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日本律令國家의 信仰과 災難 - ‘四天王신앙’과 ‘貞觀대지진’ -
日本律令國家の信仰と災難 ― ‘四天王信仰’と‘貞觀大地震’ ―
일본율령국가의 신앙과 재난 - ‘사천왕신앙’과 ‘정관대지진’ -

  • 간행물
    일본학 KCI 등재후보 바로가기
  • 권호(발행년)
    제34집 (2012.05) 바로가기
  • 페이지
    pp.273-309
  • 저자
    송완범
  • 언어
    한국어(KOR)
  • URL
    https://www.earticle.net/Article/A274924

원문정보

초록

일본어
当時の日本支配層は周囲の「穢」に満ちた異域から淸淨な国家領域を守るという防御的な対外姿勢を有していた。つまり, このような古代日本の内向的な姿勢が9世紀半ばの律令国家の辺境意識の変質に影響をおよぼしていたと理解できる。このような律令国家の転換には律令国家の外部、すなわち、唐と新羅の変動が一要因であり、このことは10世紀転換説と9世紀転換説のいずれにも共通していたといえる。9世紀の律令国家の転換には辺境意識の変化を確認しうる、目に見える構造物が現われはじめることになる。これがほかならぬ四天王信仰の活性化であるとともに、当時、辺境とされた地域のあちこちに建立された四天王寺であった。しかし、昨年3月11日に起きた、未曾有の‘東日本大震災’の発生とその後の事態を見守るにつけ、従来の研究がほとんど注目してこなかった点に思い至った。別言すれば、これまでの研究では、災害と災難の影響が国家体制のシステムと方向性の決定にいかに大きな影響を及ぼしうるのかという点について、ほとんど顧られることはなかったのではないかという疑問である。本稿はこうした点についての古代史からの一つの答えでもある。四天王信仰とは、本来は祈祷によって新羅の降伏を願うことであったが、大同2年(807)以降は疫病、そして貞觀11年(869)の小野山城の四王院の事例は阿蘇山の患いによる疫病を防ぐ信仰へと変容していったと考えられる。このような変化は実際の軍事的な外敵に対してではなく、国家の外部から侵入し、中央に疫病を撒き散らすと考えられた観念的な外敵を防ぐ地域に四天王信仰が必要であるという意識の変質が内在していたと考えられる。言い換えれば、観念的な外敵に対する神仏の加護が、辺境での四天王法の特徴として変質していったことを余すところなく説明してくれる。最後に、‘貞観大地震’に代表される9世紀半ば以降の引き続く大規模の地震と津波、またこれらによる二次被害という深刻な自然災害に対して、古代日本の中央政府は余力はなかったものの、以上の対外観の変質に象徴される9世紀の転換に一定の役割を果たしたことを否定することは難しいだろう。

목차

1. 머리말
 2. 9세기 중엽 ‘율령국가’의 변용
 3. ’율령국가’의 변경과 四天王신앙
 4. ‘율령국가'의 전환과 ’貞觀대지진’
 5. 맺음말
 참고문헌
 要旨

저자

  • 송완범 [ SONGWhanBhum | 고려대학교 일본연구센터, HK교수 ]

참고문헌

자료제공 : 네이버학술정보

    간행물 정보

    • 간행물
      일본학 [The Ilbon-Hak(Journal of Japanology)]
    • 간기
      연3회
    • pISSN
      1598-1134
    • eISSN
      2713-7309
    • 수록기간
      1981~2026
    • 등재여부
      KCI 등재
    • 십진분류
      KDC 913 DDC 952