2019 (69)
2018 (86)
2017 (94)
2016 (87)
2015 (93)
2014 (105)
2013 (93)
2012 (89)
2011 (84)
2010 (77)
2009 (54)
2008 (56)
2007 (61)
2006 (43)
2005 (33)
2004 (37)
2003 (38)
2002 (36)
本研究は 韓日近代新聞における言語生活の対照研究の一環として、韓国の開化期の『独立新聞』と同時期の日本の『読売新聞』の雜報欄に注目し、両言語の言語生活の実態について考察したものである。新聞を対象とした今までの多くの先行研究は、現代語の語彙研究が中心であり、近代の新聞を言語資料とした対照研究はほとんど見られない。また、従来の研究は、社会言語学的な観点を歴史的研究に積極的に適応していなかった。考察の結果、両新聞共に男性を基準とした報道の傾向が指摘できる。女性の場合は新聞で扱う記事は極めて少なく、言及される内容も両新聞共にマイナス的な素材であることに特色がある。また、日本の『読売新聞』の語彙は、現代日本語へ繋がる言語表現(名詞に限って言えば)が多い。しかし、韓国の『独立新聞』の語彙の場合は、現代韓国語までは繋がらないまま、廃れてしまう語彙や意味縮小や意味転成などが見られたことが注目される。韓国語の場合は、近代語から現代語へ到る過程で、大きな社会変革や制度の変化(脱日本語化)により、現代語までは繋がらず消滅した語彙が多かったと考えられる。以上、両新聞を分析した結果から、現代日本語の基盤は近代(明治時代)に求めることができるが、現代韓国語の基盤は開化期の韓国語と異る部分が多いことが分かる。今後、資料を幅広く、精密に調査しながら、両言語の言語生活の実態及び変化の様子などを究明していく必要がある。
日本語 接尾辭 「的」에 관한 一考察 -夏目漱石 小說作品의 用例를 中心으로-
한국일본근대학회 일본근대학연구 제29집 2010.08 pp.23-38
※ 원문제공기관과의 협약기간이 종료되어 열람이 제한될 수 있습니다.
接尾辞「的」は明治時代の翻訳家が、英語の-ticの翻訳に際して、中国語の「的」を使用したのが始まりだと言われる。本稿では夏目漱石の小説を中心に「的」とその先行語基との文法的・意味的な結合関係、「的」の連体修飾について分析を行った。その結果、語種別では、延べ語数、異なり語数共に漢語が圧倒的であり、漢語の字数別では、2字数の用例が延べ語数93.73%、異なり語数92.17%を示した。品詞別では名詞として用いられている用例、名詞及び動詞として用いられている用例がそれぞれ63.80%、25.71%を示していた。意味分析においては初期に格助詞「の」と同じ意味で用いられていた「的」が、文脈によって「~に関する、~についての、~ような性質を持つ、~ような、~状態にある、~である」などの意味で用いられていることが分かった。連体修飾形については「的」は後接語が漢語、「的な」は漢語、和語のとき用いられているが、「的な」に安定する以前の「的の」形も見ることができた。
敬語와 젠더表現에 관한 一考察 -근․현대 일본소설에 나타나는 용례를 중심으로-
한국일본근대학회 일본근대학연구 제29집 2010.08 pp.39-48
※ 원문제공기관과의 협약기간이 종료되어 열람이 제한될 수 있습니다.
日本語の特徴は敬語体系を備えており、敬語形態は多様であるが、複雑であると言え、男性語と女性語に区別され、非常に体系的である。言語使用の違いは多様な分野で現れているが、そのなかで文末表現の特徴を、近代小説に現れている用例を中心に、敬語行動から現れる心理的要因、社会的役割の違い、状況的要因について女性語と男性語の敬語行動からも現れているかを見てみることにした。 (1)終助詞の場合女性語、男性語、中性的部分とに分けられることがわかる。 (2)命令表現である場合普遍的に男性が多く使用していると言え、敬語を使用する場合命令表現という感じより、丁寧で距離感があることがわかる。 (3)助動詞の場合意味に関する接続型が続く時ジェンダーとは関係なく全て使用できる。上の内容は社会的役割の違いや状況的要因、心理的要因などによっても丁寧度が違ってくることが分かるが、丁寧度の問題はジェンダーに局限された問題ではなく、丁寧度を維持するためには、相手の領域をおかさずに話し手の謙譲を表さねばならず、日本語の言語行動から、男女差が社会的な価値を持っているというは、日本語とジェンダーの問題が、深い関連性を持っていることを表していると言える。
本稿は多様な意味用法を表している日本語の条件表現を表す表現形態「ば・と・たら・なら」が、実用において、今まで提示されてきた意味用法とどのような面で類似点と相違点を有しているのか、また、条件表現における表現形態の使用実態を調査すべく、日本の大学に在学中の日本人大学生115名を対象に実態調査を行った。今回の調査の際には、「ば・と・たら・なら」それぞれの形態の共通の意味用法を統合し、個別的な意味用法とともに、1)真理のような既定的な条件表現、2)一般的な事実を表す恒常条件表現、3)習慣のような反復性の条件表現、4)前置き的用法、慣用的な言い方、ことわざ、5)仮定条件表現、6)反事実的条件表現、7)並立的条件表現、8)話題提示、9)前件が事実の文の場合の表現、10)きっかけの文、11)発見の文、12)連続の文、13)同時(時)の文、の13項目に分けて、50個の例文を対象に調査を行った。調査の結果から見れば、「ば・と・たら・なら」はそれぞれの意味用法の範疇内で選択される場合もあれば意味用法に準じずに多様な表現形態が選択される場合もあった。主な特徴を見ると、「真理のような既定的な条件表現」を表す場合、接続助詞「ば・と」の固有の意味用法であるという認識と違って頻繁な「たら」の出現が見られた。また、「一般的な事実を表す恒常条件表現」を表す場合も「ば・と・たら」の固有の表現領域であると認識されてきたのと違って「なら」及び「のだったら・のなら」の出現も見られた。「仮定条件表現」を表す場合においては、多様な文末表現と相応する表現形態がその形態の既存の意味用法とはずれていたり境界が曖昧だったりして、混用を許していると見られる結果が出た。混用の著しい現象としては、「ば」と「なら」の固有の意味用法である「並立的条件表現」を表す場合における「たら」の選択であった。しかし、このような調査結果から現れた現象を意味用法の変化と受け取るのは早く、今の段階では、実用における意味用法の境界線の曖昧性からの複数の選択と、「たら」の意味拡張現象であると見なすべきであり、条件表現の表現教育においては、既存の意味用法に委ねるだけでは問題があり、実態結果を反映するべきであろう。
한․일 제과 브랜드명에 대한 연구 -조어(造語)를 중심으로-
한국일본근대학회 일본근대학연구 제29집 2010.08 pp.73-86
※ 원문제공기관과의 협약기간이 종료되어 열람이 제한될 수 있습니다.
生活の中で使われている語彙を研究することは、同一言語を使用する人々の実体はもちろん、その中に現れる言語特性を考察できる優れた方法である。特に今日のような言語習慣を如実に現わし、時代的流れに沿った同一言語を使用する人々の意識を生活の中で、それらの特徴を顕著に表現するものの一つであるブランド名を考察することは、その特定分野の言語特性をさらに深く鑑みることである。本稿では、様々な分野のブランド名の中でも製菓を対象に考察を行った。製菓は老若男女問わず容易に入手できるものであり、文字という視覚的な点と研究的アプローチがしやすいという理由に加え、ある時代の言語の流れを反映しているため同一言語を使用する人々の言語使用実体と言語特性に対して把握しやすいという点も挙げられる。分析方法は、「表記別」「形態別」に分け、これらを韓国と日本の製菓ブランドに適用した。表記別では、韓日両国の母語(韓国はハングルと漢字、日本は平仮名、片仮名、漢字)に対して分析を行った。形態別では、製菓ブランド名は混成語、略語、派生語に分け、考察を行った。
韓国人学習者が日本語で作文をする時、間違いやすい形式がある。例えばにコトニナルもその一つだ。コトニナッタが用いられるところにヨウニナッタが用いられる誤用文がしばしば見られる。何故誤ってしまうのか本稿では誤文分析を行った。まず、これは誤用例の多さから個人的な過ちというより母語である韓国語の影響を受けた可能性が高い。そこでコトニナルとヨウニナルが韓国語ではどのように対応しているのか韓日対照を試みた。その結果、やはり韓国語の게 되다との対応が両者を混同させる原因となっていることを確認した。次にコトニナルとヨウニナルを文法面から検討をしたが、その際コトニナルとヨウニナルが表す変化に注目し、その変化が一回性のものなのか、それとも継続するものなのかという点から両者の違いについて述べた。ヨウニナルは一回きりの変化ではなく、その変化が持続しなければならないし、過去形(ヨウニナッタ)で用いる時は変化することが決定したのではなく、実際に変化が起っていなければならない。一方、コトニナルは基本的に一回きりの変化であり、変化することが決定したことを表す。しかし、韓国語の게 되다はコトニナルとヨウニナルの両方の内容を表すため、韓国人学習者はヨウニナルに上記のような使用条件があることを理解しないまま用いてしまうのだと考えられる。この点を理解し、教授することでヨウニナッタの誤用は無くなるのではないかと思われる。
本稿は、辞書において名詞として品詞認定がされている語彙が、「不完全形容詞」、つまり所謂形容動詞として「な」の形で連体修飾をする現象について考察した。日本語の形容動詞にかかわる品詞認定の問題は、現在でも結論に至っていないが、本稿では、まず、先行研究として形容動詞の品詞認定にかかわる論争と、連体修飾の「の」に関する先行研究を概観した。次いで、連体修飾の「の」が「な」に変わってきている最近の現象から、修飾語においてはそれが客観的またはデジタル的な場合に、また非修飾語においては可視可触的な場合には「の」が選択されやすく、修飾語が主観的またはアナログ的な場合や非修飾語が不可視不可触的な場合には「な」が選択されやすいとの予測を立て、釜山在住の日本語ネイティブ教師と東京にある私立大学の学生を対象に語感調査を実施した。その結果、辞書の品詞認定よりも「な」への支持率が高く現れ、帰納的結論としては予測を支持するものとなった。
本研究は韓国人日本語学習者の漢字を書かせるレポートにみられた漢字表記上の書き誤りを収集、分類、分析したものである。日本語科の一年生と二年生にそれぞれ違う漢字のレポートを出して収集した結果、一年生で最も多かったのは「線の折れ方や曲がり方の問題」で、二年生では「異なる部品を使っている」書き誤りが最も多かった。一年生の「線の折れ方や曲がり方の問題」では線の折れ曲がるべきところが折れ曲がっていない場合と不必要に線が折れ曲がっている二つのタイプに分かれた。また、二年生の「異なる部品を使っている」書き誤りの中で最も多かったのは「しんにょう」を「えんにょう」にして書いてしまっている例であった。今回の調査を通して、今後日本語教師が漢字を教える際に注意していかねばならない点としては韓国で使われている漢字と現在日本で使われている常用漢字の差を日本語学習者に十分認識させていかねばならないことが分かった。特に今回の調査では韓国の漢字では「点」が入っているが、日本の常用漢字では「点」が入っていない問題、また、常用漢字でのしんにょうには「点」が一つであるが、韓国のしんにょうは「点」が二つであること、そして現在の韓国で使われている漢字の中には当用漢字字体表で改訂される以前の漢字が含まれており、それらの認識をはっきりと日本語学習者にさせていく必要があることが分かった。そして、もう一つの必要性としては根本的な漢字の形の認識も不足しており、その中でも特に全く違った部品を入れて書いてしまっている例や、線を分離すべきところを分離せずに一画で書いてしまったりしている例などが多く現われた。日本語としての漢字教育はほとんど現場でなされていない中、ポイントをついた漢字の書き方指導は今後必要となってくるのではないかと思われる。
일한문학번역작품의 고유명사 번역에 대한 연구 -미야자와 겐지의『은하철도의 밤』을 중심으로-
한국일본근대학회 일본근대학연구 제29집 2010.08 pp.147-162
※ 원문제공기관과의 협약기간이 종료되어 열람이 제한될 수 있습니다.
本稿では『銀河鉄道の夜』の韓国語の翻訳本『ウンハチョルドウイバ厶(은하철도의밤)』を対象に、文学作品の日韓翻訳に現れる固有名詞の翻訳様相を探り、翻訳家の介入(intervention)範囲がどの程度かを考察している。その結果、日韓翻訳の場合、人名は音訳(transliteration)を、地名と星の名前と曲名は、韓国の読者に親しみのある名前が使われている。特に、地名と星の名前と曲名は、対象読者が子供である場合、翻訳家の介入現象がより顕著に現れているが、これは読者である子供たちのテキストの理解を深めるための翻訳家の戦略であると見られる。また、読者層が大人の場合、すなわちイソンヒ(2000,2001)とシムジョンスク(2004)に見られる介入現象は多少相反する様相を見せている。すなわち、イソンヒは訳注を用いた翻訳家の介入現象が殆んど現れていないが、シムジョンスクは訳注を通じて『銀河鉄道の夜』の作品世界を深く扱う傾向が見られる。これは読者層が大人であることは同じであるが、テキスト上の目的におけるイソンヒ訳は一般読者向けの翻訳、シムジョンスク訳は従来の絵本や文庫類にはかけていた部分を補うとともに『銀河鉄道の夜』の作品世界まで深く扱っていることは、読者層を一般の人々を含め、『銀河鉄道の夜』を研究する人々も対象にした翻訳家の介入であるといえる。実際の世界と暗示的な関係を持ち、言語遊戯を通じて具現化された名前の場合は、対象読者が子供の場合は、訳注を用いて具体的な情報を簡単に提供しようとする翻訳家の介入が現れている。これは読者である子供たちの好奇心を刺激するための翻訳家の戦略であると見られる。また、対象読者が大人である場合は、イソンヒは訳注を用いた翻訳家の介入現象が殆んど現れていないが、シムジョンスクは訳注を通じて『銀河鉄道の夜』の作品世界を深く扱う傾向が見られる。
일한 번역의 번역투 고찰 -수동표현 번역문을 중심으로-
한국일본근대학회 일본근대학연구 제29집 2010.08 pp.163-182
※ 원문제공기관과의 협약기간이 종료되어 열람이 제한될 수 있습니다.
翻訳スタイル(translationese)は、国内外でまだ本格的に研究されていない未開拓研究分野である。翻訳スタイルが問題になるのは、質の低い翻訳と可読性との関係のためであるが、翻訳スタイルによる表現は韓国語の語法に合わず、不自然で難しいので、読者の可読性を妨げることにもつながる。 このような問題意識から出発した本稿は、翻訳スタイルを質の低い翻訳のある一つの形態と規定し、日語日文学と国語国文学、また翻訳学の学問の境界をこえた統合的見解と思考によるアプローチで、学制間(interdisciplinary)研究として翻訳スタイルの問題を日本語式後置詞を中心に取り扱った。 研究方法としては、翻訳スタイルの概念と機能を概観し、翻訳スタイルと誤訳の違いを日韓翻訳文の実例を挙げ、比較․考察する。そして受身表現の翻訳文と翻訳スタイルの問題を集中的に分析し、翻訳スタイルが生じる要因を分析し、実例ごとに翻訳スタイルをなくしたり減らすことができる代案となる翻訳例示を提示した。これは、従来の研究とは差別化された具体的な試みである。 韓国語と日本語は言語構造の類似性が多いが、異質性も存在する。一般的に韓日両言語が似ているという先入観のため、翻訳過程で両言語の文法構造と語法、語用論的特徴、慣用語法、文脈などを考慮しない「一対一」対応の直訳の方法は、若干の翻訳の誤りおよび質の低い翻訳スタイルに繋がりやすい。その結果、読者の可読性を妨げる否定的要因として作用すると思われる。したがって、翻訳スタイルをなくしたり減らすことができる代案や方法論は、より質の高い翻訳出版物の生産にも繋がるため、翻訳家や翻訳教育者、そして翻訳学研究者が早急に解決すべき重要な研究課題であると言える。
나쓰메 소세키의『나는고양이로소이다』에 나타난 고양이 먹이 고찰
한국일본근대학회 일본근대학연구 제29집 2010.08 pp.183-194
※ 원문제공기관과의 협약기간이 종료되어 열람이 제한될 수 있습니다.
論者は本考察を通じて『吾輩は猫である』に現われた猫が食べようと試みたものの中で「鼠」·「昆虫」·「雑煮」などを中心に検討して、漱石が作品に現わそうとした創作過程の特徴とメッセージ、 創作意図を集中的に分析した。初めに、人間の行動を批判し、意気揚々としていた主人公の猫である「吾輩」が鼠取りに失敗する過程は読者が思わず微笑んでしまうように夏目漱石が作品創作過程で苦心した跡がうかがえる。第二に、「吾輩」が蝉や蟷螂などの昆虫を捕まえて、もてあそんだ末にむしゃむしゃと食べてしまう場面は、急に思いついて想像して描いたのではなく、猫の習性、狩りのやり方、運動、餌の種類などを綿密に分析して作品化したものであると言える。第三に、「吾輩」が「雑煮」に入っている餅を食べるのに失敗する場面は、人よりも優秀であることを証しなければならない近代の競争社会に生きる人間に慰安と笑いを提供している。
日本自然主義文学の代表作家である田山花袋は、数多くの紀行文を残している。しかし、従来の研究において花袋の作品は主に小説を中心に論じられてきたのが事実である。花袋において<旅>とは、花袋文学の原点とも言えるもので、かれの初期の小説はその発想が紀行文の形をとっているのが多く、小説も紀行文の延長線上にあるのが特徴である。さらに、明治32年博文館の『大日本地誌』の編輯に携わることになり頻繁な旅を通して<自然科学的研究の方法>を覚えるようになる。さらに「露骨なる描写」を発表とともに、日露戦争の従軍によって<傍觀者としての立場>を体験する。それを背景にかれの紀行文はさらに完成度を高める。このような紀行作家としての素質と描写論の推移は、その後、花袋の作品においての創作方法や作風の転換をもたらすようになり、その結果、自然主義の代表作『蒲団』が誕生するのである。『重右衛門の最後』おいては主人公が旅先での見聞を素材に話を展開している形で、また、『一兵卒』においては<傍觀者>としての立場から描いている。やがて『田舎教師』に至っては花袋の紀行作家としての素質と描写論の結合が最高潮に達すると言えよう。したがって、花袋文学における紀行文は見逃すことのできない重要な意味をもつものとして再評価されるべきであろう。
공간 이동에 따른 「나(余)」의 미신 인식의 변화 고찰 ―나쓰메 소세키의『유령의 소리(琴のそら音)』를 중심으로 ―
한국일본근대학회 일본근대학연구 제29집 2010.08 pp.211-226
※ 원문제공기관과의 협약기간이 종료되어 열람이 제한될 수 있습니다.
第一、私は迷信を信じているお婆さんの迷信に対して否定しこれを友達の津田に訴えている時、偶然に津田から津田の親戚の女に関する信じられない話を聞く。それはその女が風邪を患った後、肺炎になり死んだのだが死ぬ前に、もし夫の留守中に死んだ時は幽霊になって訪ねに行く。と言った約束を守ったという科学的には証明し難い不可思議な話を聞いた。この話を現在私の婚約者である露子が風邪をひいたことと結び付かせながら、迷信を否定していた私が肯定するようになり、作品後半部では露子の全快を否定しまた認識するようになる。したがって、婚約者露子の風邪と津田の親戚の不可思議な話は、私の迷信に対する認識の変化の原因になったと考えられる。 第二、私の迷信に対する認識の変化は場所が移され対話の内容と周辺日常の話に 接木になる時、高まってから平穏さを取り戻す否定-肯定-否定の形態が現われることが分かった。私は作品前半には迷信に対して完全に否定的認識が見えていたが、このような認識状態は私の気持ちの移り変わりを6つのポイントに分けて分析して見ると確実に変化していることが分かる。①津田の親戚の話によって不安が始まって。②家に帰る途中にその不安が恐怖を与えながら。③ 私の家に帰った時は劇的不安状態にありながらお婆さんの迷信をある程度肯定しながら、首肯し受用する姿勢を取るまでのことが分かった。④自分の妻になる露子の家に行って普段と違うことなしに健康を回復した露子を見て、迷信に対して少しの間でも肯定した自分を愚かに思いまた迷信に対して否定的認識するようになる。⑤床屋に立ち寄って床屋の店員と客たちの狸催眠術の話を通じて、結局迷信を信じることは意気地がないことによって生じる自分の愚かさ故だということを悟るようになる。⑥家でまた日常に戻り、心の不安が解消され平穏さを感じる。
天皇制国家において「国民教化」はその本質的な属性の一つであると言える。天皇制は天皇を頂点とする国家機構として存在すると同時に、一切の道徳的価値を天皇に帰依させることで国民に対して思想の供給を独占・強制する絶対的な権力機構として存在していた。そして、そのような権力構造においては、国家の対外的危機や国民の政治的権利の主張に対して、その対応策として常に宗教集団が国民に対する教化政策に動員された。もちろん、近代天皇制国家の宗教集団に対する支配過程は一方的で、画一的であっただけではなかった。該当宗教集団に対する支配階層の認識の形態や宗教集団の伝統的、社会的性格との相互作用により、各々の宗教集団の支配イデオロギーに対する受容形態は様々であった。しかしながら、天皇制国家の宗教動員政策の目的は、天皇の宗教的権威に対する国民の絶対的支持を確保し、それを前提に国民の宗教的エネルギーを国家目的に利用することにあったとされる。そのため、天皇制国家権力は記紀神話に基づいた天皇の宗教的権威を既成化させて、それを全ての神社を通じて普及・涵養させる、いわゆる「神道国教化政策」を推進した。しかし、この神道国教化政策は最初から日本民衆の宗教的現実を度外視したものであったため、その施行過程においても近代的制度化過程と葛藤を引き起こすなど、その推進過程は試行錯誤が繰り返された。
잡지『朝鮮』(1908-1911)에 나타난 기독교와 배일사상 ― 샤쿠오 순조의『朝鮮』기고문을 중심으로 ―
한국일본근대학회 일본근대학연구 제29집 2010.08 pp.239-256
※ 원문제공기관과의 협약기간이 종료되어 열람이 제한될 수 있습니다.
本稿は雑誌『朝鮮』におけるキリスト教と排日思想との関連性を考察し、日本の植民地教育および宗教政策を明らかにすることを目的とする。具体的に編集長である釈尾春芿の記事を中心に分析するとともに、ほかの日本のキリスト教知識人の言説との比較を試みた。その結果、釈尾春芿は朝鮮民衆に対する米国人宣教師の影響力が大きいこと、また朝鮮のキリスト教知識人たちがミッションスクールのもとで排日思想を育てていくことに気づき、統監府に在朝鮮米国人宣教師や朝鮮のキリスト教知識人に対する強硬策を求めたことが明らかになった。それに対して、日本内地のキリスト教知識人たちは朝鮮におけるキリスト教と排日思想との関連性を深く認識せず、日本人クリスチャンが朝鮮に行って朝鮮人を伝道するという朝鮮伝道論を主張した。実際、植民地時代に入ってミッションスクールのもとで育った朝鮮のキリスト教知識人たちが大きい排日勢力を成したことを鑑みると、釈尾春芿の主張はより早い時期に朝鮮の宗教的状況を適切に判断した画期的なものだと評価される。
日本仏教で行われている追善供養は日本民俗と融合することによって民衆の間に定着しているが、それを支える観念は日本固有のものというよりは、複葬という葬制から派生した東アジアに共通の観念であるというのが筆者の持論である。その象徴構造、すなわち死後<魂の状態>が不浄の死霊から浄化された死霊に、<魂の位置>がこの世とあの世の中間位置からあの世に、死者に感じる<遺族の心理>が恐怖から親しみに、そして<遺族との関係>において死者が危険な存在から有益な存在への移行は、宗派を問わず 全ての追善供養に反映されている。このような構造は本質的には民間信仰の心意に由来しているわけだが、仏教儀礼として成立している限り、教理的にどのような意味が付与されているかは看過できない。真言宗は基本的に生死を超越し自ら修行することによって成仏するという教理を持つため、追善供養を根拠づける契機は持たないが、布教戦略としてその期間の延長に積極的に関与してきた。それに劣らず、東アジアに由来する民衆の世界観がインド発祥の密教的な世界観を受容し難かった、という事情も考慮されるべきであろう。
야나기타 민속학의 일본문화일원론 재고-사령신앙(死靈信仰)과 재앙신(祟り神)을 중심으로-
한국일본근대학회 일본근대학연구 제29집 2010.08 pp.275-294
※ 원문제공기관과의 협약기간이 종료되어 열람이 제한될 수 있습니다.
本稿の目的は、年中行事をめぐる日本民俗学の稻作農耕論や祖靈信仰論中心の分析基盤から災厄よけや死霊信仰を分離させる理論的基盤を構築するところにある。とりわけ、2月8日の「コト八日」に行われる神送りに注目し、祟り神の概念化をはかりつつ全面的に再解釈を行った。 「コト八日」の神送りには藁馬に供物をし、直会をする規則性が発見できる。藁馬に対する供物や直会をし、祀り上げることじたいが祟り神祭祀であると考えた。死霊信仰を基盤とした際、祟り神祭祀とはいわゆる慰霊祭ともいえる。こうした‘馬供養’の慰霊祭に擬人化された来訪神を迎えることは、災厄をなだめるだけではなくて、災厄の鎮圧をも行うことを現していることである。土着信仰に基づいた‘來訪神’と‘祟り神’への祭祀方式は厳格な神格の區分が存在しており、それによって仏教も重層的な性格をもちながら習合されてい。両者の祭祀がひとつの儀礼として行われることによって死霊の鎭魂が期待され災厄予防が可能となるる民間信仰的な観念が見て取ることができた。
本論文は、江戸時代と朝鮮時代の化粧文化を当時の状況と共に化粧を行う方法を基礎化粧と色調化粧に分け詳しく考察したものである。さらに基礎化粧は、洗顔と化粧水を中心に、色調化粧は白粉と眉毛の化粧、唇と頬に使われた臙脂化粧を中心に考察を行い、それぞれ異った文化間での関連性を通して化粧文化の差と類似性を見つけようとしたものである。研究の結果、江戸時代の場合、化粧で身分や階級を示そうとする意味合いが強く、全ての階級の人々が同じ化粧をするということは許されておらず、化粧を自分自身の履歴を表現することのできる手段として使われていた。朝鮮時代の儒教的道徳観念と男性中心の社会構造の中で婦人のマナーが強調され、品のある容姿を女性の美徳として見なしたために派手な化粧が行われなかったと思われる。色調化粧の場合、白粉は落ちにくいよう鉛が入れられた臙脂の使用が共通していた。臙脂は、江戸時代の場合、女性の色調化粧に対する規定はそれほど厳しくなかったが、高価だったために上流階級の女性や裕福な商人、遊郭の女性らが主に使っていた。朝鮮時代の場合、遊郭の女性や宮中にいる女官のような職業も持つ女性に部分的に使われており、一般的な女性の場合には婚礼のような特別な日だけに行われた。これは儒教的な思想によったもので、色調化粧よりは基礎化粧に重きを置いたためである。
根抵当権によって優先弁済を受けうる元本が定まることを確定という。日本民法は、確定事由を第398条ノ20に一括して規定しているが、それ以外にもこれを定める規定は散発的に存在する。根抵当権は、継続的な取引、すなわち融資取引から次々と生ずる債権を担保する故に、根抵当権が優先弁債権を発揮するにあたり、いつまでに発生した債権が優先弁済を受けうるのか、その対象を決定しなければならない。根抵当権によって担保去れる債権の時間的基準を必要とするのである。そこで日本民法は、一定の事由が発生すると、これによって被担保元本が確定すると定め、それまでに発生した元本と、これから生じる利息·遅延利息等が根抵当権によって担保されるとしたのであり、このような被担保債権を確定せしめる事由を確定事由というのである。本稿では、根抵当権の確定事由を次のように類型的に分けて検討を行った。すなわち、1)被担保元本の不発生による確定事由、2)抵当不動産の換価手続きの開始、3)設定当事者の意思に基づく事由、などである。韓国民法は未だに根抵当権に関する法律を整備しておらず、第357条の1個条をもっているだけで、債務者のみならず抵当不動産の所有者等の利益を守るに充分ではない。したがって、本稿で論ずるものはわが国の根抵当権の法理論的形成において大きく役に立つと言えよう。
우리나라 콘텐츠산업의 해외진출 방안* -일본시장 개척을 중심으로-
한국일본근대학회 일본근대학연구 제29집 2010.08 pp.325-344
※ 원문제공기관과의 협약기간이 종료되어 열람이 제한될 수 있습니다.
コンテンツ産業は近年注目を浴びることが多くなった産業である。日本政府の発表するコンテンツ産業関係の報告書の数は近年増えてきており、委託元をみても内閣府知財本部、経済産業省、総務省などが並んでおり、さらに外務省や文部科学省まで及んでいる。このようなコンテンツ産業への期待感の高まりはさまざまの要因に支えられている。それは、製造業の中国と東南アジアなどへの移転に伴う国内での新たな産業の育成の必要性であり、情報化の牽引役として期待であり、あるいは21世紀の外交力の1つであることである。しかし、日本のコンテンツ産業の効率は、決して高いとはいえない。コンテンツ産業には映画、音楽、ゲーム、アニメなどがあるが、これらの産業規模をGDPでみると、日本の比率はアメリカなど先進国と比較して高い水準ではない。アメリカがGDP比率で5.1%(2005年基準)に対して、日本は2.2%であり市場規模は小さい。国際競争力にについてもアメリカはコンテンツ売上額の17%(2005年基準)を海外で稼ぎ出すのに対して、日本の売上げ比率は2.8%にとどまり、その差は大きい。現在日本政府は知的財産の意義に対する政官民の意識が深まり、国として知的財産をめぐる政策展開が進む中で、コンテンツ産業の振興についても注目が集まり、コンテンツの創造、保護及び活用の促進に関する法律が制定され、コンテンツ産業を発展させる戦略方針と関連施策が検討された。 本研究においては、世界第2のコンテンツ市場を持っている日本市場に参入するための方法を述べてみた。
本稿では韓中日化粧品産業の競争力を分析した。韓国化粧品産業は世界市場において比較劣位に置かれているが、その程度は改善しつつある。また世界市場で日本および中国との競争が激しくなている。そして韓国化粧品産業は輸出入総額だけをみると、日中の間に挟まれたナット・クラッカー状態といえるが、中国および日本の市場に対してはだいたい比較劣位に置かれており、また動態的にもその程度が悪化している。こういった研究結果を鑑み、化粧品産業の競争力を高める為には、化粧品産業は高付加価値、文化と技術の集約された先端総合科学を要する環境に優しい産業としてこれからも成長可能性が大きい産業であることを認識し、政府の支援、企業の努力と消費者の消費態度の変化が求められる。
消費者への企業のアピールのために,古くから企業ロゴが用いられてきた.しかし,近年の情報ネットワークの急速な発展によるグローバル化,地球規模の人々の往来から,企業ロゴは自国民ばかりではなく,他国民に対するアピールもますます要求されるようになってきた.外国企業のロゴについても自国の企業ロゴと同じような印象をもつのであろうか?そこで,本研究においては,日本人が韓国の企業ロゴについてどのような印象をもつのかを,日本企業ロゴとの比較において考察した.日本企業ロゴと韓国企業ロゴに対する印象評定データの多変量解析とラフ集合による分析から,韓国の企業ロゴに関しても同様な印象をもつが,親しみや好感を深めるためには,メディアや旅行を通じて日常的により接することが重要であることも示唆された.
ライフスタイル類型による 日本人クルーズ観光客の市場細分化 -済州島を訪問する日本人クルーズ客を対象とし-
한국일본근대학회 일본근대학연구 제29집 2010.08 pp.389-406
※ 원문제공기관과의 협약기간이 종료되어 열람이 제한될 수 있습니다.
近年アジア地域におけるクルーズ観光の拡大傾向が著しい。これらの傾向に応じ、韓国の政府をはじめ済州・釜山などの地方自治体ではクルーズ観光誘致に力をいれている。しかし、現在までの先行研究はクルーズ産業振興のための政策研究がほとんどであり、クルーズ観光者を理解するための研究は限られている。本研究はライフスタイルを用いて韓国を訪問する日本人クルーズ観光客の市場を細分化し、その特性を明らかにすることを目的としている。また、その結果を踏まえて韓国のクルーズ観光の活性化のためのマーケティング視点での示唆点を提示することを目的とする。研究の目的を果たすため、済州島を訪れる日本人クルーズ観光客を対象としてアンケート調査を実施しており、有効なアンケート178部を統計分析に用いた。分析は度数分析、因子分析、信頼性分析、クラスター分析、判別分析、カイ二乗分析等が行われた。分析の結果、ライフスタイルは3つの因子に抽出されており、それぞれ社会志向(FA1)、自己実現志向(FA2)、経済的安定志向(FA3)である。3つの因子を用いてクラスター分析を行った結果2つのクラスターが形成されており、それぞれ社会志向型(クラスター1)、自己成長型(クラスター2)である。各細分市場の特性をまとめると次のようである。まず、社会志向型は人口統計的特性では40歳代以下の若い世代であり、観光者行動的特性ではクルーズを2回以上搭乗し、インタネットや知人、雑誌・ガイドブック等幅広い情報源を用いててクルーズ観光に関する知識を得ている。家族、恋人、友人・同僚などと一緒に旅行しており、寄港地では個人旅行を行う傾向がつよい。自己成長型は40歳代以上の年配者であり、クルーズは初めて搭乗し、クルーズに関する主な情報は旅行会社を通してえている。また、1人で旅行する傾向が強く、寄港地では旅行会社の企画したパッケージツアーを利用している傾向がつよい。研究の結果、ライフスタイルはは意味あるクルーズ細分市場を導くのに有効な基準であることが明らかになった。結論では、クルーズ市場別のマーケティング戦略、研究の意義や課題などが記述された。
환경의식적 소비행동과 관련 매개변인의 영향관계에 관한 연구 -일본소비자의 친환경농산물 구매를 중심으로-
한국일본근대학회 일본근대학연구 제29집 2010.08 pp.407-424
※ 원문제공기관과의 협약기간이 종료되어 열람이 제한될 수 있습니다.
本研究は日本消費者たちを對象に、親環境農産物に対する消費行動を分析し、親環境農産物の輸出を通した活性化のためのマーケテインの戰略的な示唆點を把握しようと遂行された。このために、日本消費者の環境意識に基づいて親環境農産物に対する信賴と滿足及び、忠誠度間の關係を構造的に把握してみた。硏究の結果、日本消費者たちの環境意識が信賴と知覺の危險に有意な影響を與えるし、親環境農産物に対する信賴も知覺危險を與える事が分かったし、また信賴は顧客滿足に有意的な影響を與えることと確認された。しかし、親環境農産物に対する知覺の危險は、顧客滿足に有意な影響を與えないように現れた。さらに親環境農産物は認證機關の檢證を通して危險を減少させる役割を果たすことと、製品の特性が危險の要素を無くしているので、信賴を擔保していた消費者たちが危險を大きく知覺しないように判斷できる。最後に、親環境農産物の購買に対する滿足の水準が高ければ高いほど、再購買及び口傳意圖に肯定的に影響することと現れた。本硏究は、日本消費者たちの親環境農産物の購買の時の環境意識と購買行動の關係から、その他の媒介要因の影響關係について構造的に把握することで、これを媒介にした親環境農産物の國際マーケテイン戰略の遂行を提案している。
0개의 논문이 장바구니에 담겼습니다.
선택하신 파일을 압축중입니다.
잠시만 기다려 주십시오.