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『捷解新語』におけるハングル表記 - ハングル音注の重ね子音を中心に -
한국일본근대학회 일본근대학연구 제26집 2009.11 pp.7-22
※ 원문제공기관과의 협약기간이 종료되어 열람이 제한될 수 있습니다.
本稿は、朝鮮資料の重要な資料である『捷解新語に用いられる重ね子音のうち、原刊本における重ね子音と単子音を中心に調査・考察を行ったものである。『捷解新語におけるカ・タ行各音節、「こそ」「の」「有気音」「濁音」などのハングル音注の調査・考察によると、同じ音節が同じ環境において重ね子音、または単子音として用いられる例が少なくないことから、重ね子音が均質的でないことは明らかである。語末・文節末では重ね子音が一般的に用いられており、強調の意味として「こそ」(ko-sso)が、朝鮮語(漢字音、硬音)の影響により「有気音、濁音、助詞の(nno)」に重ね子音が用いられている。以上のように、『捷解新語におけるハングル音注が均質的ではないことは、ハングル表記が音韻表記ではなく日本語の現実音を忠実に反映した音声表記であるものと解釈できる。
일본어 형식명사 「こと」「もの」「の」에 대한 고찰 - 일본어 형식명사「こと」「もの」「の」에 대응되는 한국어를 중심으로 -
한국일본근대학회 일본근대학연구 제26집 2009.11 pp.23-36
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形式名詞「こと」「もの」「の」の各の意味․用法を調べ、類似点と相違点を分析することにする。また、それらの機能を比較〮・対照して、混用関係について考察し、その使い方を明らかにする。さらに日本語の形式名詞「こと」 「もの」「の」が韓国語で、どのように訳されるかについて考察してみる。韓国語との対応関係に対して、最も頻繁に訳されたのは[것]で、そして[일]、[무대응]の順であった。[것]の頻度が最も多かったのは、韓国語の[걸]、[게]の場合、[것+을]、[것+이]が縮められた形として、それらを[것]の範疇に扱っているのである。また、韓国語の依存名詞[것]が他の語と結ばれて、人、物、事などの意味で、様々に使われているためと思われる。形式名詞「こと」「もの」「の」に対応される韓国語は特定の形としては規定されないことが見られたが、それは各の日本語の形式名詞が韓国語に翻訳される時、共に使われる述語によって、決定されることである。また、意訳される場合、訳者の個人の意向も影響を与えている。 今後、韓国語の依存名詞と日本語の形式名詞のより深い対応関係のためには、両方の言語の構造的問題について研究する必要があると思われる。
日·韓 外來語의 對應樣相에 관한 考察 -日本 現代小說과 韓國語 翻訳文의 用例를 中心으로-
한국일본근대학회 일본근대학연구 제26집 2009.11 pp.37-50
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本研究では現代を中心に日本の文学作品に現れる外来語とこれに対応する韓国語の表現の対照分析を通じて、両国語間の外来語の対応の様相を調べた。日本語の外来語の韓国語対応パターンは多様に現れているが、これを語種と語源で分けて考察した結果、外来語の全体語数2,593個の外来語の中で両国語間に同一に対応している場合が1,270個で48.98%と現れており、固有語が78個で3.01%、漢字語が312個で12.03%、混種語が844個で32.55%、その他に対応する場合が89個で3.43%の分布を見せていた。 語源による対応関係は英語系の外来語が日本語で93.89%、韓国語で86.64%と高い分布率を現わしていた。次にフランス語が各々2.63%、2.62%で現れており、ドイツ語が各々1.41%、1.25%、そしてオランダ語、イタリア語などの順でおおむねその国の語源をそのまま使う傾向を見せていた。日本語の外来語が韓国語に対応する場合、外来語、混種語、漢字語、その他(句や節または動詞翻訳)、固有語の順で頻度数に差があり、英語系の外来語が日韓両国語で占める比率が高く現れていることを確認することができた。
『今昔物語』의 동작표현과 마음의 움직임 - 권 28의 42화를 중심으로 -
한국일본근대학회 일본근대학연구 제26집 2009.11 pp.51-64
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『今昔』の表現的な魅力は動作や表情による心の動きを表すことであり、そのような表現の在り方は多樣に使われている。 巻28の42話は、そのような意味で外形的な描寫と動作を通じて人の心理を把握する技術的な面で成功していると言える。男の主人公の性格が具體的で巧妙なタッチで分かりやすく浮刻されている。夫の平素の強さぶりを誇示しようとする人間にとっての心の変化を「裸なる脇を掻きて、手を舐りて」という表現を通じて「私に任せ」という感じを伝わせているし、脇の下から胸の方に掻くという動作によって具體化させている。このような表現方式は『今昔』らしさの一つの特徵であって『今昔だけの獨特な動作表現の仕方が目立つ部分でもある。 一方、庶民女性としての妻の姿は、妻の方が夫よりずっと膽大で確實に表現されている。妻は臆病者の癖に豪ぶりをする夫をサポートしながら家庭を営んでいきていく女性である。これからは、逞しい庶民女性の一面が見られるし、元気印の活気溢れるのが『今昔』の庶民女性の一つの樣相であるなら、本話の女性もそれに決して劣らない女性でもある。 ただ、どこやら愛嬌があって理解心の深い女性の部類に属する姿である点から、多少は平安期の忍耐心の強くて女性らしい美しさが染み込んでいるスタイルでもあった。
「인생상섭논쟁(人生相涉論爭)」의 전후 -「내부생명론(內部生命論)」과의 관련을 중심으로 -
한국일본근대학회 일본근대학연구 제26집 2009.11 pp.65-80
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北村透谷と山路愛山の間で行われた「人生相渉論争」は今だその実体が明らかになっていないと言えよう。特に注目すべきことは、従来の研究が透谷を愛山に比べて高く評価するあまり、愛山を「俗物」視する傾向にまで至ったことである。しかし筆者は愛山文学の一方的批判が透谷文学の真の理解に繋がらないと確信する。 本稿はまず、論争のとき両作家の間で交された重要論文をあげ比較分析した。また論争に関わる透谷の主張の矛盾するところをできるだけ客観的に掴むよう努力した。次に、透谷が志向した文学観がいかなるものであったかということを彼の代表作品を通して考察した。 結論として、的に以上の分析をふまえ、透谷が「内部生命論」を書かざるを得なかった要因について追究した。
『아침 바람(朝の風)』의 두 여자 - 사요와 오토메를 중심으로 -
한국일본근대학회 일본근대학연구 제26집 2009.11 pp.81-96
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『朝風(朝の風)』に対するこれまでの研究は、サヨの夫である重吉が治安維持法によって投獄されていることは権力の暴力だとする、抗議の気持ちが小説の底流を貫いていると結論づけることが支配的だった。本稿では先行研究から一歩進んで、各自異なる環境にある二人の女性、主人はいるが投獄のため生活を共にできないサヨと、主人の死で自ら生きていかなければならない女性の乙女を通じて、当時の女性の生を中心に考察した。サヨと友達の友子は、乙女の夫である勉と生前親しい関係にあった。サヨと友子は乙女を「男に全然ゴマをすることができない素朴な若い妻」と認識しており、勉が死亡した後は、乙女の助けになりたかった。そこで友子が乙女にサヨと一緒に住もうと提案すると、乙女は自分は「普通の女」なので一緒に住んで、また別れるようになれば、自分は再び苦痛を受けるようになると断る。サヨは乙女が言った「普通の女」という言葉の意味と彼女の行動に対して疑問を持っていた。 ある日偶然、生活の糧として自分の裸体をさらす乙女を見て驚きを隠すことができなかった。この姿は、夫の突然の死で家庭の大黒柱になった女性が、社会で自分の仕事を見つけて生きていくのが大変で堕落してしまう当時の「普通の女」たちの生の姿を示唆している。 このように夫を失った二人の女性の生を通じて、政府の弾圧に抵抗する女性の不幸と、社会参加の道を絶たれた女性の姿が描かれている。 そんな中でも作品の終り部分で、サヨの妹が子どもを産む。その場面は、子どもの誕生を知らせる大きくて力強い産声を聞き、サヨが女性として最大平安と喜びを感じる一番幸せな瞬間としてシンボリックに描写されている。このように抑圧されていた当時の女性が、自身の犠牲で生まれた子供の誕生で喜びを得るように、これからは女性たちにも希望があるというメッセージを伝えていると思う。
夏目漱石は個人の間の衝突が避けられない現代社会における各個人の指針として<道義上の個人主義>を掲げた。漱石の作品活動はこの問題に対する方法的な探求の一環とも言えるのだが、『こころは思想の深さや構成の面でその代表的な作品として評価されている。 本稿は先生の長男性を分析することで、“明治精神に殉死”するという、彼の自殺の意味を明らかにするのが目的である。ここでの長男性とは長男(一人息子)としての立場と性格、そしてそれによる思考方式および行動様相を包括する概念である。作品分析の結果、それは母親を初めとする女性の母性に繋がるものであった。 作品の構成において、親子葛藤が叔父と甥の関係として設定され、当時の自然主義小説に見られる父と次男の関係から発生する図式化を解消したのは漱石の方法的探求の結果として評価出来る。しかし、母性を封建論理の産物である殉死と結び付け、女性の個性的自我を認めないのは、明治世代としての漱石自身の限界であると見るべきであろう。
本稿は、朝鮮資料の重要な資料である『捷解新語』に用いられる重ね子音のうち、原刊本における重ね子音と単子音を中心に調査・考察を行ったものである。『捷解新語』におけるカ・タ行各音節、 「こそ」「の」「有気音」「濁音」などのハングル音注の調査・考察によると、同じ音節が同じ環境において重ね子音、または単子音として用いられる例が少なくないことから、重ね子音が均質的でないことは明らかである。語末・文節末では重ね子音が一般的に用いられており、強調の意味として「こそ」(ko-sso)が、朝鮮語(漢字音、硬音)の影響により「有気音、濁音、助詞の(nno)」に重ね子音が用いられている。以上のように、『捷解新語』におけるハングル音注が均質的ではないことは、ハングル表記が音韻表記ではなく日本語の現実音を忠実に反映した音声表記であるものと解釈できる。
本論文の研究目的は実学思想の台頭による中人の出現や町人階級の成長のように社会文化的な変化が多かった時代である近世の韓日の官服袍と便服袍の色彩および模様の特性を比較分析して、韓国と日本の衣服文化を研究し、これを応用したデザインに基礎となり得るフュージョン デザインを衣服に適用してみることである。研究の結果、韓日間の袍に現れた色彩の特性は両国とも陰陽五行の思想に土台を置いた五方色を中心に発達し、青色と紅色の使用が目立っており、江戸時代の場合、青色は次第に藍、紺色と分化が起こり、より一層洗練され優雅になり、多彩で派手な原色系よりも寒色系を楽しんで使う傾向が現れていた。模様の特性は官服袍では共通して地文を活用し、吉祥的な模様を反復的に使っていた。便服袍の場合、朝鮮時代は地文を主に使っており、江戸時代は模様や染色で全体を埋め、単純で余白の多い衣服に多様な変化をもたらした。これは庶民らの自由な衣服の表現方法が当時の貴族らの衣服文化に影響を与えたためだと考えられる。
日本の「韓流の重要な特徴の一つは消費者の多くが中高年層の女性であるということである。これにより十代二十代の消費階層には見られない現象が現れる。それはその消費形態が単純な娯楽や教養レベルでのものとは異なる没入形態を見せることである。そのため日本の「韓流に対する理解がこれまでのようなマーケティング理論や文化商品としての競争力分析などでは不十分である。日本の「韓流が日本だけの特異な文化現象ではなく、時代精神を現す普遍的な性格を持つものであることを理解するためには「癒し文化に対する理解が重要であり、そのためには「人文学的な想像力が必要となる。
経営理念浸透プロセスにおける人材育成の役割 - セイコーエプソン株式会社ウオッチ事業部の事例 -
한국일본근대학회 일본근대학연구 제26집 2009.11 pp.165-181
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本稿の研究課題は、経営理念浸透プロセスにおける人材育成の役割がどのようなものかを理論研究をベースとしてそれを論証するためのセイコーエプソン株式会社ウオッチ事業部での事例研究により明らかにすることである。そのために、第1に、経営理念浸透プロセスに関する文献研究を行い、第2に、セイコーエプソンの事例研究を行い、発見事項をもとに考察する。同組織は次の理由から本稿の研究対象に適している。①同社のルーツである、②人事異動が極めて少ないいため人材の入れ代わりがなく焦点がぼやけにくい、③人材育成に力を入れている、④今まで学術的な研究が行われていない。研究方法は、理論研究をベースとしそれを論証するためのフィールドワークによる事例研究である。フィール ドワークは主として半構造的インタビュー調査と工場見学である。
カーボンリスクと企業間ネットワーク ― 日本企業の事例から ―
한국일본근대학회 일본근대학연구 제26집 2009.11 pp.183-190
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カーボンリスクへの対応を中心として、低炭素経済あるいは低炭素社会に向けた環境政策の策定が日本においても重要となってきている。本稿では、低炭素経済に向けて産業分野における企業活動の取り得る有効な対策について、日本環境取引機構の事例を中心として、大企業と中小企業との間やグループ企業内等といった国内における排出量取引制度を含めて企業行動に関する考察を行う。さらには、環境技術の取引あるいは移転により発生した自主的な温室効果ガス排出量クレジットの取引が企業間で行われることにより、カーボンリスクへの対応に基づいた環境に関するネットワークが構築される可能性についても述べる。
本論文の関心は、日本社会において「ワーク・ライフ・バランス(WLB)」がなかなか進まない理由や背景、そしてその向かうべき方向性などについて再検討を試みることにある。本論文においての分析の結果、その理由と背景については、特に日本社会において「ワーク・ライフ・バランス」を、いわゆる「女性労働における子育てのための支援策」として捉えることに問題があると指摘した。また現状認識として「ワーク・ライフ・バランス」が「ワーク・ファミリー・フレンドリー(Work‐Family‐friendly)」施策の考え方に止まっていることも指摘される。そして日本の雇用慣行システムが「ワーク・ライフ・バランス」の実現に対する障害要因として作用する側面においても分析を行った。つまり、「ワーク・ライフ・バランス」とは、あくまでも働き方・働かせ方の問題としてアプローチすることが重要であって、決して女性労働に限定するものではないことを指摘した。最後に、本論文では「ワーク・ライフ・バランス(WLB)」が進まない現実的な理由や背景を踏まえた上で、今後日本の企業が目指すべき「ワークライフバランス」の重要な考え方として「人事戦略としてのワークライフバランス」を提案している。
어촌관광 정책의 한ㆍ일간 비교 - 법과 제도, 정책과 시책 사업을 중심으로 -
한국일본근대학회 일본근대학연구 제26집 2009.11 pp.213-236
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韓日両国は、都漁交流または漁村観光を通じて,去る近代化期間の間、相対的に立ち後れされて衰落する漁村共同体に活力を吹き入れようと試みた。両国の歴史的・地理的・社会文化的関係によってお互いの漁村の通り過ぎた歴史はよほど似ていて、両国が経験している問題に対する認識は似かよっている。しかし両国がその問題を解決する以前に漁村を理解する方式にはある程度差がある。両国の都漁交流または漁村観光政策の表面的姿は似ているといっても漁村と言う地域社会に対する態度と認識には差が生じる。韓国の場合、観光を通じる漁村の所得保全や経済的效果をあまりにも強調するので、漁村共同体固有の特性を強化する観光政策を樹立するのには不足な点がある。それに比べ日本は、漁村の多面的機能に対する理解の基盤を地域共同体の力量と自律性を強化する基盤を造成する手段として都漁交流政策を施行している.
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