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일본학보 [The Korean Journal of Japanology]

간행물 정보
  • 자료유형
    학술지
  • 발행기관
    한국일본학회 [Korea Association Of Japanology]
  • pISSN
    1225-1453
  • 간기
    계간
  • 수록기간
    1973 ~ 2026
  • 등재여부
    KCI 등재
  • 주제분류
    인문학 > 일본어와문학
  • 십진분류
    KDC 913 DDC 952
제45권 (42건)
No
1

現代日本文学の内面的傾向

Teruhiko Tsuge

한국일본학회 일본학보 제45권 2000.12 pp.1-4

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4,000원

3

[ニアリ][ナリ]의 문체적 제약 - 上代 문헌을 중심으로 -

권경애

한국일본학회 일본학보 제45권 2000.12 pp.7-18

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4,300원

본고는 모음탈락형[ナリ][タリ][ザリ][カリ]에 대하여 문체적인 측면에서 고찰한 것이다. 지금까지 상대 일본어의 모음탈락현상에 대해서는 수많은 연구가 있었지만 문체적인 측면을 고려하여 연구가 이루어진 것은 그다지 많지 않으며 또 충분한 성과를 거두었다고도 볼 수 없다. 그래서 본 논고에서는[ナリ][タリ][ザリ][カリ]와 같은 탈락형과,[ニアリ][テアリ][ズアリ][クアリ]와 같은 비 탈락형이 상대문헌에서 어떠한 분포를 이루고 있었는지에 대해 조사 분석하여 상대에서는 구두 언어에서 이미[ナリ][タリ]와 같은 탈락형이 발달되었으며[ニアリ][テアリ]와 같은 비 탈락형과 공존 관계에 있었음을 밝혔다. 구체적으로 보면, `宣命` 등과 같은 산문체에서 비 탈락형인[ニアリ]가 자주 쓰이고 있는 것과 대조적으로 `万葉集`으로 대표되는 운문에서는 탈락형[ナリ]가 나타나기 쉬운 경향이 있다. 이는 `宜命`와 같이 왕의 칙명을 전달하는 성격을 띠는 문체에서는 그 내용에 걸맞은 격식 있는 형식의 어투가 선호되었음을 뜻하며 운문에서는 탈락형과 비 탈락형이 음수율의 제약에 따라 어느 한 쪽의 형태가 선택되었을 가능성이 높았음을 뜻하는 것을 의미하는 것이다.

4

4,600원

本硏究は日本語-韓國語バイリガルである在日コリアン3世によるコ-ド切り替えのバタ-ンならびに機能を考察したものである. 在日コリアン3世のコ-ド切り替えには「日本語を母體とする發話」「韓國語を母體とする發話」「日本語-韓國語をミックスした發話」の3タイフがある. 「日本語そ母體とする發話」は在日コリアンのグル-ブ自由會話によく見られる.この類型には韓國に從う文化的經驗に關わる語彙,メンバ-シッブを確立するための語彙, 民族意識や生活文化に密着した槪念や物事の名稱をどによる韓國語へのコ-ド切り替えがある. 「韓國語を母體とする發話」はネイティブ韓國人との單獨自由會話によく見られると同時に在日コリアンのグル-プ自由會話中,ネイティブ韓國人に何かを發話する時にも見られる.この類型には韓國語の未習得の語彙,日本語にしか存在しなし語彙,日本の文化や風習に關わる語彙なと,兩言語間の語彙ギャッブに起因する日本語語彙への切り替えがある. 「日本語-韓國語ミックスの發話」に見られるコ-ド切り替えは他より複雜な機能を持った多用なバタ-ンで現れるため,切り替えの單位を基準にして文間切り替えと文中切り替えに分類し,さらに4つの機能別カテゴリ-に分類した.文間切り替えには,(1)アイデンティティの象徵に關わるものとして民族的な「アイデンティティの表明」(2)對人關係維持に關れるものとして,2タイブの話者に對して同時對應をするために起こる「タブルシグナル」,丁寧度の切り替えか言語の切り替えを導く「喚起」(3)ディスコ-スの構造に關わるものとして「話題轉換のマ-キンダ」(4)文體上の影響から引用部分を切り替わることによって會話のリアル感を圖るタイプの「引用」がある.文中切り替えには,2つの社會·文化に屬してしいるという「デュアル·アイデンティティの確認」,兩言語の語順における類似性からあらゆる文要素の切り替えが予測可能な「對等拘束」,語彙的意味性と文法的機能性で特徵づけられる「語形成の規則性」がある. 最後に, 在日コリアン3世の「日本語母體の發話」ゃ「韓國語母體の發話」における語彙レべルでの切り替えは借用性を呈すると言える.そして「日本語-韓國語ミックスの發話」中,文間切り替えが主に社會的な要因あるいはディスコ-スの構造的な要因に歸せられるのに對して文中切り替えは文の內部における統語的な要因に歸せられる.

5

4,900원

從來局面動詞「しかける」は「しはじめる」と同じように取り扱われてきた. しかし,本稿では, 複數の局面動詞が同じ局面を指し示す場合でも, それぞれの局面がとりだされる過程, つまり,一つの運動の內的過程を捉える話し手の視点は必ずしも一致しない,という考えから「しかける」の表すアスべクト的な意味を再考察する.6「將現, 始動, 途中」のように多義的に解釋されている「しかける」の意味を, 本稿では, 限界に到達していをい$lt;限界達成の(直)前の局面$gt;と定義する. このような觀点から,「しかける」の意味においては,(1)前項動詞の語彙的な意味にふくみこまれている「限界」が問題となり,(2)前項動詞が意志動詞の場合は「中斷, 中止」の意味が伴われることを檢討する. 結論的にいえば,「しかける」によって表されるアスぺクト的な意味は$lt;@然相 prospective Aktionsart$gt;であって,「しはじめる」の表す$lt;始動相 inchoative Akionsart$gt;とは區別すべきである, というのは本稿の立場である.

6

主名詞가 「程度名詞」인 内容節의 連体修飾構文에 対한 考察

朴長庚

한국일본학회 일본학보 제45권 2000.12 pp.49-60

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4,300원

「可能性」「公算」「견입み」「見通し」「おそれ」와 같은 程度名詞가 主名詞로 連體修飾構文에 나타나는 실제의 用例 1,626例의 文을 대상으로, 각각의 主名詞 앞에 나타나는 述語形態와 主名詞 뒤에 나타나는 形容詞 述語들을 추출하여 각 구문의 공통점과 상위점을 고찰하였다. 또한, 修飾構文과 主名詞를 연결하는 기능어인 「トイウ」의 개입정도에 대하여서도 고찰을 하였다. 그 결과 다음과 같은 점이 밝혀졌다고 말할 수 있다. 1)程度名詞는 修飾動詞로서 受動의 의미를 나타내는 형태가 前接될 수가 있는데 그 정도는「公算」$gt;「見通し」$gt;「おそれ」$gt;「견입み」$gt;「可能性」의 順으로 높았다. 2)程度名詞는 修飾動詞로서 可能의 의미를 나타내는 형태가 前接될 수가 있는데 그 정도는「견입み」$gt;「可能性」$gt;「見通し」$gt;「おそれ」$gt;「公算」의 順으로 높았다. 3)程度名詞中「可能性」,「公算」,「おそれ」는 「ル」形 또는「タ」形의 動詞 수식을 받을 수 있지만「견입み」나「見通し」는 의미특성상 항상 「ル」形의 動調 수식만을 받아야 한다. 4)程度名調는 뒤에 술어로서「强い」,「多い」,「少ない」,「高い」,「低い」,「大きい」,「小さい」,「濃い」,「薄 い」와 같은 형용사가 자주 결합되는 특징이 있는데 가장 다양한 형용사가 결합되는 것은「可能性」이다. 5)수식부와 주명사를 접속시키는 형식인「トイウ」의 개입정도를 살펴보면「おそれ」$gt;「見通し」$gt;「可能性」$gt;「견입み」$gt;「公算」의 순으로 나타났다.

7

認識表示手段としての模写表現の機能

朴靑國

한국일본학회 일본학보 제45권 2000.12 pp.61-71

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4,200원

模寫表現というのは談話で話し手の模寫表現を聞き手が繰り返す表現を意味する.しかし模寫表現はいつも原發話と同じ形で繰り返しているのではなく,形が改變されて發話される場合もある.原發話と模寫表現の形が異なることは原發話を漠寫表現者が認識する過程で行われる.そして,模寫表現の形態の違いと認識の關係は密接な關係がある.原發話が長くても模寫表現者が認識する部分だけが模寫表現と發話されることによって模寫表現か原發話と異なることもある.そして,同じ原發話であってら模寫表現者の認識の相違によって「述部形」と「名詞形」になる場合もあれば,模寫表現者の認識の相違によって同じ名詞形の表現であっても「名詞だけ形」と「名詞+助詞形」になる場合がある. 漠寫表現は模寫表現者の多樣な認識の表示手段として發話されている.漠寫表現者が原發話の內容を否定的 に認識する際には原發話の內容の外延に當たる表現で模寫表現を發する.また,原發話を積極的な態度で認識している際には原發話の內容より狹くて具體的な表現として模寫表現を發話するようになる. その他,原發話者の主觀的氣持を認識した際にも,または原發話の內容が未知である場合にもそれを表示する手段として模寫表現が發話される. 模寫表現には談話中に模寫表現者が認識したいろいろな事實を表示する機能があるのである.

8

4,200원

本硏究は「社會百面相」(明治35年:1902)を取り上げ, 明治期における文末表現形式と社會階層との相關關係を分析·考察したものである. 考察の結果, 明治30年代前半期には,「デゴザル」「デゴザリマス」「デゴザンス」「デゲス·デがス」などのようにある階層特有の文末表現形式か存在しており, 階層と文末表現形式との間に相互關連性があることが確認できた.また,「ダ」「ヂャ」「デス」「デアリマス」「デゴザイマス」などのように現代日本語でよく使用されてしいる表現形式は多樣な階層に用いられ, 階層による偏りを持たない表現形式であることがわかった. なお「デアル」は用例があまり見られず, 演說調などでわずかに使用されているようで,すでに日常生活の會話では使用が殆ど無くなったといえよう. そして待遇價値の高い一人稱代名詞「ワタクシ·ワタシ」を使用する階層では,文末表現形式として階層による編りを持たない「デス」が多く使用されている他, 「デアリマス」「デゴザイマス」などのような丁寧な言い方もしていることが指摘できる.

9

韓国人日本語学習者の学習初期の動詞習得過程

森山新

한국일본학회 일본학보 제45권 2000.12 pp.85-102

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5,200원

韓國語母語話者が初めて日本語の動詞を學習する際,どのようをブロセスで習得がをされるか,語彙や活用形,共起する格の習得順序を中心に調査を行うとともに,その習得順序の決定要因は何かを考察する. 調査對象は韓國の世宗大學校にて「第2外國語」の授業を受講する學生の中から,以前に日本語學習經驗がなく,授業の次席も少ない學生19人を選び實施した.調査時期は授業で動詞が敎えられ始めた直後に2回にわたり口頭で行われた. その結果語彙は1段動詞の習得が5段動詞の習得に先行した.これには調査方法の影響も考えられたが,その他に敎授順序や動詞語彙の形態的單純さ,活用變形の單純さ,母語の正の轉移などが影響していると推測された. 動詞活用形では大まかにル形→ナイ形→マス形→連體形といった順序が認められた.これは敎授順序や認知的影響を考えることができる. 動詞に共起する格の習得では,動作主を表すガ·ハ→動作對象を表すヲ(學習者によってはニ)→時や場所を表すニの順に習得が進んでいたが,これには認知上の際立ちや前景·背景の違いなどといった認知的な要因が習得の順序に影響を及ぼしていると考えられる.

10

「隣語大方」諸本の比較考察

申忠均

한국일본학회 일본학보 제45권 2000.12 pp.103-116

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4,600원

朝鮮資料の-つに「隣語大方」というものがある.日本語史硏究の資料として早くから知られているにも關わらず, あまり硏究されていないのが現狀である.筆者は以前朝鮮資料の中での「隣語大方」の位置やその價値を少しばかり考え,その硏究の必要性を唱えたことがある. ところが,この「隣語大方」には幾つかの傳本がある.それらに見られる言語事象は樣樣であり,硏究の價値も高いが,その諸本間の關係すら未だに明らかにされていない.本稿ではこれらの諸傳本を比較對照することによって,まず,1)諸異本の系統付けを試み,2)朝鮮刊本の性格を論じ,3)筑波大本硏究の必要性を指摘しようとするものである. その結果を@めると,次のようになる.1)筑波大本と朝鮮刊本,京都大本と明治刊本かそれぞれ近似している.2)朝鮮刊本に見られる特異な樣相には「提解新語」特に改修本以降の樣相と軌を-にするものがあり,朝鮮刊本の司譯院倭學資料としての性格を@わせる.3)上記1)と2)の結果から,特に司譯院の倭學書としての性格をもつ朝鮮刊本を論ずる際には,筑波大本との比較對照が必要とされる.

11

4,900원

本稿は韓·日,同國人女子大學生同士の初對面の實際の會話を時間帶によって比較分析することによって,初對面の話題內容がどのような共通点と相違点を有するのかに關して考察する.サンプルは,初對面の二人に特別な課題を與えずに40分間自由に會話をおこなわせたものを錄音し,韓國人12組日本人7組を收集した.その結果,0-5分の時間帶において兩國人とも話題數が最も多いことがわかった.しかし,この時間帶の話題の轉換においては,韓國人側が,相手の自己開示を求めるための質問の話題が自己開示の話題の3倍近いのに對し,日本人のそれはわずかに多かった.また,40分間に韓國人ひと組當りが平均19.92回疑問詞を使っているのに對し,日本人は15.00回であった.韓國人も日本人も疑問文の使用の面では,0-5分の時間帶では疑問詞疑問文の使用割合が一番多く,次に眞僞疑問文が續くのは共通している.また,この時間帶における自己開示の性質をみると,韓國人も日本人も身上調査的な中間的自己開示の割合がもっとも高い.自己開示と屬性との關連においては,韓國人も日本人も非屬性に關する自己開示の割合がもっとも高かった.ポライトネス理論から考察すると,韓國人は相手に質問することによって相手が誇れる話題をさがす.つまり,韓國人自身がよく言うように「相手を無視せず關心を示す」事は,ポジティブ·ポライトネスのストラテジ一だと考えられる.一方,日本人は相手に負擔をかけさせないように自發的に自己開示を行い,「盛り上がりそうな話題をさがす」ネガティプ·ポライトネスのストラテジ-を使っていると考える.最後に硏究結果の日本語敎育への應用の可能性と初對面會話硏究の重要性を示唆した.

12

담화적 관점에서의 「ダロウ」고찰

尹相實

한국일본학회 일본학보 제45권 2000.12 pp.133-145

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4,500원

本橋는,「ダロウ」의 기본적의미를「명제내용에 대한 화자의 판단이 불확실한 것을 나타낸다」고 規定하고, 이 기본적의미에 의거하여 推量 또는 同意·確認要求 등의 一見 이질적인 의미 용법으로 사용되는「ダロウ」의 다양성을 통일적으로 파악하기 위한 것이다. 특히「ダロウ」가 담화적요인에 크게 좌우되는 형식인 점에 주목하여, 다음의 1)∼3)과 같은 담화적 요인이「ダロウ」의 다양한 의미 용법의 분석에 유효함을 제시하고, 분석 결과 크게 $lt;推量系$gt; $lt;非推量系$gt; $lt;疑問系$gt;의 세 유형으로 나누어 고찰될 수 있음을 검증했다. 1)발화장면에 청자가 존재하는가 아닌가 : 청자의 유무 2)청자가 존재하는 경우, 그 청자는 해당 명제 판단에 필요한 지식정보를 갖고 있는가 아닌가 : 지식정보의 보유 여부 3)화자와 청자의 지식정보 중 어느 쪽이 해당 명제의 진위판단시 보다 우위에 있는가 : 화자 및 청자의 지식정보의 우열관계

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韓國에 있어서의 日本語 研究(1997~1998) - 專門學術誌의 硏究 動向 -

李康民

한국일본학회 일본학보 제45권 2000.12 pp.147-162

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4,900원

本稿는 1997-1998年 사이에 이루어진 韓國에 있어서의 日本語 硏究의 主된 흐름을 全國規模의 專門學術誌에 揭載된 136편의 一般 投稿 論文을 통해서 살펴보고자 한 것이다. 이것은 1994年 以後에 進行되고 있는 韓國에 있어서의 日本語 硏究의 흐름把握하기 위한 作業의 일환으로서 1994-1996年의 動向 分析과 함께 준비된 것이다. 調査 結果,1997-1998年에 이루어진 136편의 日本語 硏究는 文法(52), 日本語史(40), 日本語敎育(24), 社會言語學(8)/音聲·音韻(8), 語彙(4)의 順으로 硏究 浩動이 進行되었으며, 이와 같은 樣相은 1994-1996年의 調査 結果와도 거의 일치하고 있다. 특히 이 時期의 文法 硏究에 있어서는 助詞와 모달리티 硏究와 더불어 構文 硏究가 큰 비중을 차지하고 있다는 점을 確認할 수 있었다.日本語史의 경우는 音韻史 硏究와 特定 資料를 텍스트로 한 硏究가 상대적으로 활발히 進行되었다고 할 수 있을 것이다. 또한 日本語敎育에 있어서는 敎授法에 관한 硏究가 상대적으로 적고, 반면에 誤用例에 대한 實態 分析이 主流를 이루고 있다는 점을 이 時期의 特徵으로 指摘할 수 있을 듯하다. 分野別 硏究 項目에 있어서 他言語와의 對照 硏究가 차지하는 비율(對照 硏究/全體 硏究)은 社會言語學(5/8), 語彙(2/4), 音聲·音韻(3/8), 日本語史(14/40), 文法(12/52), 日本語敎育(1/24)과 같은 順序를 보인다. 社會言語學에서 對照 硏究가 가장 활발히 이루어지고 있는 반면 日本語敎育에 있어서의 그것이 劣勢에 놓여져 있다는 점은 1994-1996年에도 確認된 結果로서 주목을 要한다. 아울러 調査 結果에서 확연히 드러났듯이 韓國에 있어서의 日本語硏究는 硏究 分野에 따라 偏重된 硏究 活動이 進行중임을 認定하지 않을 수 없을 것이다. 이와 같은 現象이 日本語 硏究에 있어서의 韓國的인 特徵과 어떻게 결부될 수 있는가에 대해서는 앞으로의 課題로 삼고자 한다.

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日本語受身文の体系と下位類型

丁意祥

한국일본학회 일본학보 제45권 2000.12 pp.163-181

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5,400원

ここ數十年間,日本語における受身は,多くの論者によって數多くの硏究がなされてきた.しかしそれらは,直接受身と間接受身の2分類にせよ,持ち主の受身を加えた3分類にせよ,そのほとんどがそれぞれのタイプの典型的なものを扱うのみで,それぞれのタイプの中間的なものあるいは周邊的なものを對象として採り上げることほなかった.またそもそも,直接受身についての論考は數多くなされているが,それにくらべて間接受身,およぴ持ち主の受身に關する硏究はそれほど多くなされてきたわけではない.これらの事情から,從來の硏究は,受身の全體像を把握するということに關しては,直接·間接兩受身の (および持ち主の受身の) 中間的, 周邊的なものに目的を向けることがなかった点で,不十分であったといえよう. 本稿ほ,以上のような先行硏究の狀況,問題点を鑑み,プロトタイプ論の手法を取り入れる.プロトタイブ論の考え方とは,個個の現象があるカテゴリ-に屬するかどうかは,絶對的な基準によって決められるものではなく,程度の問題に過ぎないというものである.あるカテゴリ一には,そのカテゴリ-の典型となる理想的でかつ中心的な現象が假定され,その中心的な現象,つまりブロタイブ的なものの持っている特徵をより多く滿たしていればいるほど,同一のカテゴリ一に屬しやすくなり,逆に,その特徵を滿たしていなければいないほど,周邊的なものになるか,または,領域外のものになる.そのようなブロトタイブ論の手法を用いて,日本語における受身の理想的でかつ中心となる現象および特徵を導きだし,それに基づいて,受身の規定と分類を行うと同時に,受身の統一的な體系を確立する.その際,プロトタイプ論の手法を適用することによって,從來の硏究では操り上げられなかった直接受身と間接受身(および持ち主受身)の中間的および周邊的なタイブのものも,その連續性の中でとらえることが可能となり,受身の全體像をより精密な形で浮かび上がらせることになる.

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4,800원

いわゆる朝鮮資料に記されている音注のうち, タ行オ段拗音の頭音子音部の音注を分析し, `ㄷ`と`ㅈ`の二樣の現れと口蓋音化との關連を考察した. 分析においては, 口蓋音化に關係する韓國語の語彙を國內文獻と比較し, 口蓋音化の現れを分析した.また, その語彙に表記されている音注`ㄷ`と`ㅈ`の二樣の表記を分析し, その表記と口蓋音化との關連を考察した. その結果は次の通りである. 韓國語の口蓋音化に關連する語彙は, 國內文獻とほとんど一致していることカら, 原刊·改修·重刊本, 倭語類解, 方言集釋, 三學譯語における口蓋音化は18世紀に-般化したという口蓋音化の實體が正しく反映されている. 日本語に付けられている音注は, タ行オ段拗音以外の口蓋音化と關係する語彙は旣に口蓋化が浸透している.タ行オ段拗音と關係する語彙も語によって口蓋化されている語と口蓋化されていいな語とニ分できる.音注表記においても口蓋化の實體が反映されている. 卽ち,`ㄷ`初聲表記はまだ口蓋化されていない語であり,`ㅈ`初聲表記は旣に口蓋化された語である. 改修本から`ㄷ`初聲表記が`ㅈ`初聲表記に改修されることは, 16世紀末に發生, 17世紀に音聲規則と發達し, 18世紀には多くの形態素に擴散され-般化されたとい口蓋化の進行狀況が反映されているものである. 倭語類解には`ㄷ`初聲に回歸される例も見られるが, 方言集釋には`ㅈ`初聲がほとんどであり, 全體的には朝鮮資料に現れるタ行オ段拗音の子音部表記は口蓋化の浸透ぶりを表している. また, 同一語に`됴우`と`죠우`の二樣の表記が現れるのは,口蓋音化が動搖していることそ表すのものである. なか,韓國語音と日本語の假名表記と音注表記の頭音子音部はほとんど-致しているが,口蓋音化が一般化された改修本以降は音聲より日本語の假名表記にしたがって音注を付けた可能性が考えられる.

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4,200원

敎材はジェンダ-のステレオタイプを再生産する危險性を含んでいる. 本硏究は韓國における現行の高等學校日本語敎科書を調査對象に取りとげ, そこに描かれた女性像を分析することによって, ジェンダ-·フリ-な日本語敎材作成への指針を提言することを目的としている. そこで韓國敎育部第6次敎育課程準據の高等學校敎科書のうち, 著者の中に女性が含まれているもの5種のそれぞれ第1卷(上卷)を對象として, イラストとテキスト(文字)に表れる女性の不在度, 職業の多樣性, 家庭投割への限定性, 呼稱, そして性質·行動の5項目に關する調査を行なった. 女性の不在度に關して,敎料書5種のうち2種はやや女性志向の傾向があるが, 他の3種は女性の描寫が少なすぎる. また, 正しい價値觀·職業觀そ育てるためには, 1種を除く4種の敎科書では女性の社會的·職業的投割に關する範疇が狹すぎる. それに家事·育兒の家庭內役割が男性の登場人物にはあまり付與されていない.そして, 女性は男性に對してあくまでも有標の存在でしかなく, 女性を主體とした視点からの文章が全體的に少ない. さらに, 女性は感情的な生き物で「見られる」性であるといったステレオタイブ的表現も多くなされている. 敎材には性差別的な表出があってはをらず, 男性が人間-般を代表する慣習, 女性の不在, あるいは女性が家庭役割に限定されたり, 從屬的存在または性的對象物として描かれるようなことは許されをい. 結局, ジェンダ-·リ-な敎材を作成するためには, 女性が男性に比べて有漂の存在にならないよう獨自の「呼稱」をもつ女性を主體とした文章を增やして「女性の不在度」を低め, 女性の「家庭投割への限定性」を低くすると同時に「職業の多樣性」を豊富にて女性の社會的活動の描寫を場やし,「行動と性質」に表れる女らしさ/男らしさといったステレオタイブ的表現をなくさなくてはならないということである.

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韓国の高校生の会話にあらわれた親密体習得過程の分析

櫻井惠子

한국일본학회 일본학보 제45권 2000.12 pp.211-226

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韓國の第7次敎育課程では高校の日本語敎育の目標としてコミュニケ一ションの基礎的能力の養成があげられている. コミュニケ一ションが重要になるにしたがって親密體の重要性も高まって來ている. この硏究では韓國で日本語を勉强している高校生は實際に親密體をどの程度習得しているのか, また習得順序はどのように現れて來るのかを分析してみたい. ここでいう親密體は「くだけた表現を用いて親密さを表す言い方」「親しい間で使うplain style」(「日本語初步」參照)という意味である. 硏究の方法としては韓國內で日本語を勉强している高校生約100人に全米外國語敎育協會のOPI口頭運用能力インタビュ一を實施した. インタビユ一實施後, 錄音テ一ブをもとに言語能力基準に照らして判定を下した.OPIを用いる理由は自然な發話のサンブルが得られること, 客觀性をもった評價基準によってレべルが分かれているので習得の過程をたどることができるというメリットがある. 判定の結果は 初級下11%, 初級中48%, 初級上20%, 中級下13%, 中級中6%, 中級上2%であった. 親密體の特徵は 終助詞を含む文末表現, 人稱代名詞, 感動詞, 縮約, 助詞の省略, 倒置等に現れるのでそれらについて檢討した. 分析結果は 裸のダ體は 初級中, 初級上, 中級下の段階でたくさん見られるが 體言止め, 裸のダ體も段階か進むにつれて日本語母語話者の使い方に近いものになって來ている. 段階が進むにつれて副詞句や接續表現で終るものは種類及び頻度が增している.その反面, 終助詞は初級段階では見られなかった. 『ね」と「よ」は中級下から現れる. 習得順序から見てどちらが先とは言えない.「ね」と「よ」が出てきたあと その他の終助話が出てくる. 丁寧體十終助詞が習得順序上先か普通體十終助詞か先かでもどちらが先とは言えない. また,私以外の人稱代名詞, 助詞の省略, 倒置, 縮約形などはすべて中級段階から現れる. 段階が進むにつれて頻度が增えている. これらは親密體らしい會話に必要な要素である. 高校生の場合 親密體が習得されるのは 中級段階で中級下から現れ中級上の段階でほぼ習得されている狀態と思われる. 大學生や成人にくらべると早い段階で親密體が出てきているということが分かった.

18

日ㆍ韓 兩言語「だけ」「ばかり」와 「만」「뿐」에 관한 対照 研究

李吉遠, 金末淑

한국일본학회 일본학보 제45권 2000.12 pp.227-262

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7,900원

종래「副助詞」「係助詞」로서 취급되어 왔던 日本語의「取り立て助詞」는 韓國語의「特殊助詞」로 대응되고 있다. 본 연구에서는 이러한 조사중에 일본어의 「取り立て助詞:∼だけ, ∼ばかり」와 韓國語의「特殊助詞:∼만, ∼뿐」를 함께 對照·考察함으로 해서 兩言語의 形態的인 特徵과 意味的인 特徵을 把握·分析·整理하고자 함이 本 硏究의 目的이다. 연구방법으로는 먼저 兩者의 形態的인 특징을 對照·分析하였고, 助詞에 관한 辭典的인 領域에 基礎하여 個別的인 意味 分析을 한 후 相互間의 關係를 比較하였다. 그리고 用例를 통한 分析으로 兩言語의 意味機能의 類似点과 差異点을 分析하였다. 이상의 연구방법을 통해 나타난「だけ」「ばかり」와「만」「뿐」의 分布 및 形態上의 特徵을 정리해 보면 대체로 兩者는 비슷한 樣相을 보이고 있었다. 그러나 格助詞의 접속시「だけ」「ばかり」는 대체로 前接의 경향을, 「만」「뿐」은 後接의 경향이었다. 또한「만」은 다른 助詞「だけ」「ばかり」「뿐」에 비해 述語, 副詞와의 접속 등에서 대체로 자유로운 分布를 나타내고 있었다. 그리고, 日本語「だけ」「ばかり」와 韓國語「만」「뿐」의 對應 關係를 중심으로 그 의미를 對照·比較 分析한 결과 일본어「だけ」「ばかり」에 對應되는 韓國語 表現은 대체로 뒤 述語의 영향을 많이 받고 있었고, 韓國語「만」「뿐」에 對應되는 日本語 表現은 意味上의 排他 限定 可否에 좌우되고 있었다.

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확장적 학습이론의 인지 효과

李德奉

한국일본학회 일본학보 제45권 2000.12 pp.243-254

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4,300원

종전의 외국어 학습법은 문법을 중심으로 한 구조적 학습과 문형을 익히는 연습 중심 학습이 주류를 이루고 있었다. 그러나 본고에서는 학습자 주도형 학습법으로서의 오픈 메소드를 중심으로 총체적 언어 교육 및 확장적 학습 이론과의 관계를 밝히고, 확장적 학습이 언어 인지의 속성에서 보면 기존의 학습법과 어떻게 다른가를 밝히고자 한다. 인간 인지의 대표적인 속성인 그림과 바탕이라는 인지의 2항성을 언어 학습에 적용하여 보면 기존의 학습법은 그림만을 제시하고 바탕을 생략함으로 해서 실질적으로는 인지의 속성을 무시한 결과가 되고 인지적 효과를 기대하기 어렵게 된다. 그러나 오픈 메소드는 그림과 바탕을 동시에 제시함으로써 종합적인 인지 효과를 극대화 할 수 있을 뿐만 아니라, 학습의 전 과정을 통해 사회화를 실현함으로써 확장적 학습 단계에 까지 이를 수 있는 학습법이 된다. 이러한 학습법은 상황에 맞는 언어 구사력과 타문화 이해를 통한 교류활동 능력 등 학습자에게 새롭게 요구되는 종합적 기능을 기르는데 효과적이라 하겠다.

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漢語動詞와 日本語敎育 - 現行 高等學校 日本語 敎科書를 對象으로 하여 -

李成圭, 權善和

한국일본학회 일본학보 제45권 2000.12 pp.255-271

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5,100원

그동안 대조언어학적 입장에서 한·일 양 언어의 유사성과 차이점에 관한 많은 논고가 제시되어 있으나 불행하게도 일본어교육 현장에는 그 성과가 재대로 반영되고 있지 않은 것 같다. 특히 교육현장에서는 한·일 양 언어의 유사성이 너무 지나치게 강조된 나머지 양 언어의 차이점을 고려하지 않는 교육이 행해져왔다고 할 수 있다. 이로 인해 일본어의 특징적인 언어 현상이 제대로 교수되지 못한 점이 있고, 양 언어의 차이점에 대해서도 단순히 예외적인 현상으로 처리해온 감이 없지 않아 있다. 본 논문의 고찰 대상인 한자어동사(漢字語動詞) 또는 한어동사(漢語動詞)는 한자어에 형식 용언이 접속함으로써 생성된다는 점에서 다른 일반동사에 비해 생산적이며 규칙적이고, 또한 동사에서 차지하는 비중이 상당히 크다. 그리고 태(態;voice)에 있어서도 기본적으로 「∼하다=∼する(능동)」,「∼되다=∼される (수동)」, 「∼시키다= ∼させる(사역)」의 대응 관계가 성립된다는 점에서 다른 일반동사에 비해 단순하고 규칙적이다. 본 논문에서는 한·일 양 언어에 있어서 한어동사가 어떤 대응 관계를 보이고 있는지를 관찰하고, 그 결과를 교육 현장에 어떻게 반영해야 할 것인가를 주장한다. 구체적으로는 제6차 교과과정에 의해 편찬된 현행 고등학교 일본어 교과서를 고찰 대상으로, 한어동사가 실제로 어떤 식으로 취급되고, 반영되고 있는가를 살펴보았다. 고찰 결과를 정리하면 다음과 같다. 현행 고등학교 일본어 교과서에서는「∼する 」와「∼하다」,그리고 소수의「∼される」와「∼되다」 만을 다루고 있을 뿐, 한어동사가 가지고 있는 생산성이나 규칙적인 면을 전혀 고려하지 않고 있는 것 같다. 이러한 불균형을 해소하기 위해서는 교과서 집필 시 어휘 선정의 기준이 마련되어야 하겠고, 문법적인 문제어 있어서도 한·일 양 언어의 대응 관계를 충분히 고려하여 체계적으로 도입할 필요가 있다고 생각된다. 동시에 학습자의 균형있는 어휘, 문법, 문형지도를 위해서는 일선교사의 교수능력의 향상도 뒤따라야 한다고 생각한다.

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年少者를 위한 일본어 교재 - 현황과 전망 -

조문희

한국일본학회 일본학보 제45권 2000.12 pp.273-286

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4,600원

본고는 연소자를 위한 일본어 교재의 실태를 조사 분석하고, 연소자를 위한 교재에 대하여 제안하고자 한다. 본고에서 연소자는 중학교 이하의 어린이 일본어 학습자를 말한다. 일본어 교육의 성격으로 보면 초등학교 일본어 교육은 클럽활동, 방과후 교육이고, 중학교는 재량선택형 일본어 교육이다. 초등학교의 경우, 클럽활동인지, 방과후 교육인지에 따라 성격이 달라지고 또 시간수도 달라지게 된다. 중학교의 경우, 재량선택 시간은 102시간으로 되어 있으나, 이 시간을 모두 쓸 수 있는 것은 아니고 학교에 따라 시간수가 달라지게 된다. 재량선택시간은 기본교과 심화보충시간과 선택과목학습시간으로 나뉘어져서 그 시간 배분을 어떻게 하느냐에 따라 일본어 학습시간이 달라지게 되는 것이다. 한국에서 출판된 어린이 교재를 조사해본 결과 4종이었고, 예상 학습자 5만에서 10만을 생각할 때 수적으로도 상당히 부족한 감이 있다. 외국에서는 그동안의 연소자 일본어 교육의 축적물로 상당수의 교재가 출판되었는데 한국에서의 일본어 교육과는 환경이 다르기는 하나 교재작성에 참고가 될 수 있을 것이다. 점점 연소자 일본어 학습자가 늘어가고 있는 것이 한국의 상황인데 이제 시작된 연소자 일본어 교육을 위하여 적당한 교재의 출판이 요구된다. 이에 본인은 토픽을 중심으로 한 과제 실러버스를 제안하고자 한다.

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『明暗』の「大きな自然」

具賢淑

한국일본학회 일본학보 제45권 2000.12 pp.287-296

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4,000원

夏目漱石の作品には,「自然」という言葉がよく使われている.それは,ある-つの作品に限られているのではなく,初期の作品から晩年の作品まで, つまり「吾輩は描である」から「明暗」にいたるまで,「自然」の槪念が用いられている. 特に, 漱石は「明暗」で,「自然」を「大きな自然」と「小さい自然」に分けて, 二つの世界での登場人物の生き方を展開した. この二つの「自然」の相違は何であろうか. 又,それは漱石の考え方や思想·生き方などとどのような關係があるのであろうか. 本論文では.「明暗」における「大きな自然」の世界について論じていくことにする. なお, 本論はすでに, 漱石の自然觀を始め, 漱石の自然觀に影響を與えた樣樣な思想や漱石の生き方などを踏まえたうえで書かれたものである.

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今樣に現れた公任の影響 - 『梁塵秘抄』所收今樣との比較を試みて -

具惠卿

한국일본학회 일본학보 제45권 2000.12 pp.297-308

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4,300원

今樣は平安時代末期, すをわち, 院政期に大流行した歌謠である. 今樣作品の中には,一方では歌人でもある貴族たちも混じっていたので, 和歌と今樣は, 互いに交流し合い, 影響し合っていた. しかし, これらの關係の中で, 今樣に目立つ和歌の影響は,平安時代の歌聖, 藤原公任と關連したものがその中心にある. 本稿では, 今樣の中に公任の姿が見えるのは, 公任が今樣作者たちに影響をあたえていたからで,それにより, 今樣に公任開連和歌の名殘が多く現出したことと規定した. 本稿の目的は, 今樣の中にあらわれた公任の姿を確認しようとするところにある. 今樣に見える公任の姿は,ニつの側面を持っている. 第一の側面は, 公任が撰者として關係していた多くの秀歌撰, 特に, 「拾遣和歌抄」「三十六人撰」「金玉集」「深窓秘抄」「和歌九品」「前十五番歌合」「後十五番歌合」などを撰錄し, また, 中古以降, 多數の文學作品に影響をあたえた「和漢朗詠集」を撰した撰者としての彼の姿である. これらの秀歌撰に採られた和歌は, 人口に膾炙した有名な古歌で,それらの和歌が,當時の和歌の典型であったので, 今樣作者たちは競うかように公任が撰錄した秀歌撰收錄の和歌を自分の今樣の歌詞の中に導入したのである. 特に,「梁@秘抄」所收の八番今樣は, 和歌をほぼそのままの形で取り入れているが, 該當和歌は,「古今和歌集」や「古今和歌六帖』など, 多くの歌集に採用されている有名な歌である. もちろん, 家集の「伊勢集」にも存している. が, その採り入れられ方は,有名な勅撰集よりも公任が撰錄した「金玉集」の形態と最も類似しているので, 公任の撰集が今樣作者たちに如何に影響していたのかをうかがい知る良い資料となろう. 第ニに, 公任の歌人としての側面である. 公任は, 多數の和歌を詠作しているが, その中でも釋敎歌は最も有名である. 公任は現存する中で, 法華經ニ十八品の經文の內容を和語にして, 自分の和歌に取り入れて詠作している最初の歌人であった. 彼は法華經を材料にして先ず漢詩を作り, その方法をさらに和歌に取り入れて法華經二八品を詠んだ. つまり, 法華經の經文→漢詩, 法華經の經文→和歌という圖式を完成させているのである. 今樣の作者たちも, このような公任の方法を, 自分たちの今樣の創作に取り入れて, 法華經二十八品をすべて, 今樣として創っている. もちろん, ほかの彼の詠作も今樣の作者たちに,よい模範となったと考えられるが, 當時は,法華經が時代の思想となっており, また彼はそのような法華經ニ十八品を和歌にしていたので,それは流行歌という側面を持つ今樣に, 格好の材料となり, その影響で, 彼の釋敎歌が今樣作者たちに影響をあたえたのであろう. 今樣の材料となる和歌を提供する重要な源泉は,やはり,「和漢朗詠集」ゃそのほかの公任撰の秀歌撰であつた.

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4,600원

아쿠타가와 류노스케의「무도회」의 원전은 피에르 로티의「가을의 일본」의 한 장인「에도의 무도회」로 알려져 있다. 그런데 피에르 로티라고 하는 작가는 일본에 관한 전형적인 오리엔탈리스트 작가로서 평가받고 있으며, 아쿠타가와가 제재로 삼은「가을의 일본」은 그의 오리앤탈리즘이 전형적으로 표출된 담론이라 할 수 있다. 로티는「가을의 일본」에서 자신의 이국취향을 충족시키는 것들에 대해서는 감탄을 아끼지 않는다. 그러나 그것에서 벗어나는 일본의 사물, 예술, 종교, 사람은 유럽의 그것들과 비교하며 낯설고, 기분 나쁜, 무질서한, 동물적 상태에 가까운 주연적 존재들로 전락시켜, 해석하고 타자화시키고 있다. 「무도회」는 그와 같은 오리엔탈리즘에 대한 작가의 비판의식의 실천작이라 할 수 있다. 따라서 아쿠타가와는 로티의「에도의 무도회」에 나타나는 역사적 사실과 관계없이「무도회」에 등장하는 일본의 문물, 일본인, 일본 여성을 미의 극치로 조형해 내고 있다 그리고 지금까지의「무도회」론에서는 그 중심인물 아키코에게서 일본개화의 완벽한 미의 상징을 보는 것이 통설로 되어 있다. 그러나, 그것은 어디까지나 남성작가에 의한 글쓰기와 남성 비평가에 의한 글읽기의 결과로, 그 안에서조차 일본 여성 즉 아키코는 타자화의 대상이 되고 있다. 그녀는 스스로 체험하고 판단할 수 있는 주체로서가 아니라, 미숙하고 지적의식이 결여되어 있는 비이성적인 객체로서 조형되고 있으며, 비평가나 독자들은 그런 아키코에게서 일본개화의 완벽한 미를 보고 있는 것이다. 즉, 백인 남성작가에 의해 주연적 존재로 타자화되었던 일본여성은 자국의 남성작가에 의해 다시 한번 타자화되고, 그러한 여성상에서 이상적인 여성상, 혹은 피상적 개화의 상징을 읽는 비평가, 독자들에 의해 이중 삼중으로 타자화되고 있다 할 수 있다.

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4,300원

「古今和歌六帖」는 平安時代中期에 성립한 現存最古의 類題和歌集으로서 일찍이 이에 대한 연구가 활발히 진행되었다. 하지만, 대부분은 그 이전의 작품들과의 영향관계를 지적하고있다.「古今和歌六帖」의 작품 성격상 이러한 논의는 필연적인 것이라고도 할 수 있겠지만 그러나,「古今和歌六帖」는 그 이전의 작품들과는 분명히 다른 의도로서 편찬되어졌으므로, 고유적인 성격과 독자적인 양상을 파악하는 일 또한 지금의「古今和歌六帖」 연구에 요구되는 사항이라 할 수 있다. 따라서, 본고에서는 그 일환으로「古今和歌六帖」의 분류방법에 관한 고찰을 해보겠다.「古今和歌六帖」가 諸和歌集(擺集資料源)에서 채택한 和歌를 어떠한 의식을 갖고 분류, 배열하였는가 하는 문제는 비단「古今和歌六帖」의 작품성을 파악하는데 있어서도 유용할 뿐 아니라 더 나아가 後代의 題詠과도 연결되는 중요한 사항이기도 하다.

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京極派歌人為子 - 傳統的詠歌もこなせる京極派歌人 -

朴惠成

한국일본학회 일본학보 제45권 2000.12 pp.335-350

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本論文は日本,中世の南北朝動亂期に京極爲兼を中心として活躍した京極派歌人のなかで藤原爲子をその對象に歌論と和歌を考察することを目的とする.爲子の實際の作品を對象に彼女の特徵的な表現技法と彼女がどのような詠いぶりをしていたのかを考察した. これまで明らかにされている京極派和歌の共通の特徵は自然を光りと影,淡い光線で捉え,一首の中での時間の推移そ重視し,對比,反復などの表現技法,また字余り句が多いことなどである.それは特に敍景歌にその特徵が見られ,爲兼の歌論,歌風に基づき,實際の主催者でもある伏見院,永福門院が育成したものだと言われている.爲兼の歌風が從來の二條派歌風と區別されるところは字余りや從來あまり使われていをい歌語を大단に驅使し,歌を詠み,その歌そ論む作者の心を正確に表現しよしたところにある. 本論文はこういった特徵を持つ京極派歌人の中から,爲兼の姉である藤原爲子の和歌を對象にし,その歌人の特徵的な部分を考察してみた.また和歌を考察するにあたり,從來强調されてきた京極派和歌の共通的な特徵と考えられる部分よりは爲子の個性を表していると思われる和歌に焦点をあてて考察を試みた. 爲子の歌の特徵を考察した結果,若い頃の歌はまだ傳續的な二條派の詠法をひきずりながらも,斬新な歌語を試みるなど,その歌への氣負いがうかがわれ,玉葉,風雅に至ることが分かった.また傳統的な和歌や源氏物語などをよく詠んでおりそういった傳統的な和歌をよくこなした上で京極派的な和歌を詠んでいることが爲子の京極派歌人の中での特色として指摘できよう.

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萩原朔太郞の<エレナ>考 - 聖・淫の両性具有性を中心に -

徐載坤

한국일본학회 일본학보 제45권 2000.12 pp.351-365

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4,800원

本稿では,朔太郎が昔の戀人であった仲子を指すとき使っている「仲子(ナカ)」,「人妻」,「エレナ」をキ-ワ-ドにして彼女との原體驗をどのように文學化していったかを考察し,さらにそれらのタ-ムによって何を表出しようとしたかの解明を試みた. 習作詩「君が家」は,仲子との付合の發覺をめぐる騷ぎとそれによって彼女に會えない辛さを詠んだ作品である.そして朔太郎は仲子と自分の關係そギリシア神話のぺルセウスとアンドロメダ-,つまり彼女を自分が救濟(結婚)すべき存在として考えてしいた.しかし彼女が外の人と結婚すると,その衝擊を歌物語「平塚ノ海」で彼女の身體性を消滅させることで秉り越えていた.さらに「みちゆき」で彼女を「人妻」として再構築することで中央文壇へのデビュ-を果たす. そして,エレナという彼女の洗禮名を使って$lt;聖なる宗敎詩$gt;を書き,もう-方では「きみ」という別の呼稱を使って$lt;性なる淫欲詩$gt;を書くことで,$lt;敬拜對象としての「エレナ」と淫欲對象としての「きみ」の使い分け$gt;を試みていた.それはエレナがへレネ-のイタリア語形であり,神話の中のへレネ-が$lt;奪われた女性/奪うべき人妻$gt;として描かれていたこととも深い關係があると思われる.つまりへレネ-の神話的背景とエレナの宗敎的側面が$lt;エレナ$gt;の兩性具有性を形成し,そこから朔太郎の$lt;聖·淫のアビバレンスな詩世界$gt;が構築されたと思う.

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『古今著聞集』の書名考

吳讚旭

한국일본학회 일본학보 제45권 2000.12 pp.367-378

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4,300원

「著聞」という,あまり耳慣れね語を書名の-部に採擇した「古今著聞集」の編者(@成季)の意圖をめぐっては,從來種種の論議が行われてきたが,その多くは典據探しに關するもので,說話言說の中からその意味を捉え直そうとする試みはほとんどなされていない.編者は跋文の中で,「或は家家の記錄をうかがひ,或は處處の勝絶をたづね,しかのみならず,たまぼこのみちゆきずりの語らひ,あまさかるひなのてぶりのならひにつけて,ただに聞きつてに聞く事そもしるせれば,」と,「古今著聞集」の膨大な說話をどのような過程や方法でもって收集したかを明らかにしている.ここで「家家の記錄をうかが」つたというのは,すでに著述されたものから必要な資料を得たことを意味し,「聞きつてに開く事をもしる」したというのは,自らの耳で直に聞いたことを選んだことを指している.編者はつまり,說話の取材方法として書承ばかりでなく,口承をも取り入れたことを明らかにしている.編者は收錄話がすでにどこかに記されていることか,もしくは自分自身の耳で聞いて確かめたことであることを證明するために隨所で注記や附記をつけている.例えば,すでに記されていること,つまり「著」であることそ證明する注記は計十三箇所に上り,聞いたこと,卽ち「聞」であることを確認する附記は九箇所に至る.編者がかくまで「著」と「聞」に拘泥したのは,それが「實說」であることを證明するために他をらない.虛構ではない,確かな根據のある設話を集めて新しい說話集の編纂をめざす,これこそ編者の意圖したところであって「著」と「聞」はそれを具體化するための方法であったと言える.

29

4,500원

서기1179년 이후 성립된 불교설화집인「호부쓰슈(寶物集)」는 다이라노 야스요리(平康○)에 의해 쓰여졌다. 이러한「호부쓰슈」의 전본은 일반적으로 一, 三, 七卷 순서로 분류되고 있다. 그런데「호부쓰슈」 는 고전작품이기에 원본의 형태를 추정하는 방법에는 계통별로 분류된 각 전본을 비교 검토하고 각 전본이 후대의 어느 작품에 영향을 끼켰는지를 실증하는 방법이 있으며, 영향을 끼친 전본과 후대에 영향을 받은 작품의 본문이 다른 경우는 여러 계통의 전본을 비교 대조하는 방법 등이 있다. 특히 이와 같은 방법은 저자가 있으나 원본이 없고 후대의 전본만이 남아 있는 고전 작품의 경우에는 매우 중요한 방법이 된다.「호부쓰슈」七卷本이 바로 이와 같은 고전작품이기에「호부 쓰슈」전본의 一, 三 ,七, 二卷(七卷本의 생략본), 元祿本(三卷本, 七卷本의 혼합본)등 전 본문과「호부쓰슈」의 영향을 받은「사이교모노가타리」를 고찰하여「호부쓰슈」七卷本의 옛 형태를 추정하였다.

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4,800원

一九一0年「韓日合邦」に際し,日本はナショナリズム-色の雰圍氣であった.文學者は勿論,ひいては片山潛のような社會主義者も「韓日合邦」を認めるような時期であった.しかし,啄木は韓日合邦を批判した歌を作っている.そのような歌が歌われた背景について,啄木が新聞ジャ-ナリズムの中にいたことから,次のように考えてみた. 先ず,韓國人鬪士らへの關心である.韓國は「第二次韓日協約」によって外交權を奪わ れ統監政治下に入ったか,啄木はこの實狀を「亡國の慘狀」と認識していた.その後,獨立のための武力鬪爭が相次いで起きたが,特に,啄木は「亡國」を救うために命を投げつけた張仁煥,田明雲,安重根,李在明のような韓國人鬪士らに人-倍の關心を示していたと思われる.伊藤博文暗殺事件の時,啄木が安重根を指して「韓國革命黨靑年」と書き得たのは,スチ-ブンス狙擊報道記事にある「韓人の革命黨員」のような言說と無關係ではあるまい. 次に,「韓日合邦」前夜の思想や言論彈壓への注目である.「文藝取締」問題を「矛盾ある出來事」と考えていた啄木に,「韓日合邦」に際しての社會主義思想への彈壓と韓國での言論彈壓は日本政府を批判的に見られる視点を與えたのである. 以上のように,啄木は「韓日合邦」を批判的に見ていた.そして,韓國人鬪士らに示した關心から分かるように,韓國を理解し同情していた. 啄木のテクストの中にはこのような解釋が可能な部分は實際ごくわずかであるが,韓國を理解した啄木の作品や精神は韓日の歷史を考え直し,今後の韓日關係を立て直していく時,その交流の端緖を與える重要なものになるだろう.

 
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