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ナル형 경어와 レル형 경어의 사용실태― 화체적(話体的) 요인을 중심으로 하여 ―
The Actual use of Naru-type and Reru-type Honorifics with a Focus on a Conversational Style Effect

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  • 발행기관
    한국일본학회 바로가기
  • 간행물
    일본학보 KCI 등재 바로가기
  • 통권
    제87권 (2011.05)바로가기
  • 페이지
    pp.39-52
  • 저자
    李成圭
  • 언어
    한국어(KOR)
  • URL
    https://www.earticle.net/Article/A319096

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원문정보

초록

일본어
本稿では日本聖書協会刊行による新約聖書(新共同訳)の4福音書を言語資料として、ナル型敬語とレル型敬語が混用されている例の中から、特に[話体的要因]が使用上の基準として関与している動詞を対象として、2つの尊敬語形式の使用実態を具体的に検討することにより、ナル型敬語とレル型敬語の使い分けに関わる多種多様な使用上の基準が、実際どのように関与しているかについて考察した。本稿で考察した内容をまとめると、以下の通りである。[1] [ヨハネによる福音書]では「{神․父․わたしの父․イエス}が栄光を受ける」が受ける「栄光」に対して「お受けになる」が使われており、[マルコによる福音書]と[ルカによる福音書]では<イエス>に対して「イエスが{洗礼․誘惑․尊敬}を受ける」のように行為対象が特定されており、当該行為が個別的で具体的な事件と認められる場合「受けられる」が使われている。[マルコによる福音書]の「イエスが栄光をお受けになる[とき]」と[ヨハネによる福音書]の「イエスが栄光が受けられた[とき]」は、福音書間に現れる単なる異同の問題ではなく、対話文であるか地の文であるかという文体的な違い、敬意主体としての<イエス>の身分的な違いを区別して、これを敬語形式に積極的に反映したものと解釈される。一方、<イエス>に対して[マルコによる福音書]の「お受けにならなかった」のようにナル型敬語が使われた例があるが、これに対しては神的な存在としての<イエス>という[行為主体の特性]を表すためのものであるという解釈も出来、又は[話体的な違い]に基づいて文全体に荘重な雰囲気を与えるためのものであるという解釈も成り立つ。もう一方において、文意を伝えるという側面から、不可能と誤読する可能性があり、これを排除するために多分に意図的にナル型敬語を選択したという解釈も否定し難い。[ルカによる福音書]で<敬愛するテオフィロさま>に対して、ナル型敬語を使っているが、これは上位者を高めるという敬語使用時の一般的な規則が適用されたものである。[2] [マタイによる福音書][マルコによる福音書][ヨハネによる福音書]では[主の降臨]を表す地の文で<イエス=王=方>を<神的なイエス>と見なして「お乗りになる」が使われており、[マルコによる福音書]では<イエス>の行為が個別的で具体的な事件として認識され「乗られる」が使われている。又、改まり度といった話体的な要因は、一般的に「お乗りになった」のようにナル型敬語が文末終止に使われる場合には改まり度が高くなり、「乗られると」のようにレル型敬語が既定条件を表す条件節に使われる場合にはナル型敬語より改まり度が低くなる。しかし、ナル型敬語も条件節に使われる場合があり、レル型敬語も文末終止の形で使われる場合があるため、文末終止、条件節、接続詞等、文の外形的な構造にのみ注目するのではなく、それと同様に前後の文脈や状況を十分考慮し、前後2文の意味関係を正確に理解することも重要であるといえよう。[3] [ヨハネによる福音書]では、奇跡を行う直前の<イエス>の行為に対しては荘重さという話体的な特徴を敬語に優先的に反映して「お座りになる」が使われており、[ルカによる福音書]では特別な改まり度が感じられない<イエス>の行為に対してはナル型敬語より相対的に敬意度の低いレル型敬語「座られる」が使われている。又、文脈や状況によって前後2文が継起的な動作として把握される場合には接続助詞「~と」や接続詞のような形式をあえて伴わずとも、そのような意味関係が成り立つという点から、文末終止による休止機能と条件節による動作の連続性は荘重さという話体的な要因を反映するための絶対的な基準ではないということが分かる。以上の考察内容は、李成圭(2011a)で複数の尊敬語形式が混用されている「お帰しになる․帰される」「お教えになる․教えられる」「お与えになる․与えられる」「お命じになる․命じられる」「お造りになる․造られる」「お示しになる․示される」を対象に行った使用上の基準が有効であるということを立証する。

목차

要旨
 1. 들어가기
 2. 「お受けになる」와 「受けられる」의 사용실태와 그 사용상의 기준
 3. 「お乗りになる」와 「乗られる」의 사용실태와 그 사용상의 기준
 4. 「お座りになる」와 「座られる」의 사용실태와 그 사용상의 기준
 5. 맺음말
 參考文敵

저자

  • 李成圭 [ 이성규 | 인하대학교 문과대학 동양어문학부 일어일본학전공 교수, 일본어학 ]

참고문헌

자료제공 : 네이버학술정보

간행물 정보

발행기관

  • 발행기관명
    한국일본학회 [Korea Association Of Japanology]
  • 설립연도
    1973
  • 분야
    인문학>일본어와문학
  • 소개
    본 한국일본학회는 일본관련 학회로는 1973년에 한국 최초로 성립되어 2015년 3월 현재 가입회원수 기준 1000여명에 달하는 방대한 학회로 발전하였다. 본 학회는 일본어학 및 일본학은 물론,일본의교육,사상,역사,민속 등 일본학 전반에 걸친 연구와 한일간의 일본학 전반에 걸친 비교 연구를 대상으로 하는 학회로서 회원들의 연구기회 제공과 정보의 교류를 주된 목표로 하고 있다. 분회 발표를 포함하여 매년 20회 가까운 학술발표회와 국제학술대회를 개최 함으로서 발표 기회의 제공과 함께 회원 상호간의 친목 도모의 장으로도 활용하며 건전한 학회발전을 지향하고 있다.

간행물

  • 간행물명
    일본학보 [The Korean Journal of Japanology]
  • 간기
    계간
  • pISSN
    1225-1453
  • 수록기간
    1973~2026
  • 등재여부
    KCI 등재
  • 십진분류
    KDC 913 DDC 952

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