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日本思想 [일본사상]

간행물 정보
  • 자료유형
    학술지
  • 발행기관
    한국일본사상사학회 [Korean Association For Japanese Thought]
  • pISSN
    1229-9235
  • 간기
    연3회
  • 수록기간
    1999 ~ 2026
  • 등재여부
    KCI 등재
  • 주제분류
    인문학 > 철학
  • 십진분류
    KDC 153 DDC 181
제10호 (11건)
No
1

일본 여신신화의 중층구조 : 아마테라스의 픽션Ⅱ

박규태

한국일본사상사학회 日本思想 제10호 2006.06 pp.5-37

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7,500원

よく言われているように、記紀神話はイデオロギー的な性格がごく強い神話である。それは何よりもまず天皇家の神聖性を强辯するうえで作り出された政治神話であり、天皇家の成立過程について語るような王權神話が中心になっている。記紀の王權神話は大きく三つの範疇に分けることができる。出雲王權神話、日向王權神話、そして應神王朝の成立に関わる王權神話がそれである。ところで、これら三つの王權神話はすべて女神を媒介にしたり、あるいは女神を一つの必要充分條件としている点に注目すべきである。このような女神の特徴を本稿では「外部」という概念で描いている。 そこでアマテラスこそ日本の王權神話における核心的な女神と言えよう。すると、我々はどういう点で「外部」としてのアマテラスについて話すことができようか? こうした問いに対する答えを求めつつ、本稿はまずアマテラスの主な性格につき、太陽神、女神(太陽の女神、處女母神、穀物と養蠶の女神)、皇祖神などの側面よりまとめてから、そのうえでアマテラス神話の中層的構造について考察しているものである。その際、「外部」ないし「中心」などの媒介槪念を中心にアマテラスというフィクションの出發點と到達點について考え、究極的に日本の女神神話において「外部」とは何かという問いについて自分なりの觀點を提示している。 要するに、アマテラスとして代表される日本の女神神話は、女性のアイデンティティーと関わり、女性に対する二重的な見方をよく示す。そこで女性は「內部」にして正統性の根據となる「外部」でもあり、交換の對象にして贈與の主體でもあり、また禁忌の製作者でありながらしばしば違反者として描寫されることもある。だが、現実の女性は權力の神話的な起源に深く関係しているにも関わらず、權威とは無関係ある。彼女は決して實體的な「中心」ではなく、ただ「中心というフィクション」あるいは「空っぽな中心の記標」として浮游するだけである。

2

『今昔物語集』本朝部の成立と 法王法相依理念

李市埈

한국일본사상사학회 日本思想 제10호 2006.06 pp.39-62

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6,100원

『今昔』의 성립의 문제에 관해서는 현 단계의 연구로 정설로 정착되지 못한 점이 많다. 「序文」이나 「跋文」이 없는 등, 확실한 외부증거가 없기 때문이다. 본 논문은 『今昔』의 本朝部를 고찰의 대상으로 하여, 설화집의 구성논리와 구성론에서 추론된 편찬의 의도에 대해서 전체적인 시점을 제시한 것이다. 결론을 요약하면 다음과 같다. 첫째, 이른바 世俗部는 <王法>部라고 정의하는 편이 『今昔』의 본질에 접근할 수 있다는 점. 둘째, 설화집의 巻과 설화의 배열을 규정하는 구성논리로 仏法王法相依理念을 상정하는 견해는 타당하다는 점. 셋째, 『今昔』의 편찬의 의도는 院政期라고 하는 시대의 질곡에서 벗어나기 위해서 모든 설화를 망라하여 전 신흥세계의 군상, 그리고 다극화된 가치관을 체계화하기 위한 것이라는 점. 넷째, 그 체계화는 당시의 사회의 질서원리였던 仏法王法相依理念에 의하여 구체화되었다는 점, 다섯째, 그 체계의 정점에 위치하여 질서회복의 원동력이 되었던 것은 다름아닌 왕권이었다는 점, 등이다.

3

일본다도 센케류의 성립과정과 의의

박전열

한국일본사상사학회 日本思想 제10호 2006.06 pp.63-90

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6,700원

日本の茶道は伝統文化の重要な領域であり、今日にも多くの茶道人口が活動している現代文化の一領域でもある。外国人に代表的な日本文化を紹介しようとする場合、日本人は歌舞伎や能あるいは茶道を披露しようとすることが多い。 日本伝統文化としての茶道は、中世に成立されて一部上流階級が楽しむ文化として認識されたが、近世に入り、町人社会にも根付き茶道人口も増加する。この過程で茶道を学んで楽しもうとする人に茶道の指導者が必要になる。それらの役目は茶道の形式と茶道の精神世界を確立した千利休の弟子や子孫である千氏家門、すなわち千家の三人兄弟の三千家が担当するようになった。今日にも日本茶道界の指導的役割を担っている三千家はその歴史性と独特の傳承システムをもって高い権威を認められている。 千利休以来、千家流が形成されるまでの時期は、戦国時代が終わって文化の時代と言われる安土桃山時代を経って江戸時代に入る激変期だった。このような戦乱の渦中に、戦闘の暴力性とは対照的な仏教の禅の境地を追い求める武士が増えてきた。茶道は武士の精神世界を充実させる修行的機能が強調され、以後の茶道は修養的性格の文化として位置づくようになる。 千家流とも言う三千家の茶道の流儀は日本茶道の中枢的な役目を担当している。千家流は日本茶道の正統的な流派とされるのは、家門をもってその伝統性を維持しようとする努力と、確立した美意識をもつからであると思われる。千利休の切腹以来、孫の宗旦は家門断絶の危険を乗り越えるため、役職につくことを避けた。しかし、時代が変わると三息子が茶道を職にし、それぞれ一家を立て、三千家を成立させた。三千家は、茶道の世界に家元制度を導入し、後継ぎ断絶の危機には兄弟から養子を取るなどして、傳承の体系を確立した。 三千家は、茶聖の後裔としての社会的権威と体系的な伝授方式を通じて日本茶道の中枢的な役割を担っている。三千家は、膨大な同門組職をもって伝統文化の繼承と普及に携わる一方、茶道関連商品の流通及び消費は、文化産業としての意味をも持つ。また、三千家の各家元は日本文化のアイデンティティーを強調する必要のある国家的儀典に茶道のパフォーマンスーや茶のもてなしを担当するなど、伝統文化の継承に大事な役割を果たしている。

4

5,700원

「神国思想」は、天皇との関連でのみ発現するものであろうか。とりわけ近世前期においては、江戸徳川政権の国家構想と関連して発現しているのはないだろうか。本論文ではこのような問題関心のものとりわけ徳川幕府の三代家光政権を中心に検討している。日本の近世史では神と天皇の関係においてのみ神国思想を把握するのは困難であるからである。 一六三六年日光日光東照社の「大造替」を分析軸にして将軍の権威が中世とは違う形で価値観を変貌させながらひとつの秩序として浸透する過程と、とくに家光将軍の在職期間中に特徴的に現れる将軍としての権威の伝統化の過程に注目する。又、江戸時代を通じて総一二回にわたって派遣される朝鮮通信使は当時代において異例的に家光在職期間のみ三回にわたって派遣されており、そのうち一六三六年と一六四三年の二回にかけて通信使の日光東照社訪問がなされている。日光訪問は遊覧として勧められるが、実際には政治的に配慮した措置であった。日光遊覧の実像に焦点を当てる。その後、四代将軍家綱が11才の時に将軍を受け継ぎ、4年後である1655年を最後に日光訪問は行われなくなるのである。 日光東照社は1645年11月3日宮宣下があり、東照宮と名称をかえ、国家的儀礼が行われる場となった。徳川家康の二十一忌と二十五忌、三十三忌に国家的儀礼を視覚的に表現した「東照社縁起」が作成されている。狩野探幽によって描かれた「朝鮮通信使参入之図」は全面改修された日光の東照宮の鳥居の中に朝鮮通信使いが入ろうとしている姿が描かれている。朝鮮通信使を舞台中央に配置した表象的行為を儀礼意味論的視野からみることができると思う。家光の威光が海外に拡大しているというフィクションを誇張しながら権威を秩序化している。 さらにその後、多数描かれている民間絵師による史料をもとに、当時の人々がどのように異域、異国、異人みついて行動し反応するのかを廉力レベルからだけでなく、広い視野から論述しようと試みた。具体的には葛飾北斎が描いた「富岳百景」のなかの「来朝の富士」を分析し、近世日本のナショナル・シンボルとしての富士山と異国異邦人との関係を究明し、国家意識が日常化する方向性を考えてみている。ナショナル・シンボルは見えないものを見えるようにして国家意識をつくるという装置である。1999年、敗戦後日本の国会で「国旗国歌制定法」に関する言説でナショナル・シンボルによって国家意識が連想されるのは当然である。とりわけ領土紛争が問題となる状況のなかで国家意識の多様な表出について分析することは有効的であると考える。

5

전향과 강인한 전통 : 지속ㆍ천황ㆍ집단

정혜선

한국일본사상사학회 日本思想 제10호 2006.06 pp.113-145

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7,500원

本稿は転向を単に国家権力が作り上げた近代化の産物としてみる先行研究の枠組みから脱し、歴史学的な方法論を通じて導き出した前近代日本の伝統思想を転向と結びつけてみた。この作業を通じて戦争の危機状況下で「日本の伝統」が日本人にとって何であったのかを分析した。戦争とは民族的な危機を前にして、神話(国体、神聖不可侵な天皇の国家)はすべてを包括する宗教的な姿として存在した。ところでこれは日本国民ばかりの問題ではなかった。もっとも極端的に抵抗した人々にも、戦争のために国家主義を宣伝した支配者たちにも、繊細に感性を吸出して信仰次元まで高め、少くとも拒否し得ない状況を作り上げた。日本社会全体が一塊になった吐き出す濃密な空気の中で日本人のだれもがいいえとは言いにくかった。この密封した状態のなかで天皇の国家を崩壊させることは大変難しかった。 ところで危機の前で国体神話を現実に信じさせる主な前提は「歴史現場に実存している強靭な日本の伝統」であった。それを具体的にみると、①形態は性質は変わらずに全日本歴史を貫通して現在にも同じ形で確認される信仰(持続)、②見えない高度の強靭な伝統を同一化することできる確かな表象としての天皇の存在(天皇)、③集団価値だけを作り出した伝統である。つまり①②③の伝統が結合され統合され、危機の前で天皇の国家をまるで富士山のように宿命みたいに受容しながら、高度の同一性をもって破滅的な戦争の中に駆り立てた、

6

야스쿠니 신사 합사 문제에 관한 고찰

남상구

한국일본사상사학회 日本思想 제10호 2006.06 pp.147-188

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8,800원

本稿は靖国神社の合祀者選別の基準(論理)及びその変化に対する分 析を通じて靖国神社が持つ近代国民国家の公的追悼施設としての性格に ついて考察した。 靖国神社の合祀者の変化をみると、[内乱において戦闘で死亡した官軍 の戦死者→ 戦闘中に事故で死亡した者→ 明治維新関連死亡者(民間 人)→ 対外戦争で死亡した戦死者→ 戦病死者→ 民間人戦争犠牲者の中 で国家によって動員された者(準軍属)]と、その対象が拡大された。合 祀者は靖国神社が一貫した宗教的な論理に基づいて選別したのではな く、内乱を通じた近代国民国家の成立過程と対外戦争特に総力戦による 帝国の膨張の中で、国家の政治的な必要に応じて選別したのである。つ まり靖国神社は、招魂․慰霊という宗教的な特性を持っていたが、合祀 者の問題に限って考察すると、宗教としての機能が国民国家の公的追悼 施設としての機能に従属されていたといえる。 そして1904年イギリス人3人が合祀されたこと、植民地戦争犠牲者の 中、軍人軍属は国籍が変わり、恩給法等から排除されたのにもかかわら ず合祀されたが、準軍属に値する者は合祀されなかったということは、 靖国神社が宗教としての一貫した論理を持ち得なかったことを象徴的に 表している。また旧皇族の合祀過程において神体がもう一座新しく作ら れたことは靖国神社の合祀が完結された論理に基づいたものではなく、 必要に応じて変わる可能性を持っていることを表している。したがって A級戦犯の分離や植民地犠牲者の合祀取消も全く不可能なことではないと 考えられる。 靖国神社は国民を戦争に動員し、国への忠誠を絶対化する政治的な論 理が重要な意味を持っていたのであり、それによって合祀者の選別基準 も変わった。つまり靖国神社は公的追悼施設としての機能に充実してい たのである。そして援護法の対象であったのにもかかわらず敵前跳逃亡 者、自殺者などが合祀対象から排除されたことは、靖国神社の合祀基準 が戦争による被害ではなく国家・戦争に対する積極的な協力にあったこと を表している。

7

10,600원

「海洋史観」から見た朝鮮時代の再照明 -東南アジア国家との交流を中心に- 本研究は、海洋を通した朝鮮時代の対外交流史を、東南アジア国家との交流史を中心に概観、考察したものである。本研究は「海洋史観」に立脚した研究の必要性とその意義を提示するとともに、朝鮮時代における東南アジア国家との交流に関する研究史を整理することを、その内容としている。 まず本論では、朝鮮初期に政府間関係を結んでいた東南アジア国家との交流史を整理し、なかでも、壬辰倭乱(文禄の役)に参戦した東南アジア人について考察を深めた。次に、朝鮮時代に最も活発に実質的交流を行ったベトナムとの交流史を、北京における両国使臣間の接触と、「漂流」という事故による現地での体験という、二つの側面から考察した。 タイ、ジャワ、ベトナムなどの東南アジア国家との多様な交流事例について実証的考察を深め、朝鮮時代における海洋を媒介とした東南アジア国家との交流史を整理した本研究は、「海洋史観」に立脚した歴史の再照明を通して、朝鮮時代をより豊かで多角的に理解する視角を提示するものと期待される。同時に、本研究の結果は、東南アジア史をより深く理解するための一助となり、東南アジア国家との交流に際して活用しうる歴史的根拠を提供するものと考える。

8

Manuscript Copies of the Haedong chegukki : Based upon Two Texts Printed in 1512

Kenneth R. Robinson

한국일본사상사학회 日本思想 제10호 2006.06 pp.243-291

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9,900원

日本に現存している󰡔海東諸國紀󰡕版本は二冊あり、それらは1512年に 印刷された。この二冊の󰡔海東諸國紀󰡕は、東京大学資料編纂所本と内閣文庫 本である。東京大学資料編纂所本には、管見の限り、七冊の写本があり、そ れらは、表紙の内容、内賜記の内容、欠字等によって、二つの系統に分類で きる。内賜記の内容に関しては、東京大学資料編纂所本の内賜記に一致する ものと一致しないものがある。内閣文庫本は、現在、四巻に分かれており、 それに基づいた写本は二冊ある。そのうちの一冊は、内閣文庫本と同じ箇所 で、四巻に分かれている。もう一冊は、二巻に分かれており、それが、内閣 文庫本の第二巻と第三巻に分かれているところと一致する。上記以外の15 12年版本が韓國の國史編纂委員會に保存されているが、その版本の中の三 箇所に、東京大学史料編纂所本と内閣文庫本と異なる漢字が見られる。上記 の合わせて九冊の写本では、すべて、その三箇所の漢字は東京大学史料編纂 所本、内閣文庫本と一致する。加えて、東京大学史料編纂所本と内閣文庫本 に見られる三箇所の漢字と一致するもう三冊の写本があるが、どの版本に基 づいて筆写されたか、確認されていない。

9

후쿠자와 유키치의 儒敎觀과 「脫亞論」의 사상적 지평

사토 코에츠

한국일본사상사학회 日本思想 제10호 2006.06 pp.293-308

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4,900원

It is well known that Fukuzawa Yukichi is known as a pioneer in the idea of abandoning Asian and accepting Western ideas as put forth in his work “Datsu-A Ron” or “Abandoning Asia”. In this work, Fukuzawa stated that Asia should abandon political, economical, philosophical and cultural aspects of Asia. One might think that this work is a comprehensive examination of Fukuzawa’s philosophical ideas. In fact, this work might be more closely related to his own ideas regarding Confucianism, its structure and his analysis of it. This paper attempts to justify this idea. The reason for this is that Fukuzawa’s idea of Confucianism, also considered to be Modern New Confucianism, is closely related to a very famous and representative Confucian scholar of the day, Professor Du Weiming. Fukuzawa separated theory of Zhougong-Kongzi and historical poison of corrupt, and though one might consider his writing to be a slight criticism of Professor Du Weiming, it might rather be important to realize the importance of his standard of morals as represented in this work. Through an understanding of this, one can then realize that Fukuzawa thought it was important to “abandon Asia” via only an abandonment of the Confucianist political structure as opposed to a complete abandonment of all that is Asia and its ever so important culture.

10

일본문화론의 시좌 -순화ㆍ포섭ㆍ풍토ㆍ고층ㆍ보편 -

고사카 시로

한국일본사상사학회 日本思想 제10호 2006.06 pp.309-326

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5,200원

휘보

11

한국일본사상사학회 회칙 외

한국일본사상사학회

한국일본사상사학회 日本思想 제10호 2006.06 pp.327-341

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4,800원

 
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