2019 (69)
2018 (86)
2017 (94)
2016 (87)
2015 (93)
2014 (105)
2013 (93)
2012 (89)
2011 (84)
2010 (77)
2009 (54)
2008 (56)
2007 (61)
2006 (43)
2005 (33)
2004 (37)
2003 (38)
2002 (36)
日本の人文學振興政策が具体化されたのはごく最近のことである。それは1990年代の大學敎育システムの構造改革のなかで人文學關連の學科が縮小、廢止されることで所謂「人文學の危機」が現れたからである。こうした狀況のもとで國家レベルでの人文學振興政策を講じるための「人文科學特別委員會」が2001に年發足され、同委員會の提案人文學振興政策により「人文社會科學振興のためのプロジェクト事業」がスタートした。本報告は、上記委員會の人文學振興に對する政策提案がどのようなものであり、それによって日本の人文學に對する國家支援がどのように変わっていくのかを展望することが目的となる。
本稿では日本語の受益表現のヴォイス的な対立関係を究明し、特に「てもらう」態を中心として分析を行った。その結果は次のようである。まず、「てくれる」文と「てもらう」文との関係は述語形態の語彙的な対立と、行為者と受動者の間の視点の対立とこれによる格の移動が認められるため、ヴォイス的な対立を示している。第二に、被害の意味を持つ「てもらう」形式を述語とする文を間接受動的なものと処理した。これは条件節の内容が未完了的な事象を前提としたもので、受益性がなく、受動的な意味だけを持つ表現と見做した。第三に、「てもらう」文は受動者の依頼によるものと行為者の好意によるものとに分けられる。終りに、「てもらう」形式は韓国語の使役・要求・受益・受動形式に対応できることが分かった。
『古事記』의 전개과정 연구 -須佐之男命의 神性을 중심으로-
한국일본근대학회 일본근대학연구 제12집 2006.05 pp.41-59
※ 원문제공기관과의 협약기간이 종료되어 열람이 제한될 수 있습니다.
須佐之男命の神性を追ってみると善神なのか、悪神なのか、かつまた荒ぶるだけの神なのか一言で言いにくい。高天原では、天岩屋戸の籠もりで見られるように、悪事を働いた荒ぶる神であったのである。尚、高天原を追放され出雲に天下ってからの須佐之男命は八俣遠呂智を退治し草薙剣を得て天照大御神に献上し、出雲の聖地・須賀に宮処を定め、助けた櫛名田比売と結婚するという善神としての須佐之男命の姿である。須佐之男命は果たしてどんな神性の持ち主であるか、『古事記』の展開過程を考察する事にした。 『古事記』では「宇気比」の意味が書かれていないが占いの一方法で、お互いに「子」を生みだし、その性別が正邪の判定の基準になっている。又、「宇気比」は「交接」という神話的意味があると見る。そしてそれが神生みを目的としていることを踏まえれば、対立する天照大御神と須佐之男命の間接的な交接という神話的特徴が見られた。尚、「宇気比」に勝った須佐之男命が乱暴を働いて、天照大御神が「天岩屋戸」に隠れてしまったことで地上は闇になるが、天照大御神が出されて、世界に光が戻るのが示しているのは「再生」であろう。 老年期に根堅州国の主宰神になって、大国主神に数々の試練を与えたことは、通過儀礼であり、それは子どもの自分が死んで大人として「再生」することであり、最後は葦原中国の国土経営を担い、繁栄と秩序への布石をなしている。 『古事記』の展開過程で、考察してみた須佐之男命こそ、天津罪、国津罪、全ての罪を国津神の代わりに背負ってくれる救いの神性を持った善神であった。
今昔-本朝世俗部의 여성관 - 질투, 애욕, 집념을 중심으로 -
한국일본근대학회 일본근대학연구 제12집 2006.05 pp.61-75
※ 원문제공기관과의 협약기간이 종료되어 열람이 제한될 수 있습니다.
『今昔』「本朝世俗部(卷22-31)」の庶民女性像を中心に、古代から中世に移行する轉換と變換の時代、日本の庶民女性たちの嫉妬と愛慾と執念についての女性觀念が、男性主導型社會であった当時、それがどのように表現‧投影され文學作品として昇華していったかについて檢討し、時代的な傾向としての『今昔』の女性觀念について考察する。 まず『今昔』は、女性の嫉妬は時と場所そして時間と空間を超越する恐ろしいものであると戒めている。その結果『今昔』は嫉妬する心がまさに女性のみにある習性のように記述していて、これは『今昔』の男性の編者による偏狹された差別意識がその基底に敷いてあることを意味することであって、当時社會の女性差別的な道德觀が分かる。又、本朝世俗部は佛法の話が少ないし庶民的說話の展開が多いということで、當時の女性嫉妬に対する社會的な女性觀も確實に見せてくれるものと考えられる。 注目すべきことは、女人は嫉妬によって還生すれば蛇になるという指摘である。ここで擧論される蛇は女性內部にある嫉妬と愛執のために、女性は即ち蛇という根強い業による觀念を表出したものと考えられる。女性の愛慾と執念は邪惡な蛇の象徵性のイメージで描かれていて、蛇と女性の間の性の共通項が蛇ということは大変重要な観点であると思われるし、この場合、悪とうのは女性の体が呼び起こす愛執の束縛と嫉妬の炎のように描寫されている。 『今昔』の女性から見られる嫉妬と愛慾と執念は、そのものが女性に対する差別を温存‧助長する佛敎の罪業觀的思考に裏付けられていて、即ち男性側の觀點から捕捉‧描写されながら、文學に昇華‧助長されたものと結論つけることができる。
本考では不易流行思の想受用における影響関係に対して考察した。 時代を超越して優秀な文芸作品には、ある共通する本質的なものが存在する。古人が残した優秀な作品に感動し、また現在の優秀な作品にも心ひかれるのは、そこに何かの共通となる本質的なものを想定していて、それが「不易」だ。しかしひとりひとりの文芸作品が優秀となるためには、常に独創的でなければならず、時代の流れとともに動き、新しさを追求しなければならないことが「流行」だ。芭蕉と杜甫の文芸観にもこのような不易流行思想が現われている。文章は千古不朽の物なのに比べ、文体は絶えず変わることだと思う。 芭蕉が杜詩「禹廟」と「武侯廟」を踏襲真書文句で書いたことは、それに表現された杜甫の 自然物及び表現手法を受容したのである。万物流転という思想で<物>を「不易」と「流行」という二つの面で考察した。天と地、日と月、山と川は悠久する。季節は自然の法則によって秩序整然に運行する。植物と江を「不易」と「流行」の両面から把握したのだ。山は静で、江は動。雲は変化し、銀河水と月は変わらない。銀河水と月が外見上変化するように見えるのは、それにかかっている雲の移動のためである。 芭蕉と杜甫の作品で二人は自然、人生及び物事の本質を洞察したのが分かる。変化しない自然界と激動する人間界を対照的に描写する場合、いつも変わらず秩序整然と運行する自然界に対する憧憬を詩歌で吐露した。二人の他の点は、杜甫は戦乱の世上を生きた人間だから、その作品は宇宙の真理、人生と 物事の本質を表現し、憂国慨世の情も表現した。杜甫は人間界も自然界のようにお互いに調和し秩序整然され行くことを望んでいた。一方芭蕉は太平聖代を生きた人物に、ひたすら文芸を追求したから彼の作品は政治的色彩がない。
『吾輩は猫である』論 -母からの欠落に始まる<淋しさ>について-
한국일본근대학회 일본근대학연구 제12집 2006.05 pp.101-124
※ 원문제공기관과의 협약기간이 종료되어 열람이 제한될 수 있습니다.
1. About the cat's loneliness, people did not show any interest to the small abandoned cat. In spite of being turned out several times, the tiny cat succeeded to enter into the master's house. That reminded the writer of this novel about his unhappy childhood. At the young age of 2 months, he was sent away to be raised by a nurse and later, the writer was adopted at 4 years old. 2. About the teacher, Kushami's loneliness with the pockmarked face, he was embarrassed because of his bad complexion, especially in England. Regarding his life in London, he reflected, 「Two years in London was the unhappiest time in my life. It was just like a dog with down among wolves, when I compared myself to the proud English gentlmen.」 In England, his spiritual condition returned again and similar to his experience 10 years ago. 3. About Kushami's childish character, it was his illusion that high school student's voices were insulting him. His character and voices from these illusions helped to create his way of thinking. These things also became traits like a whirl-wind and as a result of these sufferings, he was drawned by a vision and he didn't recognize his own behavior. 4. About hatred of a detective, it was his decisive character. He is too self-righteous. He distinguished A between B in everything. One more reason is similiar to the idea that someone harmed him. At last, throughout the writer's entire life, he yearned for a warm motherly affection in his bosom of unconciousness but never received it.
三島の小説には緻密ですぐれた心理描写が施されており、「明らかな形」をとってあらわれている。ところが、三島が小説とは違って科白だけで進行していく戯曲という形式を通しては、何を表現していたのか。本稿は三島が求めていた「明確な形」とは、戯曲『サド侯爵夫人』にはどういうふうにあらわれているのかを考察してみた。まず、この劇の舞台となるサロンは時代の変化とルネの変貌する状況の現場として働いており、優雅な舞台装置とは相応しくない人物間の下品で醜悪な会話によって逆説のイメージが強調されている。ところが、登場人物たちが使う言葉の中には、二律背反したアンビバレントな二元の要素が含まれており、それらは対立しながらも、また新たな意味を生み出している。そしてこの戯曲が女性劇であることには注目していくべきである。六人の「女」たちが劇中に登場してこないサドをめぐってそれぞれ対立している。最後まで姿を見せないサドは、彼女たちの言説によって具象化されていく。六人の「女」たちはサド像を浮かび上がらせるための陰画としての役目にすぎないのか。『サド侯爵夫人』は登場している女性によって不在のサドが浮上してくるというよりは、不在の「男」によって「女」同士の対立が明確になってくる逆説的なものとして成り立っている。こういう『サド侯爵夫人』における逆説の含意こそ作者三島が戯曲に求めていた「明確な形」であろう。逆説の劇は、女を語ることのない女性劇として登場してこない「男」を形作っていく。つまり『サド侯爵夫人』には、作者三島の晩年における思想が貫流しているといえよう。
『靑塔』と『新女子』に映し出された フェミニズム -平家らいてうと金一葉を中心に
한국일본근대학회 일본근대학연구 제12집 2006.05 pp.143-154
※ 원문제공기관과의 협약기간이 종료되어 열람이 제한될 수 있습니다.
『青鞜』と『新女子』の多くの作品は男女平等、恋愛や結婚、家族という制度を懐疑し、それから解放されるのをテーマとしていた。女性に抑圧的な生を強要する伝統的社会においては、女性は自己実現の前に多くの障害を飛び越えなければならなかった。近代的な女性の自我覚醒と女性解放思想の形成という点で歴史的に大きな意義を持ちながらも彼女らが住んだ時代には正当な評価を受けることができなかった。『新女子』は『青鞜』より国なりのさまざまな状況のため発行回数や内容面でとても未熟であるが、金一葉は近代朝鮮の婦人運動の先駆者である同時に最初のフェミニストで、『青鞜』の平塚明子に相当する人物に見られる。平塚らいてうと金一葉は従順と屈服で一貫されてきた伝統的女性の価値観では許されない時代に近代的自我により明確に覚醒して、女性の新しい生き方を開拓しようとする強い意志をもって当時の女性達を自覚させるのに一定の役割を担った。また、結婚制度がいかに非人間的なものであったかを、たしかに把握して男女が人間として平等に共存することを願った。
日本自然主義の代表作家である田山花袋は、下級士族の子として明治期のいろいろな變革による苦しい生活を餘儀なくされた。 とくに西南戰爭で父をなくし、經濟的な「貧困」と「抑壓」から逃れ、立身出世のためのひとつの方法として文學をすることを決心する。この間の事情は『第二軍從征日記』でよくうかがわれるが、花袋は最初のところに<西南の役に戰死せる父君の靈前に獻す>と書き、戰爭がもたらした一家の悲痛、不自然な運命がどんなものであるかを克明に書いており、以後の『生』をはじめとする三部作の背景にもなっている。 そして、花袋は『野の花』の序文をとおして日淸戰爭直後の暗い現實暴露的な小說を作品化することに先立って、「小說の技法」または「描寫の近代化」を試みたのである。それは當時の硯友社系の文學を批判し<人生の秘密でも惡魔の私語でも勝手次第に描く>という方法として傍觀的姿勢による客觀描寫を主張し、日本自然主義の中心理論とも言える「露骨なる描寫」「平面描寫論」などを發表した。 さらに、花袋は日露戰爭に參戰し自分の<死>の體驗や兵士たちの死を目の前にし、從軍記者という立場とあわせ「傍觀者」という立場を身につけ、<冷靜な目で見、ありのままを充實に描く>という「露骨なる描寫」の立場をさらに發展させていった。 このような花袋における戰爭體驗は、描寫方法にとどまるものでなく、その後の作品にも大きな轉換をもたらした。花袋は「露骨なる描寫」「皮剝の苦痛」の斷行による『蒲團』や平面描写に充実した『一兵卒』などを次々發表し、かれの文学理論に基づく作品化を試みたのである。その實現方法の一つとしてこれらの作品は<彼(かれ)>という三人稱で書かれている。しかし、實際この<彼(かれ)>は、三人稱でありながらも非常に一人稱的につかわれており、客觀的態度による描寫を試みたという點では認められたが、成功的であったという評價は得られなかった。また、このことは<『蒲團』は私小說の嚆矢>であると言われることとも關わっている。
本稿では、第六次「新思潮」の第四号(1921.7)に発表された川端康成の「油」を中心に論を進めたのである。これまでの研究では、作品「油」は〈孤児〉としての作家「川端康成」を裏付ける自伝的資料として扱われてきた。そしてよっつの「油」の先行論を検討してみたら、川端の「あとがき」の言葉と本文異同だけに重点をおいて論が進められた。 本文では、川端がいう「つくりごと」という言葉を〈創作〉として見る立場をとって作品を検討した。「私」は、「孤児根性」がどのようなものであるかわからず「感情の因習や物語の模倣で悲しむもの」かと、観念としてそれを捉えていたことに「気づき初めた」頃、過去の空白を「伯母の話」を中心に埋めていく過程を通して、「孤児根性」の観念の空虚さにも気づいたのだった。それに「油」の「記憶」復元あるいは創出を通して、「肉親の愛」つまり祖父母からの「愛」も認識できたことがわかった。 それで「油」こそ幼少年時代の「真暗」な「人生」から、「二十歳」になって〈希望〉に満ちる明るい世界へ導いてくれる媒介だったのではないか結論づけた。「油」は、「私」の失った過去の〈起源〉を探してくれるきっかけであったと同時に、未来を紡ぎだす原動力として「私」に注がれていた。
[我ママルクス主義者] の諸樣相について -中野重治の 『一つの小さい記錄』を中心に-
한국일본근대학회 일본근대학연구 제12집 2006.05 pp.203-221
※ 원문제공기관과의 협약기간이 종료되어 열람이 제한될 수 있습니다.
일본 방송 및 방송광고판매제도 연구 -서유럽의 방송 공공성 보호장치와의 비교분석을 중심으로-
한국일본근대학회 일본근대학연구 제12집 2006.05 pp.241-254
※ 원문제공기관과의 협약기간이 종료되어 열람이 제한될 수 있습니다.
This study is an exploratory study on the structure of destination image. The purpose of this study is to find the destination image of Nagasaki prefecture through the tourism promotion video-CD. After literature review regarding image in general, destination image were examined. This study presents on comment of 58 university students about tourism video-CD by a KJ method. It revealed that affects generated by the tourism video-CD had direct effects on the cognitive evaluation of the destination image. Also, it showed meaningful relationship with cognitive image and affective image. In order to get visiting intention about destination image, it has to carry on positive image of destination image. Further studies done on a large scale and type of information sources would be necessary.
호텔 종사원의 셀프리더쉽과 조직시민행동이 성과에 미치는 영향
한국일본근대학회 일본근대학연구 제12집 2006.05 pp.267-285
※ 원문제공기관과의 협약기간이 종료되어 열람이 제한될 수 있습니다.
本研究は、一番目にセルフリーダシップは組織市民行動とどのような影響関係にあるか、二番目に組織市民行動と成果変数の組織没入及びサービス品質の影響関係を明らかにしてみる。三番目にセルフリーダシップは成果変数の組織没入とサービス品質に影響を与えるかどうかを明らかにし、ホテル企業が活用できる適切な人的資源管理の方案及びサービス品質改善の方案を提示することで、競争力の強化に活用できるようにすることが目的である。分析の結果、セルフリーダシップの構成要素である私有的セルフリーダシップ、自然補償、自己管理の順番で影響を与えることと分析されたし、組織市民行動はサービス品質は勿論、組織の没入にも有意な影響をあたえることと現われた。又、セルフリーダシップはサービス品質と組織没入に私有的なセルフリーダシップ、自己管理、自然補償の順番に影響を与えることと分析された。従って、ホテルの従事員のセルフリーダシップ及び組織市民行動の評価及び強化を通して組織没入及びサービスの品質が改善できるようになるであろうと考えられる。
The loss of a job is frequently cited as one of the traumatic life experiences, along with divorce or the death of a spouse. Studies indicate that job loss places these people at increased risk of poor mental health in terms of increased depression, anxiety, minor psychiatric morbidity, and decreased self-esteem and life satisfaction, and causes other negative consequences. But much less research has been devoted to understanding the coping individuals use to help them deal with the experience of unemployment. The purpose of this study, therefore, is to address the coping of job loss. The discrepancy appraisal directly affects an individual's coping strategies that may be control oriented or escape oriented. The influence that the discrepancy appraisal has on coping strategies, however, is moderated by a person's perceptions of coping efficacy. Coping efficacy is defined as individual beliefs about successfully enacting a variety of coping strategies in a specific situation. Coping resources are another antecedent of coping strategies. They include personal and environmental factors that are available to deal with life-facet discrepancies. Coping resources have both direct and indirect effects on coping strategies. Coping resources indirectly affect coping strategies through the direct effect they have on a person's discrepancy appraisal. Coping strategies also have an impact on the depletion or replenishment of coping resources. Duration of the job loss discrepancy is an undergirding influence in the process of coping. The impact of duration on the process is critical and complex because all modeled relationships can change as unemployment continues.
This paper provides an ABC analysis of Market‐oriented1 rehabilitation equipment in Japan in the following four parts: ■ Market‐oriented Analysis: The Results of a Visitor Questionnaire at Home Care and Rehabilitation Exhibition2 (H.C.R.:2001‐2003); Q1.Reasons for Coming (multiple responses); ■ Market‐oriented Analysis: The Results of a Visitor Questionnaire at Home Care and Rehabilitation Exhibition (H.C.R.:2001‐2003); Q2.What Types of Products Were You Looking for? (Multiple responses); ■ Market‐oriented Analysis: The Results of a Visitor Questionnaire at Home Care and Rehabilitation Exhibition (H.C.R.:2001‐2003); Q3.In Regard to Homecare & Rehabilitation Products, What Would You Like to See? (Multiple responses); and ■ Conclusion and Discussion.
0개의 논문이 장바구니에 담겼습니다.
선택하신 파일을 압축중입니다.
잠시만 기다려 주십시오.