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本稿では「やりもらい」構文を元になる動詞文との関係からボイスの観点から考察した。「直接のやりもらい」は利益主体ガ格が、利益対象ニ格及びヲ格に利益行為をする構文である。また「持ち主のやりもらい」構文は利益主体ガ格から利益対象ノ格の部分であるヲ格とニ格に利益行為が及ぶ構文である。「直接のやりもらい」と「持ち主のやりもらい」構文はボイスの面では利益主体と利益対象の格が交替する対立の構造を成していた。また前項動詞が動作対象への働きかけ性を持っていない動詞ー自動詞と物事への働きかけの他動詞ー構文は利益対象に対して直接的な働きかけが出来ず、利益主体が利益対象を目指して何かの行為をする構文は「第三者のやりもらい」構文に分類した。「第三者のやりもらい」構文は元になる動詞文に存在していなかった人物がやりもらい構文に新たに加わる構造で、ボイスの側面では派生の構造を成していた。また韓国語の「やりもらい」動詞、授与態の「주다」動詞は日本語の「やりもらい」動詞のような視点性がない為、構文上人称の制約がない使われているので、物のやり取りにおいては「받다」動詞は自由に寄与態「주다」動詞に対応して受益態を成すが、派生動詞の場合には人称の制約がない為、主に利益の与え手から利益行為を描くことができるので寄与態がほとんど使われていて、受益態が発達していないことが考察できた。
일본어 [に+동사] 의 번역에 관한 일고찰- 격조사 [に]의 일한 용례분석을 중심으로 -
한국일본근대학회 일본근대학연구 제24집 2009.05 pp.25-39
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日本語のなかに灯台もと暗しという比喩表現がある。勿論、韓国語にも同じことばが存在する。近くに存在するものがかえってよく分からないことを意味する言葉である。即ち、特定言語の内部体系をみると、ごく当たり前に見えるものでも他の外国語と比較したり、対照するとよりその実体がよくわかることがある。そのなかのひとつの事例が日本語と韓国語の格助詞を対照分析してみると意外なところで浮彫りになる。日本語のに+動詞の場合、韓國語では 에 に翻訳されるケースが多い。例えば、日本語の ~に沿う ~に止まる ~に挑む ~に取り組むなどは 에 に対応している。また、日本語の ~に沸く、~に広がる」につながるときは、韓國語 ~으로 들끓다, ~으로 넓어지다 に対応し、~に向かう、~に遇うなどは ~을 향하다, ~을 만나다 に対応している。 また、~になる、~に出るなどの動詞は ~가 되다. ~가 나오다 などのように韓国語では ~(이)가 に対応している。この他にもあてにする, 口にするのような慣用的な用法では의지하다, 말하다 のように韓国語では日本語の助詞ににあたる言葉が省略されるか、助詞だけ切り離せない一語化して表現されている。とくに、日韓語の飜譯では [理解→ 脫言語化 → 再表現] 段階を前提にするとき、再表現段階である韓國語の [に+동사] 構文で 体言と述語動詞との共起關係に 細心の注意を払う必要がある。したがって、専門の翻訳家は勿論、翻訳教育を受けている翻訳学習者は上記の示唆するところを十分認識しなけば、韓国語としてきごちない翻訳語になってしまう要因となる可能性が高いと言える。
依頼における「断り表現」のストラテジー-韓国人日本語話者と日本語母語話者の1対1の自然談話から-
한국일본근대학회 일본근대학연구 제24집 2009.05 pp.41-56
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本稿では韓国人日本語話者と日本語母語話者の1対1の自然談話の分析を行った。「断り表現」のみを、分析の対象にし、「断り表現」のみを取り意味公式に照らし合わせた。その結果「理由」+「条件提示」+「行動要求」、「条件提示」+「行動要求」、「行動要求」、「条件提示」、「思い止まらせる」、「回避」、「直接」の7つのストラテジーがみられた。 一般的に日本語母語話者が「断り」の表現を使う際、間接的表現を多く使用する傾向がみられると言われる。しかし、本稿では日常の断片をひるがえすような断る側の「断り表現」は意味公式の上では「間接的断り表現」を使ってはいるが、ポライトネスの観点からは程遠い結果をもたらしている。その理由として考えられるのは否定的マーカーがあまり使われなかったという点とストラテジーを並べる順番に大きな原因があることである。また、「断りの表現」前後に断りで損なった対人関係を修復する努力の「謝り表現」がないということも考えられる。 本稿では筆者が独自に入手した自然談話をデータにしたため、「断り表現」のバリエーションやデータの数が非常に少なく、一般化及びモデル化するには説得力を欠くところがあるだろう。しかし、この方法を取ることでロールプレイやアンケート調査では観察できなかった問題点を明確にすることができたと思う。
本稿では韓国の日本語文字教育の現状および問題点について考察する。外国人における文字教育は学習者や教育者が注ぐ時間と努力に比べてその効果や効率が低いのが現実である。 従来の文字教育である伝統的方法は時間がたくさんかかる、また、学習者の興味を落とすなどいろいろな問題点を含めている。 そこで最近、連想法が取り入れられいわゆる日本型連想法、韓国型連想法、動画式連想法が開発されて伝統的な方法の不十分なところを改善しようとする動きがある。しかし、これらの連想法も伝統的な方法より興味をよびおこすことは可能ではあるが、韓国語の発音と日本語の発音と韓国語の表記にかかわる正確性が守られない問題性ものこるのである。さらにいままでの連想法はストーリ性がないためひらがなと絵両方を覚えなければならない点もある。 したがって、これからは伝統的方法と連想法を乗り越えるより効果的な教授法や教材の開発が必要である。従来の指導法の中でも良い点はいかして悪い点はなおしながら日本語教育の出発点とも言える文字教育を改選していくべきであると思われる。
日本の神々は、多くの女性に憑依し言語をもって神の意志を表した。そんな役割を担って神に祭り、神の言葉を語り、神の子を宿す女性たちは深く関わってきた。女性たちが祭祀奉仕者として、むしろ男子を禁制し、女子のみを優先する祭のあったことは重要である。女性が神祭りを司祭しなければならなかったことは、日本の文献が明らかに示すものであるが、同時に彼女たちは巫女として、その部族の長としての地位を占めていたし、それは、現人神としての神聖さによったものであった。 部族にとって古代は生産の神が最高神であった。その生産の神の目に見える姿において、現人神として存したのが彼女たちであったし、そのために神祭りは、生み出す大地の神への祈願であり、その祈りをうけて現人神として演じたのが巫女たちであった。従って、そこには豊艶な姿態で演じる性的神事が中心となっっていた。 巫女史を説く場合、必ず巫女の成れの果てとして、遊芸化し堕落した遊び女への転落が述べられる。それは彼女たちが神事芸能にたずざわっていたからではなく、性的魅力をもつ巫女への関心が彼女たちを宴席に招き、性的に堕落する途へ向けたと思う。その傾向は、巫女が遊女に転身していく要素の一つにもなったと思われるし、その神の依り代として巫女が神妻となる性格を有していたゆえに、聖婚の相手として求められたのが遊女であった考えられる。 このような遊女の聖なる性から、遊女の起源として巫女と遊女の類義的性格が結びついてくるし、このような巫女と遊女の類意的性格は明らかであると考えられる。
미야모토 유리코의『풍지초(風知草)』-부부의 관계성 중심으로 본 히로코-
한국일본근대학회 일본근대학연구 제24집 2009.05 pp.91-106
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宮本百合子は『風知草』を書いた動機を「非轉向共産主義をどのように扱ったかとする歷史的事實」を明らかにすること、及び、ファシズムの凶暴な權力が崩れると同時に治安維持法が無くなると「一人の女、一人の妻、一人の婦人作家として悲しみと喜びが折りたたまれて来て」書かなくはいられなったからだと明らかにしているように、この作品はプロレタリア文學性向が濃い作品として評價されている。筆者は思想に基づいた共産主義の實態よりもむしろ結婚生活での受難の中で女性の生き方がどう變貌したかに關心を持つ。よって本考において、『風知草』を通して映されるひろ子の內面世界の苦痛と、重吉とひろ子の家庭生活の中でその時代の中に埋没して暮さざるをえなかった作家の心的變化の過程を考察しようと試みる。特に、『伸子』の中で人間としての平等な權利を主張して離婚まで甘受した伸子と比較し、結婚後わずか2ヶ月で別れ、13年ぶりに帰ってきた夫との生活の中で自身の職業の小說を書くことまで同意の下で行おうとするひろ子の姿から多くことを感じる。伸子からひろ子に至る女主人公の夫婦中心の關係性から見ることができる大きな變化は、相手と環境の要因によると思う。しかし、戰爭で苦労したその當時の女性の生き方がこの作家に及ぼした影響を顧慮すると、伸子からひろ子に至る宮本百合子の作品世界がさらに深く理解できるだろう。
나혜석의『자화상』과 ‘조선’-일본과 서양의 여성화가의 자화상의 비교를 통하여-
한국일본근대학회 일본근대학연구 제24집 2009.05 pp.107-117
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『自画像』は羅蕙錫が1927か、1928年頃に描いた絵である。この時期は彼女にとって人生の最も輝ける時であった。しかし、『自画像』の女性の顔に漂う寂しさは、画中に広がっている暗色と混じって増している。欧米旅行を期にして彼女の朝鮮に対する見解は大きく変化する。羅蕙錫が記した旅行記の中に西洋と朝鮮が文明国と「不快」の国という名詞で表され、対向的に捉えられている。とはいえ彼女の内面には朝鮮に対する「物哀しい」憐憫が内在していた。朝鮮女性であることを強く認識していた羅蕙錫にとってもはや自分のからだは羅蕙錫自身のものだけではなく、朝鮮そのものであっただろう。従って朝鮮人である自分を「西洋服」で着飾っても現実を免れない痛々しさを『自画像』を通じて描きだそうとしたと思われる。日本の三岸節子や西洋の三人の女性画家の自画像とも羅蕙錫の自画像のように、彼女たちの人生をそのまま表している。特に、モデルの視線を正面にすることで人生の重さ、苦痛、憂愁から逃げるのではく、正面から受け止め打破しようとする強い精神力を自画像から感じられる。
中野重治의『다섯 잔의 술(五勺の酒)』고찰-敗戰과「未練」을 중심으로-
한국일본근대학회 일본근대학연구 제24집 2009.05 pp.119-137
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『五勺の酒』は中野重治が敗戦直後の一九四七年一月号の『展望』に発表した短編である。この作品は旧制中等学校であり、戦後も教職に就いている主人公が友人に宛てた手紙という形、いわゆる書簡体小説である。中野重治が敗戦後第一作の「五勺の酒」を書くにあたって、その主人公の職を教師としたことの意味は重いのである。今この教師は敗戦の日から一年と数月をへて手紙を書いている。敗戦後の時間から戦中・戦時下を振返り、彼は多くの教え子や部下の教師を戦地に送らねばならなかった罪の深さを悔いている。しかし「五勺の酒」の卓越はその犯した罪への彼の悔いを戦後批判として形像化していることにある。彼は、彼の罪を戦後もそのあとも癒すことなく連続させ、したがって彼の犯した罪が戦後とそのあととの日本をかたちづくる基底とされてしまうことへのいたたまれない予感におののいている。日本の<学校>は、明治期以降から国家の強い統制下にあったが、とりわけ昭和十年代の高度国防国家における教育統制は厳重をきわめた。それは<学校>を思想統制の基礎としたことにあったが、そればかりでなく、昭和十二年以降は、軍需要員の人的資源の豊富な供給源が<学校>だったからであった。兵役年齢に達した男子は戦地へ、それ以外の女子と低年齢の男子は軍需工場へ、戦争は、多くの学生・生徒の時間と生命を奪って飽くことがなかった。中野重治は、第四高等学校時代からの友人である秋山善次という人の経歴を借りて「五勺の酒」を書いた。この友人の具体的な経歴を通して、戦争の時間を教師である人間がどのように生かされたかを、また生きねばならなかったかについて探ってみた。
韓国と日本の文化の流れは、中国大陸から韓半島を経て日本に流れ、定着し形成された。韓国は中国の服制をそのまま日本へ伝えず、日本もまたそのまま踏襲しなかったため、両国の衣服には類似点と共にそれぞれの民族における固有の独自性が現れている。 本論文では朝鮮時代の官服袍と便服袍の形態的な特性を分析し、これを比較することによって韓国と日本の衣服文化を研究するところにその目的を置く。 近世の韓日の男子袍の形態的な特性を輪郭線、襟、袖の形態に分けて考察した結果、両国共に平面截断で直線的な形態を表している。しかし、朝鮮時代の男子袍は大字形の部分的な曲線形態を成す輪郭線を表している反面、江戸時代の男子袍は肩から袖にかけての水平線と前身ごろにかけての垂直線による、アルファベットのT字形の直線的な輪郭線を成している。 また、朝鮮時代は儒教思想の影響によって、時と場所をわきまえて礼儀正しく着なければならないことが多く、袍の種類が多様なのに対して、江戸時代の袍は一つの形態を持ち、配色や色彩、表面の装飾の変化をつけ、多様な用途に使われ、実用的な面に重点を置いていたと言える。
일본기업 고용시스템에서 보이는 변화- 1990년대를 중심으로 -
한국일본근대학회 일본근대학연구 제24집 2009.05 pp.157-171
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本論文においては日本企業の雇用システムの形成過程およびその変化を分析、考察したものである。具体的に言うと日本企業の雇用システムの特徴をまず確認してから、日本企業の雇用システムの過去からの変化を指摘する。それからそのシステムか効率的に作動するための前提条件を整理してから、その条件に照らして日本企業環境がどのように変化しているかに関して検討する。その後日本企業の雇用システムの変化方向に関して展望するともに韓国企業に示唆するものを示すらかにす。この論文において扱う日本企業の雇用システムとは日本の製造業における雇用システムであり、そのシステムの持つ問題点および課題を指す。「流動化」、「非正規化」、「能力主義、成果主義」、「多様化」などのキーワードが示す変化の実体は大手企業の雇用システムをその対象としたものである。 日本の雇用システムの変容の主体はあくまでも企業である。政府の雇用政策は企業経営活動においては補助手段である。企業という組織のあるべき姿はそこで働く人々の働く方法というもっとも基本的な構造にあると思われる。 重要なのは日本企業の雇用システムの欠陥を直視してそれを治そうとする意欲と日本企業の雇用システムの持つ長所とメリトを維持しようとする努力が共に施されるときに初めて創造性と革新性が強化され、大競争に対応できる人事労務システムの下部システムとしての雇用システムが構築できるものであろう。
最近、コンテンツ産業の環境は消費者中心の社会に転換する傾向がある。世界経済がグローバル経済体制に転換する中、コンテンツ産業も例外ではない。ハリウッドを除外してみられなかったコンテンツ産業に対する関心はアジアを始め、ヨーロッパにおいてもコンテンツ産業のグローバル化が活発に進められている。またネットワークの環境整備、技術革新、流通経路の多様化によるコンテンツ産業のグローバル化と国際競争力強化を促進している。しかし、コンテンツ産業の急速な環境変化にも関わらず日本のコンテンツ産業は停滞が続く、海外進出もあまり増加してない状態である。いままで日本のコンテンツ産業は国内市場の需要を中心に成長してきた。一方、日本の映画、音楽、ゲーム、アニメーションなどコンテンツがアジア地域でかなり流通されているが、海賊版問題が深刻な状態である。海賊版による被害は日本著作権収益に対する経済的損失として著作権の創作意欲を失い、文化交流の促進にも支障をもたらす。本研究では、世界第2のコンテンツ市場を持つ日本のコンテンツ産業の現状と課題について考察してみた。
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