助動詞「れる․られる」の意味分類再考
조동사「れる․られる」の의미분류재고
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일본근대학연구
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통권
제15집 (2007.02)바로가기
페이지
pp.99-114
저자
河京勳
언어
일본어(JPN)
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초록
일본어
助動詞「れる․られる」には4つの意味、つまり受身․可能․尊敬․自發の意味があるが、今までの硏究を見ると文に現れる助動詞「れる․られる」一つに對しては一つの意味しか賦與していない。そのため時には解釋において曖昧な場合が生じるケースが多いことも事實であり、そのような場合解釋が難しくなるため「曖昧」な表現として扱うのが常である。事實、助動詞「れる․られる」は4つの意味を有しているため「曖昧」な場合がないわけではない。本稿では「曖昧」とされる部分の中で、できるだけ「曖昧」ということばを使わず、意味を分類することを目標とする。 たとえば、次のような會話が考えられる。 先生:「そこには私も行けるかね。」 學生:「もちろんいらっしゃれます。」 この場合、「行く」の尊敬語として「いらっしゃる」が用いられ、それに續いて可能の意味を表わすため 可能動詞が使われている。つまり尊敬語に可能形が接續した形となっている。次のような用例も考え られる。學生:「先生、今日の夕方ご都合はいかがですか。實は今日の夕方、ホテルでパーティーが 開かれますがいかがですか。」先生:「そこは私も行ける所ですかね。」學生:「もちろん先生さえ宜しければ行かれますとも。」學生の會話文に見られる助動詞「れる」の用例に對して從來行われている意味解釋では可能として扱われるのが普通であるが、そうした場合果たして可能の意味だけでいいのであろうか。この會話文を見ると先生と學生の間に交わされている話は全體を通して學生が先生に對して尊敬語を用いていると考えられる。ところが可能だけの意味で解釋するとこの會話で「行かれます」の部分だけが尊敬語を用いないでいることになってしまう。なぜ可能を表わすときには尊敬の意味が消えてしまうのか。本稿ではその原因を探りながら從來の意味分類の問題點を示した後、いまだ觸れていない新しい助動詞「れる․られる」の意味分類を試みる。
목차
<要旨> 1. はじめに 2. 從來の硏究 2-1. 接續 2-2. 意味 3. 問題點 4. 分析 4-1. 「複義性」について 5. おわりに <資料>
키워드
助動詞「れる․られる」、조동사「れる․られる」、曖昧、애매、意味分類、의미분류、複義語
복의어
저자
河京勳 [ 하경훈 | 제주관광대학 관광일어통역전공, 조교수 ]
간행물 정보
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발행기관명
한국일본근대학회
[The Japanese Modern Association of Korea]
설립연도 1999
분야 인문학>일본어와문학
소개 본 학회는 한국, 일본의 문학 및, 어학, 문화, 사상, 역사 등 여러 분야의 연구자 및 대학원생의 연구성과에 관한 자유로운 발표, 토론을 통해 학문발전과 학술교류를 행하고자하는 목적에서 설립되었다.
따라서 본 회는 이러한 목적을 달성하기 위해 학술연구발표회 및 연구회와 학술지 발간, 국내외 관련 학계와의 학술교류, 관련정보의 구축 및 제공 등의 사업을 실시하고 있다.
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일본근대학연구
[ILBON KUNDAEHAK YUNGU ; The Journal of Korean Association of Modern Japanology]
간기 계간
pISSN 1229-9456
수록기간 2000~2019
십진분류 KDC 830 DDC 895
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