Earticle

현재 위치 Home

일본학연구 [The Journal of Japanese Studies]

간행물 정보
  • 자료유형
    학술지
  • 발행기관
    단국대학교 동아시아인문융복합연구소(구 단국대학교 일본연구소) [Institute for Convergent Humanities in East Asia (ICHEA)]
  • pISSN
    1598-737X
  • eISSN
    2465-8448
  • 간기
    연3회
  • 수록기간
    1997 ~ 2026
  • 등재여부
    KCI 등재
  • 주제분류
    인문학 > 일본어와문학
  • 십진분류
    KDC 730 DDC 492
제18집 (24건)
No
1

7,200원

複合語の構成要素間ではアクセントの變化、連濁、促音化など多樣な語形變化が起きている。このような樣な變化は、基本的には構成要素間の結合のための指標として機能しているだけでなく、文體の表示、强調效果などいろんなきをしていることはすでに先行硏究によって明らかにされていると言ってもいい。しかし、このような語形變化がいつも規則的に起きているものではない。卽ち例外が現れているが、このような例外について妥な說力のある說明がなされているとは言えない狀態である。例外に對する代表的な說明として「意味制約」と「枝分かれ制約」をあげることができる。 促音の出現についてもやはり例外が現れているが、これに對する說明としても制約 理論は比較的有效に使われてはいるが、しかしいつも有效であるとは限らない。二字漢語の場合は、連濁、アクセントの統合と同じように例外の重要な要因として「意味制約」あげることができる。また他の要因としては「特定語形との關連」も考えられる。一方、三字漢語の場合は、アクセントの統合においては「枝分かれ制約」が例外の說明に大變有效な役割を果たしているが、促音においては、「枝分かれ制約」は全くと言っていいほど反例の說明に役に立たない。促音の場合は、「枝分かれ制約」に代わって「一次二次結合」の槪念が大變有效であると言えよう。また、このような「一次二次結合」は促音だけでなく、半濁音の出現や連濁に對しても有效である。結論的に、促音出現についてまとめてみると、基本的には內部の音聲環境によって決まるものであり、例外は大變少ない。少數の例外は、二字漢語の場合は「意味制約」と「特定語形との關連」をもって說明できるし、三字漢語の例外については、「一次ㆍ二次結合」理論が大變有效であると考えられる。

2

4,600원

本稿は『繁忙』を表す形容詞述語文について文型論の觀点から文の構造と語の意味との關係を分析考察したものである。 硏究の目的は、『繁忙』を表す形容詞述語と文型の把握、各文型と名詞句や形容詞述語の意味特徵ㆍ助詞の役割などとの關係の分析、『繁忙』の形容詞述語文の主要文型と用法及び文構造の特徵の把握、などである。 分析の結果、「繁忙」を表す形容詞述語文の主要な文型と用法として「N2はㆍが+N1で+形」文型は「繁忙」判斷の原因、「N2はㆍが+N1に+形」文型は「繁忙」判斷の單純對象、「N2は(が)+N1が+形」文型は「繁忙」判斷の總括的用法、「N1はㆍが+ 形」文型は「繁忙」判斷の總括的用法などがあることが分かった。また、「繁忙」を表す形容詞述語文のその他の主な特徵としては、根據や原因を表す助詞「で」と「に」の用法が多いこと、助詞「で」と「に」と「が」の交替の可能性と接点、2項目表現が壓倒的に多く見られること、3項目表現のN2項目とN3項目の順序の交替、などがあることが分かった。

3

5,500원

歷史的に、①可能の助動詞「レルㆍラレル(ユㆍラユ>ルㆍラル>ルルㆍラルル>レルㆍラレル)」は、もともと‘自發の否定’から‘可能の否定’へ發達したとされている。これは、意味的に‘事態が自然に起こらない’と言うことによって、‘そのようなことが起こり得ない’と可能の意味が導き出されたからであると考えられる。一方、②可能動詞、③「デキル」においてもこのような現象が見られる。つまり、①可能の助動詞「レルラレル」、②可能動詞、③「デキル」は、それぞれ、初めには否定と共起して不可能の意味を表しているのが壓倒的に多かったが、それが時間の流れとともに否定との共起は減っており、肯定との共起は增えている。 本稿では、その一環として、「可能の助動詞ㆍ可能動詞」と「デキル」を對象として明治以降、肯ㆍ否の比率變化について檢討してみた。その結果、兩者とも「可能+否定表現」から「可能+肯定表現」への推移を見せている。具體的に「可能の助動詞及び可能動詞」と「デキル」を比べてみると、「可能の助動詞及び可能動詞」より「デキル」のほうが肯定との共起比率が高く、否定との共起比率が低かった(<表1><圖1>と<表4><圖3>比較)。これは、「可能の助動詞及び可能動詞」より「デキル」のほうが肯定と共起しやすいとも言えるだろう。 なお、日本語の可能表現は、形態的には助動詞「レルㆍラレル」から「可能動詞」への推移しており、統語的には對象格が「ガ」格から「ヲ」格へ推移している。これとともに、意味的には不可能の意味から可能の意味へ變化していると言える。つまり、日本語の可能表現は總體的なレベルで變化していると言える。

4

5,400원

本硏究は在日コリアン一世の言語に注目し、その運用の實態を明らかにすることを目的とする。そのなかで、本稿では在日コリアン一世(以下、一世とする)の發話に見られる助詞に注目し、格助詞「に」と「で」を中心に、關連する事象を取上げながら記述を行った。一世の談話を基に、そこに現われた「に」と「で」に關わる不自然な表現のなかで、助詞間の交代例や脫落例、またそれに影響すると推測される諸要因を探った。 記述や分析の結果から、「で」の過剩使用、「に」を中心とした脫落現象が觀察され、そして母語からの轉移の可能性が垣間見られたが、その結果をまとめると次の通りになる。   まず、「で」の過剩使用が見られるが、それには<ユニット形成のストラテジ>が關っていると考えられる。具體的には、場所名詞や場所を表す指示詞の場合に「で」が後續する確立が高いことが分かった。それとは對照的に助詞「に」の場合、省略される傾向が顯著である。特に、目的を表す場合や慣用的な表現において脫落している例が多く見られる。最後に母語からの影響が考えられる例としては、助詞「へ」の不自然な使用に韓國語の「에(e)」が關わっている可能性から考察を行った。そのほかにも、日韓兩言語間において、類似した慣用的な表現に使用された助詞に韓國語の影響と思われる箇所が あった。  以上、3つの傾向が見られたが、全體の傾向からは方言圈において獨自のコミュニティをなしながら日本語を自然習得した一世ならではの特徵も確認できた。

5

6,600원

因果關係を持たない二つの事柄を條件形式で結んだ擬似條件文「pならばq」は、pという條件と、明示されないrを喚起させる情報としてqを言うことで、聞き手に傳 結論rを實行するようにときかける文であり、「pならば、qだから、r」からrを省略して作ったものである。ここのrは勸誘や許可などの形を取るため、條件形式は「なら」「たら」場合によっては「ば」が用いられている。これは、話し手は情報qをえ、rを敢えて言わないことで、聞き手がrに乘り出すかどうかは聞き手に任せる といった、婉曲的な思いやりの表現である。擬似讓步文「pてもq」は、「pても、q だから、r」からrが省略されて出來たものであるが、rへ影響が及ぼせなくなったpと、明示されないrを引き出させる理由としてのqを言うことで、pと相反している、話し手の確固たる主張の結論rを聞き手にえようとする文であり、rは斷定表現になっている。これは、pと相反するrにならせる理由qをえ、rを敢えて言わないことで、話し手自身の主張を和らげる婉曲的な表現である。本硏究を通して、「pならば、qだから、r」における、さまざまなqの意味役割のうち、情報の場合のみ擬似條件文「pならばq」になり、qが理由としてくのは擬似讓步文「pてもq」であることと、pとqの關わり方や、省略されたrの意味役割の如何によって擬似條件文か擬似讓步文かに分かれること、そしてこれらの兩方の文はともに相手への思いやりの表現であるということが明らかになった

6

5,200원

本硏究では、日本語には多くの慣用的表現がみられるが、韓國語では「虫」を用いた慣用的表現が見られないことから、日本人が「虫」という語をどう認識し、どう用いているのかについて考察を行った。日本語の「虫」を用いた複合語は、人間存在そのものを表し、意味としてはその人間の特徵や性質を表すことが分かった。日韓兩言語における大きい違いは見られなかったものの、「集中する」の意味として用いられた「」は韓國語でも同じ「」が用いられる反面、「そのような性質」という意味で用いられる「虫」は「~장이、~보」という日本語の「~屋」により近いことが分かった。慣用的表現として用いられる「虫」が表す意味をみると、「怒りㆍ圖しさㆍ氣分ㆍ氣持ちが惡い」など、そのニュアンスにおいては少しずつズレも見えたが、その意味は「心の狀態ㆍ動きㆍき」でまとめることができた。また、韓國語と比較してみた結果、これらの意味は全的にネガティブニュアンスを表すことがより明らかになった。韓國語では「怒りㆍ圖しさㆍ氣分ㆍ氣持ちが惡い」などの意味の言葉を直接用いることに反して、日本語では「虫」を用い、自分の感情、特に「怒り」の感情を表すことが分かった。以上の結果から日本人の思考において、「虫」は單純な小さい生き物ではなく、體內に住み、人間の感情を左右する存在であることが明らかになった。

7

5,200원

日本語の場合、固有色彩語の語彙分化が活發でないため、語彙分化の特徵及び對關係などを觀察していく對照硏究は困難であるが、本硏究では、韓ㆍ日兩語の固有色彩語に焦点を絞り、考察を進めてきた。その結果、以下の点が明確になった。  基本形色彩語からの語彙分化において、日本語とは比べものにならないほどの複雜な韓國語色彩語の特徵を見ていくことによって、兩言語の固有色彩語の語彙系の違いが明らかになった。また、兩言語の合成色彩語の造語規則が異なることが觀察できた。とくに、韓國語色彩語の語彙分化では、動詞または動詞成分を持つ要素と結合する場合は見られなかった。これに反して、日本語色彩語においては、動詞と結合する場合がある。以上は、色彩語という語彙分野で現れる興味深い結果だと考えられる。

8

5,400원

韓國における文字生活はハングル創製以來、基本的には漢字を用いて漢字語を表記しないハングル專用主義の傾向が强く、日常の言語生活における漢字の姿は少ない。なお、最近のインタネット普及の擴大を牛耳る若い世代の場合、ハングル專用の傾向と漢字回避はより强く、激しいスピドで深まる一方で、高等敎育を受けたものさえ漢字能力はさほどお高くないわけである。  韓國の中等敎育の日本語敎科における漢字敎育は二次から六次敎育課程にいたるまで日本の常用漢字の枠を離れたことがない。しかし、現在の高校の授業時間で常用漢字1945字を學習するには無理があるとの指摘が續き,七次敎育課程では表記用漢字733 字を制定し,漢字使用を制限することになった。『日本語Ⅰ』12種で實際用いられている漢字はその大部分が中學校の基礎漢字であり、日本の低學年配敎育漢字と重なる。字種の面だけから見れば、基礎漢字と日本の常用漢字ㆍ敎育漢字との重なりなど、確 かに非漢字圈の學習者より有利である。しかし、漢字學習では字種より漢字の使用實態が問題となる。 『日本語Ⅰ』で共通に用いられた漢字は1字では訓讀が、2字ㆍ3字では音讀が多いという特徵が見え、漢字の多樣な音讀と多樣な訓讀の使用がわかる。反面、韓國語漢字は一音一訓が基本であり、まして訓讀みはしない。韓國ではすべての漢字で書かれ得る語は韓國韓字音で讀める。從來の漢字學習では多音にたいする敎育はある程度なされていたが、訓讀漢字は漢字の領域では扱われていなかったようである。しかし、韓國語漢字にはない訓讀漢字にたいする基礎的な理解は必須的なものであり、何よりも 一字漢字は訓讀が多く、それが基本語彙とつながるということが問題の中心である。これは、單に字種や文字だけではなく、語彙敎育との連携でこそ漢字學習が解決できるということを表しているものである。基本語彙771語のうち漢字記が151語、1字訓讀が119語という事實も示唆するところ多い。  したがって、韓國の日本語敎育における漢字學習は、韓國語漢字の一音一訓を基にして、訓讀漢字も含んだ日本語漢字の多音多訓を受け入れるような指導法が必要とされる。なお、學習の際には字種や表記にとどまらず、「漢字+送り仮名」など實際的な語彙敎育へとつながる單語の形での提示が望まれる。

9

6,300원

日本語の學習の最大の目的は、聞くこと、讀むこと、書くこと、意思疏通の能力(四技能)、そして日本の文化を理解することである。本硏究では、日本語の學習における歌の敎育的價値を、學習者の聞くこと、讀むこと、書くこと、話すこと、文化理解的 側面からJ-popの敎育的價値及びその效果について理論的な考察を行った。  まず、聽解學習の敎育的價値を最大限にあげるための學習方法及び歌の選定の基準の考察を行った。歌を導入して聽解學習の效率を高めるためには、ただメロディを聞いてその發音と單語を聞く練習を行うだけでなく、歌を通して作家が傳達しようとする內容を把握することも必要である。以上のをふまえ『素敵な誕生日』のようなスタイルの歌が、もっとも好ましいと判斷し、この歌を選定した。  次に、讀解學習は歌詞をみて一般的な文章と同樣に讀む能力のみならず、歌詞を讀みその內容を正確かつ簡潔に要点を把握できる能力を伸ばす方向へ促すことが重要であると考え『3人の寫眞』のようなスタイルの歌を選定した。次に、會話學習において、歌は何よりも會話練習をすることにおいて、實際の會話での感覺を最大限に生かし、樂しく練習をすることが出來る曲であり、歌で覺えた歌詞をそのまま、實際の會話の中で使用することが出來る內容で構成されたものが望ましいと考える。以上をふ まえた上で『夢の中へ』がもっとも適していると判斷し選定した。  最後に、文化理解學習活動においては、敎育的價値を效果的に推し進めるために、歌の選定において、言語學的側面に重点を置くよりは、日本を理解するためには、日本語をより學びたいという學習動機を誘發する必要があると思う。以上をふまえた上で『マジで戀する五秒前』を選定した。  以上のように、日本語學習において歌を導入する場合には、5つの側面から學習指導法案及び敎育的價値を全て考慮しなければならない。

10

5,500원

江戶時代は徹底的な鎖國制を堅持していたので、異文化との接触はごく限られていた。長崎という場所に限定して交流が許されていたオランダと中國、その他に朝鮮との接触が全部である。このようにその規模は小さかったが、それでも江戶時代の民衆の<新しいもの>に對する知的好奇心はすごかった。  そのようにして行われた異文化の受容は二つに分けて考えてみることができる。したがって、この論文では江戶時代の異文化受容の樣相を、西洋文化と中國文化に分けて檢討してみた。そして、異文化の受容がまた日本文化に對する關心を呼び起こすきっかけになったという点にも注目した。文化受容の樣相のみならず、それによってあらわれた變化を世界觀、學問觀、文學觀、繪畵觀等に焦点を合わせて檢討する時も、いつもこのみっつの觀点を堅持しようと努めた。その結果、新しいものと古いもの、東洋的なものと西洋的なもの、中國的なものと日本的なもの、合理的なものと非合理的なもの、科學的なものと非科學的なもの、などが混在する江戶時代中期、とりわけ18世紀の日本の實狀を立體的に浮き彫りにすることができた。  また、18世紀の文化形成の過程において翻譯が大變重要な役割を果たしたという事實も確認することができた。日本文化の形成において、江戶時代ばかりではなく、近代、そして今日に至るまで、翻譯は大きな役割を果たしてきた。明治維新以後、徹底的な翻譯主義に基づいて近代化がなされたのはよく知られていることである。この論文では翻譯の大國ともいわれている日本の翻譯の歷史のなかで、ごく初期の樣子を考察することで、日本で早くから翻譯の重要性や價値が認めらるようになった背景も確 認することができた。  翻譯は異文化の交流と傳播のために避けてとおれない過程のひとつである。また翻譯者は先端の文化に逸早く触接できる特權をえられた人である。したがって、日本における翻譯の初期段階を檢討した今回の硏究は、たまに翻譯の仕事に携わったりする筆者をして、翻譯者としての使命感と共に責任感を痛感させ、また自負心を持たせるきっかけにもなった。要するに、翻譯家とは文化の共有を通じて世界化に寄する人たちとも云えそうだ。

11

7,000원

何故夏目漱石が後世の我にこれほどまでに讀まれるのか。讀者は漱石の人生に、引き裂かれた2極分解を見て、そこに何か自分でも言いたくなるような氣持ちにさせられるからに外ならない。 すでに「帝國主義」の段階に入った大英帝國で「近代化」を見つめ、「自由、平等、友愛を揭げた個人主義」を見つめながら、「個人の上に大きくのしかかる國家」を意識した夏目漱石、最初の引き裂き。20世紀に生きる人間は決してこの狀況を超越することはできない。個人はあくまでこの狀況を批判しつづけることを選ぶのみ。 夏目金之助という個人は、原家と夏目家の間であたかも金で賣買されたかの如き引き裂き。「個人の個性」とは崇高ではなかった。「金之助」から「漱石」への置き換えにこそ、氏の引き裂きを我は觀ることができる。 親友子規臨終に際し、子規が待ち望んだロンドンからの金之助の返事をどうしても書けなかった負い目は、漱石を生涯苦しめた。親友子規の「個性」を意圖せずに「踏みつけて」しまった後悔は生涯漱石を苦しめた。 東京帝國大學敎授の席から、朝日新聞に轉身した經過は、「漱石」という商品を「大學屋」から「新聞屋」へと賣り渡したと淡と語る。「國家」から自由になり、「國家」を見つめようとした漱石。「思想家」漱石と「小說家」漱石。「ドイツ觀念論」への「イギリス經驗論」からの批判。「精神と肉體」に關する一元論か二元論かの間で、大きく搖れ動く。世界は生成變化する運動の連續としてとらえるべきだ、アインシュタイン相對性理論を寺田寅彦に紹介した漱石。『三四郞』ではフロイトの意識と無意識の間からみる現實に關して讀者に問題を喚起しながら、そこまでに留まっている。 漱石は私的所有と貨幣の問題をすべての小說の根底に据えながら、自ら明確な答えを出そうとはしていない。漱石はカルマルクスを通じ、「貨幣と商品」の問題、「貧富の差と階級制度」の資本主義的眞實を見つめようとしてはいたが、彼の足はそこまでであった。漱石の小說には、進化論的發展はない。「漱石」という場が、二つの極へ分離しようとする力と、一つの力であろうとするか桔抗の中で終わっている。讀者はそこに近代知識人の葛藤を觀て、自分も何か言いたくなる。漱石の作品とはそういう 魅力を持っている。

12

5,500원

有島武郞は約10年間(1899年から1909年まで)に亘るキリスト敎信仰生活を終え、元の「嬰兒」に戾ろうとしたのである。紆余曲折の中やっとの思いでキリスト敎背敎の宣言を公にした有島は、それだけで大きな事件であり、畵期的な精神上の變貌を意味する出來事でもある。有島はなぜこのようにして背敎宣言をしてしまったのだろうか。この論文はこのような有島の背敎問題について、その意味と背敎しなければならなった精神的苦惱の實體を考察してみた。  キリスト敎入信の時は、罪からの解放の糸口だったその信仰が10年後、もう重荷になってしまたのである。罪なる<肉>からの解放、「同情」の實現、キリストの神と自らみていた「神」とのずれなどがより鮮明にされてきた以上、有島はもうこれ以上キリスト敎の信仰生活を續けることが苦惱でしかありえなかったのである。 つまり、「罪」に對する疑問は、キリスト敎の神を通して、「人」の〈肉〉の問題が救濟され得ないことの認識、すなわち、キリスト敎そのものによって、眞の「同情」が實現されないことを意味する。このように、有島が背敎のことを決心したのは、キリスト敎の「僞善」的な面(眞の「同情」の實現をキリスト敎の中で見いだせなかったこと)、及び自分自身のキリスト敎徒としての「僞善」(同じく、有島自身も眞の「同情」が實現されることが出來なかったこと)を見出したが、何よりも有島自身その「僞善」に堪えきれない性格が結局の所、キリスト敎から離れなければならないようにいたわけである。結局、有島はキリスト敎を通して「同情」を實現することの不可能を知り、キリスト敎から離れることを決心するに至るのである。だからといって、有島はこの「同情」のことまで放り出したのではない。キリスト敎を離れた有島は、この「同情」の問題を文學を通して考えはじめることになったのである。

13

5,700원

堀辰雄の代表作『風立ちぬ』は、「序曲」「春」「風立ちぬ」「冬」「死のかげの谷」の5章で構成されている。作品を構成するこれらの各章は、初から一連の作品構想によって書かれたのではなく、實に3年の月日を書けて、それぞれ獨立した短編小說として書かれた作品だったのである。しかし、從來の堀辰雄硏究では、後に『風立ちぬ』の各章を成すこれらの短編小說を完結版『風立ちぬ』の下書き、或はその未完成の形態としてみなし、これら各章の短編小說としての讀みの可能性を抹消し、專ら完結 版『風立ちぬ』のみを堀辰雄の“風立ちぬ”として取り扱ってきた。だが、堀辰雄が自ら編んだ作品集を見ても、むしろ作家は多樣な形態の“風立ちぬ”を世に出してきたのであり、これらの初出形態の作品をそれぞれ自立した一編の短編小說として扱ってきたのが窺えるのである。從って、本稿では、堀辰雄が初めて“風立ちぬ”という題目を附けて雜誌に發表した雜誌初出形態の「風立ちぬ」を短編小說とみなしその作品分析を試みた。  その分析結果、初出版「風立ちぬ」の語りが死者への呼びかけから始められていることや文體の特性が時間へ抵抗的なことなどからして初出版「風立ちぬ」が「鎭魂的 な要素」を多分に持っていることを明らかにした。節子は死に行く者として「今の生活」に滿足していることを自ら語り、この節子の言葉によって生き殘る者である〈私〉は「もっと切ない感動」を得ることで初出版「風立ちぬ」の物語世界は終わる。物語世界のなかで語られている〈私〉が節子の死を追體驗した後、最終的に彼女によって新たな「幸福」を見出している物語世界內の〈私〉とこの物語を語っている語り手「私」との距離は狹められることで初出版「風立ちぬ」の語り自體も閉じられていくのである。このように、初出版「風立ちぬ」の特徵として、物語世界においても語りにおいても、自己完結的に閉じられていることを擧げられるのである。

14

6,300원

日本のアニメション(Japanimation)が日本人だけではなく、世界人の關心の中で非常に人氣があったというのはよく知られていることである。その成功秘訣はだいたい次の三つの要因がある。第一は、觀客たちが共感することができる主題要素を描き出すイメジを非常に多彩的な構成方式で製作して、人類の普遍的な値をイメジ化しながら、主題要素を表わす優秀性にある。特に、時空を超越するストリを展開 させながらも現實性に共感基調を形成させているし、人類が志向しなければならない「共同の未來鄕」を提示することで新しい世界の誕生を希望する。二番目は、アニメション作品が發賣開始される前から作品を廣報するなど、戰略的で積極的にマケティングして來た結果だと言える。そして、三番目は、一步進んでキャラクタ商品を開發して、第一次的な作品の關心の余韻が消える前にキャラクタ産業にまで連結させる「製作システム」が完璧に裝着されているという点にある。 宮崎の作品で判斷される作品と現實世界との距離は、常に、現代を振り返るようにする課題を抱かれてくれる。例えば、彼の作中の事件は現實の中でも發生するかに對する警鐘を提示するために現實世界の直前の過去が分かりたくする一方、そういう問題を解決することができる解決の糸口としての鳥瞰圖の役目をしたりする。  日本アニメション(Japanimation)が世界的な位置を占める比重はより一層大きくなるということを考えれば、日本の大衆文化が國際的に市場に進出しながらアメリカによる「文化帝國化」を牽制しながら、人類の普遍志向を主なメッセジにして、文化の多樣性を試みている

15

5,500원

本稿は、宮崎駿監督の代表作『千と千尋の神隱し』を一個のテクストとして「讀む」試みを通じて、その謎と魅力の一端を解明しようとしたものである。なかでもとくに<嘔吐>と<分身>という、この作品を決定する/支配する二つの主題に焦點をおいてテクスト分析を行い、新たな解釋を加えた。 『千と千尋の神隱し』は決した見た目ほど單純ではない。そこでは、二重のプロセスによって物語が錯綜しつつも、いかなる破綻もせず見事に組織化されている。表面上 は凡庸で使い古された「日常性の喪失と回復」ないし「自己の疎外とその克服」の說話論的構造があくまでも維持されながら、その實、そのプロットが主題論的に巧妙にずらされ、轉倒されていたのである。かくして『千と千尋の神隱し』には分裂し、決定不能となった<二重の自己>の物語あるいは自己に關する不安を主題化した<二重の 物語>があった。そのため、この物語ではいかなるものも明確な自己、つまりアイデンティティを持つことができず、つねに宙吊りになり、決定不可能となる。そしてその擧げ句に物語は解決不可能な<謎>のまま殘されている。だがしかし、こうした解決不可能な<謎>こそがこの作品のすぐれて<現代的>な本質をなすものであり、これは注目に値する。 いずれにせよ、『千と千尋の神隱し』の主題論的系列の中に橫たわっているのはアイデンティティの問題といってよい。だが、注意すべきはその問題さえも「自己探し」といったたぐいのものとはまったく無緣であるということだ。むしろそこには家族的なきずなとアイデンティティに關する現代人の深い不安とが見事に形象化されており、これこそ傑作と呼ばれる所以ではなかったのか。

16

5,500원

Hideyoshi denounced Ming China as a “long sleeved country” that should be replaced with “a country of vigorous martial arts” — a country that saw itself as “the country of the gods,” or shinkoku. Against a backdrop of such ideological perceptions entwined with the myth of Empress Jingu’s subjugation of “Korean kingdoms,” Hideyoshi invaded Korea and ruined its land and people. Japanese soldiers, who sought divine protection within the cocoon of mythological worldview that featured faith in Hichiman the Great Bodhisattva (the divine manifestation of Empress Jingu’s son Ojin), inflicted unspeakable agony upon the Korean people. The war atrocities which the Japanese troops committed in Korea were even likened to being a “matsuri of blood” dedicated to the glory of their Hachiman and other military gods. Nevertheless, the Japanese manㆍhunters were not immune from the fear of the Korean “vengeful spirits” which they caused to proliferate, and this fear, at a collective level, eventually led to the performance of pacificatory rituals (Segakie) designed to alleviate the “tatari” of unfortunate Korean souls and to the building of the “Mound of Ears” for them. The “Mound of Ears” in Kyoto (a misnomer of a “mound of noses”) was a product of the effort to get rid of the trauma arising from the senseless killings of hundreds of thousands of innocent Koreans. Religion was an element inseparable from Hideyoshi’s war of atrocity in Korea.

17

6,300원

太平洋戰爭後、靖國神社は國家神道の主要神社から一宗敎法人となった。しかし戰後、日本政府は憲法に違反しながらも、戰沒者を靖國神社に合祀することに協力してきた。それだけではなく靖國神社を國家の追悼施設としようという「靖國神社法案」が國會に提出され、それが挫折するや、首相の公式參拜定例化という運動が遺族會を中心に進められてきた。アジアからの强い反對にも關わらず續けられている小泉首相の靖國神社參拜は、目に見えない明確な目的を持って行われている。それは、靖國神社を復活させ、現實的に國家の追悼施設としようという目的である。その手始めとして、天皇の靖國神社參拜を實現させようという發言がなされ、それを全面的に否定しない政府見解などが發表されたことを考えるとき、靖國神社を戰前のように復活させようとしている自民党を中心とした保守右翼陣營の意圖を讀み取ることができる。しかし靖國神社の招魂、慰靈、顯彰、合祀という一連の宗敎行事に內在する戰爭美化思想の危險性、韓國との歷史的關係から見る靖國神社とアジアとの對立性、日本國內で續く首相の靖國參に對する違憲判決、この問題をめぐる韓中と日本の外交摩擦などを考えるとき、自民党の意圖通りに靖國神社を復活させることは容易ではない。小泉首相の靖國神社參拜論理も、韓國と中國の激しい反對にぶつかって動搖し始めている。しかし、日本國內外での自民党の靖國復活に反對する活動が弱まるとき、自民党は自らの目標をたやすく達成するであろう。そのような意味で、靖國神社問題の本質を見つめつつ、的確な對處をしていくことが緊要であると言える。

18

6,000원

この硏究では、日本ファシズム期において天皇制イデオロギが民衆のなかにいかに浸透され、民衆の自發的な支持と同意をいかにして得ることが可能であったの問題を國家神道と民俗宗敎との關係で檢討したものである。  國家神道は日本の傳統的な神社と皇室神道を統合ㆍ再編して形成された天皇制イデオロギの主要な構成要素として、特に15年戰爭期には日本人の精神的な內面世界を拘束しながら至大な影響をおよぼしたものであった。したがって、民衆の自發性を引き出す要因は何であったかを具體的に檢討するためには、傳統的な民俗宗敎のなかに深く根を降ろしてきた神社神道を統合ㆍ再編し、これを通じて自發的な忠誠と支持を調達した國家神道の展開過程に注目せざるを得ないだろう。  こうした認識から見るとき、國家神道のイデオロギは傳統的な民俗信仰としての「御靈信仰」「生き神信仰」「祖先崇拜」などを巧妙に利用して吸收し、それが新たに創出された「幻像の構築物」であることを隱蔽し、まるで先驗的な存在していたかのように信込じませて自發的な支持を確保することができたのである。「現人神」天皇に對する崇拜は「生き神信仰」と結び付き、「敬神崇祖」の觀念は「祖先崇」と結び付いて民衆の自發的な支持と同意を引き出す文化的、社會的な土台になったのである。

19

8,100원

Yanagi Muneyoshi (柳宗悅, 1889-1961) is a modern Japanese thinker who developed ideas with consistent concerns about achieving and performing the understanding of truth which could even overcome differentiation between the East and the West in universal value, or absolute universality for human beings and the world and the most ultimate fundamentals. The ultimate fundamentals mean all of the ultimate and fundamental basis, the final attainment through the pursuit of an object, and properties, structure, values, and objects of the area. Therefore, the ultimate fundamentals refer to Idea from the Western viewpoint of Plato and the world of dao from the Oriental perspective of Lao-Chung. He made such great efforts to achieve the ultimate fundamentals because he was aware of limitations and irrationality of modernization of the East based on Westernization through Western forces governing the East and Western modernism based on rationality and there was strong association between 'establishment of his identity as a human being' and the resultant issue of achieving the 'quality of life.' Right here, the thought of Yanagi has modern significance established because such a fundamental attitude of Yanagi is now the pioneer basis for all of us when both globalization and localization develop. The 'living or religious fundamentals' Yanagi recognized through extensive reading of Eastern and Western mysticism include oneness, nothingness, sameness, mutual sameness, non-difference, neutrality, and emptiness, all of which exist in the area beyond the boundaries of logic, judgement, and thinking of human beings as essence and real divine nature, or divinity. The ultimate fundamentals he became aware of through researches in beauty of folk crafts and common things of Chosun were commonness and tranquility. Besides, the ultimate fundamentals he became aware of during the process of establish Buddhist aesthetics were non-difference and the greatest possibility. Each of these expressions Yanagi became aware of through each area indicates a certain part of the ultimate fundamentals: for example, non-difference and mutual sameness refer to relations between components of the ultimate fundamentals; neutrality, commonness, and tranquility refer to the ideal state of components of the ultimate fundamentals; nothingness and emptiness refer to existence types of the ultimate fundamentals; sameness and the greatest possibility refer to the optimal state of the ultimate fundamentals; and finally, oneness refer to an ultimately fundamental object itself. From the methods and results of his research in the ultimate fundamentals, Yanagi suggests the following: this world reveals two sensible phenomena, which were originally the same thing, or oneness. However, since this one fundamental world is invisible, we also have to use the ability of intellectual intuition, which is the best ability of awareness related to the mind invisible to us. If one considers both sides in each situation (neutrality) using the ability, he or she becomes aware of truth attainment which can satisfy both of them; this boundary is the area where goodness, beautifulness, and rightness based on balance are realized all at once and emptiness which is the fundamental area of divinity and divine nature, or the ultimate target of the fundamentals, can be reached through repetitive efforts toward such a fundamental area. If this boundary of emptiness is reached, the greatest possibility is generated to realize all ideals and values of human beings as done by divinities; the boundary can be shared between human beings and divinities but we have to abandon ourselves in front of it since its basis is divine. This is because we can make us greater and more righteous and achieve the maximum of true self. As all these things related to the fundamentals could be recognized by Chosun art as a particular thing and by industrial arts (folk crafts) as general one, he suggested that only the pattern might have a cultural position of true art to enable restoration of humane life, additionally presenting the fundamentals and practical methods for our fundamental life.

20

6,100원

今日の廣告コミュニケションは、多くの女性をそのタケットとしている。マスメディアは每日、女性としての生き方を親切かつ一生懸命に指南している。このようなメッセジは、TVドラマや廣告、そして女性雜誌などを通して絶え間なく續いている。多くに場合、廣告における女性のイメジとは、主體的な個人というよりは消費者としてのマケティング對象として表現されている。しかし、最近の女性は、受動 的で依存的な存在から堂たる生活の主體者として變化している。  こうした脈絡から、近代女性雜誌の廣告にあらわれた女性のイメジの變化とは何かを日本と韓國兩國の近代化過程と經驗においてのメディアの役割を比較するのは意味深いことであろう。雜誌という近代的メディアと廣告という西洋文化の經驗を受け入れる過程で女性をいかに表現していたのかいてみたい。 この硏究は、女性のイメジが近代化のなかで、兩國の代表的な女性雜誌に揭載された廣告を比較した。1934年創刊の<Shufunotomo(主婦之友)>(日本)と、韓國で1933 年1月から1936年10月まで發行された<Shingajung(新家庭)>が分析對象であった。  結果は樣な女性のイメジを示している。それらは、西洋風のイメジ、モダンガルのイメジ、日本風のイメジ、傳統的な韓國のイメジ、身體的イメジでる。石田(石田あゆう、2004)による硏究からもわかるように、1930年代における女性の美に關す關心は、現代とあまり變わらず、絶え間なく女性に對する廣告メッセジを出しいる。その過程で、廣告は說得力があるコミュニケションの一つとして、樣なの女性のイメジの表現していた事實であろう。さらなる硏究において、この硏究は異文化間の硏究に役立つであろう。

21

5,700원

The purpose of this study is to analyze the characteristics of cultural consumption pattern in Japan seen through hallyu, or 'Korean Wave'. For the study of hallyu as a subject matter, our research perspectives are threefold: first, hallyu is considered as a phenomenon of cultural appropriation of other culture; second, the anthropological approach should be exclusively exploited; third, distinctive behavior and thought of Japanese hallyu fan are the objectives of our study. Japanese hallyu began with the popularity of Korean television drama, Gyeoul Yeonga or Winter Sonata, and it witnessed the change of Japanese tastes for mass cultures from the Western orientation to the diverse expedition. For this study we collected data through various research methods focusing on primary sources; interviews with Japanese through internet homepages and direct meeting and distributing questionnaires through internet. The main argument of this study consists of two points. First, hallyu should be understood in light of Japanese cultural context. Our analysis has shown that the consumption pattern of Korean mass culture by Japanese is distinctively a new form but well expected under the rubric of Japanese cultural pattern. Second, many of Japanese consumers of hallyu try to re-establish their identities by enhancing old values and worldviews, interpersonal relationship based on mutual commitment and love which are thought to be already gone in the contemporary society. The ultimate goal of this study is to make Koreans understand Japanese people and culture that consume hallyu in a unique way from Korean's point of view but a predictable one seen through Japanese eyes.

22

5,800원

Even though there have been many studies about the activities of Japanese business associations from various perspectives, almost none of these have done empirical research about the effect of the activity of business association on the industry. Focusing on Japanese manufacturing industry, this study empirically analyzes the effect of the activities of business associations on the profitability. Major findings of this study are; (i) budget size (which is supposed to measure the activities of business associations) has statistically significant positive effect on the price-cost margin ; (ii) the effect of activities of business associations on the price-cost margin becomes smaller as the production scale of companies becomes larger; and (iii) factors such as production scale of companies, capital coefficient, R&D investment ratio, growth rate also have statistically significant positive effects on the price-cost margin.

23

7,800원

Workers’ participation in management, which has become popular through changes in production methods and management strategies since 1990, revives academic interests in theories on industrial relations and practices in workplaces. This study analyses the Japanese models of workers' participation in terms of industrial democracy. It shows how the models of workers' participation in Japan are affected by their unions, and particularly, which organizational structure of labor unions contributes to development of the workers' participation model in Japan. In addition, this study tries to develop an analytic model of workers' participation models in Japan in terms of industrial democracy, while it seeks how workers’ interests inside companies is organized and mobilized. In this study, the concept of workers' participation is newly defined in terms of industrial democracy which is differentiated from that of economic democracy. Based on this new definition of workers' participation, this study suggests a model of workers’ participation by mobilization to explain the workers' participation in Japan. In conclusion, workers' participation in Japanese companies is developed as a shape of mobilization only for managerial purposes. And the development of workers’ participation in management within Japanese companies, which can be categorized as “participation in management by mobilization,” is produced by power relations between labor and management and the role of trade unions.

24

7,000원

 
페이지 저장