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일본근세의 신국사상 : 도쿠가와 장군권력의 질서화와 일상화와 관련하여
近世日本の神国思想 - 徳川将軍権力の秩序化と日常化と関連して -

  • 간행물
    日本思想 바로가기
  • 권호(발행년)
    제10호 (2006.06) 바로가기
  • 페이지
    pp.91-111
  • 저자
    정하미
  • 언어
    한국어(KOR)
  • URL
    https://www.earticle.net/Article/A306382

원문정보

초록

일본어
「神国思想」は、天皇との関連でのみ発現するものであろうか。とりわけ近世前期においては、江戸徳川政権の国家構想と関連して発現しているのはないだろうか。本論文ではこのような問題関心のものとりわけ徳川幕府の三代家光政権を中心に検討している。日本の近世史では神と天皇の関係においてのみ神国思想を把握するのは困難であるからである。 一六三六年日光日光東照社の「大造替」を分析軸にして将軍の権威が中世とは違う形で価値観を変貌させながらひとつの秩序として浸透する過程と、とくに家光将軍の在職期間中に特徴的に現れる将軍としての権威の伝統化の過程に注目する。又、江戸時代を通じて総一二回にわたって派遣される朝鮮通信使は当時代において異例的に家光在職期間のみ三回にわたって派遣されており、そのうち一六三六年と一六四三年の二回にかけて通信使の日光東照社訪問がなされている。日光訪問は遊覧として勧められるが、実際には政治的に配慮した措置であった。日光遊覧の実像に焦点を当てる。その後、四代将軍家綱が11才の時に将軍を受け継ぎ、4年後である1655年を最後に日光訪問は行われなくなるのである。 日光東照社は1645年11月3日宮宣下があり、東照宮と名称をかえ、国家的儀礼が行われる場となった。徳川家康の二十一忌と二十五忌、三十三忌に国家的儀礼を視覚的に表現した「東照社縁起」が作成されている。狩野探幽によって描かれた「朝鮮通信使参入之図」は全面改修された日光の東照宮の鳥居の中に朝鮮通信使いが入ろうとしている姿が描かれている。朝鮮通信使を舞台中央に配置した表象的行為を儀礼意味論的視野からみることができると思う。家光の威光が海外に拡大しているというフィクションを誇張しながら権威を秩序化している。 さらにその後、多数描かれている民間絵師による史料をもとに、当時の人々がどのように異域、異国、異人みついて行動し反応するのかを廉力レベルからだけでなく、広い視野から論述しようと試みた。具体的には葛飾北斎が描いた「富岳百景」のなかの「来朝の富士」を分析し、近世日本のナショナル・シンボルとしての富士山と異国異邦人との関係を究明し、国家意識が日常化する方向性を考えてみている。ナショナル・シンボルは見えないものを見えるようにして国家意識をつくるという装置である。1999年、敗戦後日本の国会で「国旗国歌制定法」に関する言説でナショナル・シンボルによって国家意識が連想されるのは当然である。とりわけ領土紛争が問題となる状況のなかで国家意識の多様な表出について分析することは有効的であると考える。

목차

Ⅰ. ‘신국사상’의 다양한 표출
 Ⅱ. 근세 장군권력의 기반으로서의 신국사상
 Ⅲ. 조선통신사의 ‘닛코 유람’과 도쿠가와 정권의 권위
 Ⅳ. 의례와 행위의 표상
 Ⅴ. ‘신국사상’의 내셔널 심벌화
 日文要旨

저자

  • 정하미 [ Chung ha mie | 한양대학교 일본언어문화학부 ]

참고문헌

자료제공 : 네이버학술정보

    간행물 정보

    • 간행물
      日本思想 [일본사상]
    • 간기
      연3회
    • pISSN
      1229-9235
    • 수록기간
      1999~2026
    • 등재여부
      KCI 등재
    • 십진분류
      KDC 153 DDC 181