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2002 (36)
本稿は、日本における中国語の構造助詞「〜地」語の受け入れについて考察したものである。中国では、漢文ではなく、主に中国俗語文學に用いられているし、主たる会話語でもある。 日本では『色葉字類抄』に「白地」の例があるので、当時日本の中古時代にも用いられていたことが窺われる。「〜地」語は、近世以前には主に、仏教関係で用いられていて、中世の種々の仏教資料「〜地」語が散見している。時代が流れ、中国との関係が深まることにより、色々なジャンルにわたって「〜地」語が用いられるようになった。日本の代表的な資料として、「唐話辞書」は勿論、読本、通俗和訳本、日本人作白話文、繁昌記などの漢文戯作文、漢語辞書、それから近代に入っても種々の文學作品に現れている。近世以後の資料に現われる「〜地」語と近世以前の仏教関係の「〜地」語にはかなりの差がある。つまり、仏教関係に現われる「〜地」語は日本の作品にあまり用いられていない。 近世や近代を通して一番多く用いられていた語は「忽地」である。ジャンルを問わず、色々のところで「忽地」を用いている。それから近代には「驀地」もかなり用いられている。形から見れば、日本人作白話文や漢文戯作では「AA地」が多く、その他は「A地」が多い。つまり、数多くの「〜地」語やタイプのなかで、日本では限られた語が用いられていたといえよう。近代に限っていえば、その主な語と形は、「忽地・驀地・直地・撲地・立地・白地・特地・明々地・悄々地・活溌々地」のような「A地・AA地」が主流であり、たまに「ABB地」も見られる。 日本語の副詞を表す漢字表記は、「〜地」語を用いなくても別の表現があるにも関わらず、中国俗語を用いている。このように、近世・近代における漢字表記には、中国俗語由来の語があって、重要な役割をしていたことがわかった。
한일 유행가의 그리움을 나타내는 어휘의 비교고찰 - 1925년부터 1960년까지를 중심으로 -
한국일본근대학회 일본근대학연구 제25집 2009.08 pp.37-50
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本稿は1925年から1960年までの韓國と日本の時代的な情緖を考慮して韓國と日本の流行歌の主題の中で、懐かしさを表わしている語彙の特徵と變化の樣相を比較考察して、兩國の流行歌に表れる語彙固有の特性と変化様相を調べてみた。その結果、日本と韓國の懐かしさの對象とかその表出方法が本当に類似していることが分かった。これは過去に対する懐かしさと名残を持つのが人間の普遍的な情緖であるだろう。 韓國の場合、前後期にかけて亡國と望鄕に因する鄕愁が主な情緖で登場していて、後期には分斷に因って强制的な離別を前提にしていたという点で前期とはその性格を異なっている。また、韓國の鄕愁は懐かしさの基本の情緖で前期には君に対する懐かしさよりも比重が高かったがが、日本は前後期全部君に対する懐かしさが高かった。韓日の両国は故鄕に対する懐かしさが原初的で母性的な懐かしさで表れていた。これは故鄕と母が人間の心身の母體であるからである。韓日兩國の流行歌の中で懐かしさを表出する共通の語彙は「故鄕/故郷, 추억/思い出, 사랑/恋, 이별/別れ, 마음/心, 가슴/胸, 꿈/夢, 눈물/涙, 밤/夜, 봄/春,꽃/花」などで、主に「故鄕/故郷, 추억/思い出, 사랑/恋, 이별/別れ」などが懐かしさの原因になって「봄/春,꽃/花」の具體的な自然物と「마음/心,가슴/胸」の心情語を通じて懐かしさを表出していた。特に、日本は「日, 山, 雨, 霧, 渡り鳥, 海」などの多樣な自然物を素材にして懐かしさ表出していた。前期には東アジアの帝國主義化のための戰爭を合理化させるために自然物を通じて「国」に対する懐かしさと愛着が强要されていた。その他にも 日本の流行歌に頻繁に登場する「灯, 町」などは日本の島の都市での地理的な特徵と韓國より前に進んだ近代化を見せることで同時代の韓國の流行歌とは辨別される地理的、社會的な狀況などが分かった。また、前期の韓國の懐かしさを表わす語彙は日帝强占で軍需物資の收奪と靑年の 强制徵用及び滿洲などの强制移動のため「님, 나, 처녀」が主體になって「청춘, 행복」に対する憧憬が多かった。 このように流行歌の一番普遍的な心境の懐かしさは人間の原初的な情緖の發露で兩國が置いてある時代的な政況と國民的な情緖によって同じな語彙でもその使い方と意味の幅が異なることが確認できた。 今後は1960年以後の後續の硏究を竝行させて韓日兩國の流行歌の多樣な主題による語彙別の特性及び變化樣相をもっと明らかにするつもりである。
韓日 兩言語의 飜譯과 ‘가짜동족어(false friends)’
한국일본근대학회 일본근대학연구 제25집 2009.08 pp.51-66
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韓国語と日本語には漢語が多い。特に韓国語と日本語は同じ意味の同じ漢語を使う場合も多いが、同じ漢語の中でも韓․日両国で意味の差がある漢語も多い。本稿は形は同じだが語義が違う韓․日同形漢語の「偽同義語」に注目し、日․韓、韓․日翻訳文を中心に考察したものである。 「偽同義語」を代表的な辞書的意味を用いて翻訳すると言語干渉現象が起りやすく、特に漢語の直訳など、不注意な翻訳過程において「自動反射的(push-the-button)翻訳」を行う可能性も高い。又、「偽同義語」には各国の言語の意味の差だけでなく文化の差も現れたりする。このように「偽同義語」は、誤訳および「翻訳スタイル」にもつながりやすいので、特に翻訳の場合注意をしなければならないであろう。
「夕方」と‘저녁(チョニョク)’の意味、使われ方、そして時間認識の差を調査するため、まず辞書上の意味を考察し、その後、読売新聞と朝鮮日報に出てくる「夕方」と‘저녁(チョニョク)’を抽出し、時間的使われ方を考察し、最後に両国民にアンケート調査を実施し「夕方」と‘저녁(チョニョク)’に対する時間認識の概念の差を調べた。 その結果、辞書での意味では両言語とも日が暮れる頃を表している点では共通しているが、韓国語の意味では日が暮れて夜になるまでの時間帯を表していることが分かった。また、新聞上での使われ方を見ると「夕方」は4時台から6時台までの間に集中し、‘저녁(チョニョク)’は6時台から8時台の間に集中しており、かなりのずれがあることが明らかになった。また、両言語の時間概念の差をアンケート調査を通して調べた結果、日本人の「夕方」の終りの時間帯と‘저녁(チョニョク)’の始まりの時間帯がほど同じ時間帯を表していることが分かった。この結果を見て分かることは結局韓国人が‘’저녁(チョニョク)‘の始まりを認識する頃は既に日本人は夕方の終わる頃を認識しているということになり、調査地の日の入り時刻の差が4分のみであるということを考えると両言語に相当な時間的且つ認識的差があるということが言える。 これらの結果をもとに日本語教育という観点から考えると日本語学習者に「夕方」という時間語を教える際、「夕方8時」や「夕方9時」という使い方はしにくいということを教えるべきではないかと思う。反対に韓国語教育という観点から考えれば韓国語学習者に‘저녁(チョニョク)’という言葉を教える際には‘저녁 4시’という言い方は使いにくいということを教えるべきであろう。
오노마토페의 일한 대응유형 고찰 -『のだめカンタービレ』의 용례를 중심으로-
한국일본근대학회 일본근대학연구 제25집 2009.08 pp.85-102
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本稿は日本の漫画と小説に出現するオノマトペが韓国語の翻訳本ではどのような対応類型で現れるのかについて考察したものである。その結果を整理すれば次の通りである。 1)漫画の場合、オノマトペ対オノマトペの対応類型が全体の87.10%を占めていた。漫画の中のオノマトペは絵を躍動感あるものに補完する役割を果すため、他の説明を必要とせず、オノマトペと絵だけでも内容と状況を十分に伝達できるという点を確認することができた。 2)小説の場合には漫画とは違い、オノマトペ対オノマトペの対応だけに偏ず、多様な対応類型が見られた。小説は文ですべての状況を描写し、読者に伝達しなければならないため、オノマトペだけで説明するのは限界があることが分かった。 3)外国人学習者に対する日本語のオノマトペ学習という観点から見れば、漫画のオノマトペは絵を通じて正確な内容の理解が可能だという点を上げられ、小説は学習用の辞書だけでも内容の理解が容易なオノマトペの語彙が多く使用されているという点を上げることができる。
本稿では「カタカナ教育」の現状と問題点を再認識し、より効果的な指導法の考察にあたって、カタカナ文字とカタカナ語の定着度の調査を行った。中学や高校で日本語の学習経験のある大学生の約8割にはひらがな文字は定着しているのにカタカナ文字は定着していなかった。そして85%の学生がカタカナ文字はひらがな文字よりも覚えにくいと感じており、その「覚えにくい」理由として一番多かったのは「習う順序(ひらがなを先に習うため)」であった。ここから、ひらがな文字先習の現在の日本語教育がカタカナ文字の定着を悪くする一つの要因になり得るのではないかと考える。そして、学習者自身は「カタカナ文字もひらがな文字と同じように時間をかけて教えてほしい」と希望していた。 実際に授業の都度、カタカナ文字とカタカナ語に対する指導を意識的に行った結果、カタカナ語の読み書きにおいて確かな習得が見られたことから、教育者の意識と工夫次第でカタカナ教育の現状を幾分は変えていくことができるということが明らかになった。その中でも、名前のカタカナ表記はひらがな文字では使われない「チェ」や「ジェ」「ファ(フヮ)」などの音韻表記があるため、教える側も覚える側も負担になると考えやすいが、自己紹介で自分の名前をその国の発音で紹介するのは当然であり、外国人の名前はカタカナで書かれることを利用して、カタカナ文字を自然に受け入れるよい機会だと教師側が意識転換をするべきであろう。 今回の調査から、「カタカナ教育」の問題の解決のためには、1)日本語教師のカタカナ教育に対する意識の改革、2)ひらがな文字先習である現在の日本語教育の内容の再検討、3)日本語の教材の中のカタカナ語の扱われ方を改める必要があると考えられる。
전근대 일본사회의 교육제도와 이념(2) ―서민교육의 중심 寺子屋―
한국일본근대학회 일본근대학연구 제25집 2009.08 pp.117-142
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前近代社会下、韓日両国における庶民教育システムとしての「書堂」ならびに「寺子屋」は、その機能と形態の類似性のため、往々にして比較対象と看做されてきた。しかし一連の研究は、庶民初等教育システムとしての共通性を過度に主張するものが大半であった。 全国的な拡散、自然発生的かつ任意的な展開、設立ならびに閉鎖規定の不存在、訓長(ないし師匠)による自営あるいは郷村共同体による拠金、あるいは篤志家による経営、6-7歳から4-6年程度といった就学期間、一対一方式による教授法など、両者は確かに多く近似的な性格を有している。しかし、書堂がその発生から、儒教的価値と理念の伝播を奉じていた反面、寺子屋は中世においては寺院の俗人教育を、また江戸時代においては庶民教育を担う装置であって、現実的な効用の面において両者は袂を分かつ。こうした背景には異なる教育理念が存在し、このことは教育の内容をつぶさにみてとることによって初めて可能となる。 以後、近代社会への道程において、寺子屋はそのシステムを温存、改良させるも、書堂は植民地化の過程で姿を消していく。しかしながら、書堂が育んだ価値観教育の伝統は、今なお韓国社会に息づいており、儒教を奉じる現代韓国人の心性を形成していると考えられるのである。
제국일본 시기 민간학에서 관학으로의 이행과 그 특징 - 야나기타 민속학(柳田民俗学)을 중심으로 -
한국일본근대학회 일본근대학연구 제25집 2009.08 pp.143-162
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本研究の目的は近代日本の帝国主義とともに学問や知識がどのように文化権力として展開しているのかを明らかにすることである。そのため、本研究では近代日本の知識体系として誕生され学問として体系化をはかってきた柳田民俗学に焦点をあてた。具体的にそこでの方法論や概念がもつ特徴を検討し、こうした柳田民俗学がどのような人的ネットワークとかかわりをもちながら植民地統治に影響をあたえているのかを明らかにした。初期柳田民俗学の被差別部落民や山人研究を検討すると、柳田民俗学の經世濟民は<国民ー常民ー大和民族>のための学問を指向する官制イデオロギを内在するものであり、したがって植民地の人々を日本に同化させるための学術的基盤をもっていることがわかる。柳田民俗学は在野から民衆の生活を学問的対象とする民間学として誕生されたものであった。しかし、柳田民俗学の学知は帝国日本という空間的膨張とともに植民地では官学として変貌し植民地統治のための知的資源として活用されることになる。さらにいえば、内地では民衆の側から国家へのナショナリズムを発信するものとしてあらわれたが、植民地朝鮮では京成帝国大学とのかかわりをもちながら国家が植民地を支配する上からのナショナリズムとして作動されていた。
旗田巍と『朝鮮史』(1951年)―「人間のない歴史」を超えて―
한국일본근대학회 일본근대학연구 제25집 2009.08 pp.163-184
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旗田巍は、戦後日本において先駆者あるいは開拓者として、朝鮮史研究をリードしてきた人物である。彼が朝鮮戦争の最中に刊行した『朝鮮史』(岩波全書、1951年)は、戦後日本の朝鮮史研究はもちろん韓国の歴史学界に大きな影響を与えた著作である。戦後日本の新しい朝鮮史研究の視座を提示し、南北統一への願いが込められた『朝鮮史』は、現在においてなお示唆する点が多く、その意義を失ってはいない。日本では2002年9月から、北朝鮮をめぐって拉致問題に続き核開発疑惑が浮上したことで、北朝鮮バッシングが異様に高揚し様々な議論が展開されてきた。それが日本の危険なナショナリズムを伴った新保守主義化の興隆を勢いづけ、北朝鮮と韓国のイメージを二極分化させる結果を招いたきらいがある。そのような趨勢のなかで、いったいこれから日本は朝鮮半島をどのような視点から捉え、朝鮮半島の安定と平和を軸に据えながら東北アジアの安定・平和・繁栄をどのように追求していこうとしているのか。いま日本は、北朝鮮との関係をめぐってその曲がり角に立っている。そこで本研究では、朝鮮半島を二分して眺める日本人の眼差しを俎上にのせながら、朝鮮戦争の最中に刊行された『朝鮮史』に立ち返って、そこに込められた旗田巍の思いを浮き上がらせることを試みている。さらに、戦後日本社会における朝鮮戦争認識を検討することで、それが韓国人の旗田巍評価に与えた影響を考察し、最後にこれからの日本が朝鮮半島と付き合っていくための視座を提示している。
방일 경험과 일본에 대한 태도 변화에 관한 조사 - 방일자에 대한 설문조사를 중심으로 -
한국일본근대학회 일본근대학연구 제25집 2009.08 pp.185-208
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韓日両国は、過去の歴史によって相互排他的な民族情緒を保つことになってきたが、しかしながら近隣国としての政治的・経済的・文化的に相互理解し協同しなければならない運命的な関係におかれている。そのために、今まで韓日両国で相互認識に対する調査を何回も行ってきた。しかし、90年代以来両国の人的交流の増大に伴って、両国民の相互間の経験も増えつつあり、従って単なる相互認識調査ではなく、両国民の「経験による認識の変化」に対する実証的なデータが要求されていると思われる。 本稿ではこのような歴史的・現実的な背景の中で「韓国人の訪日経験と日本に対する認識及び態度の変化との関係」を数量的に分析して、訪日経験が訪日者たちの対日本観の変化に及んだ効果を因果的に分析することを目的とする。その研究内容は、訪日者の対日本観を測定する変数として「日本人に対する認識(礼儀、正直、親切、勤勉、社会的な距離感)」と、「日本社会に対する認識(清潔、秩序、文化的な美、文化保存)」の二つを設定して、訪日の前-後に調査を行った。また、訪日者の「人口統計学的な属性(性別、年齢別、学歴別)」と「訪問の経験(訪日目的、訪日回数、訪日地域)」による対日本観との前-後変化の差も統計的に分析・処理した。全体的に、訪日後の「日本人」「日本社会」に対する評価は、訪日前より相当低くなったことがわかった。それから、その低さの数値も、「人口学的属性」と「訪日経験」によって異る分析結果が導出された。
根保証においては、担保物権の根抵当と異なって、基本的に契約自由の原則が支配するのであるから理論的には多様な形の根保証がありうる。それで普通抵当․根抵当というふうな区別をもって普通の保証․根保証と区別するのはあくまでも理論型である。したがって、理論型としての根保証をどのように捉えるかが問題である。少なくとも根担保法理といった統一的法理論の形成の可能性を追求する者の観点からするならば、根保証も基本的には根抵当と同様の法的構造を有する保証のみを指すものとして用いることが適切であろう。そこで、根保証という概念を次のように理解する。すなわち、根保証とは、継続的関係から生ずべき不特定の債権を、将来の一定の時期において担保する保証、つまり、被保証債務の確定の前において、保証債務は主債務の発生․消滅に附従せず、主債務の入れ替わり可能性が認められ、したがって、いわゆる具体的保証債務は問題とならない保証をいうものと定義する。 かような理解を前提として、本稿では、日本での保証実務において多いに用いられている根保証の効力にかかわる日本判例を中心に限定根保証と包括根保証とを分けて、保証債務の相続性․保証人の解約権․保証責任額の制限などに関してその法理を検討した結果、つぎのようなことが判明できた。まず、保証限度額の定めがある場合には、その限度額を超過する部分に対して保証責任を負うことなく、また限度額の定めがない場合でも金融取引の具体的な事情に鑑みて保証責任を合理的に制限する。第二に、保証期間の定めがある場合でも主債務者の急激な財産状態の悪化などの時には特別解約権を行使することができ、また保証期間の定めがない場合には一般解約権を行使してそれぞれ保証責任の範囲を限定する。第三に、包括根保証の場合には主債務者の死亡後に発生した保証債務は、限定根保証の場合と異なって、その相続性が否定される。 いずれにせよ、本稿は、いわゆる人的根担保論の構成に向けて欠かすことのできない一意義を持つものと言えよう。
의료관광객의 지각된 위험이 서비스품질과 만족에 미치는 영향 - 부산광역시를 방문한 일본관광객을 중심으로 -
한국일본근대학회 일본근대학연구 제25집 2009.08 pp.225-248
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医療観光とは、医療に観光を加えた用語で、患者が診療を受ける途中や治療後に休養と観光活動を併用する観光のみならず、医療技術や価格競争力がある国で診療を受けるために旅行しながら治療・療養・休養・レジャー・文化活動などの観光活動を兼ねることも含む。また、このような目的で他の場所を訪問し旅行する人を医療観光客という。特に、医療観光客は観光の目的地を選択する際に様々な危険を知覚するようになる。知覚される危険は、医療観光の目的地を選択する際に重要な影響を与え、サービスの品質や満足にも影響を与えると考えられる。本研究では、医療観光客の知覚される危険がサービスの品質、満足に与える影響を調べることを目標とし、2008年11月に釜山広域市を訪問した日本からの訪問客の中で、洋方・漢方・美容・療養などの医療サービスを経験した観光客を対象としてアンケート調査を行った。調査結果、「社会・心理的危険」と「機能的危険」がサービス品質の下位次元に部分的に負(-)の影響を与えていることがわかり、満足にも「金銭的危険」が負(-)の影響を与えていることがわかった。したがって医療観光においては知覚する危険(例えば、意思疎通の問題解決、医療事故に対する補償、医療観光関連法の整備など)を減少し、サービス品質をあげ、最終的に医療観光客を満足させるような戦略の樹立が重要であると考えられる。本研究の調査対象及び地域が釜山広域市を訪問した日本からの観光客のみに限定されているが、医療観光客の知覚された危険、サービス品質、満足間の関係を探索的に研究したことに意義があり、本研究が釜山広域市の医療観光活性化戦略を立てる際に示唆点を与えることができると思う。
日本型イノベーション戦略の探究 - 大学発ベンチャー・ビジネス -
한국일본근대학회 일본근대학연구 제25집 2009.08 pp.249-262
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本論は、米国“Innovation America”[2004]の重点戦略をベンチマーキング(benchmarking)として、日本国の「大学発ベンチャー・ビジネス」に焦点を絞りつつ、「大学発ベンチャーに関する基礎調査(2006・2007・2008)」の分析を踏まえながら、ベスト・プラクティス(best practice)としての東京大学IRT研究機構を事例に「日本型イノベーション戦略の探究」の検証を試みたものである。
日本のリバースモーゲージは1980年代に導入されたが、バブル経済の崩壊後の不動産価格の急落により リバースモーゲージ市場は停滞しはじめいまに至っている。しかし、いま日本の急速な高齢化と都市․市街地再生の必要性が高まり、リバースモーゲージを利用した資金の需要が増加することになり、日本政府としても福祉政策と都市環境的な側面からリバースモーゲージを活性化させることがぜひ必要となってきた。リバースモーゲージ利用の活性化のためにはリバースモーゲージが抱えているいくつかのリスクを軽減させることが貸し手にとって重要な課題となってくるが、このためには政策的に公的な保険制度を導入することがなによりも優先されるべきである。また発行されたリバースモーゲージを証券化して流通しうる流動化市場の育成と借り入れ手の需要に応えるような多様なリバースモーゲージ商品の開発が必要になる。
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