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일본근대학연구 [ILBON KUNDAEHAK YUNGU ; The Journal of Korean Association of Modern Japanology]

간행물 정보
  • 자료유형
    학술지
  • 발행기관
    한국일본근대학회 [The Japanese Modern Association of Korea]
  • pISSN
    1229-9456
  • 간기
    계간
  • 수록기간
    2000 ~ 2019
  • 주제분류
    인문학 > 일본어와문학
  • 십진분류
    KDC 830 DDC 895
제15집 (17건)
No

심포지엄

1

‘한류 붐’과 한반도 이미지의 양극화 현상 고찰

고길희

한국일본근대학회 일본근대학연구 제15집 2007.02 pp.5-26

※ 원문제공기관과의 협약기간이 종료되어 열람이 제한될 수 있습니다.

2

한류와 한일 민족의 계통관계 인식

세키네 히데유키

한국일본근대학회 일본근대학연구 제15집 2007.02 pp.27-40

※ 원문제공기관과의 협약기간이 종료되어 열람이 제한될 수 있습니다.

3

日本書紀の一人称代名詞について - 「吾」「我」の使い分けを中心に -

朴美賢

한국일본근대학회 일본근대학연구 제15집 2007.02 pp.41-60

※ 원문제공기관과의 협약기간이 종료되어 열람이 제한될 수 있습니다.

日本書紀における一人称代名詞のうち、「吾」「我」は區分なく用いられていると見られがちであるが, 格や待遇關係や文の種類において相異が見られる。  格に注目して見ると、「吾」は主格に多く用いられ、目的格の使用が少ない。しかし中國人述作と言 われるα群では異例が少なく、日本人述作と言われるβ群に異例が多く見られる。連体修飾格の場合、修飾される語彙に差異があり、「吾」は親族・身心・所有物の」類に、「我」は祖先・民・君主・國などのⅡ類に、という編者の意識的な使い分けが見られる。  待遇關係を中心に見ると、α群では上位に對して「吾」はあまり用いられないなど、漢籍と基本的に 同樣である。しかしβ群では、「吾」は上位に對しても用いられている。これは古事記などの上代文獻 と同樣な用い方であり、和習とも言える。また文の種類によって、勅には「吾」、詔には「我」という使い分けが見られる。  以上のように「吾」「我」は連体修飾格や文の種類によっては編者の意識的な使い分けが見られる。そして待遇關係や格によっては中國では見られない和習がβ郡に見えることから、「吾」「我」には編纂の過程による差が反映されていると言える。

4

『捷解新語』の語彙考 ー 副詞を中心に ー

朴才煥

한국일본근대학회 일본근대학연구 제15집 2007.02 pp.61-73

※ 원문제공기관과의 협약기간이 종료되어 열람이 제한될 수 있습니다.

本稿は󰡔捷解新語󰡕の語彙のうち副詞について考察を行う。いままで個別の副詞の語誌的觀点からの究を進めてきたが、今までの成果をまとめるとともに󰡔捷解新語󰡕全体の副詞の使用狀況を把握することを目的とする。󰡔捷解新語󰡕の副詞について、特に、意味変化の觀点で今まで進めてきた硏究をまとめてみたのと、今後の課題について簡單ながら触れてみたものである。そのうち「いま」「うみやまに」「いかにも」「しだいに」については十四世紀から十九世紀までの日本の口語体の文獻を中心に調査を行いその意味用法について究明したい。その結果はいままでの硏究成果と合わせて󰡔捷解新語󰡕の日本語史硏究資料としての価値を高められるものと期待している。改修本以降変化の見られる副詞のなかで改められた理由がはっきりしないものも多く見られる。なかには“折り目正しい”という、いわゆる規範意識の働きで、俗語よりも規範性の高い語(漢語․雅語)を改修本以降に出しているものもあるようで、そういう觀点ー文脈などーでの硏究も進めていきたい。

5

複合動詞の結合性と意味特徵

李暻洙

한국일본근대학회 일본근대학연구 제15집 2007.02 pp.75-97

※ 원문제공기관과의 협약기간이 종료되어 열람이 제한될 수 있습니다.

本論文は複合動詞の結合性と意味特徵を調べるのである。特に、統語的複合動詞の基準を決めるの に重要な手がかりはテストフレイムを實施することである。その一つは文法的要素の挿入というテス ト、もう一つは後項動詞を除去した場合文の成立というテストを通して確認できる。基本的テストか ら分かったことは複合動詞の結合性と意味は深い關わりがあるということである。語彙的複合動詞は 二つの動詞の間の結合性が强く、後項動詞の意味も多樣である。統語的複合動詞は二つの動詞の間の 結合が緩く、意味も透明である。結合性の弱いものは意味も單純であるが、結合性の强いものは意味 も複雜であることが分かった。さらに複合動詞には結合性の强いものと弱いものが同時に存在してい ることも分かった。語彙的複合動詞の意味特徵は並列の意味と逆轉の意味が代表的であるが、統語的 複合動詞の特徵としては文の構造を成すというものであった。こういう複合動詞の結合性と意味特徵 は日本語敎育に応用できる。實際の日本語敎育おける複合動詞は多樣な意味用法を持っているのを体 系的に敎える必要がある。時代が変化すればするほど多樣な動詞と動詞の結合が作られる可能性が高 いからである。こういうことも動詞と動詞の結合が可能な場合と不可能な場合を把握することは統語 性の複合動詞と語彙性の複合動詞を區別できれば解決できるものである。さらに結合性と意味の相關 關係が分かればどんな複合動詞でも理解できる。

6

助動詞「れる․られる」の意味分類再考

河京勳

한국일본근대학회 일본근대학연구 제15집 2007.02 pp.99-114

※ 원문제공기관과의 협약기간이 종료되어 열람이 제한될 수 있습니다.

助動詞「れる․られる」には4つの意味、つまり受身․可能․尊敬․自發の意味があるが、今までの硏究を見ると文に現れる助動詞「れる․られる」一つに對しては一つの意味しか賦與していない。そのため時には解釋において曖昧な場合が生じるケースが多いことも事實であり、そのような場合解釋が難しくなるため「曖昧」な表現として扱うのが常である。事實、助動詞「れる․られる」は4つの意味を有しているため「曖昧」な場合がないわけではない。本稿では「曖昧」とされる部分の中で、できるだけ「曖昧」ということばを使わず、意味を分類することを目標とする。  たとえば、次のような會話が考えられる。 先生:「そこには私も行けるかね。」 學生:「もちろんいらっしゃれます。」 この場合、「行く」の尊敬語として「いらっしゃる」が用いられ、それに續いて可能の意味を表わすため 可能動詞が使われている。つまり尊敬語に可能形が接續した形となっている。次のような用例も考え られる。學生:「先生、今日の夕方ご都合はいかがですか。實は今日の夕方、ホテルでパーティーが 開かれますがいかがですか。」先生:「そこは私も行ける所ですかね。」學生:「もちろん先生さえ宜しければ行かれますとも。」學生の會話文に見られる助動詞「れる」の用例に對して從來行われている意味解釋では可能として扱われるのが普通であるが、そうした場合果たして可能の意味だけでいいのであろうか。この會話文を見ると先生と學生の間に交わされている話は全體を通して學生が先生に對して尊敬語を用いていると考えられる。ところが可能だけの意味で解釋するとこの會話で「行かれます」の部分だけが尊敬語を用いないでいることになってしまう。なぜ可能を表わすときには尊敬の意味が消えてしまうのか。本稿ではその原因を探りながら從來の意味分類の問題點を示した後、いまだ觸れていない新しい助動詞「れる․られる」の意味分類を試みる。

7

中學校 敎科書의 敬語表現 實態에 대하여

金昌烈

한국일본근대학회 일본근대학연구 제15집 2007.02 pp.115-129

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本稿は、日本の學校敎育において敬語敎育及び日常での敬語使用がどのように指導され、使用され ているかを中學校國語敎科書及び學習指導要領と、また、日本の文化廳から每年實施されている[國 語に關する世論調査]を參考にし、その實態を調査したものである。本稿に中學國語敎科書と文化廳 の資料を活用したのは、中學生は事物にたいする認識の敏感な年齡で、生活環境の變化のせいか言葉 の亂れが指摘されることと、學校と文化廳という機關は國家機關で、國家の言語政策が反映されてい ると思うからである。また、年齡層別による敬語表現及び意識の實態調査は實用敬語敎育にも役立つ であろうと思う。學校敎育での敬語關連事項は、指導內容と範圍まで言及されていて、國語敎科書に も學年別に文法の範疇內での敬語形式と表現が引用されている。これは 中學校での敬語表現にたい する理論敎育が政策的になされていることを表していると思う。にもかかわらず、日常での中學生程 度の年齡層の敬語表現が不適切であることは、敬語に對する認識の缺如と生活化の不足だと思われ る。世論調査の年齡層の實態では、30代,40代,50代のほうが、また、男性より女性のほうが敬語表現 を生活化していて、10代, 60代はデーター上では敬語使用の頻度が低くなっている。中年層で敬語が 多く使われているのは、効率的な社會生活のためだと思われる。また、男性より女性のほうがよく敬 語を使うのは、日本語の特徵のひとつである性別による位相語の影響だと思う。一方10代と老年層で 似たような敬語の使用頻度は、10代はまず、敬語意識の不足と生活環境の影響であり、老年層は必要 性の缺如からくる結果だとみられる。學校敎育での望ましい敬語敎育は文字を中心とする理論敎育に とどまらず、敬語の意識敎育、場面による音聲敎育、また家庭․社會環境を踏まえたうえで行われる 必要があると思われる。

8

韓日動詞の對照硏究 ― 韓國語の「漢語+hada」動詞に對応する日本語の動詞を中心として ―

裵晋影

한국일본근대학회 일본근대학연구 제15집 2007.02 pp.131-143

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け、漢語動詞の動詞化は、韓日兩言語共の形態的・語彙的な類似により、兩言語の學習者の學習力 が高い。しかし、このような類似により、兩言語の相違した語彙でも用いることがしばしば見られ る。また、類似した漢語の語彙により、固有語動詞より形態的にも類似している漢語動詞をより用い る傾向がある。そこで、本硏究では、韓國語の「漢語動詞」に對し、どのような日本語の動詞が用いら れているか、韓國語の「漢語動詞」を中心に、それに對応する、日本語の動詞の傾向について見た。ま た、韓國語の漢語動詞に對する日本語の同形漢語動詞と固有語動詞が兩立する、日本語の對応につい ても見た。  韓國語の漢語動詞に對する日本語の對応については、韓國語と同形の漢語動詞が對応する割合が著 しく高く、割合のみでみると、韓國語で用いられている漢語動詞をそのまま日本語で用いても80%以 上もカバーできることが確かめられた。しかし、これらの中には、同形漢語動詞と並んで固有語動詞 も用いられる場合が多いのには、注意を要する。そこで、韓國語の漢語動詞に對する日本語の同形漢 語動詞と固有語動詞が兩立する日本語の對応語の使用頻度を比較してみた結果、固有語動詞は同形漢 語に劣らない使用頻度を見せていることがわかった。

9

일본어 감정 표현의 양상 고찰 ― 「미움(厭)」에 관한 표현을 중심으로 ―

金妵衍

한국일본근대학회 일본근대학연구 제15집 2007.02 pp.145-159

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人間の感情は複雜であり、主觀的であり、表現しにくい点がある。このような理由のために、比喩 表現を用いて、抽象的な感情を具体的に表現したりする。本稿では、その中で、槪念を形成する時の 基盤になる換喩と隱喩表現を中心に、感情表現の中で、特に「厭」という感情表現に焦点をおいて、ど のように構造化されるかを考察する。 日常言語の槪念体系の相当な部分が外部世界の客觀的な反映で構築されるのではなく、我々の身體 性や經驗、認知に基づいて形成されるという認知言語學的な觀點を取り入れて、「厭」という感情がど のように構造化されるかを考察してみたい。 その結果、「厭」という感情は「目線、眼、髮、頭、顔、表情、皮膚、身体、口、胸、心臟、氣、神 経」などのような部位の身體的・生理的現像を媒介にし、表現する換喩的樣相があることがわかった。 または、「厭」は、「炎、植物、品物、器、動詞、液體、敵、下、閉鎖空間」などの隱喩により槪念化 されることがわかった。このような換喩と隱喩による表現は重なって現れる例も多く見られた。 このような硏究は、言語に反映された人間の「認知」に對する考察を深めると共に、日本文化の上に 形成された獨特な「厭」という感情表現の樣式に對する理解を深くし、日本語學習者の感情表現の習得 にも役に立つと思われる。

10

엔도 슈사쿠의 내가․버린․여자의 세계 ― 버림받은 여자 모리타 미쓰를 중심으로 ―

임종석

한국일본근대학회 일본근대학연구 제15집 2007.02 pp.161-184

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戰災の深い傷跡の殘る東京を舞台として展開される作品世界は、女を棄てた吉岡努という男と、そ の男に棄てられた女である森田ミツにより成立するが、中心人物はミツである。遠藤の神は母なる神であるが、ミツは姉のように優しく母のように暖かい。彼女は母性としての(母 なる)イエス、すなわち、女性のイエスということである。遠藤が作品を通してよく言う、苦しんで いる人々の同伴者イエスは、苦しんでいる人々といつも共にいながら、その苦しみを分かち合う、苦 しみの連帶を實踐する人ミツと同一人なのである。 󰡔わたしが․捨てた․女󰡕の世界におけるイエスは男性ではなく女性であり、能力や知惠のある人 ではなく、無能でバカバカしいところもあるが、愛に滿たされている人である。無能なイエス、バカ なイエス、愛しか持っていないイエス、これが󰡔わたしが․捨てた․女󰡕の外の遠藤の作品に登場す るイエスである。が、󰡔わたしが․捨てた․女󰡕10)のイエスは女性のイエスでもある。 弱者であるミツは、相對的に强者である吉岡およびスール山形の心のなかに蘇ることによって復活 した。したがって彼女こそ强者の中の强者であり、眞のイエスに間違いないと思う。そして彼女は、吉岡やスール山形だけではなく、この小說を讀むすべての人々にの心の中に復活しているのであると 言えよう。 一言でいって󰡔わたしが․捨てた․女󰡕は、ミツという一人のみすぼらしくて平凡な娘が、凡俗で あるまま神の屬性を持って女性のイエスとして活動する世界なのである。

11

나쓰메 소세키와 이광수의 어린 시절 체험 비교 연구

權赫建, 徐美景

한국일본근대학회 일본근대학연구 제15집 2007.02 pp.185-199

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論者の考察を次の三点に要約する。 第一に、漱石の作品の底辺に靜かに流れる人間の不安、親子間の葛藤、自分の子を捨ててしまおう とするもの、母親不在の現象、子供の死というテーマは祝福を受けて生まれてこなかった漱石の出生 の不幸や里子体驗、養子体驗が影響を及ぼしたものと判斷される。󰡔夢十夜󰡕「第三夜」に描寫された父 親が六つになる自分の子を森のなかに捨ててしまおうとするのは、夏目漱石の不安定な養子体驗の屈 曲が作品化されたものである。 第二に、李光洙は11歲のときコレラで兩親が突然この世を去るや、妹二人を引き連れて天涯の孤兒 となった。兩親がコレラで亡くなると親戚も近所の人も訪ねる人がほとんどいなかった。作品󰡔無情󰡕 に出てくる孤兒、李ヒョンシクの苦難に滿ちた生の姿と運命談はほとんどが作家である李光洙が孤兒 になってから味わった辛い体驗が作品化されたものである。 第三に、漱石は生まれてすぐ里子と養子に出され、幼少期のほとんどを養子先で過ごした。漱石は 實父母の溫かい情を知ることもなく、幼少期を不安な思いで過ごした。このような幼少期の体驗が作 品創作に影響を及ぼし、人間の根源的な不安、親子間の葛藤、母親不在の現象等を造形させたのであ る。一方、李光洙はコレラで兩親が同時期にこの世を去るや、突然孤兒になり、貧困の中に過ごし、遠い親戚の家に厄介にならなければならなかった体驗が作品創作に影響を及ぼし、人間の苦難に滿ち た姿と運命談等を造形させたのである。漱石が不安定な養子先で精神的にストレスを受けて不安な幼 年期を過ごしたなら、李光洙は兩親の突然の死によって天涯の孤兒になり、精神的というより物質的 に不安な幼年期を過ごしたことが、兩作家の幼少期体驗の特徵であり、相違点である。

12

『風の谷のナウシカ』における世界觀と音樂 ― 映像と音樂の相乘効果について ―

岡田良平

한국일본근대학회 일본근대학연구 제15집 2007.02 pp.201-220

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The first work by which the movie director and the composer united the combination has to be the first work or the second for either, so that both may continue the collaborative activity for a long term in the movie world. Relations of Hayao Miyazaki and Joe Hisaishi right fulfill this. Hisaishi’s music aims at the expression of view of the world of a work rather than at the expression of characters’ feelings, and its feature is in the stimulation of the imagination of man who sees animation. The picture which Miyazaki creates seems to have so strong power that spectators can easily conceive an image without music and words. However, Hisaishi’s music which has rich hint power can suggest the whole image including the unconscious world and support the view of the world of a work. The music of Nausicaä cannot necessarily be called a masterpiece, but it succeeds in inventing the synergistic effect by synchronizing music with a picture. Probably, Hisaishi is an irreplaceable composer for Miyazaki.

13

「기미가요」(君が代)와 일본 전통 수용의 의미

김양희

한국일본근대학회 일본근대학연구 제15집 2007.02 pp.221-238

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本稿の目的は日本の國歌である「君が代」が日本の右翼と保守政治家達のイデオロギ-的な核心とな るように作用した底辺の要素が何であったか、それからそれと關連した日本の伝統の役割はなんであ るかということの究明にある。その方法としては君が代を中心としながら日本近代の始發点になって いる明治時代は勿論、日本の古代から戰後まで伝わってくる思考と行爲を素材として君が代に對する 認識及びその役割を考察してみた。 君が代の元歌は平安時代からうたわれてきたのであるが、当時の意味は天皇を含め、一般民衆の年 壽を祝う喜ばしい、全國各地でだれもが歌ってきた日本の伝統的歌であった。又それには呪術的な靈 力まで持っていると思われ、小さい物体が集まり單一の大きい集合体を成して永遠に繁盛していく事 を祈願する意味がこめてある。 1999年に「國旗國歌法」制定によって國歌として公認されたけれども、旣に明治に入ってからそれ は國歌のように取り扱われ、文部省の敎育行政に沿って敎育されてきたのである。これは西歐の帝國 から自國を守り、自國民の國民意識を統一するための方針であり、その意識の統一は新しく作られた のではなく長い歷史的な始原に基づいている。 現行の平和憲法が天皇は日本の象徵であり、日本國民統合の象徵であると規定しているのは、天皇 が日本であり天皇の壽命を祝うのが民族生命の永遠な未來を祈願することを意味していると思われ る。しかしこのような意識は日本の伝統からはなれて考えられないことで、日本の伝統と君が代に敬 神と尊皇の精神がこめてあるからこそ愛國が始まるということである。ということで國際化に對応す る日本敎育の意図は日本という國歌と民族の文化․伝統についての理解を先としている。從って明治 以降から國民の意識統合に利用された君が代に國歌としての法的根據があたえられたのには民族的正 体性を堅くしようとする國家主義的な態度の表出であると言わざるをえない。 從って、日本文化論のイデオロギ-は伝統と歷史を基にして形成して行くであろうし、伝統に對し ての强調といっしょに君が代は日本國と日本民族を代表するナショナリズムの實現の上にも日本民族 の內面的な意識統合を図っている役割を遂行していくだろうと思われる。

14

근대일본의 국제공법 수용과 인식에 관한 연구

최장근

한국일본근대학회 일본근대학연구 제15집 2007.02 pp.239-264

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日本はロシアのクリル列島、中國の釣魚諸島、韓國の獨島に對して領有權を主張している。そもそも これらの地域がなぜ日本との間に領有權紛爭が起こったのだろうかという疑問を抱くことになった。それで見たら、これらの領有權紛爭地域の共通点として大日本帝國時代に日本政府が日本領土に編入 して領土を擴張した地域であることが分かった。このような問題意識をもって近代日本が領土を擴張 するために受容した國際公法の適用に誤りがあるのではないかと疑問をもって硏究を進めた。その結 果、近代のヨーロッパでは國際公法を市場経濟の擴大と領土紛爭の解決手段として利用されていた。しかし、國際公法が强大國が弱小國に力で脅迫して條約を締結させて利益を取らせていることに着目 して、日本は、これを弱小國の領土を奪して領土を擴張する手段として國際公法を利用していたこと が分かった。實際、近代日本は韓國、中國、琉球、台湾に次々と條約を締結させ領土主權を奪い日本 の領土を擴大していたのである。それが今日韓國、中國、ロシアが日本との間に領有權紛爭を起して いる本質であることがわかった。

15

東北亞 物流허브 構築을 爲한 國內港灣의 戰略的 活用方案

김영근, 신동식

한국일본근대학회 일본근대학연구 제15집 2007.02 pp.265-281

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With a geographical advantage, Korea is trying to jump over Japan and China into logistics hub in Northeast Asia. Also, a number of competing suggestions have been proposed for the successful result. Most of studies and Korean government's major policies have been focused mainly on the development of large sized ports and their improved operation. In order to strengthen the competitiveness of the hub ports, however, the importance of feeder port should be recognized. Thus, this study tries to suggest some possible alternative proposals, which are summarized as follows. The first is the functional relocation among major ports and feeder ports. The second is the efficient usages of coastal transportation for the reduction of logistics costs. And the final is the efficient investment from government and the consolidation of legal system about logistics and trade.

16

중국투자전략에 관한 한․일 비교 연구

정수원

한국일본근대학회 일본근대학연구 제15집 2007.02 pp.283-298

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中國は1978年改革·開放政策に轉換した以降、社會主義市場経濟体制を導入して漸次的に市場経濟 を 擴大しながら経濟改革を推進してきた。このような改革·開放政策は1978年以後GDP成長率を今 日まで年平均 9%以上達成し、高成長を持續している。 韓國企業の海外直接投資の特徵を見ると、中小企業はアジア地域に現地の勞働力活用を目的に小規 模投資が行われている。しかし、大企業は北米やヨーロッパ等を中心に中·大型投資が行われてい る。また韓國企業のアジア地域の投資の中で、特に中國に對する投資は1992年國交樹立をきっかけに 每年投資が增加され、2005年度には韓國の第1位の投資對象國となった。 一方、日本と中國の経濟交流は1970年代から始まった。当時は發展途上國に對する援助形式であっ たため、投資に對する回收は思わなかった。實際、日本企業の對中投資が本格的に始まったのは1990 年代に入ってからだ。それも大部分が生産據点の移轉を中心にした投資である。日本企業は生産據点 を中國にして豊富で安い勞働力を活用した低価の商品を大量に生産して日本と第3國に販賣する目的 であった。 本硏究では、韓國企業の中國投資に對する現狀を調べ、また日本企業の對中投資の特徵と比較硏究 することにより、今後兩國の成功的な中國投資に對する方向を模索することを目的としている。

17

日本の現先市場の關連性に關する一考察

朴泰珍, 韓東佑

한국일본근대학회 일본근대학연구 제15집 2007.02 pp.299-318

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In Japan many economists think that the 1990's main reason of a slump in stock in Japan is Stock Price Index Futures that introduced at 1988. This paper analyzes the effect of Stock Price Index Futures on Spot Market in Japan. The result of this study is as follow; First, There is expect usually that a slump in stock price occurs because of a large quantity of sell at spot. But according to this study average stock price was sustainable because that large amount of sell and buy at spot in clearing day simultaneously. Secondly, the fluctuation of stock price at spot market was nothing less than 13.8% per day by arbitrage transaction. It seems explain that the fluctuation of stock price at spot market is less relation with arbitrage transaction. According to these result we can explain what 1990's main reason of a slump in stock in Japan is not stock price index futures but the system of weakness of Japan's spot stock market. Finally, we have to study about restructuring of spot stock market for find reason of instability at stock market.

 
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