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일본언어문화 [Journal of japanese Language and Culture]

간행물 정보
  • 자료유형
    학술지
  • 발행기관
    한국일본언어문화학회 [Japanese Language & Culture Association of Korea]
  • pISSN
    1598-9585
  • 간기
    계간
  • 수록기간
    2002 ~ 2025
  • 등재여부
    KCI 등재
  • 주제분류
    인문학 > 일본어와문학
  • 십진분류
    KDC 730 DDC 495
제23집 (30건)
No

招請講演

1

現代日本語の形成過程

田中章夫

한국일본언어문화학회 일본언어문화 제23집 2012.12 pp.5-8

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3

日本語教育のための対照研究

小林ミナ

한국일본언어문화학회 일본언어문화 제23집 2012.12 pp.11-20

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4,000원

4

6,300원

本稿は、韓国人の大学生を対象に日本語の条件表現の学習における難点と使用が難しい形態に関する意識調査の結果を分析し、学習法と教育法の一案を提示したものである。日本語の条件表現の学習法の案は次のように提案した。文法的な側面における問題は条件文の環境と性格、構造を理解してから形態の活用、接続様相、構文における形態の役割に関して学習するという段を踏んだ学習法を取ることが重要である。「ば・と・たら・なら」の意味用法については形態特有の意味用法に関する正確な理解、例文を通した確認学習、同一意味用法においては、形態間の類似点や相違点を対照しながら学習する必要がある。特に、仮定条件を表す場合における形態の使い分けやニューアンスの差、構文制約のような特性をしっかり学習しなければならない。ニューアンスの差を理解するためには、多くの例を通して形態の意味領域を理解することが重要である。このような学習法を身につけることで作文における形態選択の混同を防ぐことが可能になるだろう。会話の場合は「たら」が現れる頻度が高いが、これは「たら」の意味拡張現象で、口語体における別途の働きがあるわけではない。学習者は第一言語の影響から自由ではないことから、できる限り日本語の枠で考え、習得しようとする努力が必要である。教授法の案は次のように提案した。教師はテキストに限らず、参考文献を通して条件表現文の特性を明確に理解し、「ば・と・たら・なら」の4形態の形成時期と形成過程に関する知識を積んだ上で意味用法を教授することで、学習者に総体的な条件表現に関する知識を伝えなければならない。そして、形態の品詞名、活用表、接続関係に関して4形態の全体図を示し、対照学習をさせる必要がある。また、意味用法の辞典的な並べ方は止揚し、多くの例文を通した学習で形態選択の混同を防ぐ必要がある。第一言語の干渉の問題は、両国語の形態の複雑な対応様相を示しながら日本語と韓国語の表現領域の共通部分と相違部分を理解させ、第一言語の干渉を警戒させなければならないだろう。

5

담화전략을 통한 담화스타일의 양상 -약속취소 장면을 중심으로-

김광태, 김준숙, 송은미

한국일본언어문화학회 일본언어문화 제23집 2012.12 pp.49-72

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6,100원

In this study, aspects of language behaviors and characteristics of conversation styles of Japanese shown in conversation scenes of appointment cancelation were reviewed from the perspective of conversation strategies. The subjects were university students in Tokyo and Tohoku areas. Role play type of dialogues similar to natural conversation were recorded and analyzed. The conversation strategies were divided into opening dialogue, appointment cancelation dialogue and closing dialogue, and the appointment cancelation dialogue was segmented as ① stage to check the appointment before the cancelation ②implication of cancelation ③ apology according to cancelation ④ provision of reasons to cancel appointment and whether it is concrete ⑤ proposal to cancel the appointment and ⑥ provision of an alternative instead of cancelation. According to the analysis results, opening dialogues develop with the conversation subject transition while appointment cancelation dialogue prefer one-time conversational style such as appointment check, cancellation implications and provision of reasons. On the other hand, apology expression and alternative provision prefer repetitive conversation style and appointment cancelation opinion shows straightforward and determined expression. Finally, in closing dialogues, students in Tokyo closed dialogues with greeting or agreement and those in Tohoku area closed their conversation with apology and encouragement.

6

5,400원

TOIU shown up in adnominal clause is used and is not used. In this paper, TOIU is used with the utterance noun, we use in any sentence and we of not used installs,whether the basic reason tries to be made public. The action related to the speech act is included in the meaning of the word. The thing called the utterance noun is the noun expressed as the character or audio. For example, it is the mail, public anouncement, question, story, rumor, and etc. In the previous work, the use of essentiality of TOIU was asserted when this kind of the utterance noun was used. We knew that there is 3 branch types doesn't take the result, of analyze the corpus data used in fact use, not used, and adnominal clause called case. In this paper, how 3 branch types about the reality of usage of TOIU showed differently, whether the analysis was attempted by the following 3 factors. Firstly,it is "doesn't it coincide with whether the subject of the main clause and subordinates coincides?". The second opinion factor is" the content of the subordinates authorizes the inside approval outside to the territory of information when the subject of the main clause observes". The third factor is "the content of the subordinates authorizes the reality approval unreality when the subject of the main clause observes".

7

5,100원

This paper observes carefully about variety usages of negative sentences in Japanese. Many features and functions can ba found;At first, this text takes a look at characteristics of a negative sentence added a particles. As a result, a negative sentence added 「wa」includes a positive premise and also could be interpreted as a confrontational meaning of a surface meaning. Moreover, a negative sentence with 「mo」 and 「sae」 is accompanied with a negative premise. It also means a surface mean and a point of the negative would be contrasted in a same level. The negative sentence is used to express regrets or disappointment not agreed with an expectation rather than expressing the surface mean. Secondly, how characteristics of 「-siwasinai」 is related with a whole structure of Kawabata Yasunari’s novel, 「Amagasa」 by examining an expression 「-nurewasinaiga」. There would be some risk of this study without more organized study of the novel. However, this study could be meaningful examining a negative sentence to everyday life. For a further study, a negative sentence, a negative vocabulary and a negative sentence in a literature would be examined with the more corporative perspective.

8

5,100원

日本語の「の(だ)日本語学習者にとっては習得困難な項目として、日本語教師としてはなかなか教授しにくい項目として知られており、これまで多くの研究がなされてきた。しかし、従来の日本語学、日韓対照研究で行われた先行研究の研究成果が、実際の日本語教育の現場で使われる教材においてどのように反映されているのかについて注目した研究はあまり見られない。そこで本研究では、韓国の日本語教育分野における「の(だ)」の教育現状を把握するために、韓国国内で製作された、日本語の文法教材を分析し、その問題点および改善案について考察した。その結果は以下のようにまとめあれる。(i)対象とした教材を分析した結果、教材によっては「の(だ)」を学習項目として取り入れていない教材もあり、導入していていもその文法範疇や提示している用例や用法の説明についても相違が見られた。(ii)文法教材を作成の際に、本研究では、今後改善の余地はあるが、「文末形式」という文法範疇として導入することを提案し、「の(だ)」の形態的な特徴および、バリエーションについての説明を補足することを提案した。(iii) 「の(だ)」の用法に関する解説については、日本語学および、日韓対照研究の研究成果を援用し、まずは前提と先行文脈との関連づけが、「の(だ)」の使用動機になることを周知させることが重要であり、その後、前後の文脈が十分わかるような分量の例文の提示および、それに対応する韓国語の表現形式を合わせて提示することを提案した。

9

일・한 양국어 형용사 관용구의 유형 고찰

고은숙

한국일본언어문화학회 일본언어문화 제23집 2012.12 pp.129-146

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5,200원

本稿は日・韓両国語の代表的な慣用句辞典からいわゆる形容詞慣用句(形容詞を含めて成された慣用句)を取り出して、特に慣用句の構成要素である形容詞を形態的な側面で類型を分析し、またその特徴を考察したものである。以下に考察結果を簡単にまとめる。まず、両国語ともに形容詞は形容詞自体で慣用句の見出し語として提示されている点、また形容詞が述語形で慣用句を成しているものの例が多くあるという共通点がある。特に[~が+形容詞/~이(가)+形容詞]の類型が多く、少ないながら他に[~に+形容詞][~에+形容詞][~も+形容詞][~도+形容詞]の類型の慣用句があるというのも両国語の共通点に把握できる。これに対して韓国語の場合は[~만+形容詞]の類型が、日本語の場合は[~ほど(ばかり)+形容詞]の類型が特徴的に見られる。なお、反意関係がある形容詞慣用句では日本語の場合、形容詞‘いい・悪い’で構成された慣用句が一番多いのに対して韓国語の場合は‘좋다・나쁘다’で構成された反意関係の慣用句の例はないという差異点がある。韓国語では反意関係の慣用句として多く提示された形容詞は‘가볍다・무겁다’であり、他にも‘넓다・좁다’‘밝다・어둡다’‘익다・설다’‘짧다・길다’‘두껍다・얇다’などの形容詞が反意関係の慣用句を構成する要素として作用している。反面、これらの形容詞は日本語の場合、反意関係の慣用句では現れていないという特徴がある。また共通的な特徴として日・韓両国語ともに身体語彙で構成された形容詞慣用句が多くあり、日本語より韓国語の方が形容詞と結合される身体関連語彙が多様であるという点も特徴であると言える。韓国語の場合は日本語に比べて身体内部器官を表す身体語彙と結合して慣用句を構成する例が多数ある。他に形容詞が体言修飾形、及び用言連結形で慣用句を構成する類型があるが、特に韓国語の方が日本語よりその類型の慣用句の例が少ないのが分かった。本考察を基にして、形容詞慣用句の意味的な面また機能的な面の対照考察は今後の課題にしたいとおもう。

10

4,800원

名詞句を受ける「の」は名詞句と同格をなす名詞節と名詞句が主名詞を修飾する連体修飾節に分けられる。構文的な違いで疑似分裂文と分裂文という分類方法もあるが、日本語中心の文では、疑似分裂文を連体修飾節の延長線上において扱うのが妥当である。日本語の形式名詞における主名詞として機能する「の」は、物事だけではなく、人も指すことが特徴である。物事を指す主名詞「の」は後接する助詞と主節述語からは比較的自由であるが、人を指す主名詞「の」においては名詞述語に限定されることから、後接する助詞が「が、は」に限定されるようになることがわかった。そして、人を指す名詞「の」に呼応する主節述語が名詞に限定されているが、ここでも名詞述語になる条件は、当該する名詞が具体性を帯びなければならないということだ。さて、具体的な名詞が主節述語に来ない場合には、疑問形式で呼応をするなどして、指示詞をもって特定化する名詞述語、代名詞述語、固有名詞述語などで主名詞「の」を具体的に補完または特定化させている。   上記の考察を通して、本研究では、 人を指す「の」の構文的な特徴が名詞ベー述部に限定されて調査の制限をはじめ、「の」を特定化するという事実を明らかにすることができた。

11

5,800원

本稿は、近代日本語文献を電子化する際に、どの符号化文字集合に依拠するのが現状では最も適切かを検討した。具体的には、JIS X 0208に依拠して作成された「太陽コーパス」を、JIS X 0213及びUnicode 4.0で再符号化処理を行い、カバー率と稼働率を算定した。カバー率は、のべ字数ではJIS X 0208:99.79%、JIS X 0213:99.93%、Unicode 4.0:99.93%となり、異なり字数ではJIS X 0208:79.58%、JIS X 0213:92.02%、Unicode 4.0:98.49%となり、約6,800字集合のJIS X 0208よりも約11,000字集合のJIS X 0213、JIS X 0213よりも約70,000字集合のUnicode 4.0と、集合の規模が大きくなればなるほど、カバー率が高くなり、有用な符号化文字集合と言える。一方稼働率は、JIS X 0208:約87%、JIS X 0213:約62%、Unicode 4.0:約11%となり、集合の規模が大きくなればなるほど、集合の中で稼働する文字の割合が低くなり、電子化する際のコストの増大が見込まれる。JIS X 0208は稼働率の面で低コストであるがカバー率の面で不足し、Unicode 4.0はカバー率の面で優れているが稼働率の面でコストが高い。カバー率と稼働率の双方を勘案すると、現状ではJIS X 0213の11,000字集合が、近代日本語文献の電子化に適しているという結論を得た。

12

5,500원

本研究は日本語母語話者が申し出の場面においてどのように申し出の行動を行っているかを、「行動の仕方」に着目し、上下関係と申し出の場面によってどのようなバリエーションが見られるか分析し、言語行動における配慮の表れ方について考察した。その結果、申し出の相手による言語行動では、コミュニケーション機能の使用、機能的要素の使用、機能的要素の組み合せ方で差が見られた。申し出の相手が目上か目下か、同等かで配慮の仕方が異なり、[先輩]>[後輩]>[同年輩]の順でより配慮のある言語行動を行っているということが分かった。また、3つの申し出の場面の言語行動の表れ方を比較した結果、場面によって異なることが分かった。場面による配慮の度合いでは、【テニスのコーチ】≒【本貸与】>【荷物持ち】のような順でより配慮のある言語行動が行われていることが分かった。

13

『源氏物語』の自称代名詞についての一考察

閔丞希

한국일본언어문화학회 일본언어문화 제23집 2012.12 pp.205-223

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5,400원

『源氏物語』にあらわれた自称代名詞を分析して見たが、まず、主人公である源氏は男の話し相手に対しては「われ」「みづから」「ここに」「こなた」「こなたざま」「身」を、女の話し相手に対しては「われ」「身」「みづから」「まろ」「わが身」「ここに」「これ」「なにがし」を使っていた。両方とも目上の人に対する自称代名詞が目下の人に対する自称代名詞より発達していた。また、使用において話し手の性別による制限があった自称代名詞は「なにがし」であった。なお、源氏物語を通してみると、中古には自称代名詞の方が対称代名詞より早く発達・分化しはじめ、源氏物語で自称代名詞の種類は10個を越えていた。それから、中古には他者との関係において、「話し相手をどう遇するか」より「話し相手に対して相対的に自分をどう遇するか」にもっと重点をおいた社会であったと判断できる。他に「こなた」はまだ人称代名詞としての位置づけが確実でない状態であり、「おのれ」の待遇価値もまだ明確に定められていない姿を見せていた。中古時代の人称代名詞の特徴の把握のため、源氏物語だけではなくもっと多くの他作品の考察が必要であると思う。

14

形容詞述語文における助詞「から」の文型と用法

朴海煥

한국일본언어문화학회 일본언어문화 제23집 2012.12 pp.225-242

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5,200원

本稿は文型論の観点に基づき、日本語の形容詞述語文に使われる助詞「から」の文型と用法の特徴を分析考察した研究である。具体的には助詞「から」の使われる主要な文型に対し、各文型の主要用法、述語形容詞と名詞句の意味特徴と助詞の意味役割など各用法の文型的な特徴、他の用法や文型との関係、他の助詞との関係や接点などの内容についての分析と考察を目的とする。分析の結果、日本語の形容詞述語文における助詞「から」の主要な文型と用法は、「N2はㆍが+N1から+形」文型の「空間量」判断の基点基準、「時」判断の基点基準、「異同」判断の比較基準など、「N3は(が)+N2から+N1が+形」文型の「不在」や「数量」判断の出所基準、「N2から+N1はㆍが+形」文型の「不在」や「数量」判断の出所基準、「量」判断の基点基準など、「N3に+N2はㆍが+N1から+形」文型の述語の判断を感じる主体における「異同」判断の比較基準などであった。また、助詞「から」の使われる形容詞述語文の文型と用法のその他の特徴として、助詞「から」の文型が現れるのは「抽象的関係、精神及び行為、自然現象」などの三つの上位意味グループの中で「抽象的関係」のグループのみであること、基点基準や比較基準など述語の判断の基準の用法が多いこと、助詞「から」の文型には1項目表現は見當たらないこと、助詞「から」は助詞「に・と・まで」などとの接点や相互の交替が自由な場合が多いこと、文型においての名詞句の入れ替えや項目の順序の交替が可能な場合が多いこと、各文型の三つや二つの名詞句の項目は縮約の形で二つや一つに変換が可能な場合が多いことなどが分かった。

15

6,000원

M. Bader (2009) points out that lexical ambiguities are a ubiquitous phenomenon in natural languages. Japanese language is known for its lexical ambiguities deriving from many reasons. This can be notably well explained by the fact that Japanese language has developed varied words and vocabularies suitable for expressing abstract ideas, natural phenomenon, human emotion, ethics, and aesthetics but only a few for technical and scientific ideas. This study examines the multi-layer structure of meanings in Japanese aesthetic words found in the Tale of Genji. This study is note-worthy because it applies the idea of the Genome map that is developed in biology. For this purpose, we grouped 105 aesthetic words into five groups and 253 meanings of aesthetic words into nine groups for matching. The result of the study shows that Japanese aesthetic words have a complicated multi-layer structure of meanings which may create some degree of lexical ambiguities in Japanese language. The words with a more complicated meaning structure have been the frequent subjects in the studies of Japanese aesthetic words. This suggests that more refined Genome maps for Japanese aesthetic words need to be prepared and can be applied in the field of semantic studies.

16

5,200원

日本語と韓国語はともに「二重ヲ格(“ruel”)構文」が見られる。しかし、両言語の捉え方には相違があるようである。日本語は、「二重ヲ格制約」が働き、文中でヲ格が二つ以上現れることを嫌う傾向にあるが、韓国語は二重“ruel”に対する許容が緩い。特に、韓国語のNP1における“ruel”については、従来、主題化、主題マーカーなど格の意味役割についての議論が多々見られる。しかし、的確な答えは未だ見つかっていないようである。本稿は、日本語と韓国語でヲ格が二つ現れる「二重ヲ格(“ruel”)構文」を研究対象とし、再検討を行うものである。課題は3つに絞られる。第一に、「二重ヲ格(“ruel”)構文」の再検討を通じ、日韓の相違点を改めて整理する。第二に、あらゆる構文の検討を通じ、“ruel”の性質について考える。これを踏まえ、数量詞構文に現れる二重“ruel”構文の認可条件について考察し、最後に、本稿で取り上げた構文を比較することによってその様相を見てみる。結論を課題に沿って簡略に述べる。日本語は「距離の設定」に大きく影響されるが、韓国語は副次的な条件となる。そして、二重“ruel”構文の検討として、語順の入れ替えによる様相を見たが、全体を通して“ruel”は、働きかけの対象を示し、対象化させる性質を持つと述べた。また、数量詞構文を観察した結果、日本語にはないタイプの副詞的な働きをする数量詞構文が存在し、それは一般的な数量詞構文での二重“ruel”の現れ方と違う一面を見せることを確認した。最後に、“ruel”の振る舞いという観点で、本稿で扱った各構文を比べた結果、「あげる」構文と語彙的使役、迂言的使役とタイプⅠのQ(一般的数量詞構文)が類似することを確認した。

17

일본어 배려표현 유형 및 특징에 관한 고찰

윤상실, 이지현

한국일본언어문화학회 일본언어문화 제23집 2012.12 pp.285-305

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5,700원

本稿では、言語的行動を対象にして日本語配慮表現の主要な類型と関与する形式を取り出して、各々の配慮表現の原理と特徴の分析を試み、日本語配慮表現の様相を体系的に把握することを目標とした。また、配慮表現が言語一般に見られる普遍的言語現象でありながら、各言語における表現様相の差が予想され、韓国語との対照の観点が必要であることをも指摘した。言語的行動に現れる配慮表現に限定しても、多様なレベルでの種々の形態、語彙、文の表現方式が認められ、一定の類型と特徴を求めることができよう。先ず、形態的レベルと語彙的レベルに分けて、主要な關與形式と表現を取り上げ、檢討分析した。さらに、それら表現形式が文の表現方式のレベルでは如何に配慮表現に關與するかについても考察を行なった。その結果、形態的ㆍ語彙的ㆍ表現方式の3つのレベルで、各々次のように、9つ、3つ、4つの類型が設定可能であることを検証した。1. 形態的レベル: 「非確言型」「非直示型」「可能型」「受益含意型」「被害含意型」「(否定)疑問型」「認識共有型」「自ㆍ他動詞對應型」「敬意型」などの9類型2. 語彙的レベル: 「明示型」「緩和型」「共感型」の3類型3. 表現方式レベル: 「中途終了型ㆍ省略型」「添加型ㆍ反復型」「間接發話型」「非言及型」の4類型

18

5,800원

本稿では、韓国における日本語教育の新パラダイムであるeラーニングとスマートラーニングに関して考察した。その結果、次のことが明らかになった。コンピュータ技術の発展により、日本語教育においても、伝統的な教育環境からe ラーニングの教育環境が新しく具現化され、教育パラダイムにも変化が見られ始めた。伝統的な教育環境では、教育者中心、注入式教育、対面教育、移動と施設の制約があったが、eラーニングの教育環境では、自己主導学習、インタラクティブな授業、時空間の超越、教育機会の拡大という特徴がある。オフライン中心の大学教育にも、eラーニングが与える多様な長所のため、eラーニングを導入する努力がなされている。特に、すべての課程がインターネットベースであるサイバー大学の授業は、一般的にeラーニングコンテンツと学習管理システム上で行われている。一方、パーソナルコンピュータと有線のインターネットをベースに行われていたe ラーニングは、近年モバイル機器と無線インターネットに引き継がれ、モバイルラーニングとして教育の革新をリードしている。これに合わせて、大多数の大学でモバイル機器に適合したLMSを具現化し、特にサイバー大学は、テクノロジーの発達と共にeラーニングからモバイルラーニングへの転換期を迎え、スマートフォン、タブレットPCなど多様なIT機器を活用した学習のために努力している。従って、移動中でもモバイル機器を使った物理的空間の制約を受けない学習活動に参加することが出来るようになった。スマートラーニングは、学習者が自ら学習し、興味深く、学習者のレベルと適性にあった数多くの資料で、情報技術を活用し学ぶ方法であるが、このような学習環境の変化を受けて、学習者は自らの学習に必要な情報を受け取り、講義を受講することが出来、教師側はスマートフォンを使った学習計画の作成や管理だけでなく、学習進歩状況がスマート機器を通してリアルタイムに確認することが出来るためより効率的に学習指導を行うことができる。

19

副詞「よく」の程度表示の意味論的考察

李佳娟

한국일본언어문화학회 일본언어문화 제23집 2012.12 pp.329-349

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5,700원

本稿は多義的な副詞「よく」の意味構造を明らかにする試みの一つとして、従来程度副詞としての用法と認められてきた「よく」の機能に<情態性>と<程度性>の機能が共存していたことに着目し、それらを具体的に区別する必要があることを指摘し、各用法の特徴を明らかにすることを目的とするものである。まず、「よく」が程度副詞として定着しているなら、典型的な程度副詞との入れ替えが自由なはずであるという推定から、「非常に」との入れ替えテストを行った。その結果、不可能の方が<情態性>、可能の方が<程度性>の用法であることが解明された。そのうち<情態性>の「よく」は、修飾を受ける動詞の形式や意味によって、《充実性》《確実性》《十分性》という3つの意義素に分岐したものであることが確認された。それらはさらに、<情態性>のみを有する純粋な情態副詞と称しうるものと、基本的には情態副詞であるが、述語の特徴によって<程度性>をも有するものとに分けられる。また<程度性>の「よく」は、アスペクトの観点から結果相と状態相に分けられ、結果相の述語は属性形容詞に似ており、<情態性>をも併せ持つものであり、状態相の述語は感情形容詞に似ており、<程度性>のみを表すものであることが明らかになった。なお<程度性>の「よく」は<評価性>が共に働くことにより、結果を取り立てる副詞になることが解明された。このような結果から程度表示の「よく」の中には、《充実性》《確実性》《十分性》からなる<情態性>と<程度性><評価性>が意味特徴として存在していることが確認できる。そのうち<情態性>の《確実性》と《十分性》は述語の特徴によって、<程度性>との関係を持ち、<程度性>の一部も《十分性》と関係を有する。また、《充実性》と<程度性>は<評価性>との関係により、結果を表す副詞となる。結局、各意義素は述語のありようによって特徴付けられ、それらの相互関係によって、ようやく程度表示の「よく」が形成されるのである。

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漢語「微妙」の意味用法について

趙英姫

한국일본언어문화학회 일본언어문화 제23집 2012.12 pp.351-370

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5,500원

本稿は、現代日本語書き言葉均衡コーパス(「KOTONOHA」)を用いて、最近若者の間で頻繁に使われている漢語「微妙」の意味用法について考察した。国語辞書類の記述を参考にすると、「微妙」は江戸後期に使われはじめ、1990年代までに大きな意味変化のないまま使われていたとみられるが、2000年代以降新しい意味用法の発生があったと推測される。「KOTONOHA」から採集した用例を集計した結果、ほかのサブコーパスに比べて、非母集団・知恵袋と悲母集団ブログのサブコーパスに「微妙」の用例が集中している傾向がみられ、Webの空間で頻繁に使われていることが推測される。また、「微妙」が書籍のどのようなジャンルに出現しやすいかをみるために、書籍コーパスの用例を内容の層別によって集計した結果、社会科学や自然科学、産業分野の書籍では使用が少なく、芸術と文学の分野の書籍では使用が多い傾向が確認された。また、「微妙」の用例を連体、連用、叙述用法に分類して集計した結果、1970年代から2000年代の間、連体用法が減少し、連用、叙述用法が増加する傾向が確認され、「微妙」の新しい意味用法が主に連用、叙述用法で使われる傾向が明らかになった。「複雑でひとくちに言いあらわせないようす。デリケート」を表す「微妙」の中心的な意味用法は、用例数がもっとも多く、多様な場面で使われ、年代的にもかたよりなく使われている。中心的な意味用法の例には、「二つの事柄が取り上げられ、両者の境界線が複雑でひとくちに言いあらわせないことを表す」ものが多いが、これは「どっちともはっきり言いきれないようす」の意味用法につながると考えられる。周辺的な意味用法は少数の例がみられるが、現代日本語では使用頻度が顕著に低い意味用法といえる。俗語的な意味用法は、Webの用例がほとんどを占めるという特徴があり、その使い手は若者が中心であることが予想される。俗語的な意味用法としては、「物事の程度が非常に若干である」の意味用法と「判断がつかないときの返事に使う若者ことば」の二つがあげられる。特に、後者には否定的なニュアンスが含意されるという特徴がある。

21

4,900원

本稿の研究目的は、日本語の改まり語についてである。敬語と共によく使われる改まり語は、敬語と密接な関係を持つが、敬語形式ではなく、場面を配慮するための語彙の選択である。改まり語は敬語形式ではないといっても、日常語に対して格式ある語彙の選択であるので、日本語教育において、敬語知識として取りあげられたり、改まり度を設定する試みもみられる。本稿では、敬語の働きからついてくる改まり語ではなく、語彙の選択から使われる改まり語に焦点を当てて、どういうふうに改まり語が選択されたのかを調査した。敬語と共に、公的な場面で、場面に対する配慮が要因で使われる改まり語は、語彙の選択という面から考察すると、公的な場面で格式語彙として使われるという、今までの先行研究の規定から補充できる部分があると考えられる。式典での演説以外に個人対個人の談話でも、表現主体が公的な場面に等しく場面を配慮する場合は、改まり語が選択される。式典での演説の場合は、表現主体の場面に対する配慮が個人と個人の会話より強く働き、語彙の選択において格式語彙が選ばれる当然性が高くなる。式典という状況・媒体が語彙選択において自由性を制限される要因になるのである。それで、①敬語と呼応して使われる、②公的な場面で使われるという二つの要素を両方に満たす場合に選択された改まり語を制限性を持つ、「制限的な改まり語」と分類した。また、敬語使用と、公的な場面という要素の中、一つも持たない場合に選択された改まり語を非制限性を持つ、「非制限的な改まり語」と分類した。非制限的な改まり語は、敬語で表現し切れない場合に選ばれて格式のバランスを整ったり、非制限的な選択そのままで、格式とは別の役割を果たすのである。

22

6,100원

この論文は朝鮮時代後期と日本の江戸・明治時代の粉化粧について考察してみたものである。基本的に化粧文化においても韓国と日本は昔からの緊密な交流関係と近くに位置している点などから、非常に似ている面が多い。粉化粧においての共通点としては、まず両国共に中国から白粉と化粧文化を受け継いでいる点や古代から男女とわずに白いお肌を美しいものと思い、白いお肌を実現するために粉化粧が発達するようになったという点があげられる。さらに、朝鮮時代後期には一般の女性は薄い化粧をし、芸者などの職業を持っている女性は濃い化粧をするという二元的な構造を持っていたが、このような傾向は日本も同じである。また、白粉の種類も根本的に似ており、自然的な材料から得た白粉と鉛粉の二つが最もよく使われていた。特に鉛粉は体に致命的な悪い成分が入っていたのにもかかわらず、科学的な知識がなく、化粧ののりが抜群によかったため多く使われたという点も同じである。相違点としては、まずうなじ化粧があげられる。韓国では白粉を顔にだけ使ったが、日本は江戸時代になって髪をあげるようになり、今まで露出することのなかったうなじが人目につくようになる。そのため、顔だけ白粉を塗ると首とおなじとの差が激しく、非常におかしく見えるので、首やうなじにも白粉を塗るようになったのである。つまり、首やうなじにまで白粉化粧をしたという点は韓国との大きい相違点にあたる。さらに、根本的な違いと言えば、朝鮮時代の一般の女性は化粧をすることより清潔で質素な身なり、心の美しさがもっと重要であると教育されていたが、日本では毎日化粧をして人と顔を合わせるのが礼儀として強調されていた。つまり、日本では一般の女性でも素顔を見せるのはよくないという文化の中に生きていたので、毎日白粉を塗って化粧をした顔で人と接するように教育されていたのである。これは美意識や当時の文化に起因する違いと言える。また、白粉の製造と売買の方式にも違いがあり、朝鮮時代には様々な白粉を各家庭で作り、大部分が家内手工業で行われた。そのほか大量に作られた白粉を小間物売りから買うこともあったし、商店で買うこともあった。日本も家内手工業で白粉を 作ったという点は似ているが、江戸時代には商業が発達して白粉も大量に作られて商店などで売買されることがもっと多く、朝鮮時代より売買が活発であった。このように緊密な影響関係の中で両国独自の特徴を持って、現在の化粧文化に繋がっているのである。

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『或る女』論 -田川夫人について-

鄭旭盛

한국일본언어문화학회 일본언어문화 제23집 2012.12 pp.413-427

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4,800원

今まで田川夫人という登場人物はそれほど注目されていない。本論はこのように今まで注目されていなかった田川夫人にスポットを当ててみた。特に、破滅物語としての或る女における田川夫人の作品に於ける役割は何だったのだろうかという疑問を持ちながら。葉子と倉地が社会的にも道徳的にも非難される愛に落ちた原因の中で田川夫人が深く関連していたことが本論を通して新たに明らかになったと思われる。そもそも葉子自身が初めて倉地を見た瞬間から、倉地を一目惚れしていたわけではある。葉子にとって倉地という男は魅力のある相手ではあったであろう。しかし、葉子は今自分を待っている婚約者木村に向かっている身である。だが、本論を通して考察したように、田川夫人とのヒント張ったような緊張関係や田川夫人との色々な出来事は、倉地を振り払うところか、倉地に近づける動力としてむしろ働いたのである。とうとう葉子は倉地と道ならぬ道を歩んでしまうのである。このような不幸な作品上の展開には、言うまでもなく、田川夫人の影が横たわっていたのであることを本論を通して明らかにされたと思われる。つまり、破滅物語として規定される或る女の主人公の不幸には、登場人物田川夫人も働いていたわけである。

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요코미쓰 리이치의 「머리 및 배」와 군중

양동국

한국일본언어문화학회 일본언어문화 제23집 2012.12 pp.429-448

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5,500원

日本現代文学の胎動における起点の一つとして新感覚派の出現が取り上げられる。新感覚派という名称を文学史に刻んだその背景には横光利一の「頭ならびに腹」があることは主知の通りである。「頭ならびに腹」は文学史の一断面を鮮やかに飾っているにもかかわらず、冒頭の表現に研究の関心が集中したあまり、小説の内面にまで綿密に突き詰めている研究はそれほど多くない。本稿では小説の冒頭の表現と全体の流れとの関連性に主眼点を置きつつ、内容の展開については社会科学的な視線を交えて考察してみた。なぜ社会科学的な視角が必要であるかといえば、この小説が急行列車の中の乗客が群衆へと変貌していくことが描かれているからである。ある限られた場所で一時的に多くの人々が集まり、共通の關心事や對象に向けて行動を共にする集團を群衆と定義できる。人類における群衆の歷史は長いが、それが一つの社會現象として把握され、多樣な側面から硏究の視點を置いて脚光をあびはじめたのは十九世紀に入ってからである。本稿では群衆の行動様態と心理を中心に、社会学的な論拠に基づいてその内面まで突き詰めたルボンの群衆心理を理論的な根拠として取り上げて小説を分析してみた。とりわけ、「頭ならびに腹」を群衆と結びつけて分析を試みたのはこの研究がはじめてであり、内容面における思想性の欠如あるいは不在という今までの評価を払拭するものとしてその意義は大きいと思われる。橫光利一は對象を深く認識した上で主觀化し深化させた感覺表現により、その內面を探って群衆の行動因子と群衆心理を緻密に象徵化している。ここでいう群衆の行動因子というのは感染力と被暗示性によって<相互間の行動>へつながり、人間集団の身体・精神的な<相互の接近性>を与えることである。そこにある<刺激の反復>は興奮を募らせる。そして<リーダー>の簡潔した<口語>によって群衆は理性と批判能力を失ってしまう。「頭ならびに腹」は深化した感覚表現によって一体性、無責任性、感情性、無批判性、親密性、雷同性といった群衆心理をリアルに小說として再構成したという特性がある。自我を喪失してしまった群衆の姿が諷刺的に描かれていることは、のち軍国主義に熱狂していく日本人と結びつけて考えてみるとき、この作品に秘められている価値は大きいといわなければならない。またそこに時代を抜いた横光利一の<群衆>という思想が存在するのである。

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도코쿠(透谷)에 대한 주기(周期)적 순환(循環)론 비판

矢野尊義

한국일본언어문화학회 일본언어문화 제23집 2012.12 pp.449-466

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5,200원

勝本淸一郞は、猪野謙二を司會者とした文學者の座談會において北村透谷が明治14年から明治20年まで躁鬱症だったのが、文學活動を始めた頃から精神分裂病質へと轉移し、それが最後には全くの精神分裂病患者となったと斷言した。彼は透谷の文學作品を9つの時期に分類し、これが內向性と外向性の繰り返しであると說明した。本稿は、勝本の透谷に對する病理學的論議を檢證するために彼の說に從って彼が根據として擧げた作品の內向性と外向性を一つ一つ確かめた。その結果、勝本の說は現實と全く一致していないことがわかった。もともと評論とは社會を對象にしたりして外向的傾向があり、詩や戱曲や小說などは人間の心や感情など人間の內面的側面を描寫していて內向的であることが多い。透谷の文學も同樣であり、透谷の評論はその時期とは關係なく常に論理的かつ思想的であり外向的傾向があるが、彼の詩や戱曲や小說はいつも感情的で內向的傾向がある。それにもかかわらず勝本は透谷の作品を評論や詩やや小說などジャンルと關係なく自說の周期に合わせて分類し、無理やり內向的、外向的性格を持つ作品のごとく区別した。そして透谷を鬱症や分裂症の症狀と結びつけようとした。しかし、今回の分析で勝本の精神分裂病質における內向性と外向性の循環說は、根據がないことが明らかになった。何より內向的と言える小說や詩は、論理的かつ思想的で外向的とも言える評論と同じ時期に書かれているのであり、したがって評論が精神錯亂狀態の時に書かれたものではないように小說もまた精神錯亂狀態において書かれたものではないことがわかる。透谷は精神の錯亂を文學に表現したのであって精神錯亂狀態にある透谷が作品を書いたわけではない。以上のように勝本の透谷に対する病理學的論議は、誤っていることがわかる。

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5,800원

本稿は韓国と日本の小学校3~4年の国語教科書を対象に揷畵に現れた社会ㆍ文化的な価値観を分析するのにその目的がある。これに先立ち、両国の3~4年の国語科の位相を比較するため、国語科の編成や教科書政策、教科書の量、挿絵の量などの分析をも行った。1)日本の小學校3~4年の国語科は韓国より64コマ(81時間)が多く、全体の教科時数で占める割合も27.2%で、23.1%である韓国より高い。2)韓国は国語教科書の量において日本の2.4倍であり、読み教材は1.5倍に達している。教育課程に比べ、教科書の量が多いことなどから改訂が計画されている。日本は国語教科書の量は少ないが、各学期に32冊もの単行本を紹介していて、イギリスの影響が考えられる。3)3~4年の国語教科書の挿絵に現れた主人公を見てみると韓国は人物中心であり、日本は動物・自然物・説明資料の比重が高く、これと関わって写真の比重が高い。韓国は装飾効果のある挿絵が見られる。4)韓・日ともに男性の登場人物が多く、職業を持っているほとんどの挿絵の人物は男性であった。管理職や専門職における男性の偏りも激しく、女性は誰かの奥さん、主婦など、家族構成員として描かれている。ちなみに、両国とも職業の10種分類のうち、3~4種はまったく見つからず、職業においても固定観念が窺われる。5)韓国は家族中心で家族の挿絵が79回も登場しているのに対し、日本は18回にすぎなかった。6)韓国は特定の実在人物(偉人)の紹介が多く、そのすべてが男性で国に何らかの影響を及ぼしていると思われる人物がほとんどであった。一方、日本は全く扱っていない。7)韓・日ともに伝統と関わる挿絵の比重が高く、韓国がもっと高い。異文化関連の挿絵は両国とも低いことが分かった。今後、5-6年の国語教科書の挿絵の分析とともにや語彙・本文の対照を通して総合的に解釈していこうとする。

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만엽집(万葉集)에 나타난 도소진(道祖神) 연구

이상준

한국일본언어문화학회 일본언어문화 제23집 2012.12 pp.489-508

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本稿は、今日関東甲信越地方でよく見られる多様な道祖神が、古代日本人にとってどのような存在であったのかを、万葉集を通じて、考察して見たものである。古代人は境界地域に、出入りを司る怖くて恐ろしい境界の神が鎮座していると信じた。また、共同体を離れて未知の異鄕に入る時は、安全と無事帰還を祈るために「手向けの神」に幣を捧げ、邪惡なものと他の神が入ってくることを遮る「さえの神」を信じたのである。道祖神は、交通の不便であった古代社会において、旅人の無事歸還を希求する熱望の象徴であり、多様な信仰と習合しながら発展して来た。特に、険しい峠などでの無事通過を祈って、「たむけの神」に供え物などを捧げた。また、病気や死などが道を通じて来ると信じ、悪の侵入を阻むように村の境界と三叉路などに主に神像を立てて、「ふなどの神」などと多様に言ったものが、平安時代からは漢語で表記したのが道祖神なのである。旅人が「たむけの神」に手向けをするのは、神の領域に入って行くのに先立ってその許しを得るためであるが、これは結果的に旅人の安全と直結されるので、このような「たむけの神」も道祖神のような役目をしていると言えよう。道と里にかかる枕詞で使われた「道矛」は元は道を通じて村に入って来る邪悪なことを阻むための厄よけのようなことであったが、旅人たちが「道矛」に鎭座している「さえの神」に旅行の安全を祈っているので、このような「さえの神」も道祖神のような役目をしているのである。また、性器を露出することで魔を退けると言う伝承から、「防ぎの神」としての道祖神でもあるが、本来は生殖による豊饒や豊作を現わす田畑の神であったのが、「塞ぎの神」と習合して、道祖神のような役目をするようになったと推定される。「阿倍女屋部坂歌一首」は、「たむけの神」の性的な象徴を力強く歌うことで、屋部坂に鎮座している「たむけの神」を慰め、それによる無事通過を信じる信仰心から由来した歌であると言えよう。このような「たむけの神」の姿は今日見える男女双体道祖神の性的な姿とも通じるのではないかと思われる。

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일본 공적연금제도의 복지이념에 관한 연구

정기룡

한국일본언어문화학회 일본언어문화 제23집 2012.12 pp.509-531

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本研究は、日本の年金制度と関連して、年金積立金管理運用独立行政法人の運営内容の分析を通じて年金制度の福祉理念の変容過程を明らかにするとともに、それに伴う年金改正の過程を再分析することを目的に行った。日本の年金制度は、すでに成熟段階に入っているが、その間政府主導で実施された年金財政再計算(5年ごと)に基づいて管理ㆍ運用されてきた。しかし、数次に及ぶ年金改正にもかかわらず、年金財政の収支は改善されず、年金受給額は減る一方で、年金保険料の負担は増えつつある。したがって、本稿では、年金制度の改正に伴う福祉理念の変容を中心に分析を試みた。分析では、年金積立金の還元融資事業を半世紀以上持続する一方、数回の年金改正の過程において、運用組織や福祉事業の変化をもたらした年金積立金の福祉事業に注目した。1961年に設立された年金福祉事業団は40年あまり福祉関連事業を続けたが、2005年以後終結された。その間年金積立金の還元融資事業や福祉施設事業の中には、現在の時点では計上が不可能な社会的便益をもたらした数々の成果もあったと考えられる。しかし、厚生年金、国民年金などの加入者や受給者の福祉の増進を図ることを目的にした福祉事業は、事業予測の失敗や年金財政の安定化対策の一環として、終焉を迎えることとなった。結局、年金財政の問題によって年金制度の福祉理念は縮小されざるをえなくなったこと、また、最近の年金制度の運用機構の目標は、年金財政の安定化が最優先課題となったことを明らかにした。以上の結果をもって、年金制度の福祉理念は時代的環境によって不断に変容するが、老後の所得保障のためには、公的年金制度が今後も必要であることを主張し、高齢社会における福祉支援対策を提案した。

29

6,000원

大江健三郎の静かな生活(1990)は六つの連作短編で構成された小説集である。私小説的な方法で書かれたこの小説は、伊丹十三監督によって映画化された作品としても知られている。しかし、この作品における何よりの特徴は、「マーちゃん」という若い女性を語り手としている点であろう。大江は「死者の奢り」(1958)で文壇にデビューしてから1970年代まで、男性の視点で見た、男性たちの話を描いてきた。即ち、兄弟愛や兄弟における葛藤や対立、父子の連帯などを主な素材としてきた。しかし、静かな生活の場合は20代の大学生である若い女性が語り手であり、また、当時まで大江の小説に登場していた女性たちとは相当イメージが違うことが分かる。特に本研究では、よしもとばななの「キッチン」との比較を通して、若い女性を語り手にしたその背景と1980年代後半の日本社会における女性と家族の変化について考えてみた。作品を比較分析した結果、大江の静かな生活とばななの「キッチン」には、1980年代後半を生きていた日本の若い女性の持つエネルギーや主体的な生き方がよく反映されていることが分かった。静かな生活のマーちゃんや「キッチン」のみかげは、自分の持つ感情に素直である同時に、自分の意志で将来を決めていく主体的な女性たちでもある。また彼女たちは、父親が不在している家で、母親をはじめとする他の女性たちと共感し、連帯するという特徴を持っていた。上述したように、静かな生活と「キッチン」には1980年代後半における若い女性や家族の様子が反映されており、中でも、日本の若い女性の持つ肯定的なエネルギーや女性たちの連帯がよく描かれていた。だが、家庭内における女性の役割については、前世代のお母さんたちと変りのないように感じられるところもある。この点については次の研究課題として考察したいと思う。

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近代の日本文学史の成立は、日本だけではなく東アジア全体の近代化に大きな影響を及ぼしている点にその重要性がある。その日本文学史の特徴について、最初の日本文学史である三上と高津の日本文学史を中心に考察をした。成立時期である1890年代の日本を取り巻く国際情勢の中で、日本を強く意識し、国民国家建設のための制度としての役割について考察した。その大きな特徴の一つが、文明史としての文学史であった。文明国の第一条件は文学の存在であった。文明国日本を成立させるためにヨーロッパの文学史を習って、使命感を持って日本文学史に作り上げるのであった。西洋並みのアジア唯一の文明国である証明として、今までの伝統であった漢文学を捨て、仏教文学をも無視して、日本の古代文学を求めたのである。中国文化や仏教に影響される以前の日本という理想の時代を作ることになった。そこで祭政一致の天皇中心時代という古代が生まれ、民族の始発から存在したという歌謡文学を発見しようとする。それが、記紀歌謡であり万葉集の歌なのである。日本文学史の成立によって文明国日本を作りあげることができた。日本文学史が近代国家建設の制度と言われる所以である。

 
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