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【日本文學】

北原白秋『白金之獨樂』論 - 仏敎受容と「ありのまま」という指標を中心に -
북원백추『백금지독악』론 - 불교수용と「ありのまま」という지표を중심に -

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  • 발행기관
    단국대학교 동아시아인문융복합연구소(구 단국대학교 일본연구소) 바로가기
  • 간행물
    일본학연구 KCI 등재 바로가기
  • 통권
    제23집 (2008.01)바로가기
  • 페이지
    pp.207-229
  • 저자
    阿武正英
  • 언어
    일본어(JPN)
  • URL
    https://www.earticle.net/Article/A68269

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원문정보

초록

일본어
本稿では『白金之獨樂』の詩篇を白秋と仏敎、さらには「ありのまま」という指標を中心に見てきた。白秋は前期において、西洋世紀末詩の影響を色濃く受けつつ、頹唐趣味や都會趣味の作風の詩を多く殘していた。ところが、「桐の花事件」による挫折を経て、三崎と小笠原の豊かな自然と向き合う日々の中で、仏敎的な要素を取り入れつつ、實驗的な詩作に自らの新生を託そうとした。
 從來『白金之獨樂』を論じる際にキーワードとして取り上げられていた「麗らか」さに對して、本稿では「ありのまま」に重点をおき、その形象化にこの詩集の重要な特徵を見出した。都市を離れた白秋が、三崎・小笠原体驗を経て、自然を作りかえるという人爲的人工的な美意識や自意識から解放され、ありのままの自然の樣態に素朴な美を見出すあり方へと開眼していったのである。そこでは同時に、凡夫としての裸形の人間の發見がなされ、自らの苦惱を詩化しようする求道的な側面も表れていた。そこから、西洋的な視点による創造から、東洋的な精神による創造への轉回を見ていいだろう。
 また、漢字片仮名混じりの形式にも、「ありのまま」につながる「素朴」さへの志向性が込められているが、一方では、そこには三崎や小笠原の自然に對して、前期から引き継がれる異國情緖的な感性も働いているようにも思える。つまり、その光景を「內なる異國」と見て特殊化し、効果的に表象する手段として、漢字片仮名混じりの意図があったようにも感じられる。
 なお、次作『水墨集』以降においても、「ありのまま」という指標は老子などの東洋思想と連動しながら白秋の言說に度々表れる重要なキーワードとして注目できる。

목차

Ⅰ.はじめに
 Ⅱ. 素地と環境-三崎・小笠原体驗
 Ⅲ. 白秋と仏敎
 Ⅳ. 仏敎と「ありのまま」 
 Ⅴ. おわりに
 【參考文獻】
 <要旨>

키워드

북원백추 백금지독악 불교 자연 Kitahara Hakusyu A top of the platinum Buddhism Nature Straight fact 北原白秋 白金之獨樂 仏敎 自然 ありのまま

저자

  • 阿武正英 [ 慶熙大學校 敎授, 日本近現代文學 ]

참고문헌

자료제공 : 네이버학술정보

간행물 정보

발행기관

  • 발행기관명
    단국대학교 동아시아인문융복합연구소(구 단국대학교 일본연구소) [Institute for Convergent Humanities in East Asia (ICHEA)]
  • 설립연도
    1995
  • 분야
    인문학>일본어와문학
  • 소개
    일본연구소는 일본의 언어, 문학, 역사, 정치, 경제 등 인문, 사회과학의 제 분야에 관한 종합적인 연구를 통해 한국에서의 일본연구의 발전에 기여함을 목적으로 한다.

간행물

  • 간행물명
    일본학연구 [The Journal of Japanese Studies]
  • 간기
    연3회
  • pISSN
    1598-737X
  • eISSN
    2465-8448
  • 수록기간
    1997~2026
  • 등재여부
    KCI 등재
  • 십진분류
    KDC 730 DDC 492

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