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2010 (61)
2009 (39)
2008 (33)
2007 (40)
2006 (44)
2005 (31)
2004 (31)
2003 (35)
2002 (10)
4,600원
5,100원
現代日本語の連体修飾節は修飾部と主名詞の構文構造が形態的に顕在化していないため、英語のように接続形態を基準に「制限用法」․「非制限用法」に分けるのは無理がある。本稿はその「制限用法」․「非制限用法」の定義を改めて明らかにするのに目的があった。まず、「制限用法」․「非制限用法」の区別において主名詞の「類」と「個」は中心的な要素ではなく、「specific」の概念に沿って主名詞が「個」や「集合」関係なく特定指示されるかどうかに左右されると主張したい。それから特定と不特定指示を明確に決め、それから「特定」、「不特定」の定義を基にし、「制限用法」․「非制限用法」を次のように定義する。 「制限用法」は修飾部が主名詞をグループ分け、その主名詞は不特定の指示対象として示される。「非制限用法」は修飾部が主名詞を単に特徴づける。その主名詞は特定の指示対象として示される。 最後に話し手と聞き手の同定の有無と「制限用法」․「非制限用法」は必然的ではなく、主名詞が特定の指示対象になるかどうかによって「制限用法」․「非制限用法」に分けられると結論付けたい。
5,500원
従来のアスペクト研究において「していく」は、運動の継続的な局面を捉えて表わすという理由から継続相のひとつに下位分類され、補助的なアスペクト手段として見なされることが多かった。本稿ではこうした「していく」のアスペクト的意味について継続相シテイルとの比較を視野に入れて考察した。 出来事には動作と変化が共に内在されていて、特に変化は漸進的な変化過程として現われることもあるが、主体変化動詞の継続相は<結果の継続>しか表わし得ず<変化の進行>は表わし得ない。この空白を埋めるための形態論的手段として「していく」が使用されると考えられる。 「していく」は、その語彙的意味から開始点を含意しているため継続相シテイルと全く同一だとは言えない。また「していく」は、主体動作動詞と主体動作客体変化動詞に後接して<動作の継続>類似の意味を表わし、主体変化動詞に後接した場合は<変化の進行>を表わす。そして「していく」は受身形に後接して<変化の進行>を表わすという点からもシテイルとの相違を見せている。 「していく」のテクスト的機能については、≪同時=継続性≫を示す継続相シテイルと類似した機能を果たしていることが分かった。 「していく」の<継続>用法は、出来事の内部構造を言い表わすという点でシテイルと共通するが、<動作の継続>以外に<変化の進行>を表わすなど、相違点もある。広義の意味で「していく」の用法を不完成相のひとつとして考えられるとすれば、「していく」は継続相より不完成相(imperfective)のひとつとして位置づける方がより妥当であると思われる。
5,100원
本研究では、現在日本に住み、日本で日常生活を行うニューカマー韓国人年少者を対象とし、(1)助詞の使用頻度と中間言語の割合、(2)両言語の中間言語に見られる共通点․相違点、(3)その原因と具体的な実例の3点に焦点を当て、68名の作文․インタビューデータを量的․質的に分析した。その結果、バイリンガルの場合、助詞の中間言語には、両言語ともに、「転移」「干渉」が起こりやすく、脱落․付加․混同などによる様々なエラーが見られた。そのうち、「~になる/~がなる」「~に会う/~を会う」「名詞+の」のように前接あるいは後接する形式による習得が可能な場合は、滞日期間が長くなるにつれて習得できる傾向が強かった。しかし、滞日期間すなわち、日本語学習年数が長くても習得できず、幅広くエラーが見られたのが、「時」を表す+「に/∅」、「場所」を表す「に/で」、主題の「は」、強調の「は」であり、特に主題の「は」は日本語において「非用」の傾向が強く、「時」を表す「に/∅」と「場所」を表す「に/で」は両言語ともにエラーが多く見られた。また、これらの中間言語のうち、「転移」「干渉」によるエラーは、早い段階で出現するものの滞日年数を重ねるといずれ習得できるのに対し、それ以外の「は」の主題などのように表面化しにくい場合と、「場所」を表す「に/で」などのように個別的な規則によるものは習得しにくい傾向が強く見られた。さらに、「場所」を表す「に/で」のエラーでは、どちらの言語規則とも一致しない共通の普遍的な規則が存在し、両言語の中間言語として特徴的であった。
4,900원
本稿では今まで授受動詞文の一部分として扱われてきた日本語の「Vてあげる」文の意味と構造の関連性を明示した。このような作業のために、まず、「Vてあげる」文を授受動詞文というカテゴリから区別し、独立した純粋な一つの文としての意味と構造を明示した。「Vてあげる」文は二つの意味解釈を表すことができ、文の構造は場合によって、複文と単文という二つの構造を持つと考えることができる。このような「Vてあげる」文の意味と構造を基に、「Vてあげる」文の意味と構造がどのように関連しているのかを提示した。「Vてあげる」文が示す意味と構造の関連性は次のようにまとめることができる。 Ⅰ. 「Vてあげる」文のVが継続動詞の場合 a. [動作持続の恩恵]の意味 : 複文と単文の両方と関連 b. [結果持続の恩恵]の意味 : 単文の場合と関連 Ⅱ. 「Vてあげる」文のVが瞬間動詞の場合 a. [結果持続の恩恵]の意味 : 複文の場合と関連 b. [結果の恩恵]の意味 : 複文の場合と関連 Ⅲ. 「Vてあげる」文のVが状態動詞の場合 [状態持続の恩恵]の意味 : 複文と単文の両方と関連 以上のような「Vてあげる」文における意味と構造の関連性を試みた研究は今までなく、本研究において始めて試みたものである。従って、本論で示した研究方法より、もっとよい研究方法の可能性は十分あり得ると考えられる。これらについては、今後の課題として残す。
4,800원
本稿は現代日本語における「うしろ」「あと」の意味と機能について分析․考察したものである。本稿では「うしろ」「あと」の全体像を捉えるために、名詞接続の場合と動詞接続の場合に分けて記述を行った。その結果をまとめると以下のようになる。 第一に、一般的に具体名詞、特にモノ名詞を空間化する場合は「うしろ」が使われるが、ノ格の名詞が人名詞の場合はいずれも使用可能になる。「うしろ」の場合は空間的用法としてしか使用されないが、「あと」の場合は文脈によって空間的用法、時間的用法のどちらでも使用されうると思われる。 第二に、「Nのうしろ」は具体名詞を空間化する機能を有している。一方、「Nのあと」は空間的用法から時間的用法へと意味機能が発展している。 第三に、動詞接続の「あと」は専ら時間的用法のみを持っている。「あとで」が同じ場面の中で連続して行われる2つの出来事を表す場合が多いのに対し、「あとに」は異なる場面の中で実現される2つの出来事の継起関係を表す場合が多い。
5,100원
本論文は、韓国で出版されている教科書に見られる「役割語」に焦点を当て、その「役割語」の役割と教科書の役割について述べたものである。 最近の風潮として「生きた日本語」へのニーズが高まり、初級段階で使用される標準的な教科書にさえ、現実社会での女性が話さないからといって、すなわち中性化(男性化)した会話を提示することを良しとする考えがある。 しかし、教科書というものは、現実世界をそのまま写し取るものではなく、目標言語の習得に向けて、後々、応用が利くような基本的、普遍的、かつ象徴的な文型及び、会話例を示すバーチャル․リアリティである。日本語ネイティブの若者は「若者ことば」や「男性キャラ語尾」をTPOに合わせて使いこなせても、非ネイティブの学習者は一般的にそのようなコード․スィッチングがうまくできない。そのような初級学習者に「若者ことば」を教える危険性を問う。 また、大学等で高等教育を受ける学習者には、表出言語だけではなく、理解言語として、将来、文学作品や脚本などに接する機会も多くあるだろう。そうした学習者にはその発話の「象徴的機能」も理解できる語学力をつけていく必要がある。そのためには日本語の「役割語」は必須である。 筆者は教養科目で用いられる基礎的な教科書から、上級、超上級レベルに向けての目的別教科書におけるまで、役割語をうまく使いこなすことが、登場人物のキャラクタ設定理解や、その先にある現実社会への適応につながると主張する。真の「生きた日本語」とは、ネイティブ話者同様に、さまざまな相手や場面に適応できる日本語だと考えるからである。
일본어 학습자의 모어 전이에 관한 일고찰 - 이메일에 나타난 거절표현을 통하여 -
한국일본언어문화학회 일본언어문화 제15집 2009.10 pp.127-144
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5,200원
本研究では、断りのEメールに現れる日本語学習者の母語からの言語転移に焦点を当て、日本語能力が比較的高いと見なされる韓国人日本語学習者を対象にし、母語と目標言語間の断り表現について分析と考察を試みた。その結果、本研究で分析した検証資料はごく限られた場面のものではあるが、日本語能力が比較的高いと見なされる学習者が作成した日本語のメールでは、学習者の母語からの言語転移が完全に無くなっておらず、影響を及ぼしていることが分かる。また、本研究の調査対象者は、日本語母語話者とまったく同様の形式で内容を構成するのではなく、母語と目標言語の間に学習者自身の言語体系を構築しており、表現を駆使している。本研究の調査対象者に限られた内容ではあるが、学習者の言語能力が比較的高いと見なされる場合、目標言語のコミュニケーションにおいて学習者の母語が悪い影響を与えるより、むしろ適切に使い分けることによって、よい方向に解釈される可能性もあると言える。
4,900원
従来、連体修飾節については、修飾節の中に生起可能な要素の境界をめぐり、様々な議論がなされてきた。その中で、特に日本語の連体修飾節については、修飾節の述部に現れる様々なモダリテイ助動詞の生起可能性に違いが見られることが指摘されている。 本論文では、連体修飾節を構成する述部要素の中でも特に「認識のモダリテイ」とされているモダリテイ助動詞、具体的には、「そうだ(予想․予感)、ようだ、らしい、かもしれない、にちがいない、そうだ(伝聞)」と、それに対応する韓国語の言語形式を取り上げ、連体修飾節の中の生起可能性について、日本語と韓国語の間に見られる異同を観察のレベルから探ってみた。 その結果、予想․予感を現わす日本語の「そうだ」と韓国語の「-ㄹ듯한」「-ㄹ것 같은」、「かもしれない」と「-ㄹ지도모른다」、「にちがいない」と「-에 틀림없다」のように連体修飾節の中に生起可能で、両言語ともに同じ現象を見せる要素もあるのに対し、「だろう」と「-겠다」「-ㄹ것이다」、「らしい」と「가보다」「모양이다」、「ようだ」と「것 같다」「듯하다」、「伝聞のそうだ」と「-고 한다」のように、連体修飾節内の生起可能性において異なる許容度を見せる要素も観察された。 このように異なる現象が現れる要因は、両言語のモダリテイ体系、位置づけの違いや対応するそれぞれの言語形式の性質の違いなどにあると考えられる。これらの問題については、本研究で観察した現象を踏まえた上で、連体修飾節の特性を考えるとともに、両言語のモダリテイ表現の対応関係について詳細に検討していかなければならない。
스모베야(相撲部屋)에 있어서의 이에(家)제도에 관한 고찰 - 스모베야 사제관계를 중심으로 -
한국일본언어문화학회 일본언어문화 제15집 2009.10 pp.163-181
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本稿では、相撲部屋において家制度的な伝統がどのようなかたちで維持・存続し得ているのかについて、相撲部屋の師弟関係および部屋制度の特徴を考察する中で明らかにした。相撲部屋を家制度に照らし合わせ考察を試みた結果、部屋制度とは,相撲部屋の継承者であり統率者たる親方のもと、相撲部屋そのものに属する財産をもち、相撲興行を営み、相撲部屋が世代を超えて存続し繁栄することに重点をおく制度であることがわかった。つまり、相撲部屋を家族に、家長を親方、家職や家業を相撲興行に、そして家の財産に当たるものは力士などの人的関係に置き換えることができるというわけである。 相撲部屋において家制度的な要素が今日まで存続しえた要因として、絶対的かつ半永久的ともいえる師弟関係を中心に形成された自給自足的で閉鎖的な組織体制を挙げることができる。いくつかの例外を除いて一度結ばれた師弟関係は絶対的なものとなり、弟子の側が親方を変えることはできない。部屋を変え親方を変えては相撲は取れない、移籍が許されないのが相撲社会なのである。加えて師匠である親方は現役時代に一定の実績を残した者のみがなれるという実力主義の社会であるだけに、親方の存在は弟子たちにとって権威的なものとなっていた。このような厳格なしきたりゆえに弟子である力士は絶対的な服従が必要とされ、今日に至るまで伝統的な家制度的な性格をもった部屋制度が維持され続けたのであろう。さらに、相撲社会の極めて自給自足的で、ある意味においては閉鎖的ともいえる体制が、相撲部屋にみられる家制度的要素のみならず、様々な伝統の継承を助長したきたと考えられる。
鎖國期 서양인의 여행기에 나타난 일본관 - 캠페르․쓴베리․시볼트의 江戸여행기를 중심으로 -
한국일본언어문화학회 일본언어문화 제15집 2009.10 pp.183-200
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この論文は鎖国期に日本を訪問した代表的な西洋人ーケンペル、ツュンベリー、シーボルトーの旅行記に見られる日本観である。江戸幕府は鎖国体制を取りつつ、オランダだけと交易をしていた。厳しい鎖国の下で西洋人は以前とは違い、オランダ商館のある長崎の出島を出られなかったが、三人は商館の医者として商館長の江戸参府をする時、同行しながら日本を観察して記録を残した。 その記録を通して、第一世代の西洋訪問者であった戦国時代の宣教師の認識の内容の変化と存続が見られる。その点だけでなく、17世紀末から19世紀初にかけて日本に関する西洋人の認識及び知識がどう変わっていくかも確認できる。この時期西洋人の日本認識と知識はその前代に比べ、総合的․科学的․分析的に変わっていく。そういう傾向はケンペル、ツュンベリを経て、シーボルトの時最高になる。特に、シーボルトは多数の助手との協力を通じて、素晴らしい日本研究の業績を生産した。開国になってから、日本を訪問する西洋人が急増するようになるが、鎖国期の成果がどのように繋がるかを検討するのが次の課題になる。
5,200원
本稿は長崎県に分布している朝鮮系窯趾の中で閉鎖された地域を把握し、そこで活躍した朝鮮陶工たちについて考察することを目的としている。彼らが活躍した窯趾を地域別に整理して見ると、北部の小値賀島と平戸の中野, 南部の現川, 諌早, 長与に集中していることが分かった。こうした地域にあった窯趾が閉鎖された一番大きい原因は、焼き物のための基本的な陶土に関する問題であった。良質の土が確保できないため、その土を求めて移動して行ったので、自然と窯趾が跡絶えて行った。しかし彼らが成し遂げた窯趾は、ただ跡絶えただけではなかった。地域を脫皮できなかった窯は受け継がれなかったが、彼らが開發した技術は、その以後にも継承されて行ったのである。その中でも、平戸の中野の朝鮮陶工たちは、良質の土を求めて中部地域の三川内に移住し、自分たちの技術を開發し、繼承して焼き物の文化を花開かせた。また南部地域の焼き物であった長与と現川で生産された技術と製品は、近年に入り新しく復元された。前者の場合、長崎市の日本人陶工が技術復元に 成功し、後者の場合は木原の朝鮮系陶工によって復元が完成され、製品として我々の前に姿を見せている。たとえそこが元々生まれた所ではなくても、技術が他の所に伝えられ新しく生まれて繼承されるようになったのである。このように長崎県の跡絶えた窯趾のなかには壬亂の際、捕虜に連行された朝鮮陶工たちの血と汗が染み込んでいることを改めて確かめることができたのである。
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「末広」という言葉や「高砂や~」という一節を聞くと大方の日本人が何かおめでたいことという感を抱くように、日本人の生活の中には想像以上に能狂言の影響が浸透している。 能狂言は、元来、中世の庶民芸能であるが、歴代為政者の支援を受けながら成長した。江戸時代には式楽に制定され、より格式と祝言性を重んずるものとなった。そうした影響下で、脇狂言には新たに果報者物という一類が誕生することになったが、本稿ではこの生成過程を式楽制定、祝言性との関連において考察する。まず、『天正狂言本』『虎明本』『虎寛本』を俯瞰することにより果報者物誕生の一連の流れを掴み、次に、文献に従って生成過程を検証し、式楽制定の影響による祝言性強化の一端を顕かにする。
웃음표현을 통해 본 『겐지모노가타리』의 인간관계 ー 源氏와 玉鬘를 중심으로 ー
한국일본언어문화학회 일본언어문화 제15집 2009.10 pp.241-259
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笑いを表わす言葉には「笑ふ」「笑む」「ほほ笑む」そして「人笑へ」などが挙げられる。この四つの表現を通じて『源氏物語』の中で特に源氏と玉鬘を中心とした人間関係を考察したものである。 まず、「笑ふ」はやさしい気持を伴わないで、笑はれる相手のある時には不快の感を与へる。または、相手の愚かさをあざ笑ったりからかったりする笑いであるが、源氏は玉鬘に7回、玉鬘は源氏に2回の「笑ふ」の笑いを見せる。源氏が玉鬘に「笑ふ」時は、主に田舎びた振るまいや自分の愛情を拒む時に、玉鬘が源氏に「笑ふ」時は、主に自分の下心が見抜かされた時や源氏が末摘花の行動をからかったりする時である。 そして「笑む」はすこしでも声がなくて、最高の状態や様子を表す時の笑いで、いわゆる微笑のことである。玉鬘が源氏に1回見せるが、源氏は見せない。源氏が玉鬘を訪れて愛情を訴えようとすると、どこかへ消えてしまいたいという本音を不意に口にだして不快の感や嫉妬を見せる源氏の姿を見て玉鬘はうち笑んでいる。 「ほほ笑む」は頬を動かしてにっこり笑うことで、いわゆる微笑よりも嘲笑、冷笑、ごまかし笑いの意に用いられることが多いが、「笑ふ」のような不快の感よりは、好意的な場合によく使われる。源氏は玉鬘に4回の「ほほ笑む」を見せるが、玉鬘は見せない。「ほほ笑む」時は玉鬘を通じて亡き母夕顔が思い出される時や、恋人としてより養父として玉鬘をながめる時である。 おわりに「人笑へ」は物笑いになることで、当事者の心内に強く認識される場合、制度や秩序からの逸脱として避けるべきものになる。 玉鬘の場合は源氏との関係の中で2回の「人笑へ」を見せるが、源氏は「をこがまし」という類似の表現しか見せない。 玉鬘の「人笑へ」は 2回とも源氏との愛情の問題でもたらされる。これは玉鬘の昔ながらの念願である実父のもとにかえることに差し支えるためであることがわかった。
5,100원
『風葉和歌集』(1271年)成立以前の作品と思われる『むぐら』は、宮内庁書陵部蔵本と秋香台文庫蔵本の二本の伝本を持つ中世王朝物語であるが、現存本はそれぞれ全体の前半2/3と1/2が散逸している。 本稿では、『むぐら』の継子譚を、継母の迫害、継子の流離、霊験と救出、結婚と繁栄という基本構造によって考察し、その特徴を考えてみた。 継子の流離においては、女君は二度にわたって流離する。最初の逃亡先は大原だったが、春宮と大将に見つけられた。二度目は宇治へ発つ前に、妹に別れのあいさつをしに立ち寄った宮中で、帝によって閉じ込められてしまうのである。『しのびね』の女君も、縁者の典侍を頼って宮中に入り、帝の寵愛を受ける運びとなるが、この「宮中に入る」という趣向が以後の中世王朝物語にもしばしば見出される。帝が男女主人公の恋を妨害したり、宮中が隔ての機能をする場となったりしているのである。 継子の流離においては、女君は二度にわたって流離する。最初の逃亡先は大原だったが、春宮と大将に見つけられた。二度目は宇治へ発つ前に、妹に別れのあいさつをしに立ち寄った宮中で、帝によって閉じ込められてしまうのである。『しのびね』の女君も、縁者の典侍を頼って宮中に入り、帝の寵愛を受ける運びとなるが、この「宮中に入る」という趣向が以後の中世王朝物語にもしばしば見出される。帝が男女主人公の恋を妨害したり、宮中が隔ての機能をする場となったりしているのである。 霊験と救出においては、『住吉物語』系の継子譚の型通り、清水の霊験を体験することができた。救出は、女君の愛する大将の手によらず、畏れ多い帝によってなされた。即ち、それまで出奔を考えるほど、いろいろと悩まされていた女君は、帝の寵愛によって、安定した地位を得て、一家も栄えることになるのである。 結婚と繁栄においては、女君は栄え、男君は出家する『しのびね』型のパターンのように(ここでは悶死)、『むぐら』の女君も大将の犠牲を通して栄えることになる。継子譚においては、女君と相思相愛の男君は結ばれるのが型であるが、『しのびね』型の影響で、女君の本心とは違った形で、身分において栄える方向へと女君の繁栄が描かれている。
「僕」라는 인물 조형 -『바람의 노래를 들어라』『1973년의 핀 볼』을 텍스트로-
한국일본언어문화학회 일본언어문화 제15집 2009.10 pp.279-296
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5,200원
重層構造になっている「風の歌を聴け」、「1973のピンボール」の主要登場人物である「僕」は、ストーリ․テーリングが強くなる「羊をめぐる冒険」を始めとするその他の作品にいたるまで、村上春樹作品の背後イメージを形成している。「風の歌を聴け」「1973年のピンボール」をテキストとする「僕」のさまざまな年齢の構成や詳しい時間の配置はより構造的な作品の成立に役立っている。 つまり、「僕」の年代的な時間の叙術より時間の再構成による過去の回想などで同時代のノスタルジーを目立たせている。この方法論は時代と関わらない、自分自身の内面を語るという村上春樹の初期小説の特徴でもある。「僕」は幼年時代から日常的な表現と伝達の陳腐さを拒否し、コミュニケーションが前提とされている言語に対しても強い否定を示している。他者との距離の確保や独創的な比喩の駆使などで自分の内面を表現しているが、二つの作品においても「僕」の感情そのものの言語化として解釈できると思われる。また、現実への違和感や欠落から持たされる円滑でない意思の疎通を補充するための試みでもある。倦怠感溢れる日常の停滞した時間は、そこから逃れ他者と区別された存在を目指している「僕」の欲求につながる。スタイルの自意識とも言うべきこの事実は外面の差別化や性、金銭などの根本的欲望においても外面․内面のなかから行っている。ここですべてのことにおいて自己規制による自体の規律が重んじられるダンディズムが垣間見れるのである。「僕」の行き方は、自分をとりかこんでいる普通の認識に対して批判と冷静な視線で一貫しているとともに人生の新しい一面も確保するまでいたる。「風の歌を聴け」、「1973年のピンボール」での「僕」という人物は他界との疎通の不可能性に絶望しながら内面に引きこもった結果独特の世界を形成した。言語表現や文体、人物の内面を軽くさわやかな風景として描き出していることは村上春樹の作品の世界を決定づける一つの重要な要素として作用している。
현월(玄月)의「나쁜 소문(悪い噂)」 -폐쇄된 공동체에서 욕망과 폭력 -
한국일본언어문화학회 일본언어문화 제15집 2009.10 pp.297-317
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根拠ない悪意的なうわさで町内人々が<骨>に加える集団暴力と<骨>の妹さんに対する売春行為は人間の本能から出た欲望だと言うよりは ‘他人達がするから私もする.’と言うので自分の欲望ではなく他人の欲望を模倣するのだ。 一歩遅れて<骨>の家族の一員で編入した<骨>の甥の涼一は<骨>の家族の構成員という理由で町内人たちから不当に弾き出される.涼一は叔父である<骨>の命令を逆うことができずに自分の好きな加奈子を暴力の生けにえで叔父に持って捧げるしかないことは自分の意志と関係なく少数者集団に属したからだ。 欲望による暴力の中心に双子の梁氏兄弟が関与している。双子というのは差がないことを象徴する。双子から来由された模倣欲望は人々の間の差を消滅させながらお互いに似つつあって同質化させる。そして模倣欲望に結束された町内人々は暗黙的な合意で異質的な<骨>の妹さんに対する欲望と暴力を正当化して共同体の秩序を維持させようと思うが,<骨>の家と双子の梁氏兄弟の家はお互いに復讐を取り交わしながら差を無くして同質化させいく。このように復讐のための暴力の欲望は連鎖的で繰り返されながら同質化させる速成をもっている。暴力を遮断させて秩序を維持して社会を豊かにさせることは差を無くす平等から来るのではなくて各個人の違うことを認める多様性から出て来ると言える。 玄月はこの作品で<骨>の家族たちが人間の模倣欲望で暴力の生けにえになって過程を描き出すことで少数者に対する不当な待遇を現わしている.しかし少数者である<骨>は不当な待遇に対して消極的な怒りを噴出するのに止めていて, 自ら主体になって問題を解決するまでは至らない。
요시야 노부코(吉屋信子)『꽃이야기(花物語)』론 -「흰백합」의 상징성 -
한국일본언어문화학회 일본언어문화 제15집 2009.10 pp.319-336
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「白百合」は吉屋信子の少女小説『花物話』の21番目の作品で、少女時代のキリスト教信仰を土台にしたものである。 白百合は聖書に出る数多い花の中で16回も出るという、最も多く使われている花であり、キリスト敎關連の文献や傳說の中では皆キリストを象徵している。 信子は純眞な少女を登場させ、花の象徵性と共に花のような明るい少女を浮き彫りにし、少女がキリストの愛を悟り、純潔に生きて行くことを願うキリスト敎精神を白百合という花に託してイメージさせている。
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