writer from a colony. Broadly speaking, there are three parts of the book where this mix-up in the narration occurs: his recollections in the train on the way to Manchuria of the great power that Korea held in her past; in the section where the protagonist screams as he disguises the voice of the pottery, “I” and the hero become one and the same but at the same time, in the episode in the park the protagonist and the narrator do not share the same information. The fact of the story’s narrator placing distance between himself and the psychological state of the protagonist and then closing that distance is not in itself that special, but there are parts of Kyoshu where this distance between the narrator and the hero change abruptly. In particular, this is a feature of the sections where the writer’s “national emotion” is expressed. Through Korean culture as represented by Kokuryo, by the use of the instinctively defined elements of history, culture and language that that make a race Kokyo and Kyoshu expand to become something ethnic. The fact that Kim Saryang’s concept of “home” is connected to the nation.

17

번역과 문학

김춘미

한국일본학회 일본학보 제69권 2006.11 pp.225-240

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4,900원

本稿は最近活性化しつつある我国の翻訳学の現状に鑑み、2005年度の日本語書籍の翻訳が総翻訳図書の43%を占めているにも拘らず、韓国翻訳学会も翻訳家協会も西洋語の翻訳を中心に動いていることに異論を呈することを一つの目的とする。同時に現在の翻訳学が、理論的な面ではある程度成果を上げているのに対し、研究面では語彙や語句の誤謬研究が主になっている嫌いがあるようなので、より多様な方法論を研究する必要性を指摘したい。本稿では研究の多様化を模索する一つの試みとして、翻訳家の姿勢ー直訳すべきか意訳すべきか、翻訳家はどこまで原作に関与することが許されるのかー、等の問題を考えてみた。これがもう一つの目的である。金億の訳詩集『懊悩の舞踏』と上田敏の訳詩集『海潮音』、そして村上春樹訳のサリンジャーの『キャッチャー・イン・ザ・ライ』と孔慶姫訳『ライ麦畑の番人』との比較分析を通して上の問題を探ってみた。その結果、直訳も意訳もそれなりの存在理由があることを確かめることができた.また、翻訳家の原作への過剰な関与は原作を損なう恐れがあることを確認できた。翻訳するときの姿勢ー原作とのスタンスの取り方ーに関しては、より深度ある検討が必要であろう。

18

재일 4·3문학의 문학사적 위치와 의의

김환기

한국일본학회 일본학보 제69권 2006.11 pp.241-258

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5,200원

在日作家である金石範、金泰生、金吉浩、金重明の一連の濟州4․3事件と關聯のある作品には屈折された祖國の近代史が隠れてあり、歷史の狭間で追って追われる民草たちの哀歡が込められている。特にこれらの作品には濟州4․3事件による血肉間の別れと出会い、離鄕の悲しみと故郷への憧憬、南北韓のイデオロギー、民族的な正體性、現實的な壁の槪念に至るまで、実に獨創的で多樣な在日独特の心境が描かれる。それにも拘わらず、これら文學に対する国内での評価は非常に微温的である。金石範と金重明などが日本文壇で誇る大仏次郎賞と朝日新人文学賞を受賞し、文壇で位置を確実に構築したことを考えれば切ないことである。本考で筆者が論じたかったのは國内で在日4․3文學に対する評價は特別な意味を持っているということである。特に在日4.3文學が韓国現代文學史で満さなかった、あるいは見逃してきた文學的空白を埋められる大事な成果物であり、これらの文學こそ我が韓国文學の底邊拡張と土臺構築に肯定的な役割を果すだろうという点を指摘した。脫民族、脫イデオロギー的な傾向と普遍的な價値がより一層重視される現時点で、在日文學をはじめ海外の同胞文學に内在している普遍性と世界性は特別な意味を持つしかない。従って、最近のコリアンデイアスポラ文學に対する活発な談論とともに在日文學はもちろん、海外の同胞文學にたいする收容と評價は絶対的とも言える。

19

4,900원

「河童」は芥川竜之介が自殺する直前に書いた小說で、社会批判的な、或は、風刺的な内容ではあるが、批判の矛先が鋭くなくて、中途半端だと評価されて来た。本論文では芥川自身が執筆契機として述べた「僕自身に対するデグウ」が何かという問題を芥川の晩年の作家精神と関連づけて明らかにし、それが「河童」の構造や主題とどのようにかかわっているかを検討してみた。 河童の世界は表面的にみると、人間世界を逆にした、別の世界を描いたようであるが、作品のいたる所で人間世界との同質性が強調されている。檢閱制度や戀愛の方法、帝国主義の暴力性、家族や結婚制度、資本主義の搾取と失業の問題などは全部人間世界の現実を逆にしたものだとはいうが、実はそれらは全部、どの社会にもあり得る矛盾とか非合理を表しているのである。このような河童世界と人間世界の同質性の強調は、今までは作品が風刺小説、あるいは社会批判小説として、徹底的ではないという、否定的な評価を生んだ原因となっていた。 しかし、このような兩世界の同質性の強調とそれへの批判は、日本の現実や文化を外部の世界から眺め、価値の多様性と相対性を主張しようとした、芥川の作家精神に照らしてみると別の意味があると言えよう。多様な価値を認めその価値を主張しようとした作家精神が、この作品ではすべての価値の否定という正反対の有り様を見せているのである。すなわち、芥川は「桃太郎」の鬼の文化、「俊寛」の鬼ケ島の文化、「第四の夫から」のチベット文化、「湖南の扇」の人血ビスケットの肯定など、価値の多様性を主張したが、「河童」では人間世界とそれを逆にした世界としての河童世界を両方とも否定しているのである。どの世界の制度や、思想、芸術、宗教も、尽き詰まれば人間が作った、恣意的で虚構的なもので、矛盾と非合理を孕んでいるというのである。それは境遇と偶然と信仰が運命を司るかぎり、人の運命が苦悩に満ち、それから免れる方法は気違いになるか死を選択するしかないという作家精神の表現にほかならないといえる。 その理由はいろいろ考えられるが、価値の多様性を主張しようとした作品の失敗とそれにともなう挫折感から来たと思う。つまり「河童」は自分の作家精神の失敗に自覚的で、価値を喪失した芥川自身に対した‘デグウ’をリアルに描いた作品だと思われる。

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政治小說の「写実」と韓国 -『胡砂吹く風』から『小説東学党』へ-

水野達朗

한국일본학회 일본학보 제69권 2006.11 pp.275-286

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坪内逍遥の「写実」理論以降、衰退したとされる政治小説だが、明治20年代の政治小説家たちは、逍遥の説く「写実」を取り入れ、政治小説を書き続けた。この時代の政治小説には、当時の国際情勢を反映し、韓国を舞台としたものがあるが、ここで「写実」の対象として、韓国の「風俗人情」が見出される。   韓国を「写実」することは、日本人である読者向けに割注や注記を挿入するなど、小説の記述様式を重層化することを意味した。服部徹の『小説東学党』は、半井桃水の『胡砂吹く風』に刺激を受けて書かれているが、これらの作品には、外見は韓国人だが、政治的信念など中身は日本人である人物が登場する。彼らは韓国の「風俗人情」に従うが、時にこれに合わない言動を取り、正体が露見しそうになる。   服部徹は『小説東学党』で、桃水の『胡砂吹く風』に欠けていた「当今の形勢」を描くことを課題としていた。当時、日本帝国主義による侵略が進行する中、政治小説家たちは両国の連帯という理想にこだわり続けたが、桃水は現実の動向とは別の次元で、理想の関係を描こうとした。これに対し「当今」の現実を重視する服部の場合、理想は現実を単に正当化し、追認するだけのものに変わる。   こうして、韓国の「風俗習慣」に合わせて「写実」される外面と、日本人としての内面との間、政治的な現実として「写実」される「当今の形勢」と、両国連帯の理想との間の断層が提示されるのだが、『胡砂吹く風』から『小説東学党』に至る過程で、外と内との相克は次第に沈静化し、批評性を失っていく。

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日帝末期韓國文學に見る「日本」理解と植民地の欲望

朴裕河

한국일본학회 일본학보 제69권 2006.11 pp.287-300

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植民地時代末期の韓国文学は彼らが理解した「日本」がほかならぬ「秩序」であり、「天皇」であったことを示している。それは、身体を律する<規律>としての近代体験でありながら、私的日常空間を<公>的領域化していく全体主義の始まりをつげるものだった。詩人徐廷柱の短編小説は、植民地人の複雑な思いをよく表していて、当時の文学を単に「親日文学」とのみみなすことは暴力であるのみならず、間違った分析と言うべきである。そのような中で韓国の人々は「個」(の存在にかかわる意識)を捨て、「全体」としての「国家」=「天皇」の存在を内面化することこそが「日本精神」だと理解している。「規律」を身体化する「訓練」を受けて「強」くならねばならないととする強者主義が芽生え、朝鮮における古くからの「孝」概念と「日本」の要求する「忠」概念の対立を「天皇の赤子」というような国家家族主義で解決し、男性たちは軍人になることで一等国民の「日本人」になることを欲望した。それはいわゆる「強制徴兵」の多様性を示すものであり、そこにおいて植民地の男たちと宗主国の男たちとの共謀を見ることができる。そういう意味でもこれまでの植民地観は見直されるべきであろう。

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「ドン·キホ-テ的」的省察 -大江健三郎の近年の創作態度をめぐって-

蘇明仙

한국일본학회 일본학보 제69권 2006.11 pp.301-310

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2000年12月に刊行された『取り替え子』は作家大江健三郎の義兄(映画監督伊丹十三)の投身自殺を小説のモチーフにしていることもあり、批評側では作中の「アレ」と呼ばれる事件の真相をめぐって様々な議論が交わされた。その2年後『取り替え子』の内容を受け継いで書かれた『憂い顔の童子』は『取り替え子』刊行当時のテクスト外の言説まで織り込まれている自己言及性の強い作品で、<これは事実である>、<これはウソである>と相反する語りがテクスト内に混合している。本稿はフィクションであることを前提に書かれた内容に対して、テクスト外の言説まで取り入れながら繰り広げられる事実と虚構をめぐる言語ゲームをいかに読みうるかについて考察したものである。論者は、このようなメタフィクションの装置は80年代後半から著しく表れる自己言及性と連動しつつ新たに現われる「ドン・キホーティス厶」的傾向がもたらした結果と捉える。そこでまずテクストのベースにある「ドン・キホーテ的」要素を確認し、「古義人」をしてドン・キホーテを演じさせることがいかなる方向性を持って展開していくのかを、晩年を迎えた老作家の書物に対する執念と強い自己省察の態度を通して分析する。これによって「ドン・キホーティス厶」は自己言及とともに「古義人」シリーズに通底する大江の晩年の創作態度の一つであることが明らかになる。

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井伏鱒二が捉えた戰中の風景

申鉉泰

한국일본학회 일본학보 제69권 2006.11 pp.311-322

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井伏鱒二の『多甚古村』は井伏文学の白眉といわれる「市井風俗小説」の一連の作品群の二つ目の作品である。井伏の「市井風俗小説」では優れた時代性と井伏固有のリアリティーが創出する現実投影の絶妙なバランス感覚が独特な井伏の文学世界を語っているが、『多甚古村』という作品でもそれは変わりがない。 『多甚古村』で井伏は半農半魚の片田舎の住民と親和し、またその中に溶け込んで行く独身の青年巡査を主人公に、十五年戦争の暗くて混迷な時局を特有の柔軟でユーモアに満ちた筆致で巧妙に捉えている。 『多甚古村』に顕わになっている庶民の日常生活や現実の姿は井伏が見守り続けていた辺鄙な田舎の人情溢れる風景でありながら、作品中の場面の一つ一つが包装されていない昭和時代の現実として認識できる具体的な証拠とでもあり得る。 しかし、作品中の幾つかのエピソードには中央の圧力を意識した不自然なところや人物造型がしばしば目につくが、一方ではこれを井伏の間接的な戦争協力とみなす見解もあり、これまで抵抗作家として認識されてきた井伏やその研究に少なくない問題点を示唆しているのも否認できない。とはいうものの、それを昭和という未曾有の激動期を生き抜けなければいけなかった作家の知恵と理解すれば、井伏は一九三八、九年頃の日本の田舎の風景と生活感覚を、特有の時代を捉える目の機能を有効に生かして、庶民たちの日常のリズムを見事に形象化したと言えよう。

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大江健三郞『われらの時代』論

沈修卿

한국일본학회 일본학보 제69권 2006.11 pp.323-330

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大江健三郎の作品に度々登場する性は政治の反措定として設定されているというのが大江の作品における性をめぐる主な見解である。一九五九年七月に出された『われらの時代』における性に関しても同様のことが言える。しかし、『われらの時代』における性は、必ずしも政治の反措定としてあるのではない。特にこの作品の中では外国人相手の娼婦「頼子」と、同性愛者である朝鮮人青年「高」は、弱者としての彼らの立場――西洋人に性的快楽を提供する立場――を逆手に取って、権力の転覆を試みる。一方、このような「頼子」を情婦に持つ「南靖男」は、戦争への憧憬を持ち《宏大な共生感》を夢みる人物である。「南靖男」という名前は、戦争の時代に南方へ出撃して行方不明になった父親によって「靖国神社」にちなんで付けられた。「南靖男」は戦争を喚起させる人物と言えるのである。又、「南靖男」の航空隊の将校であった「父」が戦争で行方不明になったことは、「天皇」という絶対的父権を抑圧された歴史を喚起させる。 さて、「南靖男」はアルジェリアの独立運動を行うアルジェリア人と連帯を約束することになるが、「南靖男」にはフランスとアルジェリアとの関係は見えるものの、日本とアジア諸国、特に朝鮮との関係は見えない。「南靖男」は「高」と出会わないまま作品は終る。しかし、「南靖男」とアルジェリア人との連帯は、南靖男がアルジェリア人との関係を認めるという消極的連帯に止まる。これは作者大江の戦後民主主義者としての作家的良心によるものと言える。「南靖男」が「高」を直視しない限り、「南靖男」の連帯は虚構に過ぎないためである。「南靖男」は、自らフランス留学を放棄することによって、戦後の日本社会において自己欺瞞から脱出する機会を得た。戦後日本における「南靖男」のそれからの行動が注目されるわけである

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『쓰레즈레구사(徒然草)』에 투영된 원정기(院政期)

嚴仁卿

한국일본학회 일본학보 제69권 2006.11 pp.331-346

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平安後期には、言語学的に古代の言語が崩壊しながら、内部の発展性を保ったまま再編される大きな変動があった。この時期の日本語は次第に理解しにくくなり、多様な当時の古典も注釈が要るようになって、<読み>の壁にぶつかるようになった。12世紀の言語の状況を体現したと言われる人物は源俊頼である。俊頼は源経信の子であると同時に、当時の文学動向に新しい風を吹き込んだ人物でもある。これとともに大江匡房もやはり平安後期、いわゆる院政期文学の代表と言えるだろう。本稿では俊頼と匡房の文芸史的な動きを通して、院政期文学の特質がいかに『徒然草』に受け入れられているかを察してみた。 院政期に書記行為、つまり「書き」が「言い」より上に立つようになる過程、そして変革期の様々な異質的特徴が、より客観視され『徒然草』の内容に展開していくのがわかった。狂気を帯びた人間群像のエネルギーは『徒然草』にもそのまま受け継がれて記されていた。なお、「そらごと」と「ひがごと」をめぐっておびただしく生れた院政期の言説もまた、兼好に影響した課題であった。書記行為そのものに夢中だった大江匡房や源俊頼のような文学者の関心事と作品内容は鎌倉時代まで続き、以後の文学でも素材や話題として使われた。その受容様態の一端を『徒然草』というエクリチュールにも見ることができた。 「書く」という外的な側面ばかりでなく、内容的な面でも、院政期文学を特徴づけられる狂気を帯びた人々の動きや、「そらごと」「ひがごと」にたいする興味は『徒然草』にも継がれている。その具体例の一つは「田楽」という芸能をめぐって顕れた社会像や人々のエネルギーで、もう一つは「そらごと」として浮かぶ嘘や間違った事柄に対するしつこい興味であった。『徒然草』を随筆の枠組みにはめ込んで、その中の内容をすべて「まこと」と受け入れたり、訓戒の面ばかりを引き出すのが既存の作品鑑賞であったならば、本稿ではより立体的で深みと重みのある解釈を試みてみた。源俊頼と大江匡房をはじめとする院政期文学の蓄積は『徒然草』という独特の中世作品の滋養になっているのがわかった。 ただ、院政期文学はまだその意義と重要性が確固たるものとして認められているとは見えないので、その特質は今までよりは積極的になされるべきだ。したがって注釈作業についての兼好の態度とか、『徒然草』でよく見られる様々な分野の専門性に対する考察が必要であろうが、これは次の課題にしたいと思う。

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다무라 도시코[田村俊子] 연구

尹福姫

한국일본학회 일본학보 제69권 2006.11 pp.347-358

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田村俊子(1884-1945)は、26歳に小説『あきらめ』(1910.11)が大阪朝日新聞の懸賞に当選され、文壇にデビューし、それから日本を離れカナダに発つまでの約8年あまりの期間に集中的に小説を発表した。この時期は雑誌『青鞜』の刊行時期(1911-1916)とほぼ一致する。周知のように『青鞜』は近代日本の支配イデオロギーである天皇制を支える男性中心のジェンダー秩序を覆したという評価を得ている雑誌である。参加者たちは「女性」と「性」をキーワードに世に問題提起をし、この雜誌の贊助会員であった田村俊子も創刊號に『生血』(1911.9)を発表した。男性の「性」に抑圧される若い女性の複雑で微妙な内面の葛藤を描いたこの作品を通して俊子は文壇の注目を浴び、本格的な作家活動を展開することになる。以後、次々と発表された『誓言』(1912)、『女作者』(1913)、『木乃伊の口紅』(1913)、『彼女の生活』(1915)などの一連の代表作を通して、男女関係の「官能描寫」、「頹廢美」などを基調に肉感的な内容の作品を多數発表した。 だが、カナダより18年ぶりに歸國してから発表した小說、隨筆、評論などを読むと従来の作品とは確然と違う作品を書いている。『小さき歩み』三部作(1936.10-1937.3)をはじめとする、ほとんどの作品には濃い社会性が滲んでおり、作者の深い思惟の痕跡を読み取ることができる。このような作風の變化は、カナダ居住日本人移民者たちのきわめて悪い勞動條件及び苦しい現実を認知した上で蓄積された、作者自らの意識の変化にその原因を求めることができるだろう。カナダ体験後の彼女の人と文学、その両面における大きな変化、また雜誌『女声』をめぐる上海での活動などに関する研究はたいへん興味深い研究分野であるが、本稿では田村俊子自ら「過去の生活と共に捨て去ったもの」だと宣言した、カナダに出国する前に発表した『あきらめ』をはじめとする、「過去」の一部の作品に注目してみた。というのも、この時期の作品こそ、田村俊子が女性作家として自分の存在をめぐるジェンダー・イデオロギーを明確に示していると同時に女性を抑圧し拘束した時代に、その「時代への反抗」を様々な女性の人生を通して自由に描いた点において充分に魅力的であるからである。 当時、ほとんどの女性が家父長制度のもとで良妻賢母主義の女性観を内面化し、それに順応しつつ自分の立場を説明する言語を持たない中で、田村俊子は自らの言葉をもってそれらの女性たちの様々な人生を彼女たちに代わって語り、小説として書くことによってその現実を告発している。その点、後日になって俊子自らが否定した自分の「過去」の作品は決して捨て去られ忘れられるべきものではなく、かえって新しく発掘され積極的に評価されることによって、今日を生きる我々女性たちに「女とは何者であるか」という問いを与え、それに対する一つに答案を提示してくれるヒントとなるべきではないだろうか。

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『源氏物語』에 나타난 明石君와 겨울의 이미지

李相境

한국일본학회 일본학보 제69권 2006.11 pp.359-370

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明石君は主人公光源氏の榮華成就のために欠かすことのできない宿命的な女性であり、同時に自分の家の榮華の達成という運命を背負った『源氏物語』の重要人物である。本稿では明石君の背景として敷かれた'季節の冬'を、'心の冬'との巧みな結び付きという視点から見つめ直し、『源氏物語』における人間と自然との関わり及びその意味を探ろうとした。 明石君には四度の'冬'がその背景として敷かれている。最初の冬は、ただの背景としての冬に過ぎない。しかも須磨の光源氏の背景という、間接的なものである。その分、内面の冬が深くなることを示唆する伏線としての冬の面が強い。二度目は、姬君の身分上昇のために姬君を手放そうと決心する、母としての明石君の心を反映するような、過酷な'冬'であり、皮肉にも明石君を高貴な人に感じさせる冬でもある。三度目は、姬君の身分上昇を待つ、すなわち春の到来を待つ、いわば'冬'そのものとなった明石君が、六条院の'冬'に移住する冬である。'春を待つ冬'としての明石君が、名実共に六条院の'冬'の女主人となるのである。そして四度目は、住吉詣での背景として、既に明石君の願いが達成された事を知らす'冬'である。この冬は、明石君自身よりも、母の尼君が自分達の栄華に感激する姿と、冬の情趣の美しい描写を通して、もう完全に'冬'の世界になった事を示唆するものである。深くなった冬により、冬の主たる明石君の世界になったことが知らされるのである。まさにこの次第に濃くなっていく四度の'冬'の描写によって、明石君の栄華の達成過程が象徴的に語られているわけである。 このように'冬'は、榮華達成のための明石君の内面世界を反映しながら、明石君の榮華を表面化する方法で、特殊な明石君の生を自然親和的な親近感をもって語られているのである。『源氏物語』の冬は明石君の生を反映することで、より美しく親しい、そして深みのある自然として我々に感銘を与えてくれるのである。

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구리야가와 하쿠손(廚川白村)『근대의 연애관』의 수용

이승신

한국일본학회 일본학보 제69권 2006.11 pp.371-382

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本稿では、厨川白村『近代の恋愛観』が日本のなかでいかに受容されていたか検討しようしたものである。先行研究では今まで『近代の恋愛観』について具体的なテクストの分析はもちろんのこと、その受容について扱われたことがなかった。特に『近代の恋愛観』に付随するベストセラーという評価についても、具体的に検証されることはなかった。今回『近代の恋愛観』というテクストの内部だけではなく、テクストの外側へ注目するのは、『近代の恋愛観』をとりまく諸条件を措定することで、ベストセラー化の要因について考察し、その受容の背景にいかなる要因があったかを相対的に捉えるためである。まず、日本における『近代の恋愛観』のベストセラー化の様相を詳細に確認し、その背景として大正期における出版ジャーナリズムの隆盛という同時代的コンテクストを想定した。そのうえ、テクスト内側の要因として白村の<戦略>を想定し、それを具体的に分析しようとした。その結果、白村が『近代の恋愛観』で試みた<戦略>について次のような点が浮き彫りになった。まず、『近代の恋愛観』以前から発表媒体や文体などにかなり意識的であったことを明確にし、それが新聞連載後刊行された単行本の売れ行きに寄与した可能性を示した。それに、日本国内で行われた『近代の恋愛観』の受容が、時代潮流であった<婦人論><民衆>とのつながりを見せている点を指摘した。それに、日本国内の読者受容の様相は、大正期の<恋愛論>ブームが、日本だけでなく、当時の中国や植民地であった朝鮮にも拡大される現象を考察するうえでも重要な意味をもつ点を指摘した。

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『신생(新生)』에 나타난 감각표현 연구

임태균

한국일본학회 일본학보 제69권 2006.11 pp.383-396

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島崎藤村の音楽的な感受性が創作世界にどのような形で反映されているかということについては、従来十分に研究されてこなかったように思える。藤村の作品を聴覚のイメージの面に注目して分析していくと、登場人物の内面や作品の構成などと深く関わっていることがわかる。中でも『新生』では、主人公岸本の内面を探る上で、聴覚の要素が重要な意味合いを持っていると考えられる。人生の危機に瀕した岸本が<生気>を取り戻していく過程の中で、<音>とか<音楽>がどのように形象化されているのかを考察してみるのは、大変有意義なことであろう。 本稿では自然の音と人工の音、柱時計の音なとに注目し、岸本が<新生>に至る過程を探ることによって、その背後にある藤村の文明批判意識と「近代」に対する視角がどう反映しているかを突き止めてみたい。

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대국화기의 영화와 시대성

具見書

한국일본학회 일본학보 제69권 2006.11 pp.397-416

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本稿の目的は大国化期において製作された映画に含まれている時代性を考察することにある。大国化期というのは、日本が国際社会において経済大国として位置づけられると同時に日本国威が高くなり多様な力が発揮された時期ということである。1980年代には国際社会について日本, 日本人, 日本社会 等が力を発揮し一流国家として機能した特徴がある。しかしながら、国際社会と関係するなかで多様な葛藤を起こす原因となってきたし、日本の強硬路線をうながす機能としたのである。そのような雰囲気のなかで、映画界では右翼と反右翼との間にイデオロギー戦が生じられた。そして、大国化となった日本社会にアジア人らが流入され変化の原動力として作用したし、また日本人の海外進出は逆に日本の国際化を促す役割をはたした。その結果, 1990年以後日本の国際化は活溌することになった。他方では理念論争から脱した新しい動きとして新世帯と新思考が登場された。文化界においては映画の変化がつづいたし、日本アニメという新しい分野が構築され、新たな文化領域として定着することになった。この時期の映画はVシネマとVアニメ等といわれたし、それらは大国化期の多様な時代性を含むことになった。大国化期においての日本映画に現われた時代性は大国主義と反大国主義, 匠人精神主義, 家族病棟主義, 脱大国主義 等ということである。

 
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