日本の国語政策と教育認識の変化について ─ 朝鮮総督府編修官森田梧郎を中心として ─
A Study of the Change on Teaching Theory during Japanese Occupation Period
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한국일본학회 바로가기
간행물
일본학보
KCI 등재
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통권
제71권 (2007.05)바로가기
페이지
pp.25-38
저자
朴華莉
언어
일본어(JPN)
URL
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초록
일본어
本研究は、朝鮮総督府の国語(日本語)教育思想の忠実な実行者であり宣伝者として知られる森田梧郎に注目し、森田の言語観および教育観の変化・展開過程についての検討を通じて、日帝強占期朝鮮での言語問題の一面を眺望してみた。 日帝強占期を通じて朝鮮における日本語は大きく分けて三つの意味として変化していったものと考えられる。まず最初の段階では韓日合併以後朝鮮語の教育と併行して日本語を常用語として位置づけようと試みていた。次の段階では朝鮮語を排除し、もっぱら日本語だけの使用が強制された。そして最後には「内鮮一体」の鞏固化を背景に母語としての日本語教育が主張されるに至った。 このような流れのなかで森田の論理を追ってみると、彼は「皇国臣民」としての「国民精神」を涵養するがために日本語を教授するとはいえ、実際には朝鮮人にとって日本語はあくまでも外国語としての色合いが濃いので、学校教育のみならず一般人を対象とした様々な努力にもかかわらず満足のいく結果を得られずにおり、その一方では、既存の国語(日本語)教育理論だけでは論理的な限界に直面しているということを、日本語教育の政策実務担当者として認識していたものと見受けられる。 この限界を乗り越えるために、森田は朝鮮語の干渉による誤謬の問題を取り上げつつ、恩師である時枝誠記の論理を積極的に取り入れるわけであるが、皇国臣民としての朝鮮人が朝鮮語を捨てることを合理化し、進んでは日本人としての朝鮮人の言語生活、つまり母語としての日本語について言及するようになったのである。 森田の言語観の展開過程は、<外国語としての日本語教育>から、<国語としての日本語教育>へ、さらに最終的には<母語としての日本語教育>へと変わっていったのであり、そしてこのような展開における論理の提供者は時枝をはじめとするいわゆる国語学者たちで、このような流れを編修官の森田は忠実に遂行していたものと考えられる。
목차
要旨 1. はじめに 2. 先行研究と本論文の立場 3. 国語としての日本語教育 4. 母語としての日本語教育 5. おわりに 參考文献
키워드
朝鮮総督府
森田梧郎
時枝誠記
国語(日本語)教育
外国語
母語
저자
朴華莉 [ 박화리 | 仁荷工業専門大学, 兼任教授, 日本語学 ]
간행물 정보
발행기관
발행기관명
한국일본학회
[Korea Association Of Japanology]
설립연도 1973
분야 인문학>일본어와문학
소개 본 한국일본학회는 일본관련 학회로는 1973년에 한국 최초로 성립되어 2015년 3월 현재 가입회원수 기준 1000여명에 달하는 방대한 학회로 발전하였다. 본 학회는 일본어학 및 일본학은 물론,일본의교육,사상,역사,민속 등 일본학 전반에 걸친 연구와 한일간의 일본학 전반에 걸친 비교 연구를 대상으로 하는 학회로서 회원들의 연구기회 제공과 정보의 교류를 주된 목표로 하고 있다. 분회 발표를 포함하여 매년 20회 가까운 학술발표회와 국제학술대회를 개최 함으로서 발표 기회의 제공과 함께 회원 상호간의 친목 도모의 장으로도 활용하며 건전한 학회발전을 지향하고 있다.
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간행물명
일본학보
[The Korean Journal of Japanology]
간기 계간
pISSN 1225-1453
수록기간 1973~2026
등재여부 KCI 등재
십진분류 KDC 913 DDC 952
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