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野上弥生子の明治期文学への考察-写生文から小説的作法への変遷を中心として-
Consideration on Nogami Yaeko’s Literary Works in the Meiji Period - focused on the transition from nature sketch to novel -

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  • 발행기관
    한국일본언어문화학회 바로가기
  • 간행물
    일본언어문화 KCI 등재 바로가기
  • 통권
    제36집 (2016.10)바로가기
  • 페이지
    pp.241-260
  • 저자
    李姃垠
  • 언어
    일본어(JPN)
  • URL
    https://www.earticle.net/Article/A288300

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원문정보

초록

영어
Nogami Yaeko made her debut in the literary world by publishing 「Enisi」 to 『Hototogisu』 in the Meiji 40 years. After then, she published 19 works, among the 28 works published until the Meiji 45 years, in 『Hototogisu』 and moved to other journals leaving 『Hototogisu』 in the Taisho period at last. When she was recommended to write a nature sketch through observation by Natsume Soseki, she began to concentrate on writing nature sketch-styled short stories and established her initial world of artwork. When it comes to theme, she consistently depicted love, marriage, and romance for women influenced by iye(home) ethics rather than focusing on gentility or ego-centrism. The works in the Meiji period are characterized by the fact that materials are taken from the home of others including parents and relatives to draw the home in the old times and her own home is described as being positive and healthy as a cultural and improving modern house. This suggests that ideological democratism and aristocratism as life feeling, as two major characteristics of Taisho Liberalism sprouted from here. it is needless to say that her family values would be based on the education she received from the Meiji girls’ school where she graduated. Iwamoto Yosiharu’s teaching aiming at destroying iye(home) which was based on confucian status relationship and accepting 「Sweet Home」 which was based on modernistic causal relationship bore fruit within her real life after childbirth.
일본어
野上弥生子は明治40年、『ホトトギス』に「縁」を発表することによって文壇デビューを果たした。その後弥生子は明治45年に至るまで発表した28篇の作品の中、19篇を『ホトトギス』において発表しており、大正期に入ってようやく『ホトトギス』から脱皮し他の雑誌へと発表場所を移していく。夏目漱石が観察による写生文スタイルの文章を書くことを勧めていることから『ホトトギス』に適合している短い写生文風の短編に集中して初期の作品世界を築いていく。その主題においても古風で自我を意識しない、家の倫理に左右される恋や女性たちの結婚や恋愛をめぐる内容が一貫して描かれている。『ホトトギス󰡕という雑誌の特性上、因果関係の明確な筋書きを持たず、観察する態度の語り手や主人公は自分の主観によって物事を語ることが慎まれている。そのような明治期の作品群の中で一つ特質として挙げられるのが弥生子の自己肯定の意識がこの時期すでに萌芽していることである。古い家を描くときは決って親や血族の家庭を含める他人の家に作品の素材をとり、自分の家庭については文化的で向上する近代の家庭として肯定的で健全に描いていることである。大正期教養主義の特質としての観念上の平民主義と生活感情としての貴族主義の芽生えがここから始まっていたとみることができる。さらに、自分の家庭を近代的、文化的雰囲気の中で描くことに止まらず、自分の子供への限りない肯定意識へと発展する。子供を神聖視するのは自分を神聖視するためである。第一流の明治女学校を卒業し、夫豊一郎の援助と最高の文学者である夏目漱石の勧めによって文壇にデビューし、自分の好きな読書や作品活動が思う存分できるなど幸運な生活環境がもたらした実生活への自信が彼女の自己肯定の意識をより頑なにしたと思われる。さらに弥生子が学んだ明治女学校の教育が何よりも彼女の家庭観の土台にあったことは言うまでもない。儒教的な身分的関係に基づく家を破壊し、近代的な人間関係に立つ「スイートホーム」の受容移入を目標した巖本善治の教育は弥生子が子を産んでから実生活のなかに結実する機会を持ったといえるだろう。『ホトトギス』という舞台はまだ人間の葛藤を描くことが不得手だった弥生子に好個の場所であったし、彼女の作品世界を限定することになったが、そこで養った観察力を生かし大正期の<子供物語>へ進化していく契機となった。神聖な崇拝の対象としての子とその母の関係の創造、そこに彼女の特有の世界が顔を現してくるのである。

목차

1. はじめに
 2. 『ホトトギス』における‘写生文’と‘小説’
  2.1 写生文「芽生」と「私信」
  2.2 写生文風小説の始まり
 3. 初期文学の特質と方向性
  3.1 自己肯定の発現としての<家庭>
  3.2 大正期<子供物語>への進化
 4. 終りに
 参考文献
 
 <要旨>

저자

  • 李姃垠 [ 이정은 | 東国大学校 日語日文学科 講師 ]

참고문헌

자료제공 : 네이버학술정보

간행물 정보

발행기관

  • 발행기관명
    한국일본언어문화학회 [Japanese Language & Culture Association of Korea]
  • 설립연도
    2001
  • 분야
    인문학>일본어와문학
  • 소개
    본 학회는 일본어학 및 일본문학은 물론, 일본의 정치, 경제, 문화, 사회 등의 일본학 전반에 걸친 연구 및 일본의 언어, 문화를 매체로 한 한국과의 비교 연구를 대상으로 하고 있다. 본 학회는 회원들에게 연구 발표 및 정보 교환의 기회를 부여하고 나아가 한국에서의 바람직한 일본 연구 자세를 확립하는 것을 주된 목표로 하고 있다.

간행물

  • 간행물명
    일본언어문화 [Journal of japanese Language and Culture]
  • 간기
    계간
  • pISSN
    1598-9585
  • 수록기간
    2002~2026
  • 등재여부
    KCI 등재
  • 십진분류
    KDC 730 DDC 495

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