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비교일본학 [Comparative Japanese Studies]

간행물 정보
  • 자료유형
    학술지
  • 발행기관
    한양대학교 일본학국제비교연구소 [Global Center for Japanese Studies]
  • pISSN
    2092-5328
  • 간기
    연3회
  • 수록기간
    1993 ~ 2025
  • 등재여부
    KCI 등재
  • 주제분류
    인문학 > 일본어와문학
  • 십진분류
    KDC 309 DDC 300
제21집 (7건)
No
1

浮世絵에 표현된 시각적 幻影

김지영

한양대학교 일본학국제비교연구소 비교일본학 제21집 2009.12 pp.3-26

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6,100원

The picture appeared in the mirror is simply used as a tool to illuminate things, but looking at things through the eyes appeared. Time and space that extends beyond the images of reality and fiction makes you confused. Mirror image in the screen space, and this formed The space looked confused reproduce the configuration of the reproduction shows. Virtual space to real space, but it certainly felt like a space to occupy and use the mirror to find different ways to express. Three-dimensional space, a flat two-dimensional plane and three-dimensional image showing the switch, cross the area of real-life experience and the illusion is possible.

2

4,800원

近代の女性旅行家のイザベラ·バードは、日本と朝鮮その他の国々を訪問し、 その見聞を『日本奥地紀行』と『日本奥地紀行』として発行する。これらの紀行文 には、近代化初期の日本と朝鮮について歴史、文化、政治、経済など多様な情 報を含めているため、これに対する考察は、バードが日本と朝鮮をどう認識し ていたかということと両国の近代化過程の様子がうかがえる一つの方法と言え るだろう。 一方、近代化において、キリスト教が医療伝道と学校設立という方法を通じ てその基礎を設けていったこと周知の事実であるが、バード基督教的認識のも とで、近代教育の現状を肯定的そして具体的に描写している。 本稿では、イザベラ·バードの『日本奥地紀行』と『日本奥地紀行』という二つの 記録を通して、ばーどが基督教の宣教師たちによる初期近代教育の様子をどの ように記しているのかを見て、基督教的認識を基にして日本を朝鮮の近代化を 認識していった事実を取り上げ、これを通じて当時の日本と朝鮮の基督教的状 況と教育について説明し、さらに、日本の基督教が朝鮮伝道のため学校を立て 教育を実施したが、それが日韓合併の時期と共に同和教育の方向へと変ってい くことなどを簡単ながら考えてみたいと思う。

3

『도톤보리천(道頓堀川)』의 꿈꾸는 바다

김영철

한양대학교 일본학국제비교연구소 비교일본학 제21집 2009.12 pp.43-58

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4,900원

「道頓堀川」で杉山という易者は、一日の生活費を稼いだら、その後は川を 見ながら緑色の海ばかりを描く。武内の妻の鈴子は、杉山との出奔から戻って きた後、偶然見つけた翡翠色のギヤマンの水差しを見ながら、押さえきれない ある感情で心の痛みを感じる。製薬会社の営業社員の加山は、喫茶店リバーに 飾られているギヤマンの水差しを見ながら、5年も帰ってない故郷の小豆島の海 の色を思い出す。道頓堀という歓楽街に生きている人間群像の夢見る海の意味 と、その様々な人生の形象化で伝わってくる、川で海を夢見ることで強調しよ うとした宮本輝の主題に迫る。

4

4,500원

本稿では「当為」を表す「ものだ」と「ことだ」を中心に意味考察を行っ た。「ものだ」の「一般的傾向」用法は「当為」用法と意味的に相当の類似性 があり、「ものだ」の「当為」用法は話者の社会的習慣ㆍ常識に基づいた客観 的な態度だけでなく、個人の判断に基づいた主観的な態度を表す時にも用いら れる。一方、「ことだ」の「当為」用法は一般的で常識的な行為が結果的に個 人に望ましい結果をもたらす場合、話者は客観的な態度をを表すことができる と思われる。

5

付帶狀況を表す「~タママ」節の意味

田恵敬

한양대학교 일본학국제비교연구소 비교일본학 제21집 2009.12 pp.73-83

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4,200원

本論文では、付帯状況を表す「タママ」節が「ナガラ」節と交替が可能な場 合、不可能な場合について、三宅(1995)を根拠として考察を行った。 まず、<維持>の局面のみ持っている動詞は、<座る、立つ、黙る、閉じ る、握る、向ける、向く、持つ、休む、預ける、貸す、借りる、許す>などで あり、これらは「ナガラ」と交替可能である。 次に、<過程/維持>の局面のみ持っている動詞は、<着る、(眼鏡を)かけ る、履く、(窓を)開ける、置く、(蓋を)閉じる、集まる、(ドアが)開く>などで ある。これらの動詞は、<過程>によって主体あるいは客体に変化が生じ、次 にその結果が<維持>されるという意味である。これらは、<過程/維持>の 「タママ」であり、「ナガラ」との交替は不可能である。しかし、<過程/維 持>の局面を持つ「タママ」の場合も、「ナガラ」との交替が可能な場合もあ る。ただ、このような場合、その「ナガラ」が<逆接>の用法として用いられ ることがある。これは、「タママ」の持つ語用論的な条件に因るものであると 思われる。即ち、「タママ」節には、通常は起らない、あるいは、不都合だ、 好ましくないことだ、ふさわしくないことだという意味が含まれている1)。森田 (1990)では、このように、同時並行的な「タママ」節と主節が不釣り合いな関係 を持つ場合は、逆接関係にはなはだ近いとしている。

6

4,500원

本論では対話分析に関する理論的な背景と研究を参考にし、非難の定義 を改め、その定義と理論を基づいて非難発話のパターンを分類してみた。分析 資料として使用した‘今週、妻が浮気をします(2007) は総10回の分のドラマ で、ドラマの内容から非難の部分だけ抽出(摘出?)し、用例に使用した。非難の 形態を言語的なところと内容的なところから分析してみた。即ち、言語的なと ころではの非難の形態は、質問形の非難、命令形の非難、繰り返し形の非難に 分けてある。そして内容的なところではの非難の形態は、捻り形の非難、叙述 形の非難など五つに分けられ分析してある。 このように用例を中心に非難の発話の形態を分析してみたけれども、その用 例の数が少なく、分析材料がTVドラマに限ってある点から分析の結果を一般化 させるには無理であった。しかし、今後、日本語の非難をより多様な脈絡から 分析し、韓国語の非難とも比較分析したとき、相互、明らかな異なる点がみえ るだろうという点から、この研究は意義があるといえる。

7

일본의 과학기술육성 전략과 향후 전망

최경옥

한양대학교 일본학국제비교연구소 비교일본학 제21집 2009.12 pp.99-117

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5,400원

日本政府は'世界大転換期を乗り越える日本発の科学技術革新'を目指して いる。日本の科学技術改革は、現在、世界経済社会の持続的発展に深刻な障害 要因となっている地球環境問題の解決、製造業とサービス分野をめぐる国際競 争力の強化、そして安全で安心できる社会を造り上げることに焦点をおいてい る。よって日本文部科学省は科学技術基本法と科学技術基本計画に法って幅広 い分野での研究開発と科学技術システムを改革するための法案などを総合的に 推進している。 現在日本が国家レベルで重点をおいている科学技術分野は、生命科学、情報 通新技術、環境技術、ナノテクノロジー及び材料工学、原子力、宇宙・航空分 野、天文学などである。このような科学技術発展のために日本政府は科学技術 システムを整備し、科学技術の産学協力体制を集中的に育成している。さら に、革新の源になる基礎科学力を強化し、魅力的な研究環境を整備するなど新 しい研究開発システムも構築している。科学技術の人材育成は主に小・中学校 での数学・科学教育を重点的に支援し、理工系の人材を中心とした優秀人力の 養成及び誘致政策を設けている。このような観点からして鳩山新政府も基礎研 究成果の実用化、集中育成分野の支援、科学技術人材の育成法案などを中心と したところでは前政府の科学技術政策と大きな違いはないと予測される。

 
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