2019 (69)
2018 (86)
2017 (94)
2016 (87)
2015 (93)
2014 (105)
2013 (93)
2012 (89)
2011 (84)
2010 (77)
2009 (54)
2008 (56)
2007 (61)
2006 (43)
2005 (33)
2004 (37)
2003 (38)
2002 (36)
本研究では、文末形式にあらわれる日本語の丁寧表現を考察し、男女の言語的性差現象を明らかにすることを目的とする。なぜなら、日本語の文末形式には女性語を男性語を区別する形態を持っている特徴がある。それには各々の固有の意味を持っているが時にはどんな文末形式を用いるのかによって聞き手との対人関係に大きな影響をあたえる場合がある。これは文末形式の選択は話し手の丁寧表現をあらわす重要な役割を果たすからである。 特に、女性は男性に比べて協調的な会話スタイルをあらわす丁寧表現を多く用いると考えられる、また、男性は女性より競争的な会話スタイルをあらわす丁寧表現を用いると思われる。したがって、談話に現れる命令の文末形式、疑問の文末形式、断定・主張の文末形式を分析し、その機能を比較検討したい。
일한번역에 있어서 수동표현에 대한 일고찰-『노르웨이의 숲』의 용례를 중심으로 -
한국일본근대학회 일본근대학연구 제22집 2008.11 pp.21-35
※ 원문제공기관과의 협약기간이 종료되어 열람이 제한될 수 있습니다.
翻訳教育を受ける学習者か深思熟考せず翻訳原文にすがりついて目標言語の語彙に機械的に1対1置換えをすれば、それは翻訳ではなく辞書的な単語を並べるだけにすぎない。本稿では作家村上春樹氏の『ノルウェイの森(上、下)』とその韓国場語版の翻訳本3冊から日本語受身表現を分析資料にして原文の受身表現とその翻訳用例の対照分析を行った。その結果、日本語の受身表現が韓国語の翻訳でも必ずしも受身表現になってはいないことが用例分析を通してわかった。勿論、日本語の受身表現が韓国語でも受身表現に翻訳される場合が多いのは事実であるが、そうではない事例も相当存在するということを認識しなければならない。全体の用例項目の日本語受身表現の用例の中で57.5%は韓国語の翻訳でも同じ受身表現に翻訳されたが、42.5%は能動表現を使うか省略または他の語彙に置換えて表現去れている。従って、日韓語翻訳でも韓国語と語順が同じであっても原文にこだわって1対1対応翻訳だけに気をとられず、文学的な素養を備えた実力のある翻訳家が切実に求められていると言える。今後、翻訳の質のレベルを翻訳家の個人才能や好みにまかせることは無理があると思われる。即ち、翻訳において個人の言語感覚や才能も大切ではあるが、翻訳学的な知識の土台の上に原著者の意図に対する正確な解釈ができる才能を備えなければならないと考えられる。
『蜻蛉日記』を始発に成立した平安朝女流日記は、作者の固有の精神に根ざしており、それぞれ特異性を発揮し、一つ一つが自立している。作品を強力に支えているものは、書き記すことによって表出しないではいられない情緒、いわば、韓国人にとって誰しも胸の中に一つくらい抱いているといわれる「恨(ハン)」の情緒に近いものではないかと思われる。平安女性が韓国の「恨(ハン)」という言葉を知っていたはずもなく、時代的背景や空間的距離など、日本人に「恨」という情緒を言ってどれだけ通じるかという恐れはあるが、本稿では、道綱母をして『蜻蛉日記』という作品成立にまで至らせた彼女の悲哀感を単なる「嘆き」とは異る韓国人の「恨」の情緒に近いものとして読んでみたい。そこで『蜻蛉日記』に描かれている道綱母の不幸を「兼家の愛情」や「子供」「正室」への「恨」として捉え、それに対立する場面や物詣の自然観照を通して苦悩を克服していく作者の姿を辿ってみたのである。なお、『蜻蛉日記』を女性文学として見るとき、社会性が乏しく、男性中心的社会制度に対する疑問や結婚制度に対しての反発などは見られないが、夫兼家に対する反発や抵抗意識は、当時の女性像としては想像を絶するもので、一見、そのような激しい個性は、一般的な「恨」という概念から考えると「恨」の情緒に対立する側面があるが、その個性のつよさこそ、不幸な結婚生活の体験を書く原動力になり、文学的人生に昇華させる根源となったと考えられる。
頭中将という人物を考えるについて、見逃せない要素がある。それは、物語中にもしばしば描かれる「いどみ心」である。頭中将固有の性質である「いどみ心」がどのような性格をもつものかをもう少し深く考えることによって頭中将という人物が見えてくるのではないかと思う。源氏とは、親密な仲である頭中将は帝の寵愛を一見に受けて、他の親王ですら対抗することができない源氏にたいして「いどみ心」をもつのである。つまり頭中将が、自分を、身分的に源氏に劣るものではないと考えているからであろう。彼の、持って生まれた負けん気の強さと、出自に対する自負が、「いどみ心」の根底にあるといえよう。そしてそれは、源氏との親密な関係の中で、独特な性質をおびるようになるのである。この独特さが、「いどみ心」を彼以外の源氏に対抗する人々との「対抗心」とは違ったものにしていると思われる。
挿話的な性格の強い女性挿話が『平家』という叙事文学の一隅にあって、珠玉のような輝きを放ち、平家の大きな特色である仏教的な性格の一つの側面を見事に表現しているのは注意しなければならない。建礼門院を中心とする『平家』の貴族女性もやはり仏教思想に濡れた類型的な女性であって、彼女たちは時代の激変に自分の運命を折り重ね、人間世界を支配する無常なる宿命に深い嘆きを言い出している。『平家』の女性挿話の中には仏教という「八苦」のうち「愛別離苦」「怨憎会苦」の二つの苦の世界が具体的に描かれていると思われるし、その苦界から脱して浄を願う往生思想が最も典型的に表れていて、この意味で特に建礼門院の説話は平家の中ですごぶる重要な位置を占めるものと考えられる。それは彼女こそが「愛別離苦」「怨憎会苦」を一つ一つ緊密に連結する平家を代表する総合的な人物像であったからである。なお,世俗を離れ修行するというのはある意味では貞女の位置を一番よく示したことで、この認識の上で考えるとを建礼門院を通して当時貴族社会の女性の貞節の観念が強かったことが分かるし、彼女自身、自我への高い自尊心を守る節操の女性であったと言えよう。建礼門院を通じて『平家』の作者の女性出家思想は鮮烈である美への世界であり、これは『平家』がその末尾の「大原御幸」に続く「六道之沙汰」の章において建礼門院自ら『平家』の仏教文学的性格を立体化されたことからも分かる。それは女人往生という形で『平家』の美意識とも繋がることであろう。
本稿のテキストである『秋』は結婚を間に置いた若い男女たちの変心、青春の彷徨で選択、そして選択後心の童謡や葛藤に至るまでの経緯が描かれている。信子と照子という二人の姉妹と一男間での愛を描いた話だ。研究方法としては主人公である信子を中心に作品を分析した。先行研究としては『秋』の主題を信子の経済的事情に敏感なもので見た佐々木雅発の論を取り上げた。またこの作品の主題と係わるエゴイズムの実体を糾明するためにはこの時の作家の心情とこの作品を書き始めた時を見逃すことができない.『秋』という作品が発表される前に芥川龍之介は自分の創作が「一種の自動作用」例えば説話文学に素材を借りた王朝物、開化物にもう固定化されたと言う危機を吐露した作品だ。また『秋』は芥川が取り掛かった女性自分の目で眺めた女性の話という事実に注目する必要性があるでしょう。上の観点に即して本稿では女性の時点で眺めた女性の話である。彼女の価値観も <経済=幸せ>の概念で適用させることができるはずだという解釈を下すようにした。しかしには終りが見えない,、永遠に自分の生に満足することができない。いや満足することができない信子のエゴイズムが存在した。このような作品中心の研究方法は『秋』の世界をより多様で幅広く理解するのに役に立つと思う。今まで研究して見た結果芥川が絶え間ない挑戦精神を持って作り出された作品という所に意味があり、女性の時点で眺めた女性の話という点に作品として価値を付与することができると思った。こんな点に即して『秋』の主人公である信子を中心に彼女のエゴイズムを通じて作品世界を分析して見た。
미야모토 유리코의『노부코(伸子)』-노부코의 근대적 자아를 중심으로-
한국일본근대학회 일본근대학연구 제22집 2008.11 pp.109-123
※ 원문제공기관과의 협약기간이 종료되어 열람이 제한될 수 있습니다.
『伸子』は作家宮本百合子が直接体験した恋愛から結婚、破局に至る過程を「伸子」という女主人公を通して描いた作品である。伸子は、妻は家事が下手でも、子供を生まなくてもよい、さらに進んで、自分を犠牲にしてで妻のしたいことをさせるという、その当時では稀に見る家父長制度に縛られない佃と結婚する。しかし、伸子の結婚生活は、自我実現と内面的欲求が満たされる生活ではなかった。伸子は、当然妻として享受すべき権利があると思う一方、佃は自分を犠牲にして妻に自由を与えていると思っているので、互いの見解の差が深くなる。それを認めることのできない伸子は、主体者としての亀裂を自分の中に感じ、本来の姿を探そうと努力する。このように伸子は独立して自分らしく生きていきたいと言う欲望から、夫と別れようと決心する。こうして自分で仕事をして、人間らしく生きることを渇望する一人の女性の前に置かれた障害と葛藤しながら、それを乗り越えようと努力する姿が、その当時の女性が処された現実を極めてリアルに代弁していると言える。
一般的に日本の近代文学は、西洋の文学やキリスト教などの影響がその源泉となり、従来の伝統文学の脈絡とは絶たれた意識のもとで出発したと認識されている。しかし、田山花袋の場合、従来の伝統文学から<逸脫>と<回帰>を繰り返しながら文学活動をしてきた。漢詩や和歌から文学に対する関心が始まり、桂園派の松浦辰男から学んだ<事実尊重>は自然主義の母体となったし、自然主義時代においてさえ、外国文学による新しい文学を模索する一方、伝統文学を再発見し、その中で新しいものを汲み取ろうとした。したがって本稿では『蒲団』と西鶴文学、そして平安朝の女流日記文学との関連性などを調べることによって花袋における伝統文学の大きさを探ろうとした。これは、今までの『蒲団』の評価が主に外国文学との影響を中心に論じられてきたのとは対照的なものでもあるし、また『蒲団』ー<私小説>という図式を考えることにおいても意義のある作業になると思われる。
本研究は現代人の宇宙的思考と科学の終熄、宇宙的存在と文化的存在、文化研究と文化研究の方法、文化政策と文化政策研究の方法などに関するが考察を通して宇宙中心時代における学問と文化研究との関係を次のように明らかにさせた。人間中心の時代の学問は人間と自然に対する研究で始まり、科学という形態で定着した。それに対して宇宙中心時代の学問は文化に対する研究の形態で定着した。自然科学、社会科学、人文科学などの用語においての場合のように科学が人間中心時代のそれである言えるならば、文化研究は宇宙中心時代の基礎学問として考えられる余地が充分あると言える。文化研究が宇宙中心時代のそのようにな学問として浮き彫りされることになったのは時代的理念と深く係わっている。宇宙中心時代とはユニバーサルリズムの立場で人間の問題を解決しようとする時代であると言う。このユニバーサルリズムはヒューマニズムの限界性を克服するために取られた立場の論理的根拠であると言える。人間中心主義と翻訳されうるヒュマニズムとは空間的土台という側面からいうならば地球という空間に根ざした立場である。これに対して宇宙中心主義とは全宇宙的視角から地球上の人間の問題を解決しようとする立場である。この場合、人間の処じている地球というものは物理的、生物学的秩序でできている物体である。従って、この地球上でおいての人間の問題はそのような秩序を用いて解決されるべきだという考えが観念化されていったのである。そのような観念が他ならぬ、人間の物理的、生物的自然に対する体験に根拠して形成された合理主義思想である。その思想の本質は人間の認識対象に内在されていると思われたある原理とか秩序を捉え、それらを通して問題を解決しようとする立場である。しかし、人間は20世紀初に成立した量子力学における不確性の原理が語っているように、認識対象の世界に対する論理的接近の限界性が認識されはじめ、認識対象に内在されている秩序を捉えようとする立場を諦め認識対象が人間に及ぼす影響を把握しようとする立場を取っていったのである。たとえば、これからは素立者がどのくらい小さいのか、宇宙がどのくらい大きいのかは問題にならないのである。問題はそれらが人間にどのような影響をどのくらい与えているのかというのである。つまり、科学的思考に対する限界性の自覚とか絶対的主観に陷沒された意識などの人間をして文化に対する関心とか耽美的態度などを取らせることになったというのである。文化研究とは人間の感賞を通す人間自身の認識対象の存在意味に対する豊かな享有原理を探求することを目的とする。
本稿は, 日本人の色彩選好度を調べるための方法で, 江戸文化芸術に影響を及ぼした町人たちの文化の浮世絵に現われた色彩特徴を庶民の社会, 文化, 思想的背景と結付させて分析しようとする。硏究方法は, 浮世絵について國內外の單行本と刊行物, 日本書館の文獻資料を中心に實物寫眞がされた外書籍と日本書館の資料, 信賴性ある日本文化情報サイトなどの資料を引用した。時代範囲は, 日本の江戸時代(16001868)に限定して, その対象は初期․中期の遊郭や庶民たちの姿を描いた繪畵, 後期の歌舞伎俳優たちの姿を描いた繪畵を研究対象にした。研究内容は, 浮世絵に表現された小袖の全体的な色彩特性と主調色と帶, 衿, 裾の色彩使用頻度と配色, 内衣と表衣との配色, 小袖の地色と文様の配色を分析した。その結果, 主調色では赤色系列の使用が多かったし, 全体的な色彩特性は衣服禁制を避けて, 原色系列の小袖より茶色と鼠色系列の間色の小袖がたくさん現われたことを分かった. 衿と裾, 帶は黒色がたくさん現われて, 主調色である赤色との配色において強調の效果を与えて, 全体に立体感を付与したし, 文様との配色は自然文を好む傾向と連関をつけて, 赤色と緑色の補色對比が著しく現われた。
本研究は日本の社会において在日済州人の社会的ネットワークがどのように形成され、どのような特性をもっているかを考察するものである。本研究の結果を要約すると、次のようである。第一に、在日済州人は日本の社会において困難な暮らしを克服するために、村の単位別に様々な形態の社会的ネットワークを形成したのである。第二に、在日済州人は日本の社会において門中会、宗親会、親族会などを中心に血縁ネットワークを形成したのである。第三に、在日済州人は日本の社会において親睦会、郷友会、親族会などを中心に地縁ネットワークを形成したのである。第四に、在日済州人は日本の社会において近代的な人間関係の契機を作るため、初․中․高校という同窓会を中心に学縁ネットワークを形成したのである。第五に、在日済州人は日本の社会において済州道出身者の移住歴史と定着過程、地域正体性などの社会的ネットワークを通じて在日済州人の社会の過去と現在、そして未来を予測できる。従って、この研究は 在日済州人の社会を明確に捉える必要があるため、日本の社会で居住している在日済州人を中心に在日済州人の暮らしを社会的ネットワークの観点から考察した。結局、在日済州人は、韓人社会の中で占めている比重が高く、門中、村、学校など様々な形の親睦団体といった非公式組織を形成し、地縁、学縁、血縁とような社会的ネットワークが強く持続される特殊性をもっているといえる。
「테러와의 전쟁」을 통해서 본 세계화와 테러리즘-아프가니스탄 내 테러리즘을 중심으로-
한국일본근대학회 일본근대학연구 제22집 2008.11 pp.211-231
※ 원문제공기관과의 협약기간이 종료되어 열람이 제한될 수 있습니다.
対テロ戦争は、人類歴史上、冷戦時代の巨大な理念的対立と葛藤というスローガンよりも、国際社会をなおさら閉鎖化しつつある。それとともに、アメリカのように自国や自国民の中心主義に転向させる雰囲気さえ助成している。これによって、地域的、人種的、宗教的な差別を正当化する結果をもたらしている。特に、反テロ法のような保安法は人間の自由権と人権侵害という深刻な人権問題も惹起している。このような状況のなかで、アメリカを中心に動かされている国際社会は対テロ戦争の以後アメリカの一方的な視覚から離れ、イスラム圏の立場から対テロ戦争を見直そうとする傾向も発生している。このことはイスラムに対する理解と関心を拡散させることだけではなく、最近の研究動向からはイスラムの抵抗勢力のテロリズムについて新しく評価しようとする研究の増加からも理解できる。にもかかわらず、アメリカと西欧は対テロ戦争を続けて推進するため、追加派兵と支援を国際社会に要求している。こうした対テロ戦争の正当性や当為性が国際的な問題になっている状況に基づき、本研究では、対テロ戦争と反テロ法が国際社会に及ぼす影響を批判的な観点からとらえようとした。そのため、まず、世界化という理想のなかで公安政局化されている国際社会の実態を分析し、そして新しく登場しているe-テロリズムを通して、変化を迎えている21世紀型のサイバーテロリズムについて考察した。最後に、対テロ戦争の以後、新テロリズムによって一番大きな被害を受けているアフガンのテロと拉致事件を年度別に分析することによって西欧とイスラムの関係を把握した。
韓国における65才以上の老人人口は2007年10月現在およそ481万名で,全体人口の4,845万名の およそ9.9%を占めており, およそ20年後の2026年には65才以上の老人人口の割合が全体人口の20%を越える超高齢社会に進入する見込みである. 韓国の政府はこういう急速な高齢化の進展に伴う老人療養費及び老人医療費の問題を解決するために, 2008年7月1日から公的介護保険制度を第5社会保険として導入した. 一方, 2000年4月に公的介護保険制度を導入した日本は保険事故の危険を分散すると同時に, 健康な人が保険加入を回避し, 事故発生の危険性が高い人だけが保険に加入する逆選択を防止するために40才以上の全国民を保険加入対象にする社会保険方式を採択している. 日本は運営主体である市町村が条例により2005年に保険料と保険給付水準等を改正した. 政府が100%運営を担う公的介護保険制度を導入した日本においては看病サービスを必要とする老人が急増し, この制度の財政が悪化される可能性があるために3年ことに保険料率及び対象者基準,保険給付の水準などを調整するよう設定されている. 本研究では韓国と日本における公的介護保険制度の療養給付及びサービス体制を中心として検討し, その示唆點について提案する.
本研究では大衆観光の弊害に対する反省として登場した対案観光(Alternative Tourism)としてのニューツーリズムの体系的な進行の必要性により、日本の「地域密着型ニューツーリズムの創出․流通促進事業」の観光政策の構造を分析しようとした。日本のニューツーリズム観光政策の流れは多品種․小ロット․高付加価値型の旅行商品の需要に応じて、地域社会および流通卯などの理解集団の理解と参加を誘導しながら、同時に流通促進のため各地域のニューツーリズムの旅行商品情報をデーターベースで構築して旅行会社によるフル․パッケージツアー商品として旅行者に提供し、また旅行者に直接データーベースの情報を公開․提供する構造になっている。これは結果的に新しい観光需要として登場するニューツーリズムの大衆観光化および個別観光客の需要にも対応する流通体制を揃っていると言えるし、最近論じられているネオツーリズムにも接近されていると言える。これに関わってモニターツアーの実証事業として国土交通省で採択した46件のニューツーリズム事業計画の事例について内容分析を下結果、日本のニューツーリズムの旅行商品の類型はグリーン․ツーリズム、エコ․ツーリズム、ヘルス․ツーリズム、文化観光、産業観光、日本型ロングステイと分けられて、大体一つの事業地当り二つ以上のニューツーリズムの旅行商品を進んで多様性を追求していることが分かった。
0개의 논문이 장바구니에 담겼습니다.
선택하신 파일을 압축중입니다.
잠시만 기다려 주십시오.