2026 (19)
2025 (64)
2024 (69)
2023 (44)
2022 (70)
2021 (59)
2020 (57)
2019 (65)
2018 (61)
2017 (69)
2016 (64)
2015 (73)
2014 (117)
2013 (84)
2012 (96)
2011 (82)
2010 (95)
2009 (89)
2008 (123)
2007 (107)
2006 (115)
2005 (136)
2004 (178)
2003 (136)
2002 (136)
2001 (119)
2000 (84)
1999 (64)
1998 (49)
1997 (50)
1996 (48)
1995 (33)
1994 (41)
1993 (33)
1992 (34)
1991 (27)
1990 (25)
1989 (26)
1988 (26)
1987 (24)
1986 (23)
1985 (23)
1984 (28)
1983 (12)
1982 (13)
1981 (16)
1980 (14)
1979 (9)
1978 (10)
1977 (9)
1976 (10)
1975 (6)
1974 (7)
1973 (6)
4,600원
インターネットの日本語コミュニティの多様化は、最近の当事者主権の動きとして見ることができる。それは教室の外で行われている、当事者(学習者)による当事者のための日本語教育の場であることがわかる。また別の観点から見れば、これは教室内の日本語教育における多様な学習者への対応の限界とも考えられる。その当事者主権の流れから、教室内で行われている日本語教育が学ぶべきことは、多文化教育の視点を取り入れることにある。教室内のマイノリティの存在を前提にして授業が行われることで、マジョリティの学習者の異文化理解の視点にも影響を与えるようになる。授業での話し合いにおけるルール作り、そしてマイノリティとマジョリティなど立場による、語彙や言葉の意味のギャップを認識することで、互いを配慮したコミュニケーションの実践につながってくる。これはポライトネス(丁寧さ、配慮)の問題とも関連して、授業で扱うことも有効だといえる。今後、ボーダレス社会を目指して日本語教育も変わっていくだろうが、それは決して同化ではなく、多文化(マイノリティ)の存在の認識を通して行われなければならない。
4,300원
There are two kinds of mistakes or inadequate expressions in dissertations and reports written in Japanese by Korean learners : 1) Those which almost do not alter communication(=local error) and 2) those which lead to serious misunderstandings or make thought communication difficult(=global error).Determining the problems belonging to the latter and remedy them is believed to be an important matter in the education of learners who wish to master technical or practical Japanese.Based on samples of dissertations written in Japanese by Korean learners, the study investigates what points are not accepted by Japanese native speakers and to what extent Korean learners understand these problems.As a result, we can assume that "problems in contextual structures"lead to serious problems in communication, far more than vocabulary, grammar (case-markers or conjugation and so on) and that learners understood what "problems in contextual structures" hardly recognizes.
5,800원
本稿は、断定ナリと伝聞推定ナリの判別問題を先学者の研究成果をもとに、索引集における意味分類を調査し、考察したものである。まず、先学者によって掲げられた原則は終止形と連体形が異なる活用語に付いた場合の例を対象として得られたものであるが、終止·連体同形の語に付いた場合はどのように説明されうるか、また、中古·中世の作品に現れる用例を分析し、原則の細部項目に対して修正·補完するところはないかを考察した。その結果、終止·連体同形の語に付いた場合でも「なり」が終止形として用いられた例を除いて、多くの用例に適用されうること、ラ変型の活用語が上接する場合はもっと細かな分類基準を明記する必要があること、多くは連体形(~る)に付くのは断定と、撥音便形(~ん)に付くのは伝聞推定と分類されるが、その反対の用例も見受けられること、連用形「なり」に助動詞が下接する「なりき」「なりけり」にもわずかではあるが、例外が見られること、終止形「なり」に助詞が下接する場合の基準は重要な判別法にはならないことと、この原則はあくまでも平安時代の用法として理解すべきであり、時代が下がるとその用法にかなりの変容が見られることが確認できた。また、索引集における助動詞「なり」の意味分類に対する在り方と、間違った例を指摘した。
4,500원
本稿では、「動詞+ない」の他動化と使役化とは「動詞+ない」によって表される事態を別の関与者が引き起すことをどのように表すかにかかわる問題であるとし、他動化は「~くする」によって表され、使役化は「~くさせる」によって表されると規定する。そして、「~くする」形式を適用した「動詞+なくする」構文を他動詞文、「~くさせる」形式を適用した「動詞+なくさせる」構文を使役文であると見なす。その上、構文的な問題として、「動詞+なくする」と「動詞+なくさせる」の対立を「動詞+なくなる」との自他と使役の関係から捉え、両者が他動詞文と、自動詞文の使役文の関係にあることを明らかにする。「動詞+なくする」と「動詞+なくさせる」の成立をめぐっては、「動詞+なくする」「動詞+なくさせる」構文を成立させるための条件として、意味的条件と統語的条件の二つの条件を提示する。意味的条件とは、動詞が意志性を持たず、かつ状態性を持てば他動化·使役化が成立しやすくなるというものである。これは[+意志性]の動詞でも可能表現にすると、その意志性が失われ、状態性が生まれるため、他動化と使役化が成立することからも確認することができる。統語的条件とは、動詞が一項述語でなければならないというものである。これには、二重ヲ格制約のため他動化が成立しないことや被使役者の「に」格名詞句が動作主の意味役割を持たないため使役化が成立しないことがかかわっていることを論じる。また、統語的条件と関連して、二項述語でも対象の「を」格名詞句や「に」格の被使役者が文脈上想定されるが、文には現れないという「被使役者の背景化」が起これば、他動化·使役化が成立することを指摘する。
5,400원
本稿では、テイルのアスペクト的意味が変わる現象を取り上げ、工藤(1982a·1982b)によって提案された“構文的条件”を批判的に検討し、動詞の語彙的意味との関係から、アスペクト的意味の移行現象を考察したものである。その結果、アスペクト的意味が変わる現象には、動詞の語彙的意味の移行と同時にそのテイルの意味が<進行相>から<結果相>へ移行する「基本的意味内の移行」と、また動詞の語彙的意味の開放によってそのテイルの意味が<基本的意味>から<パーフェクト>や<反复>などの<派生的意味>に移行する「派生的意味への移行」という二種の移行現象があることを確認した。 このうち、本稿では動詞の語彙的意味と密接に関わっている「基本的意味内の移行」現象に的を絞って、“内的時間構造”という観点から「基本的意味内の移行」現象と動詞の語彙的意味との相関関係について分析を行った。その結果、「基本的意味内の移行」現象というのは、“持続的な「過程」と「結果状態」が内的に備えられた運動動詞”に限って起きる現象であることを明らかにした。
4,600원
本稿では、植民地下朝鮮で実際に教授法を提案し運用していた山口喜一郎を取り上げ、当時の日本語教育を言語イデオロギー論の観点から捉える従来の観点から離れて、日本語教育のありのままの実態の究明を試みた。 山口は朝鮮と非常に縁故の深い人物で、1937年に刊行された『文教の朝鮮』と1943年に刊行された『日本語教授法原論』とには朝鮮において行われている日本語教授法にたいする批判が披露されている。その批判は、朝鮮という方処的な特質を無視して行われている「内地」同様の「読み中心」教育に集中しており、その改善策として、まず会話能力を身につけさせること、つまり、音声言語を重視すること、それから読み、綴りが出来るようにするという手順の問題なのである。これは、日本語は朝鮮においてあくまでも外国語であって国語ではないという認識に基づいたものであり、言語の本質についての的確な理解に裏付けられたものでもある。 ただし、植民地下朝鮮において日本語常用化そのものが政治性を帯びざるをえなかったことは当然であったに違いない。それで支配を強めるために成り立つ日本語教育の目的は、支配イデオロギーとして意味付けられる。その支配効率化のための手段である「国語」の常用、つまり日本語常用は、支配体制や社会状況の変化に呼応するイデオロギーの形で展開する。さらに、実質的な意思疎通の問題になると、教授法による教育効果は、コミュニケーション問題として再展開される。このように、コミュニケーション問題とイデオロギー問題、両者は決して切り離して論じることは出来ないが、山口のような実践的な日本語教育者を通して結論を出せるのは、必ずしも理念と教授法とは一致しないということである。これは、相互緊張関係にあるということを物語っている。
高校生のコミュニケーション能力についての一考察 ―インタビュータスクにおける生徒の日本語使用から―
한국일본학회 일본학보 제60권 2004.08 pp.97-111
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4,800원
In language education, cultivation of communication competence has been considered important for a long time. Achieving this competence has been designated as one of the main targets of the Seventh Curriculum in South Korea. This research is based on a case study which examined the acquisition of a students' communication competence, and the factors in the background through one year Japanese program. In analysis 1, the interview task was designed to have students talk to a Japanese native speaker in order to see the communication competence of students' Japanese and observe how students used Japanese to maintain communication. Even if students had problems communicating in Japanese, it was observed that many students tried to solve the problems using communication strategies or by helping each other. Further, it was observed that many students used various communication competencies for maintaining conversation or developing it. Analysis 2 examined old practice in Japanese class video because it is considered that connected with communication competence that students demonstrated. Analysis 2 implied that communication competence that the teacher used in Japanese class lead the use of communication competence of students. In conclusion, this paper examined the connection of the results between the analysis 1 and analysis 2, and suggested the importance of input of Japanese by the teacher and creating a situation where students can use it in every Japanese class.
한국의 원어민 일본어 교사 수업 실태와 개선방안 연구-교사의 언어, 사용 교재, 수업 방법을 중심으로-
한국일본학회 일본학보 제60권 2004.08 pp.113-131
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5,400원
第7次教育課程において強調されているコミュニケーション重視の教育は、高校日本語教育において実施されてきた文型練習中心、読解中心教育の枠を越え、実際の場面で使えるコミュニケーション能力重視の教育へと教育現場を変化させている。そのような中で、学習者のコミュニケーション伸長に高い効果を期待できる母語話者教師の役割は大変大きいと言える。 本稿は、外国語高校に勤務している日本語母語話者教師を中心に授業の実態調査を行うことによって、現場の問題点を把握し、改善すべき方向性を提示していく。 以下は、実態調査の結果見いだされた問題点と改善方法を整理したものである。 第一に、母語話者教師の韓国語使用には長・短所があるため、教師は韓国語を使用するにあたりその点を十分に認識し、生徒の日本語レベルや授業内容に合わせた適切な使用が求められる。 第二に、外国語高校専用の会話教科書の使用率が低いので、今後はもっと現場の教師の意見を収集し学校の現状に合ったものに教科書内容を改善していく必要がある。 第三に、具体的な授業の方法については、大部分が聞き方・話し方などの会話練習中心で行なわれているが、一部で会話よりも文型練習や読解に片寄っている面が見いだされた。教師はコミュニケーション能力向上のために会話練習中心の授業になるよう努力すべきである。 本稿が今後の母語話者教師に関する研究のための基礎資料として活用されることを期待したい。
4,300원
反事実的条件文は、実際起こった、因果関係を持つある事態に基づく発話である。「pカラq」と、前件と後件がともに事実と異なる反事実的条件文「~pバ[タラ]~q」とは、同じ発話背景を持っているのにも、理由·残念といったニュアンスの違いによって異なる形で文に現れているものである。一方、カラ文は前提に持つ「pナラバq」のpがq成立のための必要条件であることをいっているが、このことに対して、「pナラバq」のpはq成立の十分条件だと注意を喚起する時に、前件にのみ事実と異なる事柄を入れた「~pテモq」が用いられるようになる。さらに、「pノニ~q」と同じ発話背景を持ちながらも、~qのことを残念がる場合には「p(タ)ナラq」が発現され、pのことを残念がる場合には「~q(ル)ナラ~p」が文に現れることになり、意外·残念といったニュアンスの違いによって使い分けられている。ノニ文を想定しているこれらナラ文の前件のp、~qは事実通りであり、ナラ文の後件のq、~pは事実と逆である。「p(タ)ナラq」と「~q(ル)ナラ~p」に共通しているのは、ナラ文の前件に話者の意志と無関係な事柄が、後件に話者の意志通りになり得る事柄が来て、事実と逆のナラ文の後件を望ましいと思っていることである。
時間関係를 나타내는 従属節에 관한 韓日対照硏究「사이에」節과 「うちに」節을 중심으로―
한국일본학회 일본학보 제60권 2004.08 pp.145-160
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4,900원
本論文では、日韓両言語における時間関係を表す従属節の一つである「(述語-)sai-ey(사이에)」節と「(述語-)うちに」節を対象に、これらの形式を構成する述語のアスペクト形式について対照研究を行った。具体的には「(述語-)사이에」節をめぐっては、「han-ta(한다)」と「ha-ko iss-ta(하고 있다)」という形式の分布について調査し、「(述語-)うちに」節をめぐっては「スル」と「シテイル」という形式の分布について調査している。調査した結果を簡単にまとめると、次のようになる。「sai-ey(사이에)」節には主に「han-ta(한다)」形が用いられ、「うちに」節には主に「シテイル」形が用いられる。特に「sai-ey(사이에)」の場合は、「限界動詞+ha-ko iss-nun-sai-ey(하고 있는 사이에)」のような形をしている例が(若干の例外はあるものの)全体的な傾向として極めて少ないことについて指摘した。なお、このような言語事実が存在するということを根拠にし、(「動作継続」を表す)「han-ta(한다)」「ha-ko iss-ta(하고 있다)」という形式を使用する際には、一定の制限(本論文の主張が正しければ、動詞意味に内在する「限界性」の有無による制限)が働く可能性があることを述べた。従来における先行研究では、アスペクト形式の表す意味について「継続性」と「完成性」といった二分類が最も一般的な見解だったように思われる。しかし、本論文の主張が正しいとすれば、少なくとも「動作継続」に関する文法的範疇は下位分類できる可能性があるということになる。金水(1995)のような宇和島方言や万葉集・源氏物語を対象にした研究にも同様な指摘(「動作継続(進行態)」を「強進行態」と「弱進行態」に分類している)がなされていることは、言語類型論的な視点からも有効であることを裏付ける。付言すると、本論文の最終的な主張は、現代韓国語についても金水(1995)と全く同じく分類しなければならないと主張しているわけではなく、下位分類できるという視点が必要であるということである。
4,500원
本稿では近代日本語から現代日本語への定着過程にみられる近代日本語の特徴を、『国定読本』の語彙を通じて近代明治訳語の現代使われている一般生活用語としての定着という観点から考察した。研究方法としては『百科全書』の文科系4巻をまず分析し、その現存する漢語が『国定読本』にどれぐらい見られるかを考察した。また明治の漢語が普通教育の日常漢語へ転換する過程において、どのような漢語がどの程度現存し、今日の日常生活語にどれぐらい反映しているか把握するために、出版頻度数、専門分野別、明治漢語の出自別に分析した結果は次の通りである。 1.『国定読本』の2字の漢語は計6158語で、そのうち2字漢語は6159語中期別推移をみると国定1期593語、国定2期2822語、国定3期2549語、国定4期2825語、国定5期2976語、国定6期1299語である。 2.『百科全書』のうち、文化系の資料(論理額、修辞学、言語学、経済学からの)漢語は全部で3,016語で、このうち2字漢語は2,742語で90.9%を占めている。 3.『百科全書』の文化系列の漢語と『国定読本』の漢語の期別一致の場合の漢語を出現頻度数別、分野別、出自別にて分析した。明治の専門漢語が普通教育の日常漢語へ転換する過程において、『国定読本』の漢語で現存し、今日の日常生活語に反映していることが把握された。
5,400원
本稿は、京都大本『交隣須知』の本文に見える異文例の持つ意味を現存する『交隣須知』の伝本関係の中で考えてみようとするものである。ここで言う異文例とは、『交隣須知』の一般的な本文形式である一つの標題語に対する一つの文例という原則から外れ、一つの標題語に対し複数の文例を持つ場合を指す。このような異文例は普通「一本ニ」或は「又」のような言葉に続いて現れる場合が多いが、京都大本全体としては卷一(11例)、卷二(11例)、卷三(10例)、卷四(2例)を合わせて都合34例を数える。本稿ではこれらの異文例が現存する藷伝本の上ではどのように現れているのかを調査してみた。 調査の結果、非増補本系列の伝本は異文例の現れ方を基準にして京都大本系列のものと文政本系列のものが存在していることが分かった。それによって、残欠として伝存している沈寿官本やアストン本の位置づけも自ずから出来るものと思われる。増補本系列の場合、小田本、済州本、ソウル大本、中村本、アストン本cなどは同一系列に属するものと推定される。そして白水本はこれらの伝本とかなり距離があるものであり、比較的長崎本と近い関係にあるものであったことを確認した。なお、最後にこれらの結果に基づき、現存する16種の伝本関係を図式で示した。
효율적인 일본한자 학습을 위한 제시순서에 관한 연구-常用漢字, 敎育漢字, 新聞漢字의 비교분석-
한국일본학회 일본학보 제60권 2004.08 pp.195-208
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4,600원
日本語教育における漢字学習の目標は常用漢字1,945字とされる。この論文は、日本漢字学習における効率的な学習の順序を決める基準の一つとして新聞での使用頻度の高い漢字の順に学習することを前提にしてその基準になる資料を提供しようと試みたものである。そのため、常用漢字を新聞漢字との対照のうえ、使用頻度順に配列し、日本漢字敎育の場において活用できるようにした。なお、新聞漢字と日本の小学校学習漢字、すなわち教育漢字との相關関係をも調べた結果、教育漢字は新聞での使用頻度という基準から見て効率的に選定されていることが明らかになった。
4,300원
本稿では、間接受動の一類として取り扱われてきている所有受動をとりあげ、それに関する先行研究を概観し、「を格」の問題について考察を加えつつ、そのよりどころを探ってみた。 これまで所有受動は間接受動とされてきており、また間接受動の意味を根拠なしに「被害性」において論を進め、受動文に対する能動文の構文を人為的に操作して理屈づけを行うといったことが受動文の整合性を失わせ、矛盾を引き起こす原因になってしまっているのではないかと考えられる。 一方、所有受動の場合、能動文の「を」格成分がどうして残るかということについては、能動文の目的語が受動文では主格に昇格されなければならないだけに、構文的には説明できない問題である。そこで、希望を表す「~たい」構文や可能構文を參照しつつ、意味論的な解釈を試みたわけである。その結果として、話し手や主語に関係のある事態·出來事とか、また第三者のような他人の出來事であっても、主語や話し手が自分と関わりを持つものとしてそれを捉えている場合、すなわち内側の出來事として認識している場合は、「を」格が優先的に選ばれること、そして、自分と直接関係のない事柄として認識している場合は、「が」が選ばれるということを明らかにした。 さらに、本稿の検討から所有受動を受動文の一類として取り立てる必要性は認められなくなるということが明らかになった。それに、見せかけ上の構文的な対応関係のみを考慮に入れて、間接受動の下位分類に所属させることのにも問題があるということが判明した。そもそも、日本語の受動文をいかに分類するかは、研究の目的なり立場の違いによって違ってくるので、所有受動を日本語の受動文の中に如何に位置づけるかということについては、今後とも様々な議論が行われるであろうという見通しが成り立つ。
5,100원
人が社会生活を送るときにほめを通してよい人間関係を結ぶことができる。そのことから韓国と日本のほめの実態を調べて明らかにすることは意味のあることだと考える。本稿では特にほめの対象を中心に韓日の比較を行った。韓国と日本の大学生を中心に聞き書き調査を行った結果、韓国の学生は外見をほめの対象としてよくほめ、それに対して日本の学生は技量をほめの対象としてよくほめることが分かった。 また、会話者の地位との関係において日本では目下が目上をほめるのはあまりないが、韓国の場合現れていたのが特徴的である。ほめに対してどんな返答をしているか見てみると韓国の学生も日本の学生も全体的に肯定が多かった。これは従来日本人は謙遜するというイメージとは程遠いものである。韓国の特徴的な返答としては、日本は否定+肯定はほとんどないのに対して韓国は否定+肯定が出ていること、韓国にはほめ返しの返答が多いことが分かった。
4,300원
本稿は、『捷解新語』の三刊本(原刊本、改修本、重刊本)に見られる日本語本文について、その表記面の基本的な実態を調査·考察し、日本語学習書の日本語本文としての性質を検討したものである。日本語本文の仮名表記を調査·考察した結果、日本語の一音節に一文字という原則が見られており、当時の日本語の表記法に基づいているとは思えない特殊な表記が用いられていることを明らかにすることができた。そして、当時の日本語文ならば当然存在していたと思われる基本的な仮名遣いを無視した「表音的」な表記が用いられるている。これは『捷解新語』が基本的には対話体の習得を目指した学習書として、ハングル音注·朝鮮語対訳との対応の中で正しい日本語の発音単位·文法単位を把握することを優先させたために日本語本文に特殊な表記が用いられたものと解釈される。
4,900원
いままで中國の漢文の解釋を通じて、韓·中·日本の解釋を比較し、韓·中·日本の解釋の相違の理由を分析してみた。中國の漢文とか漢詩を解釋することにおいて、飜譯傳達過程から意味の相違が生じる。韓國では漢文訓読の時に「口訣」が付す。日本では漢文訓読の時に「送りがな」が付す。これは読解者の主観が加わる可能性がある。読解者の主観が加わるのは韓·日両国が同一であるが、韓国の「棒読み」は原漢文の意味に近く読解する傾向がもっと強い。この点から韓国と日本の解釋の相違が生じて、解釋の相違の原因はまたなにか。解釋の相違の原因の中には各國の言語文化との繋りがあり、それは各國の言語の言語構造及び文化、思想等によって意味の相違が生じると思う。いままでは拙者は杜甫詩の韓·中·日本の解釈の比較を通じて各國の解釋の差異の究明を自國の言語構造等を中心に分析してみた。本稿では.各國の解釋の差異の究明について自國の言語文化との繋りから分析しし、つづいて各國の言語文化を日本語敎育に適用させて效果的な日本語敎育の方法を提示する。
에도후기희작의 작자연출방법에 대하여 ―『에이얏토잇쿠가사쿠』(屈伸一九著)를 축으로 ―
한국일본학회 일본학보 제60권 2004.08 pp.267-283
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5,100원
本稿では『屈伸一九著』が十返舎一九の著作物の中でも、文学史的価値が高い作品であるにも関わらず、今まで翻字及び、綿密な分析さえ行われたことがないことに着眼し、江戸後期戯作の「作者演出の方法」を考究する橋掛りとして取り上げてみた次第である。 『屈伸一九著』の三年前に刊行した『十返舎戯作種本』で、一九はあたかも自分の失敗譚であるかのように自らを出演させることによって、戯作における創作の要素を表明した。それから、享和二年に一九は十三種の黃表紙を刊行、その中の九作に直接、或は間接的に出演するのである。それだけ作中で樣々な自己演出を試みることになるが、その中でも殊に『十返舎戯作種本』の戯作者の樂屋内話を全体的趣向として引き継いだ作品が『屈伸一九著』である。『屈伸一九著』は創作の新趣向産出に苦しみながら失敗を重ねる一九自身の樂屋内的話である。即ち、自らを戯画化するのに全力を尽したような作品である。ストーリのしまいの型は黄表紙誕生以来、使われ続け陳腐化した「夢」をまたもや利用しているが、一九は更に「古い」を「物尽くし」技法を以て弄び戯文化する。古い趣向であればこそ良いものである、と逆説して見せることから、彼の戯作者たる創作思想を垣間見ることができる。 黄表紙の最大量産作家であった一九は、自らを道化役として失敗譚の中に登場させることに躊躇しなかった。 戯作趣向の要素自体をテーマにして、その要素を悟るまでの愚行を告白したり、創作の苦しみを失敗と結び付けて吐き出したりする。 戯作上のフィクションであることを、読者たちも十分承知の上、自分の容姿さえ笑いの対象とする一九の大衆小説家としての徹頭徹尾たるサービス精神が読者をして親近感を覚えさせたのであろう。ミハイル·バフチンが「我らを笑わせる全ては、身近にあるものであり、喜劇的創造性は最大限近接した領域で発揮されるものである。」と言ったように、一九の「作者演出法」こそ、一般読者をして心置き無く笑うことができるようにしてくれるという、優れた効用性を持つ手法であったのである。
도송(藤村)문학에 있어서의 사생― 회화와의 관련성과 초기 사생을 중심으로 ―
한국일본학회 일본학보 제60권 2004.08 pp.285-297
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藤村が文学に導入した‘写生’とは、変化と自由とを求める時代の雰囲気と相俟って、必然的な表現方法であったと言える。明治三十年代といえば、新しく進もうとするものにとっては準備の時であり、文学上の開拓地は未だ狭かったので、新しい開拓が要求される時であった。そして、藤村にとって、もっと物事を正しく見ることを学ぼうと思い立った時期でもある。彼の場合、絵画を愛するのが天性に近かったし、得意であったので、‘写生’の方法はわりあいに受入れやすかったと思われる。小諸で、三宅克己や丸山晩霞と共にスケッチをするうち、物を観る力を得ることになった。さらに、百姓画家であるミレーの考え方やラスキンそして、印象派の画家の新しい手法などを通して受けた影響は大きかったのである。藤村が‘写生’の稽古から得たのは、‘自然という大きなものに近づくことができるようになった’と藤村自信が告白するように、新しい自然の発見である。彼は、絵画の写生によって文章の写生を産み出すことができた。すなわち、‘写生’は詩から小説へ転換するための藤村の‘涙と汗’の結晶であったと思われる。
4,600원
記·紀神話のなりたちは複雑であり、『古事記』の完成は和銅五年(712)といわれ、『日本書紀』の成立は養老四年(720)とされており、7·8世紀の律令体制を基礎とした天皇0専制国家が整い法制度的にも確立しつつある時期であった。この時天武朝による大和朝廷の中核的な建国神話である迩迩芸命の降臨神話が、『旧事本紀』に収録されている物部氏の先祖の降臨神話と同一系統の伝承であることが確認された。特にその神話体系はもちろん、随伴する神々の構造や性格等を比べても、否定できない類似性が顕著であった。 それは物部氏の先祖の降臨伝承が『古事記』や『日本書紀』の編纂とともに建国神話として発展収録されたものとみられる。このことは、5·6世紀頃、物部氏が活躍していた歴史的事実からみても、物部氏は古代韓国の移住民氏族と深い関わりがあり、また天孫降臨神話に登場する五部神は百済·高句麗の支配階級である「五部組織」を意味していること等を立証したい。
4,300원
二条が出家することになった動機の一つに西行への憧れが指摘される。後深草院との間に設けた皇子を亡くしてしまった時、出離の思いを述べている場面で二条は九才の時、「西行が修行の記」という絵物語を見て強い印象を受けたとされている。また、『とはずがたり』の跋文には自分が西行に憧れて修行の旅に出て、その形見として『とはずがたり』を書き残したかったという執筆動機をあえて書いている。何故『とはずがたり』は作品全体の成立や椊組にかかわるところで、西行への憧れを強調するのか。二条が憧れたという西行像とはどんなものであるのかについて考察した。 二条の西行憧れの背景には伝説化され物語化された西行の姿があり、二条の父雅忠が一人残される娘に出家することを勧誘する場面と、物語の中で西行が自分の娘に出家することを勧める場面の父娘関係の構造がよく似ていることを確認した。二条における西行像の摂取は表面的·形式的な模倣ではなく、より作品構想に則した人間関係の造型の上での受容が見られる。また、二条の草庵生活への憧れを語る「静かなる住まひ」「山のあなた」への志向の根底に西行の和歌からの影響関係があることを指摘し、西行の場合は憂き世から離れて落ちつく場として自分が憧れている山の奥での草庵生活、各地の寺院での生活が基本になっているが、二条の場合は西行のように深い山の中での静かな暮しを憧れたにもかかわらず、実際には旅人であった。二条が草庵生活を憧れながらも何故旅をしているのか、それは二条の和歌の家としての家門意識、勅撰集への拘りによるものであり、二条の修行には「家」の栄誉のため、和歌の道に精進するという宿願成就がその背景にあると言えよう。勅撰集入集を願い、歌を読むためには草庵生活では成就できない限界があり、それから飛躍するために旅に出たと考えられよう。それは、勅撰集入集を願うという世俗の栄光、それを超脱できなかった西行の生き方とも重なるものである。
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鴨長明は久寿二年(1155)に、河合社(下鴨、賀茂御祖神社)の長継の次男として生まれたが、十代の終わりに父が死去、神官になる機会を失った。その後、河合社の人事異動に失敗したことを契機にして隠遁した。長明は日野に隠遁した間(1208~1216)に仏教説話集である発心集を編集し、中世随筆の代表作である方丈記、歌論書である無名抄を書いた。 発心集は僧·在家の仏教説話を収集したもので、編集意図は長明自身の発心のために書いた。本稿では、長明が方丈記を書いて発心集を編集したというのは仏道修行に徹底しない自分を自省し、仏教に徹底に帰依する過程を考察した。そのような過程を通じて編集した発心集の代表的な伝本である慶安本は長明と醍醐寺の資料交流という研究を土台にして醍醐寺の所蔵本である探要法華験記の排列と類似したことを確認したのである。
『헤이케모노가타리(平家物語) 』 호쥬지갓센(法住寺合戰)에 관한 고찰―「오코(ヲコ)」의 반전과 왕권(王権)의 향방―
한국일본학회 일본학보 제60권 2004.08 pp.339-353
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寿永二年十一月、木曾義仲が率いる武士集団は後白河院政と正面衝突をする。いわゆる法住寺合戦である。朝廷と武家のはじめての武力衝突は院方の惨敗に終わり、都の貴族はその結果に驚愕する。当時の貴族の衝撃ぶりは公卿日記や史料に数多く見られるが、嘆きに満ちた同時代の史料とは異なって『平家物語』の法住寺合戦関連記事は笑いに富んだ表現で敍述されている。法住寺合戦記事の笑話形式は笑いの対象を木曾義仲から平知康へ、そしてまた木曾義仲へ変えながら維持されているが、知康は「武」の実効性に気づいていない時代錯誤的な人物として、そして義仲は都の貴族社会に不慣れな田舎武者として笑いの対象になっている。この二人の「ヲコ」の反転は「王権」に瑕瑾を残すことなく合戦の惨敗を語り、そしてまた義仲の滅びと矛盾することなく一時的勝利を語るための一つの物語装置としてみごとに働いているといえる。
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『源氏物語』は近代小説とは異なる視点構造をもっている。本論文はその「作中世界」と「視点構造」とのかかわり方を分析し、平安時代の物語 テクストに内在する「語り」の特徴を解明しようとする試みである。論者はナラトロジー理論の分析方法を批判的に踏まえ、 <外部視点> <作中視点>と <外面焦点> <内面焦点>という視点に関する新たな枠組みを考案し、テクストに適用する。「日本叙事文」の文体的特徴は作中時空間の理想化・虚構化と要約されるが、 『源氏物語』 は、前代になかった新しいフィクションの世界を誕生させた。しかも作中人物については、超自然的な要素によって支配されるというよりは、人生と社会と自然の成り行きによって運命と出会う人間をリアルに描いている。『源氏物語』の与える感動は、まさにこの作中世界を、つねに揺れ動く視点構造によって、複雑で豊富な現実を表象しているところによるものといえる。視線の出発点である「視点」は一極に収斂されず多元的であり、「見る」「見られる」の関係が何重にも重なっていて重層的な視点構造となっている。物語のおもしろさは、実はこのような側面にある。 近代遠近法の絵画空間のアナロジーである近代小説のように、作中世界が単一な原理により支配される、 均質な空間ではない。この意味で、『源氏物語』など前近代の物語は近代小説に比べて、より豊富な意味の世界へわれわれ導くかもしれない。
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宗教は人に大きな影響を与えることが出来るが、逆に、人は宗教を自分なりに再解釈して自分を正当化することも出来る。李人稙は日本留学の時、又は1903年帰国後天理教に入信した可能性が高いが、彼も天理教の自己解釈により自分の親日を正当化したと見られる。彼のこのような傾向は『銀世界』にもそのまま反映され、玉男を親日人士として登場させたのではないかと思われる。
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大正期は言説空間の中で性欲と恋愛の関係が頻繁に議論された時期である。厨川白村は文学、思想的見地から恋愛至上主義を打ち出し、石原純は通俗性科学の立場から性欲の純粋な価値を説き、霊肉一致を主張した。両方とも恋愛と性欲の一致を擁護するという点では共通している。小説においても、一方では室生犀星「性の目覚める頃」の表のように女性を楽しむ青年が相変わらず登場するが、男性の女性に対する意識は明治時代とは異なる様相を呈してくる。霊と肉(性欲)の両方から女性を求めている男性が主人公に登場し、結婚はそれに到達する方法と位置づけられている。有島武郎「宣言」のA、志賀直哉「暗夜行路」の時任謙作もその一人である。ただこの場合、「霊」というのが、近代の初期坪内逍遥が主張したような、相手の人格・精神への敬慕を意味する場合もあるが、相手の美しさに惹かれることによって生ずる男性自身の精神的高揚ないし、情熱という感情を意味する場合が多い。また、肉体主義を打出しているような谷崎潤一郎「痴人の愛」は単に官能の追求と見やすいが、ナオミを美の天使に昇格させようとする譲治の想像力は逆説的ながら一種の肉体の霊化作業といえよう。谷崎も霊肉両方を意識する大正期の流れから完全に自由ではなかったことがうかがわれる。とはいえ、「暗夜行路」の後半に一対一関係への憧憬がもたらす葛藤と解決が描かれており、「痴人の愛」は精神を凌駕する官能を認めており、昭和以降人間の性意識が人間の実存の問題として取り組まれることを予感させている。
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夏目漱石は英国で狂気とまで見える程の甚だしい神経衰弱に悩み、結局は文部省から帰国の命令が下される。しかし帰国後、自分の作品の中に繰り返し神経衰弱の人物を登場させ、又自分の神経衰弱を公開的に言及しながらも、神経衰弱を自分の文学活動が出来るようにしてくれた「感謝の対象」とまで言い切っていた。当時漱石にとって神経衰弱の意味は精神異常のそれとは別のものであったと思われる。 最初、神経衰弱が日本に紹介された時は狂乱病の一種として受け止められた。それが文明開化期の明治期に入ってからは「アメリカ文明病」としての最新式の代名詞になったのである。漱石は小説の中で神経衰弱に近代文明病としてのイメージだけでなく、文明批評の意味をも付与し、西洋化の熱気に徐々に嫌気が差していた読者の目を引くことに成功した。日露戦争後の勝戦の雰囲気、その内以前とは違う新しい方向への価値基準を求める読者がある為に.、多様な形態の色彩を湛える脱俗的な芸術精神と時代精神までを神経衰弱という鏡を通して見せ、相変わらず魅力的な作家として残ることができたと思われる。 神経衰弱は作家以前の生活人としての彼には現実的な欲望からの挫折に伴う病気の側面もあった。漱石は明治近代化のイデオロギーから派生した立身出世主義と熾烈な生存競争から決して自由でいられなかったからである。それに立身出世の為の選択、特に英文学と政府高官の娘との結婚において相次いで挫折したことを彼の手紙や日記等の私的記録から確認できる.。留学末期の甚だしい神経衰弱もこれに起因すると思われる。 神経衰弱は漱石神話を作り出すのに相当寄与したに違いない。又近代国家の独自的な可能性をまじめに模索した日本近代文学の文豪である漱石を誕生させたとも言える。ところが、この神経衰弱の背景には立身出世への欲求と挫折という現実の暗い部分もあったのである。漱石にとって神経衰弱は反転されたと言えるであろう。
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本稿は三好達治が残した詩750余篇の中で韓国との関連詩6篇の「街」「冬の日」「鶏林口誦」「路傍吟」「丘上吟」「けふも旅ゆく」の意味構造を明らかにしたものである。その結果、次のような結論を得ることができた。 満19歳の時の詩「街」は朝鮮の咸鏡道会寧での作品で、山里を描いた。 当時の会寧の人々については二つのイメジとして描かれる.一つは,会寧の人々が過去に会寧と言う所がどういう所だったか気に求めずに忘れられ,限られた生活によって自らの生き方を持っている多少樂天的な人として描かれる.もう一つは懶惰な人というイメジである. “懶惰であり” という詩語が出てくるのは多少肯定的ではない表現であるが,三好達治が会寧の人々に対して支配者としての偏見は持っていなかったと判断できる. 典型的な景色描写に話者の想像力が加われた秀作であった. 一点鍾の詩4篇は共通的に朝鮮の長い歴史とそれについての詩人の合一化意志という中心主題を詠嘆に歌い上げたものである.こういうアングルはやはり韓国が当時,植民地であったという現実を全然考えなかったのである.達治の関心事は長い歴史の現場であった.その歴史的な空間に自分を没入させようとする明確な意志が確認された.そのことは達治のそのほかの既存の詩といっしょに考えるならば,中国との呼吸だけでなく,朝鮮の歷史或いはそれよりもっと広い視野,すなわち長久な歴史,普遍の価値とともにしたいという意志が明らかに提示されたと言える. 花筐の詩「けふも旅ゆく」も暗い詩的雰囲気が暗示するように,鳥類か花に自分の心情を仮託した歌と評価できる.前の測量船と一点鍾の詩よりは自分の生き方についての心境がもっと具体性を持って現れた作品と言える. 朝鮮の体験および朝鮮の紀行を通して当時支配者の身分であった達治の思想か意識がこれらの詩に反映されたものはない.ただし,一人の人間として眺めた朝鮮の景色が秀麗な詩語で表現されて,朝鮮の長い歴史そのものと一体化になりたいという事実を確認することができた.このことは詩人としての客観的な態度を持っていたというとことでその文学的な価値が認められると思う.
오토기조시 『덴구노다이리(天狗の內裏)』 位相論미나모토노요시쓰네(源義経)의 타계 편력 양상을 중심으로-
한국일본학회 일본학보 제60권 2004.08 pp.425-438
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室町中期頃の成立と見られるお伽草子『天狗の内裏』は牛若丸と呼ばれていた源義経が天狗の内裏と地獄を訪問し、最後は浄土にて父の源義朝に遭うというあらすじを有する。ところで本稿ではこの作品の主題として'義経の武勇譚並びに仏教の価値観の強調'を揚げる既存の評価への再考を試みようとした。つまり、作品に現われた他界遍歴の様相及びその性格を中心に、源義経の位相と物語の世界観について再考した。 『天狗の内裏』における義経の位相はお伽草子の他の判官物とは違う角度から論じられている。要するにここでは少年期に入って自らのアイデンティティを求めようとする義経の苦悩とその解決の過程を他界遍歴という象徴をもって示しているのである。言い換えれば『天狗の内裏』は判官物のうち、一番幼い頃の義経を主人公とすることからも分かるように、無力な少年である牛若丸がやがて源義経という立派な英雄になるまでの心理的な成長過程を描いた、いわば「成長小説」の性格を示していると言える。 一方、話の中に見られる天狗の内裏、地獄、浄土の構造ないしそこの住民の姿は確かに仏教的な世界観に基づいて築かれている。しかし、他界の具体的な様相とその性格は仏教の布教、あるいは教義の宣伝などといったいわゆる仏法の側面から離れたところで論じられる。即ち、物語においてこれらの空間は平家打倒の当為性と源氏執権の正統性を示す王法に支配される象徴空間であるといえる。
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『東方の門』は島崎藤村の未完の長編小說である。どころがそこには『巡禮』「雜記帳」など藤村が長い間 作品の構想をし續けた資料がたくさん殘っているだけ,藤村の精神世界を明らかにさせる思想が見つかる。『東方の門』と關連する資料の綿密な檢討作業を行った結果,『東方の門』の集筆の直接な動機となった南米·北米の旅で藤村の日本民族中心主義の思想が堅くなり,この思想が戰時體制下の藤村の行跡の中に貫いていることが把握される。また近代と中世が主なテ-マである「雜記帳」や『東方の門』を分析すると、ここでも日本民族中心主義の思想であるナショナリズが標榜されていることが分かり、『東方の門』とそれに關連する資料はナショナリズムという思想性を明らかにしていることが確かめられる。さて,このナショナリズムとは民族のアイデンティティのことで,自由と共に近代國家の原理である近代性を意味している.これは西歐の近代精神によって人として目覺めた藤村が近代精神に觸れてみるのが半生の學問の究極の目的であるほど追求した彼の生涯の文學的主題とも一致することで,藤村は一生近代性を志していたことが分かる.勿論ここには西歐思想の內在化によって自分また民族の正體性を探ろうとする藤村の西歐近代に對する絶えない注視と西歐近代の藤村に對する影響力がある.つまり『東方の門』の分析を通じて現れた藤村の思想性とはナショナリズムであるが,これは藤村が初期に追求した近代精神(自由)と近代性でつながっていることが分かる.ただし近代國民國家の必須條件であるナショリズムが膨張主義に進んで結局近代の破局に至ったように,藤村の近代性も日本中心主義のナショナリズムに向けられてから歪んでいく
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