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近世・近代における「一晌霎時」と類義表現 KCI 등재

羅工洙

한양대학교 일본학국제비교연구소 비교일본학 제59집 2023.12 pp.275-304

※ 기관로그인 시 무료 이용이 가능합니다.

7,000원

본고에서는 일본의 근세근대에서의 중국속어의 수용과 전개에 대해서 고찰하였다. 이번에는 일본어의 「しばししばらく」에 해당하는 「一晌霎時」과 그 유의표현에 관해서 조사하였다. 일본에서는 「一餉半餉」이 일찍 도입되었지만, 표기로서는 확장되지 않았다. 중국 속문학이 본격적으로 도입되고서는, 「一餉半餉」은 거의 사용되지 않고, 「一晌半晌」이 수용된다. 음독은 드물고, 거의 다 훈독으로 사용되었다. 「霎時」는, 근세나 근대를 통해서 다용되고 있는 어의 하나라 볼 수 있다. 「霎時」관계의 어는, 唐話学의 직접적인 영향인 것인지, 일본에서는 근세의 중반부터 사용된다. 「霎時」관계 의 어 중, 「一霎時」의 경우는, 이른 시기부터 음독의 예가 있다. 하지만, 「霎時」관계의 어는 기본적으로 「半晌」과 같이 훈독으로 사용되었다. 그 훈은 「しばししばらく」였다. 이 외에도 중국속문학 유래의 어도 많이 있었다. 이들 어는, 근세의 通俗和文日本人作白話文漢文戯作読本、기타 여러 작가에 의한 문학작품에 보이고, 다양한 장르에 사용되고 있음을 알았다.

This paper examines the reception and development of Chinese slang in the early modern and modern periods. In this issue, we examined “一晌/霎時”, which corresponds to the Japanese “しばし/しばらく”, and its synonyms. In Japan, “一餉半餉” was introduced early, but it has not spread as a notation. After the introduction of Chinese vernacular literature, “一餉半餉” was rarely seen, and “一晌半晌” became the accepted form. Examples of on–yomi are rare, and most of them are used in kun–yomi. One of the characteristics is that “半晌” has spread to various genres and has a strong meaning as 'short time, short time, short time. “霎時” is one of the most frequently used words throughout the early modern and modern periods. Words related to “霎時” have been used in Japan since the middle of the Early Modern period, perhaps due to the direct influence of Chinese language studies. The word related to “霎 時” was basically used in kun–yomi as well as “半晌” The main precept was ‘for a while’. Originally, it was no problem to use slang used in Chinese secular literature even though it was written as “一時(いっとき)半時(はんとき)” or “暫し暫く” to communicate to readers. This shows that “唐話學” had such an influence.

2

6,100원

본고에서는 군세 근대에서의 「喫(吃)驚」의 수용과 그 의미용법에 관해서 고찰하였 다. 원래, 중국속문학에서 「喫(吃)了一驚喫(吃)一驚喫(吃)驚」이 「おどろきびっくり」의 의미로서 사용되어 왔다. 이 단어가 일본에 전해 왔는데, 먼저 근세 근대의 당화사전 에도 「喫(吃)了一驚喫(吃)一驚喫(吃)驚」의 표제어가 있고, 일본 근세에 전래되었음 을 엿볼 수 있다. 근세 의 중국속문학 번역작품에 「一驚ヲ喫ス一驚ヲ吃ス」의 예가 보 인다. 이것은, 「喫(吃)了一驚喫(吃)一驚」를 읽어 내린 형태이다. 또 일본인이 쓴 백화 소설에도 「喫(吃)了一驚」이 자주 보인다. 근세 근대에 인기가 있었던 한문희작에서는 「喫(吃)一驚」이 주류를 이루고 있다. 한편, 중국어를 좋아했던 曲亭馬琴의 독본에는 그다지 보이지 않는 점이 특징이다. 근대의 문학작품에는 「おどろきびっくり」를 나타내는 한자표기에는, 「吃愕 びつくり 叱驚 びつくり 屹驚 びつくり 恟驚 びつくり 驚恟 びつく り驚愕 けうがく 驚愕 びツくり 驚愕 おどろき 驚天 びつくり 驚起 びつくり 喚驚 きつきやう 貌驚 びつくり 錯愕 さくがくおどろき 胸驚 びつくり 驚咳 おどろき 驚咳 ビツクリ 愕然 びつくり 」의 다 양한 예가 보인다. 또 근세에도 다용되었던 「喫(吃)一驚」을 읽어 내린 「一驚を喫(吃)す」가 광범위하게 사용되었다. 「喫(吃)驚」은, 근대문학에서 실로 여러 작가에 의해 사용되었다. 특히 음독의 형태인 한어 로서도 퍼져 갔음을 보았다. 그것은 명치기의 한어사전에서도 엿볼 수 있었다. 훈독의 경우는 「びっくり」가 주류를 이루고 있고, 「おどろくたまげる」와 같은 훈도 보인다. 마지막으로, 「喫 (吃)驚」에는 「仰天」과 복합된 「喫(吃)驚仰天」類도 다수 보였다. 이상, 일본의 근세 근대를 통해서 중국속어의 하나인 「喫(吃)驚」에 관해서 고찰했다. 일본 인의 문학작품에 중국속어가 사용되고 있다는 것은, 그만큼 唐話学의 영향이 컸음을 알 수 있다. 当て字와 같이 보이는 한자표기에는 중국속어 유래의 단어도 있다는 것을 잊어서는 안 된다.

This paper examines the acceptance and its usage of “喫(吃)驚” in the early modern times. “喫(吃)驚” was used as the meaning of “Odoroki/Bikkuri”. It was first used in Japanese texts after it was used in the Japanese translation of Chinese literature in the form of “一驚ヲ喫ス一驚ヲ吃ス”. In addition, it has become the mainstream of Japanese-style white story novels and Chinese literary works. “喫(吃)驚” was used by many writers in modern literature. In particular, it was found that the form of phonetic reading, or Chinese, was quite widespread. This is also praised because it was registered in the Chinese dictionary of the Meiji period. As such the paper considers one of the Chinese slang words, “喫(吃)驚” used through the modern times. The praise of Chinese slang in Japanese literary works suggest that the influence of Chinese studies was immense. It must be remembered that some Kanji characters that look like Ateji are derived from Chinese slangs.

4

近代における「紅涙」について KCI 등재

羅工洙

한국일본근대학회 일본근대학연구 제30집 2010.11 pp.7-30

※ 원문제공기관과의 협약기간이 종료되어 열람이 제한될 수 있습니다.

本研究では、「紅涙」の意味用法について、近代を中心に考察した。この「紅涙」は、近世には主に読本に用いられ、用例も少ないのであるが、女性の流す涙という意味用法を持っている。近代、特に明治期には実に多くの「紅涙」の例が見られ、それ以前に比べ音読みの「紅涙」が大部分を占めている点が異なる。「紅涙」は種々のジャンルにわたっていて、近世よりは近代の方がはるかに広範囲に用いられている。まず、「繁昌記」は幕末から流行しているが、事実上の幕末の作品『繁昌後記』から見られるようになる。意味用法は、美しい芸妓が流す「紅涙」であるのが特徴である。明治初期の翻訳文学にもかなりの「紅涙」の例がある。政治的性格を持つ作品が多かったが、やはり実に美しい女性が流す涙であることが分かった。日本人による小説も翻訳作品と別段変りはなく、殆んどが美人の女性や普通の女性が流す涙であった。しかし、必ずしも女性専用のものではなく、特に戦争文学で痛切の思いを表わす涙として男性も「紅涙」を流している。また、少数ではあるが評論․感想文には男性․女性を問わない中立的な表現もあった。 男性の「紅涙」の使用は相対的に女性の使用に比べ少ないけれども、小島がいうような和習ではない中国風の使い方が定着したわけではないのである。小島の意見は、用例の少なさからきた誤解であったと思われる。この現象は、現代における使用状況からも裏付けられる。 現代の人は「紅涙」に馴染んでいないようでありながらも、色々な意味用法で用いている。まず依然として女性が流す涙として表現しているが、明治期に比べ、美しいという要素は弱く、平凡な女性の涙になっている。男性が流す「紅涙」は多くはないが、注目すべきは「日本人の紅涙」「国民の紅涙」のように、特に男女の区別をしない中立的な用法が大幅に増えていることである。また、「子女」「男女」のような共用的なものもあり、明治期の用法(幸田露伴)を引き継いでいるとも言えるが、大幅に増えていることが異っている点である。このように男女を問わない用法の多様化が進んでいる一方、「紅涙」とつながる述語は「しぼる」が大部分を占めていて画一化の様相もみられる。これは、ネットからの抽出であるので、明治期の文学と直接的に対比させるのは無理があるが、「紅涙」の使用の流れを把握することはある程度出来たと思われる。このように、「紅涙」はひっきりなしに変容していることが分かった。

5

近世・近代における話題転換語の「登時登下/當下」について KCI 등재

羅工洙

한국일본근대학회 일본근대학연구 제45집 2014.08 pp.7-31

※ 원문제공기관과의 협약기간이 종료되어 열람이 제한될 수 있습니다.

I will examine these words/phrases in the following order 「登時當下登下」. ‘‘Touji (登時)’’ was prevalent from the early period in Japan. We can find this word in classic Japanese dictionaries, in pre-modern and modern Chinese dictionaries, and in Kanji dictionaries of the Meiji Period. It was relatively well-known by Japanese speakers, and basically carried the meaning ‘‘immediately’’. However, it appears that it underwent a transformation to become the ‘‘Topic conversion’’ marker - meaning ‘‘then’’, under the influences of the pre- modern ‘‘Chinese Linguistic study. ‘‘Touka (當下)’’ is essentially the same as ‘‘touji(當時)’’, although it takes on a different meaning depending upon its pronunciation. When you say ‘‘Tou(當)’’ using the First Tone (一声/Yisheng), the meaning is ‘‘then’ ’; but when you use the Fourth Tone (四声/Sisheng), the meaning becomes ‘‘immediately’’. The meaning of ‘‘touka(登下)’’ in Japan, (which was quite novel even in China) came to be ‘‘then’’ under the influences of ‘‘Chinese Linguistic study (唐話学) ’’. Compared with ‘‘touji(登時)’’, ‘‘touka(當下)’’ has been used in various ways. The usage of ‘‘touka(當下)’’ is an outstanding example of difference between China and Japan. As this paper examines in detail the index of ‘‘Kango-daijiten『漢語大詞典』’’, the differences has no relevance to the ‘‘Topic conversion’’, and it is unclear why ‘‘touka(登下)’’ in the Japanese language had been used with the meaning ‘‘then’’. However, it might be considered that Japanese people used it as the ‘‘Topic conversion’’, because they noted the similarities between ‘‘touji(當時)’’ and ‘‘touka(當下)’’.

日本の場合はどうであったのかを、ここでは便宜上「登時當下登下」の順に整理してみたい。 「登時」は、早い時期に受け入れられている。日本の古辞書や、近世近代の唐話辞書、それから明治 期の漢語辞書に も登載されていて、日本人には比較的知られている語であるかのように見える。主として「すぐに ただちに」の意味で 用いられていたものが、近世の唐話学の流行により、「そのとき」という話題転換の意味への意味用法 上の変化がみられ るようになった。 「當下」は「當時」と同じもので、発音により意味が異なっている。「當」の音が一声であるときに「その とき」の意味にな り、四声のときは「すぐにただちに」の意味になる。日本における「當時」の受容は早いが、「當下」は 近世以降の資料に 見られる。中国においても非常に新しい語である「當下」は、唐話学の影響で受容され話題転換語とし て用いられてい た。日本では殆んどが「そのとき」という意味の話題転換語として用いられている。 「登下」は、中国と日本での意味用法が全く異なる例である。『漢語大詞典』の見出しでみたように、 話題転換とは無関 係のものである。日本ではどうして話題転換とは全く異なる「登下」を「そのとき」の意味で用いたのか については明らか でない。ただし、一つの可能性として、「當時」と「當下」が類似性をもっていることから、近世に入っ てきた「登下」も「登時」と類似性を持っていると考えて話題転換の意味で用いたというふうに推測して みることはありうるかと思われ る。

6

近世・近代における中国語の「〜哥〜姐」の受容と展開

나공수

[NRF 연계] 한국일본근대학회 일본근대학연구 Vol.53 2016.08 pp.7-36

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本稿は、日本の近世近代の文学作品における人称や呼称に関する漢字表記の問題を扱ったもので、今回は「〜哥〜姐」の語について考察した。今の「兄姉」に当るものである。中国では古来、「哥哥哥哥子哥児哥們大哥小哥小哥子小二哥小大哥阿哥大阿哥小阿哥姐姐大姐大姐姐小大姐小姐小大姐阿姐姐夫姐妹」の例があり、その用例はかなり多様である。これは漢語ではなく、唐代以後用いられてきた口頭語(白話語彙)であった。これは、文言の性格が殆んどなかったためか、日本の古辞書である「漢語辞書」には登録されていない。 日本では、近世以来の唐話学のブームによって、中国俗文学の受入れや中国語の学習などが行われた。近世には、唐話辞書、中国俗文学やそれを分かりやすく翻訳した和文、「日本人作白話文学」、「漢文戯作」、読本に現れている。 近代になっても唐話学の残影があり、依然として人気を博していた。その影響か、明治期の作家の作品にも中国語がちりばめられている。そこには、「哥哥哥大哥小哥兄哥哥兄阿哥姐様姐姐大姐小姐少姐阿姐尊姐貴姐」の多様な語が見られた。ただし、用例はあまり多くない。大部分が訓読みとして用いられていることからも分かるだろう。また、基本的に中国本来の意味用法が縮小されたり、日本的な意味で用いられたりする例もあることが特徴である。

7

近世・近代における話題転換語の「登時登下/ 當下」について

나공수

[NRF 연계] 한국일본근대학회 일본근대학연구 Vol.45 2014.08 pp.7-32

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日本の場合はどうであったのかを、ここでは便宜上「登時當下登下」の順に整理してみたい。「登時」は、早い時期に受け入れられている。日本の古辞書や、近世近代の唐話辞書、それから明治期の漢語辞書にも登載されていて、日本人には比較的知られている語であるかのように見える。主として「すぐにただちに」の意味で用いられていたものが、近世の唐話学の流行により、「そのとき」という話題転換の意味への意味用法上の変化がみられるようになった。「當下」は「當時」と同じもので、発音により意味が異なっている。「當」の音が一声であるときに「そのとき」の意味になり、四声のときは「すぐにただちに」の意味になる。日本における「當時」の受容は早いが、「當下」は近世以降の資料に見られる。中国においても非常に新しい語である「當下」は、唐話学の影響で受容され話題転換語として用いられていた。日本では殆んどが「そのとき」という意味の話題転換語として用いられている。「登下」は、中国と日本での意味用法が全く異なる例である。『漢語大詞典』の見出しでみたように、話題転換とは無関係のものである。日本ではどうして話題転換とは全く異なる「登下」を「そのとき」の意味で用いたのかについては明らかでない。ただし、一つの可能性として、「當時」と「當下」が類似性をもっていることから、近世に入ってきた「登下」も「登時」と類似性を持っていると考えて話題転換の意味で用いたというふうに推測してみることはありうるかと思われる。

8

近世・近代における中国語の「方纔」とその周辺

나공수

[NRF 연계] 한국일본어문학회 日本語文學 Vol.1 No.87 2020.12 pp.3-34

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本稿では、日本の近世・近代における「方纔」系の語の受容と使用展開について考察した。「方纔」系 の語は基本的に、『水滸伝』などの中国俗文学に用いられた俗語である。 「方纔」系の語は、近世の俗語関係の主たる資料である、唐話辞書、通俗和文、日本人作白話文、繁昌記、読本資料に用いられている。中でも唐話辞書には、「適適適間適然適纔適者適来方纔方才剛纔剛間剛方剛剛恰方恰纔却纔纔次纔斯纔纔遍纔才纔頭遭」が見られる。その他の資料にも唐話辞書にある語が用いられているが、全般的に見て、色々の資料に「方纔」が見られる。更に、各語は実に色々の訓が施されていることも特色である。例えば、「方纔」の訓を通俗和文の例から見ると、「方纔 方纔方纔方纔方纔方纔  方纔  方纔  方纔 方纔 方纔 方纔 方纔  」の意味を付与している。近代に入っても、唐話辞書、繁昌記、漢文小説、漢語辞書、普通文学, 会話書に用いられている。主な例は、「剛剛纔剛剛纔剛方纔方才適纔方僅適適適来剛才却纔恰纔適間恰剛剛恰方剛剛方」のように、多様な語がある。 このような例を見ると、近世・近代は唐話學の時代であり、当時の知識人が中国俗語をもって文章を飾ったり、自分の知識の発露としての役割もあったことを物語っている。

9

近世・近代における比況を表す「ト一般」について

나공수

[NRF 연계] 한국일본어문학회 日本語文學 Vol.1 No.57 2013.06 pp.41-74

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比況を表す「一般」形式として「如∼一般·似∼一般·像∼一般·與∼一般·和∼一般」が中国俗文学に多用されている。この形式が日本にも伝われれている。近世日本の資料のうち読本資料には好まれず、一般的には「如し·様だ·似たり」で代用している。「如∼一般·似∼一般·像∼一般·與∼一般·和∼一般」は、日本人作白話文学や寺門静軒の繁昌記に多かった。明治期につながる繁昌記には「與∼一般·和∼一般」が用いられていた。中国俗文学を翻訳したものには少数用いられているが、「如·似·像」などを伴わず、主に「体言+ト一般」の形で用いられている。近代の文学では、評論や小説などに多く用いられている。殆んどが「∼ト一般」であるが、「恰モ∼ト一般」のように副詞を伴う例もある。この時期には中国とは異なり「用言+ト一般」の語法が飛躍的に増加していることも特徴であろう。また、「∼ト一様」は少数であり、「∼ト」を伴わない「∼一般」の例は見られなかった。このことから、近代、特に明治期には、繁昌記類を除いてすべて「與」や「和」からきた語法であると思われる「∼ト一般」が中心的に用いられていたことが明らかになった。これはつまり、近世の通俗和文のように「如·似·像」を伴わないことにより、意味上の重なりを回避するための現象なのであろう。本稿では、「一般」に「比況」の用法があったことと、特に近代の文学に多用されている「∼ト一般」の由来について考察してきたが、これは唐話学により日本人の漢字表記の世界に及ぼしたことも述べておきたい。

10

近世・近代における中国俗文学的形式の受容

나공수

[NRF 연계] 고려대학교 글로벌일본연구원 日本硏究 Vol.14 2010.08 pp.153-180

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本稿では、日本の文学にそのまま取り入れられた中国俗文学の形式について考察した。特に、「回目」という小説の始まりの部分と「章回」の終りの部分に注目した。中国俗文学の大きな特徴は「章回小説」である。「章回」というのは、各小説の目次が「章」や「回」になっていることである。この「章回小説」は、日本には中世までは中国俗文学のようなものはなかった。中国では「巻」のものもあるが、時代の流れにより「回」や「章」になっているものが増えていく。さらに「回目」(目次)のように、二行からなる目次が流行する。こういうスタイルが日本にも伝えられ、読本、通俗和訳本、日本人作白話文、漢文戯作の一部、明治期の文学にも影響を及ぼしている。「回」そのものは、言文一致の創始期の作品にも現われているが、二行の「回目」は用いられなくなる。さらに、「章回」の話の導入部に「話説ㆍ却説ㆍ閑話休題」のような話題転換語も多数用いられ、中国俗文学の体裁を帯びている作品が多く見られる。中国俗文学における「章回」の終りの部分には「結びの常套語」が用いられる。これは、一般的には「畢竟」を伴いつつ「且聴下回分解」をもって結ぶという形式である。「且つ下回の分解を聴け」の意味で、また次の話が続くことを語り手が示す方法である。日本の文学にもそのまま受入れられて、近世の読本、極一部の通俗和訳本、日本人作白話文、明治期の漢文小説の一部にも用いられているが、特に、明治期の翻訳ㆍ政治ㆍ講談などの文学作品に多数用いられている。明治期の場合は20年代以前の作品に集中していて、「且聴下回分解」のような原形を保っているものもあれば、「看官」「次回」「次巻」「次編」のような指標を用いる場合も多い。このように、中国俗文学の形式をそのまま日本文学に導入している作品が多く、中国俗文学が近世近代の日本文学に影響を及ぼしていることが分かった。しかし、日本における「章回」小説の「回目」や「結びの常套語」は、言文一致の創始期である明治20年代以後は特殊な資料以外には用いられなくなり、一時的な流行であったことがわかる。

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朝鮮資料에 보이는 近世・近代의 日本漢字音의 讀書音에 관하여 - 『倭語類解』와 『兒學編』의 淸濁音 比較를 中心으로 -

성희경

[NRF 연계] 일본어문학회 일본어문학 Vol.43 2008.11 pp.59-80

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