【日本學】
‘우리’안의 일본 문화론- 은폐와 재생의‘신화’ -
「我々」の中の日本文化論- 隱蔽と再生の「神話」 -
「아々」の중の일본문화론- 은폐と재생の「신화」 -
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- 발행기관
- 단국대학교 동아시아인문융복합연구소(구 단국대학교 일본연구소) 바로가기
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- 간행물
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일본학연구
KCI 등재
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- 통권
- 제23집 (2008.01)바로가기
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- 페이지
- pp.299-319
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- 저자
- 박광현
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- 언어
- 한국어(KOR)
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- URL
- https://www.earticle.net/Article/A68273
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5,700원
원문정보
초록
- 일본어
- 「近くて遠い國」という決まり文句が氾濫していたように、90年代における日本文化論での「我々」という主語から、やはり日本に對して物理的な距離感より遠い心理的な距離感を强く感じる、その時まで韓國社會は日本が「近くにある『知』らない他者」だったということにたいてい同意していた。本稿はそうような認識のコンテキストが、解放以後の「我々」の中の隱蔽と再生を繰り返された「日本」という「神話」によって作られたことであるという問題提議から出發している。
1940年代前半期の文學史を「暗黑期」だと命名した白鐵の「戰後(韓國戰爭後)」民族主義は、「反共」というフィルターを通過した「選擇的」な歷史を强制する忘却/記憶のパラダイムによって維持されたのである。それは單に白鐵個人だけの問題ではあるまい。雜誌新天地がもっとも早く「日本特集」(1947年11・12合倂號)として組んだ企畵の中でもそれを見出すことができる。結局、「朝鮮人が見た日本の態度」に關する文章が欠如されたまま終わったその企畵は、植民地の記憶が深く內面化された朝鮮人にはまだ「日本」という存在を他者化して語りえない時期であったことを暗示している。
植民地時代を生きたある詩人が1961年に告白したように、彼らに「日本語」は、「夢」や「日記」などのような內密な空間でしか使える抑壓の對象であった。それゆえ、韓日國交正常化とともに翻譯・出版された日本短編文學全集(1966)は、彼らにとって植民地遺制である自らの日本語を眞なる他者のものとして語りうるきっかけであっただげではなく、これまで抑壓されてきた日本語的な思考=意識の噴出の結果でもあった。
そのように出發した日本語(日本文化)の他者化は、「我々」及び「日本」を本質的に「神話」化するプロセスの中にあったのである。そういった結果、兩者の關係をダイナミックに見出すことができなくなった。その際、必要なのが國家主義的な想像力に富んだ「我々」に對する括弧を解くことであろう。したがって、本稿では90年代における日本文化論の反省とその歷史的な起源に對して考察することを通して、いまこそ他者に對する本質化という近代企畵の沼に陷った「我々」の姿を相對化しながら探索しているのである。
목차
Ⅰ. 시작하면서-90년대 전반기의 일본문화론으로부터
Ⅱ. 식민지 역사의 기억/망각
Ⅲ. ‘일본어・일본문학’의 제도화
Ⅳ. 7・80년대 일본문화론의 한 단면 - 주로 재일조선인 작가의 경험을 통로로
Ⅴ. 글을 마무리하면서-다시 90년대로
【參考文獻】
<要旨>
키워드
민족주의
일본문화
타자
신화
Nationalism
Japanese Culture
The Other
mythology
간행물 정보
발행기관
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- 발행기관명
-
단국대학교 동아시아인문융복합연구소(구 단국대학교 일본연구소)
[Institute for Convergent Humanities in East Asia (ICHEA)]
- 설립연도
- 1995
- 분야
- 인문학>일본어와문학
- 소개
- 일본연구소는 일본의 언어, 문학, 역사, 정치, 경제 등 인문, 사회과학의 제 분야에 관한 종합적인 연구를 통해 한국에서의 일본연구의 발전에 기여함을 목적으로 한다.
간행물
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- 간행물명
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일본학연구
[The Journal of Japanese Studies]
- 간기
- 연3회
- pISSN
- 1598-737X
- eISSN
- 2465-8448
- 수록기간
- 1997~2026
- 등재여부
- KCI 등재
- 십진분류
- KDC 730 DDC 492
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