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神がかり・通俗道徳・資本主義の精神 - 安丸良夫の民衆思想史から見た日本の近世・近代 -
한국일본학회 한국일본학회 학술대회 동아시아의 평화와 3・1 운동 2019.08 pp.338-340
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本論文では、日本陽明学の中でも「時・処・位」論の観点と日本資本主義(capitalism)の特殊性とがどのよ うに関係しているかについて取り扱う。このテーマは実証に基づいたものではなく、特定の領域における伝 統的な思惟方式が近現代の社会とどのようにつながるかを探る試論的なものである。 日本的特性を含む日本という空間の優秀性は「水土論」として表象される。水土論は当地域の環境や特殊 性を更に思想的・文化的に領有(appropriation, 專有とも言う)することである。換言すれば、日本的「風土論」 の再構成に当たる。日本の水土論は「中心としての場所(topos)」の確保を影のように背負っている。遡れば、 水土論という概念と議論は、中江藤樹や熊沢蕃山といった初期の陽明学者らからも際立つ。同時に、彼等は 水土論と同じ脈絡の「時処位論」を示して日本という「国家」の特殊性を確保している。 本論文では、外来のものと自生土着のものとを区別し、外来のものを「日本という水土=風土=時処位」と して理解する「型」の問題に注目している。例えば、日本では節分に「鬼は外!福は内!」と豆まきをして鬼を 払い幸運を呼ぶことが挙げられよう。言い換えれば、外のものを理解する型は鬼といった「難解で模糊とし た形而上学的なもの(閽奥)」か、「蝕害(蠹毒)汚すもの(汚衊)」であるから、日本人の奇麗な国民的道徳心=心 徳をもってこれを漉し、目に見えて利益になる形而下学的な(=浅近=親近)ものに整えられていることが窺 える。 本論文では、「いわば水土論の登場」に触れ、「日本化日本的という私有的型」と中江藤樹や熊沢蕃山 といった「日本における初期の陽明学者の水土論及び時処位論」について論じ、「日本資本主義の特殊性 という問題」にアプローチした。
江戸時代の商人出身の町人学者である石田梅岩が門下生と共に体系化した学問と思想が石門心学であ る。約15年間にわたり町人教育に献身した梅岩は門下生と共に窮理した業績として都鄙問答と倹約斉家 論という二つの著書を残した。近世日本社会で独特な学派を形成した石門心学は近現代の日本思想史にお いても確実な位相を占めている。21世紀日本の高等学校の教育教材である倫理教科書のすべてが取り上げ るほど梅岩は特別な知識人であり偉大な思想家でもある。何ゆえにそういう結果が生まれたのか?東懸村 という山間僻村の農家にうまれ、11才に呉服屋の奉公に出されて衣食住を解決したぐらい厳しかった梅岩 が様々な道程のあげく、確立した学問と思想が、日本青少年の教育教材に活用され、また日本資本主義を象 徴する経営者である松下幸之助の座右書ともなったという原動力は何であろうか? あれこれ工夫しているところで独りの研究者がおこなった先行研究を見つけた。森田健司が精力的に執 筆した石田梅岩の心学と石門心学に関する著書, 石門心学と近代(八千代出版2012)がそれである。それは 梅岩の都鄙問答と倹約斉家論を検討した森田は「梅岩思想の商人道が個性的であったのは、何よりも、 長らく社会根付いていた賤商観を払拭する機能をもつものであったことによる。物を流通させ、販売し、利 益を得るという活動に関して、理に適った価値付けを成功させたのは、日本においては梅岩が初め」という 歴史的な評価とともに梅岩は「江戸時代、および同時代の思想が注目される中で、いっそう注目の度合いを 高めてきた思想かである。高度の発展を遂げた資本主義社会の中で生きる現代人の目にも、梅岩の著作にみ られる思考の束は、経済活動の倫理的側面について鋭く見通すものと映ずる。換言すれば、金銭欲や蒐集欲 といった「私欲」と、日々繰り返される経済活動の両者を、本質的に峻別する視点を与えてくれる」石門心学 を発見したのである。そして「梅岩思想の高い人気は、近代と地続きである現代の社会に生きる我々にとっ て、指針や参考となる思想を教示してくれるゆえ」と意味付けをもした。 いわゆる現在、地球上の数多い国家の繁栄と人々の衣食住をまかなう経済体制である資本主義と、前近代 である江戸時代の商人出身の町人学者、石田梅岩が商人階層の立場で生存戦略の一環として力説した商人 の道理が巧妙に適合ないし共通する側面があるという学説である。しかも梅岩の経済思想と生活哲学が近 世東アジアの普遍的思想であった朱子学ないし性理学から淵源するという主張は衝撃であった。少なくと も戦後日本思想史に関する先行研究から眺めると画期的な学説である。森田は石門心学と性理学との関連 を検証しながら梅岩の「心を尽くして性を知る」という綱領が商人たちの経済活動の当為性は勿論のこと、 人間生活の最小限度の安楽どころでもある家族と家業を守ってくれる生活哲学として体系化されたことを 明らかにした。但し彼は石門心学における性理学の役割を都鄙問答に限定し、その性理学的な商人道を軌道修正したとする倹約斉家論から近代的な道徳思想を導き出した。依然とした反朱子学の情緒である。そ れにも関わらず森田の学説からは 近世日本朱子学は勿論、東アジアの儒学研究の新しい可能性もみえる。 すなわち政治思想を中心とした狭義の朱子学ではなく、様々な生き方をした人々が現実の苦難を黙々と耐 えながら理想的な世界を夢みた広義の性理学から石門心学を俯瞰してみる可能性である。それは性理学が 長らく隆盛を極めてきた韓国思想史研究にもつながるだろう。
「知的資本」としての起業家精神と「労働」 - 渋沢栄一を中心に -
한국일본학회 한국일본학회 학술대회 동아시아의 평화와 3・1 운동 2019.08 pp.348-351
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