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七支刀銘文再考
칠지도명문재고

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  • 발행기관
    동아시아비교문화연구회 바로가기
  • 간행물
    東硏(동연) 바로가기
  • 통권
    1호 창간호 (2017.05)바로가기
  • 페이지
    pp.1-14
  • 저자
    木村誠
  • 언어
    일본어(JPN)
  • URL
    https://www.earticle.net/Article/A376922

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원문정보

초록

일본어
嘗て私は七支刀銘文を検討し、七支刀は道教・道家思想に傾倒する百済の 太子奇が369年に倭王旨の為に儀器として作ったものであるとした(「百 済史料としての七支刀銘文」2000年)。現在でもこの理解に変更はないが、 本稿では、七支刀に関するその後の議論を参照して、銘文について改めて考 えたことを以下の通り述べた。 第一に、(表)22字目と(裏)8字目の釈文をそれぞれ「帯」と「刃」に改め た。 第二に、作刀日「十一月十六日」の意味するところについて、冬至日の可 能性を示唆した前説を撤回したうえで、「十六日」が満月の日にあたること を指摘した。漢代の尚方で月食の時に刀剣を作ったことが後世まで伝えられ ており、刀剣と月との関連が意識されていたことがうかがえる。七支刀の作 刀日が月食であったことは確認できないが、月食も満月の時に起きる現象で あるから、満月の作刀に何らかの意味があると推測することは許されるであ ろう。七支刀を「十一月十六日」すなわち仲冬・冬至月の満月の日に作るこ とで、陽気再生を象徴したものと理解した。 第三に、(表)の吉祥句「宜供供矦王」について、「供供」を「恭恭」の仮 借とする佐伯有清説を批判する議論に疑問を呈し、佐伯説を改めて支持し た。「供供(恭恭)」は「うやうやしく慎み深い」と解釈できる。太子奇は倭 王に対する牽制の意を込めて、当時広く用いられていた吉祥句「宜矦王」に 「供供」の二字を加えたのであろう。太子奇の胸中には倭王に対する期待と 同時に深い警戒の念があったのではないかと推測した。

목차

Ⅰ. はじめに
Ⅱ.釈文
Ⅲ.作刀年次について
Ⅳ.作刀の経緯について
Ⅴ. 終わりに
要約

저자

  • 木村誠 [ 목촌성 | 首都大學東京名譽敎授 ]

참고문헌

자료제공 : 네이버학술정보

간행물 정보

발행기관

  • 발행기관명
    동아시아비교문화연구회 [The Korean Academic Group of comparative study on East Asia]
  • 설립연도
    2017
  • 분야
    인문학>기타인문학

간행물

  • 간행물명
    東硏(동연) [동연]
  • 간기
    반년간
  • pISSN
    2586-0550
  • 수록기간
    2017~2026
  • 십진분류
    KDC 331 DDC 301

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